436 闘いのアート
住み家を訪ねてきてくれたオーレン達から、今日は珍しいことをお願いされる。
「俺達、昨日のクエストで【魔術男】に遭遇したんです」
「珍しいね」
ベイルマンは魔法のようなモノを操る魔物。ゴブリンやオークのように人型で、ボロボロのポンチョともローブとも言えない衣装に身を包んでいる。フードを被っているけど真っ暗で顔は見えない不思議な魔物。
簡潔に表現するなら魔導師の亡霊。ダンジョンでも遭遇する確率は低く、滅多に遭遇することはない。
「戦闘になったんですけど、魔法も防がれて俺の剣も通じなかったんです」
「凄く強くて、結局隙を見て逃げました」
「どうやったら倒せるか想像つかなかったです!」
「もしよければ、ウォルトさんにベイルマンをお願いしたいと思ってきました」
「ボクがベイルマン?どういうこと?」
倒す方法を知りたいワケじゃないのか。
「ウォルトさんはベイルマンの魔法や技能にも精通してると思ったんです。可能なら、仮想ベイルマンとして俺達の相手をしてもらえないでしょうか?」
「なるほど。ジョンの模倣と同じだね」
皆は頷いた。安易に倒す方法を知るんじゃなくて、自分達で打ち破ってみたいんだな。
「やってみようか。外に行こう」
「お願いします!」
外に出て、3人と対峙する。模擬戦闘を始める前に伝えておこう。
「ボクは、自分でもベイルマンに詳しいと思う。孤独だった頃、修練相手として何十回と闘ってるんだ。だから能力の種類や威力を再現できる自信はある。皆はボクを倒す気で攻撃してほしい。魔法も剣もだ。ベイルマンになりきるから」
「わかりました」
「準備はいいかい?」
「俺達はいつでもいけます」
「じゃあ…」
『変化』でベイルマンに姿を変えた。
★
オーレンの視線の先には昨日倒せなかったベイルマンの姿。まさにそのものだ。
「いくぞ!」
「「了解!」」
俺達の戦術はまず先制攻撃。一気に斬りかかる。
「オラァァ!」
…が、ウォルトさんが化けたベイルマンは、躱そうとしない。このままでは…一刀両断できる。
「…っ!」
一瞬躊躇した隙をウォルトさんは見逃さなかった。
「ぐうぅっ…!」
翳した手から『破砕』のような魔法が放たれ、弾き飛ばされる。辛うじてガードしたけど、身体の前面が痺れてふらつく。かなり危なかった。
「バカオーレン!やる気あるのか!倒す気で来いって言われたでしょ!」
「真面目にやりなよ!遊びじゃないんだよ!」
「わかってるよ!」
姉妹の言う通りで俺が甘かった。ウォルトさんが躱さないのは、ベイルマンを模倣してるからで、それ以外に理由なんてない。ウォルトさんであり、ウォルトさんでない者は反応することなく静かに佇んでいる。
「…オラァァ!」
『身体強化』で間合いを詰め、袈裟斬りを仕掛ける。今度は間違いなく捉えた!
「なにっ!?」
確かに切り裂いた…のに、斬った手応えがない。ベイルマンは、身体を斜めに分断されながらも俺に向けて手を翳し魔力を高める。
「やべっ…!」
素早く間合いを切ろうと後ろに跳ぶ。…と同時に『火炎』のような魔法が放たれる。アニカとウイカが『魔法障壁』を展開して防いでくれた。まさに間一髪。
「助かった!」
「やっぱり剣は効かない!魔法で攻撃するから下がって!」
「頼む!」
アニカとウイカが魔法を撃ち合う。昨日と同じ展開だ。剣ではダメージを与えられなくて、魔法戦に持ち込んだけど魔力の残量が厳しくなったところで撤退した。今は2人が押し込んでいるように見えるけど、俺は断言できない。
「くっ…!全部無効化される…!」
「やるね!でも、少しは効いてそうだよっ…!」
姉妹は交互に集中しながら可能な限り連続で魔法を詠唱する。ほとんどを無効化されてるけど、完全に防がれてはいない。確実にダメージは与えてる。それでもベイルマンは強い。
なにか援護できる手段がないか…。…と、1つ思いついた。魔法が効くなら試してみる価値はある。
「俺が行くっ!休んでてくれ!」
ウイカとアニカの交互詠唱の間隙を縫って、全力で攻撃を仕掛ける。
『炎戟』
剣に付与された魔法も無効化されたが、完全に消滅させるまではいかず炎がベイルマンの身を灼いて身悶えた。
「効いたぞっ!次だっ!……って、あれ?」
追撃しようとしたものの、ウイカとアニカは息が上がっている。
「ちょっと無理かも…」
「きっつい…!」
それもそうか。絶えず詠唱を続けてた。下がらせて少し休ませよう。
「3人ともお疲れさま」
いつの間にか変装を解いて笑顔で歩み寄ったウォルトさんは、俺達の魔力と体力を回復してくれる。
「もう万全です」
「完璧です!」
「最後のオーレンの一撃はいい戦法だったね」
「そう思ったんですけど、気付くのが遅かったです」
「気付くことが大切なんだ。状況を打開するために諦めず観察しながら策を練る。修練も冒険も同じで、皆は自然にできてると思うよ」
「私はもう一度闘いたいです!」
「次はもっと上手く闘えると思います」
「俺もやりたいです」
「わかった」
開始前に少しだけ話し合う時間をもらって、気付いたことを共有する。
「ただの斬撃はほぼ効果がない」
「効くのは魔法だね。無効化されちゃうけど」
「でも、完璧には無効化できてないよね!私が思うには…!」
「なるほど。だったら、こういう作戦はどうだ?」
話し合いを終えて、遠くで待つウォルトさんに呼びかける。
「準備できました」
「じゃあ、いくよ」
再びウォルトさん改めベイルマンと激突する。
「うわっ!」
今度は地面を滑るように接近してくると同時に、雷が俺達を狙って落ちる。ベイルマンの特性か。勉強になる。どうにか躱しながら接近する。
「ウイカ!行くぞ!」
「了解!」
遠距離からウイカが『火炎』『氷結』『雷撃』と、連発で魔法を繰り出す。無効化されながらも気合いで押し込む。
「うりゃああ!負けない…!」
今や頼もしい魔法使いに成長したウイカ。病弱だった頃には想像もできなかった姿。スタートは遅かったけど、アニカに負けず劣らずだ。
「オラァァ!」
発動後から次の詠唱までの間を、俺が魔力を帯びた剣で攻撃して繋ぐ。ウイカの集中時間を稼ぐのと少しでも疲れを回復させるのが狙い。振り子のような動きで躱されるけど、魔法を発動する隙を与えないのが俺の役割。
コレで倒せるなら御の字だけど、そんなに甘くないことは知ってる。
「くぉらぁぁっ!」
発動する時間を与えないように間合いを詰めて闘っていると、ウイカが声を上げた。
「オーレン!躱して!」
「わかった!」
大きく横に躱すとウイカが詠唱した。
『火炎』
今までの倍近い大きさの炎がベイルマンに襲いかかり直撃した。
「ウッ…」
動きが止まった。
「ウイカ!魔法が効いたぞっ!」
「はぁ…はぁ…。よしっ!」
予想が的中したのかもしれない。俺達は仮説を立てた。切っ掛けは2戦目を始める前のアニカの言葉。
「私が思うに、ベイルマンが魔法を掻き消してるのは『無効化』じゃない」
「どういう意味?」
「昨日は気付かなかったけど、ベイルマンが操ってるのは魔法に似てるけどよく見ると違うと思わない?」
「言われてみれば…」
攻撃してくる魔法は『火炎』っぽかったり『雷撃』っぽいけど、よく思い返すと魔法じゃない。
「魔法のような不思議な能力だと思う。『無効化』なら完全に掻き消されるけど、似たような力だから全てを防げない」
「ありえるね」
「だとしても、どうする?」
「なぜ防げないかというと…」
「一定の威力までしか掻き消せないのかな」
「さすがお姉ちゃん!私もそう思う!つまり…」
俺とウイカは、道を空けるように身を躱した。
「真打ち登場っ…!」
動きが止まったベイルマンに向けて、俺達の後ろに身を潜めて集中を高めていたアニカが詠唱する。
『火炎』
いつもの数倍巨大な炎が発現する。一目でわかるとんでもない威力。もはや『火焔』だ。アニカの魔法が動きを止めたベイルマンを直撃する。
「ウ……ウ……」
魔法を掻き消そうとしながらも、業火に灼かれ『火炎』の消滅とともに姿を消した。
「やったか…?」
「倒せたのかな?」
「油断は禁物だよ!」
周囲を警戒していると、すぅっとウォルトさんが姿を現す。
「お疲れ様」
「ウォルトさんが姿を現したってことは…」
「どうにか倒せたんだな」
「やったぁ~!」
「今の戦闘なら間違いなく倒してる。皆はさすがだね」
★
ウォルトが住み家で休憩しながら模擬戦闘の内容について3人に確認すると、ベイルマンの特性に気付いたうえでの作戦の立案だった。
「魔法じゃないことに気付いたのはアニカかな?よく観察してたね」
「えへへ!」
「ベイルマンが操るのは正確には魔法じゃないから、魔導師ではなく魔術男と呼ばれてるのかもしれない」
「なるほど!ありそうです!」
「さっきの戦闘で、俺が斬っても動けたのはなぜですか?まるで本物みたいでした」
「さっきのベイルマンは、『変化』したところまでがボクで、その後は創り出した幻術だから斬られても平気だったんだ」
「「「へぇ~!」」」
『阿修羅』のように、『気』を操って創り出したベイルマンに、魔力を通して魔法のような力を発動していただけ。ボク自身は『隠蔽』で姿を見えないよう隠してすぐに後ろに控えていた。
原理は教えられないけど、『影分身』を覚えておいてよかったと思えた。能力も上手く再現できたと思う。
「ウイカとアニカは上手く魔法を増幅したね」
「多少効いてたから、掻き消せる魔法の威力には限界があると思ったんです」
「高威力の魔法でいってみようと思ったんです!魔道具を使って上手くいきました!時間がかかりましたけど、どうにか累加できました!」
「増幅した魔法の威力も素晴らしかった。ベイルマンが掻き消せる魔法の限界値を遙かに超えてたよ。間違いなく倒せる威力だ」
「「よかったです!」」
「それと、オーレンの剣技も素晴らしかった。まともに捉えていたら瀕死のダメージを与えてたはず」
「ありがとうございます!」
「勇気のいる戦法だ。ボクは一切の感情を捨ててベイルマンになりきった。だから、油断も誇張もなかったはず。強かったよ。まずかったのはオーレンの躊躇だけだったね」
「ウォルトさんを斬っちゃいけないって怯んだんです」
オーレンは常に冷静で優しい男だ。
「甘いよ!最初に言われてたのに!」
「ウォルトさんを一度も斬ったことないくせに言い訳するな!」
「うるさいな!ウォルトさんは、俺達に躊躇なく攻撃してましたか?」
「してたよ。さっきも言ったけど、ベイルマンになりきってた。もし物足りないと感じてるなら、君達の力を表してる。誇っていい」
「「「はい!」」」
「師匠っぽいこと言ってごめんね」
今さらだけど、ボクは偉そうなことを言ってる。大したことはしてないのに。
「ウォルトさんは、私達の師匠で友人だからいいんです♪」
「またお願いします」
「ボクが教えられることは教えるよ」
「ちなみに、ウォルトさんならどうやって倒しますか?俺の剣でもやれますか?」
「幾つか方法はあるけど、実際に見せようか」
「「「見せる?」」」
★
「すっごいよね…」
「どゆこと…?」
「まったくわかんねぇ…」
オーレン達が更地に足を運んで目にしているのは、自分で創り出したベイルマンと戦闘を繰り広げるウォルトの姿。
「こんな方法もあるよ」
ベイルマンは動きながら魔法のような力を使い、ウォルトさんも対抗して魔法を放つ。何パターンもの戦闘を見せてくれる。
操り人形との1人2役なのに、知らない人が見たら絶対普通の戦闘だと勘違いする。それくらい淀みない闘い。
「ウォルトさんの頭の中ってどうなってるのかなぁ?」
「覗いてもきっと私達には理解できない!いつも想像もできないこと考えてると思う!」
「だよな。あのベイルマンが、なにでできてるのかすらわからないぞ。魔法なのか違うのかも」
模擬戦闘を見せるウォルトさんが楽しそうに見えるのは、きっとこの闘いを作り出すことが困難だからだ。俺達の師匠は、難しいことをこなしているときが一番楽しそうで、充実したいい表情になる。
そんな師匠に負けられないと気合いが入った。




