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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
433/715

433 樹木と猫は仲良し

『最近、まぁたやられたんじゃ!腹が立つ!』

『またですか?』


 夢の中でウォルトと会話しているのは、神木のウルシ。世界樹から分かれたとされる精霊。友人になってからというもの、定期的に夢に出現しては世間話をする仲。


 師匠のような性格のウルシさんだけど、話を早く切り上げるところも似てる。ボクのことを『たっぷり寝ないと死ぬ獣人』だと思っているっぽい。出会った頃に「眠いんです」と連呼したからかな。 

 そんなウルシさんがまた傷付けられたらしい。出会ってからは二度目。動物の森は、自然を愛するカネルラの保護区に指定されていて、基本的に国の許可が下りないと伐採すらできない。無許可伐採はまぁまぁの罪に問われる。切り倒される心配はほぼないけど、いたずらに傷付けられることはあるかもしれない。


『別にいいんじゃ。しょせん儂は木。人族は木を切ったり傷付ける生き物じゃからな。なにが楽しいのかわからんが』

『否定できませんが、ウルシさんはやられすぎな気がします』


 さすがに原因がありそう。ウルシさんの本体は立派な佇まいの樹木で、殴りたくなるような要素は感じない。むしろこうして会話すると殴りたくなる。


『お主は失礼じゃのう…』

『顔に出てましたか?』

『まぁ、いいわい。そんなところも友達じゃからこそよ!』


 見た目は中性的な若者なのに喋ると老人のよう。このギャップにも慣れた。


『明日治療に行きますね』

『助かる。ところで、バラモが用があるらしいぞ』

『なんでしょう?』

『わからんが、おそらく他の仲間の悩みかもしれんな。彼奴は昔からお節介なんじゃ』


 そんな気はしてた。ウルシさんのこともそうだし他の精霊達の事情もよく知っている。


『会いに行ってみましょうか』

『呼び出しても構わんぞ』

『たまには顔を出そうと思います。ウルシさんのいる場所からも近いですし』

『儂の所にもたまには顔を出せ!バカタレぃ!』

『すみません…』


 怒ってるけどそう言ってもらえるのは有難い。とにかく、最近キャミィにも会ってないし、明日はウークにも行ってみよう。






 翌日。


『うむ。完全に治った。感謝する』


 約束通りウルシさんを治療した。今回は無数の斬り傷だったけど、比較的傷が浅かったのは相手の技量不足か、それともウルシさんの身体が強いのか。


『なぜ攻撃されるんでしょう?なにか心当たりは?』


 やっぱり立派な木にしか見えない。


『わからん。威嚇しとるんじゃがな!』

『えっ?』

『ん?』

『威嚇…?』

『そうじゃ。剣を持って近くをウロウロしとったから、「こりゃいかん!」と枝をガサガサっとな!』

『…やってみてもらえますか?』

『いいぞ!』


 ウルシさんは風もないのに激しく揺れる。バッサバッサと元気よく。知らなかったらかなり怖いな…。ココまで揺れると慣れてるボクでもちょっと怖い。


『どうじゃ!』

『おそらく今のが原因です。もの凄くトレントっぽいです』

『なんじゃと!?魔物と一緒にするな!』


 怒るウルシさんを宥めながら我慢することの重要さを説いた。「普通、木は動きません」と、当たり前のことを粘り強く何度も繰り返して。渋々納得してくれて、誰か来ても大人しくすると約束してくれたから自ずと結果は出る。

 それでもやられるようなら、ボクが犯人を探す約束も交わした。さすがに見過ごせないから注意させてもらう。話を聞いた限りでは、どうも毎回違う冒険者のようだけど。


 ウルシさんに別れを告げてウークに向かう。堂々と入って発見されたらまたエルフを刺激してしまうので、姿を消して入口に辿り着いた。

 久しぶりに『幻視』の魔力を操って里に入る。エルフの魔力を操れるようになったから、前より容易に入れる。

 ウークの里は自然豊かで空気も澄んでいるから気持ちいい。エルフの気配もないので、とりあえずバラモさんに会いに行こう。

 神木に辿り着いたけど今は誰もいない。油断しないよう『隠蔽』は解除せず『念話』で話しかける。


『バラモさん。ウォルトです。会いに来ました』

『えっ?!どこだい?』


 精霊にも視覚があるのか。魔力反応で気付いてると思ってた。一瞬だけ隠蔽を解くと微かに枝が揺れた。


『姿を消してたのか。久しぶりだね。どうしたんだ?』

『ウルシさんから、バラモさんはボクに用がありそうだと聞いたので』

『あぁ。大したことはないんだ。キャミィのことでね』

『キャミィの?』


 なぜバラモさんが?


『最近キャミィがよく訪ねてくれて、話しかけてくれるんだ。「ウォルトの友人なんでしょ?」って。嬉しいけれど、真実を伝えていいものかわからなくて困ってる』

『真言事件があったからですね』

『その通りだよ』


 数百年前に、バラモさんがエルフと話してみたくて『念話』で話しかけたら「神のお告げだ!」と大騒動になったらしい。

 ウークの里は数日間お祭り騒ぎで、やれお供えやら、踊りで奉納やらで落ち着かなかった。それ以降、話しなけたことはないと教えてくれた。後にキャミィから聞いた話だと、『ウークの真言事件』として語り継がれているらしい。


『キャミィは確信をもって話してくれてるのはわかる。でも勇気が出ない。もし興味本位だったらまた繰り返すかもしれない。君がいてくれたら話しやすいと思った』

『バラモさんはキャミィと話してみたいですか?』

『そうだね。君のように対等に話せるのなら。彼女は理解に優れたエルフなのは知ってる』

『わかりました。会って話してきます』

『大丈夫かい?急がなくてもいいよ』

『キャミィにも会おうと思っていたので』

『だったら、よろしく頼むよ』

 

 里を歩いてキャミィの家を目指す。途中で数人のエルフを見かけたけど、まだ発見されない。嗅覚は獣人ほどではないのか。

 キャミィの家に辿り着いて小考する。木を登って家を覗いてみようか…。逆に堂々と訪ねるべきか…。ルイスさんに遭遇すると、見破られて騒ぎになるかもしれない。あと、万が一キャミィが着替え中だったりしたら目も当てられない。

 悩んでいると、2人のエルフが細い脇道から出てきて、会話しながらこちらに向かって歩いてくる。


「キャミィは凄いな。次期里長は決まりだ」

「ちょっと前に見たが、フレイも大したモノだった。技量はキャミィより上に見えたぞ」

「才能の伸びしろは俄然キャミィだろ。まぁ、どちらにせよ里は安泰だ」

「フォルランでなければな。ははは!」

「まだ修験林にいるんだろ?」

「あぁ、まだ修練するんだと。よく飽きないな。我らは生き急ぐことはないというのに」


 エルフ達が来た道を辿るように脇道を進むと、拓けた場所で修練しているキャミィの姿。この場所が修験林か。ボクにとっての修練場のようなモノだろう。


 それにしても、また技量を上げてる風だ。本当に凄い魔導師。キャミィにもウイカとアニカに会ってほしい。


「キャミィ。お疲れさま」


 一息ついたのを見計らって、姿を現して声をかけるとバッとこちらを向く。


「ウォルト…。久しぶりね…」

「久しぶりだね」


 会うのは2ヶ月ぶりくらい。キャミィが駆けてくるのでしゃがんで待つと飛びついてきた。  


「相変わらずモフモフ…」

「キャミィも変わりないみたいでよかった。満足かい?」

「まだまだ足りないわ…」


 首に抱きついてモフってくる姿は、相変わらず可愛い少女。でも、実は人生の大先輩という不思議。

 遠慮なく頭を撫でる。前に会ったときと変わりない。今ではキャミィよりリスティアの方が大きい。エルフの成長はかなり緩やかなのだと実感する。


 ハグしたまま言葉を交わす。


「今日はどうしたの?」

「ウークの神木に用事があってきたんだ。キャミィにも会いたいと思って」

「そう」


 ん…?ちょっと機嫌がよさそうな匂い。


「さっき神木と話したんだけど、ボクの知り合いか確かめたんだろう?喜んでたよ」

「何度語りかけても答えてくれないのよ」

「真言事件を気にしてるみたいだ。君は違うと思っているけど、繰り返したくないって。対等に話したいと言ってた」

「そういうことなのね」

「ボクと一緒に行ってみないか?」

「もちろん行くわ。ただし…もう少しモフってからよ」

「どうぞ」


 心ゆくまでモフってもらって、一緒にバラモさんの元へ向かう。…といっても、ボクは姿を隠してるけど。そんなことに構わずキャミィは話しかけてくる。


「よく修験林にいるとわかったわね」

「通りがかったエルフの会話でわかったんだ。修練を欠かしてないんだね」

「毎日楽しくて仕方ないわ」


 ボクの友人は才能に溢れた魔導師ばかりで、もれなく魔法好き。負けないように頑張ろうと思える。


「消える魔法も見事ね。全く違和感を感じない。魔力反応もない」

「そうかな。匂いは隠せないけど」

「エルフには嗅ぎ取れないわ」

「五感は鋭いんだろう?」

「おそらく人間基準での話よ。獣人には勝てない。特にウォルトには」


 会話していると辿り着くのもあっという間で、バラモさんの前に並び立つ。キャミィが口を開いた。


「私はウークの皆とともに貴方を崇めてきたけれど、今から対等に接したい。他のエルフには口外しないと誓うわ。だから話してほしい」


 少し待つとバラモさんの声が聞こえた。


『私はバラモ。ウォルトの友人だ』


 微かに強張った表情を浮かべたキャミィだったけど、直ぐにいつもの無表情に戻った。


「真言事件では貴方の意図を汲めずに申し訳なかったわ。里のエルフを代表して謝らせて」

『必要ないよ。私も驚かせて悪かったと思ってる。君達が私の存在をどう思っているか知っていたのに、軽率な行動だった』

「お互い様かしら?」

『そうだね』


 キャミィとバラモさんはしばらく会話していた。長年里を見守ってきた神木と、これから里を守っていくであろうキャミィの初の意思疎通。もしかすると、歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれないな。


「ウォルトに出会っていなければ、こんな話はできなかったと思うわ」

『私もだ。理解あるエルフに出会えたのはウォルトのおかげだね』


 大袈裟な2人に苦笑してしまう。


「ところで、ウォルトの『念話』だったかしら?その魔法を使えれば言葉を発しなくてもバラモと話せるの?」

「キャミィは使えないの?」

「無理よ。エルフに人間の魔法は操れない。それに、そんなエルフの魔法はない」

「魔力の質は違うけど操ることは可能だよ」

「できるのは貴方だけなのよ」

「そんなことないさ。試しにやってみようか。……あれ?『念話』は発動できないのか…?」


 魔法の形態が魔力に合わないとでもいうか、エルフの魔力で『念話』を発動しようとすると魔力が搔き消えてしまう。大抵の魔法は違う魔力でも発動自体は可能なのに。じっくり研究して原因を探る必要がある。でも、今は違う方法を考えよう。


「無理かしら?」

「考案するからちょっと待ってて」

「なにを言ってるの…?」


 エルフの魔力で同様の効果の魔法…。こうか?…いや、違う。複雑すぎる。この方法なら……違うな。

 黙ってしまったボクを急かすでもなく、キャミィはゆっくり待っていてくれる。………よし。コレなら。


「どうにかできたよ」

「まさか、エルフでも使える『念話』を考えたって言うの?」

「それは違う。基礎の基礎を考えてみただけだ」

「基礎の基礎?どういう意味?」

「今からキャミィに伝える」


 魔法の発動方法を言葉で伝える。キャミィなら理解してくれるはずだ。


「言われた通りにやってみるわ。こうかしら…?……」


 3分と経たずに語りかけてきた。


『ウォルト、聞こえる?』

『聞こえるよ。そのまま魔力をバラモさんに指向するだけだよ』

『バラモ、聞こえる?』

『聞こえる。キャミィは凄いな』


 バラモさんの言う通りだ。魔法を操るセンスが桁違い。自分で言うのもなんだけど、結構大変な魔力操作だった。キャミィの魔法の才には脱帽。


『今後は皆に悟られずに話せるわ』

『話し相手ができて嬉しいよ』


 キャミィはボクに魔力を飛ばしてきた。


『魔法が馴染んできたわ。基礎って言ったのはこういうことね?』

『そう。エルフが使ってこそ細かい修正ができる。時間をかければボクにもできると思うけど、さすがだね』


 このまま発展させたら形になりそう…というところまでしか考えてない。使いながら魔法を完成させるのはエルフであるキャミィの役目。


『ねぇ、バラモ』


 キャミィはボクとバラモさんに同時に語りかける。この短時間でそこまで魔法を使いこなすのか。凄いな。


『なんだい?』

『私達の友人はおかしいと思わない?』

『奇遇だね。私も同意見だ』

『もう共通の友人がいるんだね。凄いなぁ』

『『………』』


 いつの間にかボクへの魔力は切られてしまった。きっと積もる話もあるだろう。ゆっくり話してもらいたい。



 ★



 ウォルトが里を出ても、バラモとキャミィは再び会話していた。キャミィには伝えておきたいことがある。


『バラモ。私はこの魔法の名前を【白猫の声(ルシャブラン)】と名付ける』

『いい名前だね。きっと後世に残る魔法になるんじゃないか』

『この魔法はウォルトからの贈り物だと思いたいのだけれど、誰かに伝えなくても構わないかしら?』

『なぜ私にそんなことを訊くんだい?』

『貴方はいろんなエルフと話したいかもしれないから』


 私の我が儘であって、バラモの気持ちを無視したくはない。


『そんなことはないよ。君とも話すのを躊躇っていたからね。私の存在を必要以上にさらけ出すのは本意じゃないし、話したければいつでも語りかけることは可能だ』

『確かにそうね。死ぬ前には信用できる誰かに教えるつもりよ』

『かなり先の話だね。でも、エルフの魔法を編み出したのが獣人だなんて誰も想像できないだろう。その時の相手の顔を見たい』

『信じないのなら教えない。私は、ウォルトの魔法を信じる者にこの魔法を伝えたい』


 これは最低条件。私の目が節穴なのかわかる。編み出した魔法使いの凄さを感じてくれるエルフに伝えたい。


『私も賛成だよ。ウォルトは…どうでもいいと思うだろうね。こんなことは誰にでもできると。偉大な魔法使いなのに困った友人だ』


 バラモはわかっている。とても嬉しい。


『貴方とは仲良くしていきたい』

『こちらこそ。お互いにいい友人を持った』

『エルフと神木の間を取り持つ獣人なんて、ウォルトくらいだわ』


 多種族中の多種族ですら気にしない。それがウォルトの人並み外れた感覚。


『ウォルトに伝えたいことがあれば私に言ってくれ。意識を通して夢で伝えられる』

『それは最高ね』


 ウォルトのモフモフには負けるけれど。


 いえ…。本当の最高は、姿を見せたくないほど敬遠しているウークまでわざわざ会いに来てくれたこと。

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