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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
432/715

432 年を経ても変わりないもの

 台所でコトコトお湯を沸かし、自分なりに淹れたお茶を居間で待つ人物に届ける。


「お待たせしました」

「お気になさらず。待つのも茶の楽しみです。いい香りです…。…美味です」

「ありがとうございます」


 そう言ってもらえてホッとする。


「急に訪ねてしまいましたが、よろしかったですか?」

「構いません」


 今日はカネルラ暗部の先代長であるカケヤさんが訪ねてきてくれた。シノさんから場所を聞いたらしい。


「それにしても、貴方のお宅はまるで要塞です。大砲でも壊せそうにありません。詳細はわからずとも、このような付与魔法は初めて目にします」


 さすがカケヤさんだ。見抜く目は確か。


「ボクの師匠が付与した魔法なんですが」

「ほっほっほ!凄まじい魔法をお持ちのようで。名はなんと仰るのですか?」

「お答えできないんです。すみません」

「そうですか。我々暗部もまだまだですな」

「なぜですか?」

「貴方のお師匠様はおそらく類を見ない魔導師。誤解を恐れずに言えば、カネルラの脅威となり得ます。その存在を把握できておりませんでした」


 その通りだ。誤解でもなんでもなく、気分屋の師匠は敵に回すとなにをしでかすかわからない。何年前に引退したのか知らないけど、今でも情報は入ってくるんだろうな。


「暗部は、カネルラ各地の情報を掌握されているのですか?」

「可能な限りです。貴方はご存知だと思いますが、不穏分子を排除するのも我々の役目。現役ではないので偉そうに申し上げられませんが」

「いえ。暗部の活動は間違いなくカネルラの平穏を支えています」

「有り難い評価です。ときに、ウォルト殿は宮廷魔導師に興味がおありですか?」


 どういう意味だろう?リスティアにも聞かれたことがあるけど。


「宮廷魔導師の操る魔法に興味はあります」

「宮廷魔導師そのものはいかがですか?」

「ボクにとって宮廷魔導師は雲の上の存在です。カネルラ最高の魔導師集団だと聞いています」

「なりたいとは思わないのですか?」

「思いません。どう足掻いてもなれませんし、ひっそり暮らしたいので」

「欲がないのですね」

「欲というよりも、皆が宮廷魔導師に憧れるワケじゃないと思います。冒険者も生活魔導師も凄い魔導師です」


 カケヤさんはふわりと微笑む。


「精進されるのですね」

「はい」


 しばらく暗部や魔法について話していると、力強くドアがノックされた。この叩き方は初めてだ。誰だろう?


 玄関に向かってドアを開けると…。


「久しぶりだな!」

「お久しぶりです」


 ミーリャとネネさんが立っていた。


「お久しぶりです」

「約束通り勝負しにきたぞ!」

「すみません、ウォルトさん。止めたんですけど止まらなくて…」

「大丈夫だよ。ネネさん、ミーリャ。遠くまでお疲れさまでした。まずは冷たいお茶でもいかがですか?」

「いいな。喉が渇いた。頂こう!」


 相変わらず元気そうだ。そして、やる気が漲っている。


「久しぶりだな。クレナイ」


 背後からカケヤさんの声がした。聞き慣れた声に反応したのか。


「なっ…?!なぜ先代がいる?」

「ウォルト殿とは茶飲みの友だ。お前は変わらんな」

「なるほど。意外だったが関係ない!まずはお茶を飲む!」

「ふっはっは。この感じは懐かしい。トビとお前の会話を思い出す」

「アイツとまともに会話した記憶はない。ネクラ野郎だからな」


 もしかして、トビとはシノさんの昔の名前かな?とにかく、ミーリャも含めて3人をもてなす。


「ネネさん。お腹空いてませんか?以前のお礼に料理を食べてもらいたいんですが」

「闘う前に腹ごしらえか…。もらうとしようか。お前の作る飯に興味がある」

「カケヤさんもいかがですか?ミーリャも」

「御相伴に預かります」

「私も食べたいです!」

「わかりました」


 台所まで会話が聞こえるけど、ミーリャを加えて懐かしい話をしているみたいだ。


 やっぱり仲間はいつまでも変わらないんだな。






「どうぞ。召し上がってください」


 料理を作って満足した。あとは口に合うか。


「もらうぞ」

「いただきます!」

「御馳走になります」

「……ぬぅぅ!?美味いなっ!」

「今日も美味しいです!」

「驚きましたな…。かなり美味です」


 口に合ったみたいでよかった。


「ウォルト!」

「どうしました?」

「ワタシは「マズい!さすが獣人の飯だ!」と言うつもりだった!どうしてくれる!」

「ボクに言われても困ります」


 要するに「美味しい」と褒めてくれてるのかな?


「先代は小姑のように味にうるさい。それを黙らせるとは大したモノだ!べらぼうに美味いな!」

「静かに食えないのか?年を重ねても騒がしい」

「ふふっ。お母さんらしいね」


 皆は綺麗に平らげてくれた。ネネさんは3回もお代わりしてくれて嬉しい。


「ぬぅ…。まさか、ワタシの腹を膨れさせて動けなくする作戦に出るとは…。不覚…」

「そんな作戦は立ててません」


 そんな作戦を立案するくらいなら、食べさせずイライラさせる方が確実。


「腹が落ち着いたらやるぞ!」

「わかりました」

「先代。ウォルトと闘うにあたって、女性暗部の活動を言える範囲で教える約束をしている。いいな?」


 本当に隠し事をしない人だ。凄いと思う。


「構わないが、お前に匙加減がわかるのかが疑問だ。度を超せば俺が止める」

「そうしてくれ。線引きがよくわからんが、ウォルトに言っても問題ないことはわかる」

「機密を知られたらウォルト殿に暗部に入ってもらうだけのこと」

「それは困ります」


 でも、活動内容を知りたいのが本音…。


「ウォルト殿は勘違いしているようですが、暗部だからといって皆が王都に住んでいるワケではありません」

「そうなんですか?」

「先程申し上げたように、各地で情報を集める活動も行っています。散らばっている者も多いのです」

「なるほど」

「例えば、動物の森付近の担当でも構わない。そう考えればアリではないですか?」

「確かに…。それならば…」


 ボクでもなれるかもしれない。


「ふはははっ!騙されるな!」


 豪快に笑うネネさん。騙される?


「先代の話は噓じゃないが、お前が暗部に入れば王都に留まることになる」

「どういうことですか?」

「暗部の中でも実力者は王都に配置されるからな。お前がこの森担当ということはありえん」

「ちっ…。要らぬことを…」


 カケヤさんは目を細めた。要らぬことってなんだろう?なんにせよ関係ない。


「ボクは、暗部に入れたとしても秘薬の栽培担当になりたいです。どちらも身に余ります。自分が役に立てそうな部署で働きたいので」


 カケヤさんとネネさんは呆れ顔。変なこと言ったかな?志が低すぎるから呆れられたのかな。ただ、そもそもが絵空事。


「あっはっは!栽培担当か。お前がなれるかどうか…今の実力を見てやる!外に行くぞ!」

「わかりました」



 ★

 


 クレナイとウォルトは更地で対峙する。カケヤととミーリャは並んで観戦することにした。


「ドキドキします…。無事に終わるのか…」

「あの2人なら大丈夫だ。なにかあれば俺が止めよう」

「お願いします」


 まさかクレナイの娘と話すことがあるとは。年を取ったモノだ。この口振りだとウォルトの強さを知っているのだな。当然クレナイの強さも。


「満腹で万全だぞ」

「よかったです。今回も手合わせでいいんですよね?」

「そうだ。殺し合いじゃない。でないと受けないだろう」

「はい。お断りします」

「よし、先代。開始の合図をくれ」


 互いの意志確認は終了。ついにウォルトの実力がわかる。あのトビが暗部に勧誘した力が。


「いいだろう。……始めっ!」


 クレナイの『気』が一気に高まる。現役時代に比べると衰えているが、かなり修練を積んでいるな。


「フゥゥ!」


 目にも留まらぬ速さで間合いを詰めた。


「オラァァ!」


 ウォルトが『身体強化』で打撃を躱すも、凄まじい手数で追い込んでいく。いきなり全開で挑むクレナイは元々肉弾戦を得意としていた。一気に勝負を決めるつもりだ。


「どうした!躱してばかりじゃ勝てんぞ!体力も戻ってきたからな!」


 年齢を重ねているが確かに見事な動き。ちょっとやそっとでクレナイは止まらないだろう。対するウォルトは打撃を大きく躱しながらなにやら呟いている。あまりに小声で聴き取れないが、なにを呟いているのか。


 急にクレナイの動きが止まった。


「なにぃっ…!」


 いつの間にか、身体に『拘束』の魔力縄が巻き付いて拘束している。いつの間に魔法を発動した?詠唱どころか手を翳してすらいない。時限式の魔道具の類?

 そんなモノに頼る魔導師ではないな。手段は不明だが魔法に違いない。気配など微塵も感じなかった。呟きと関係あるのか?わからん。


「では…いきます」


 ウォルトがクレナイに向けて手を翳す。


「…そうはさせん!」


 辛うじて魔喰で『拘束』を無効化し、再び駆け出したもののウォルトに到達する前に発現したのは…。


『阿修羅』


 俺が一度だけ見せた『阿修羅』。洗練されて実に滑らかな術の発動。軽くゾクリとした。


「先代の得意技まで使うか。お前は面白すぎる獣人だっ!」


 クレナイは阿修羅と拳を交える。


「おらぁぁっ!猪口才な術だっ!」


 この男は…なんという獣人だ。我が身のように滑らかに阿修羅を操る。クレナイの打撃を6本の腕が柔らかく受け止め、反撃する余裕すら見せる。

 とても独学とは思えん。ここまで『気』の操作に優れる者は現暗部にいまい。そこに限ればシノを超えていてもおかしくない技量。


「埒があかん!消え去れっ!」


 魔喰で阿修羅は消滅したかに思えたが…。


「なにぃっ!?」


 クレナイの背後からもう1体の阿修羅が羽交い締めにした。外野からは丸見えでも、あれだけ前に意識を集中させられては気配に気付くはずもない。

 しかも、魔喰を当てられないよう手を押さえつけている。術を模倣するウォルトは、暗部の術の効果や弱点に気付いているな。

 6本の腕に身体も腕も拘束され、足も宙に浮かされて文字通り手も足も出ないクレナイ。どう出るか。


「離せっ…このっ…!おぉぉらぁっ!」


 力ずくで腕を外し、背後の阿修羅を消滅させて再びウォルトに迫ろうとするが…。


「いない!?どこだっ!?」


 ウォルトの姿がどこにもない。視線を切った瞬間に煙のように消えた。だが、近くにいるはず。


「クソッ!どこだぁ!?……うっ…」


 周囲を見渡すクレナイが、ガクンと崩れ落ちそうになる。


「どうしたの?!お母さん?!」


 急に姿を現したウォルトが身体を支えた。魔法で姿を消し、接近して『睡眠』で眠らせた…ということか。信じられないことをいとも簡単に。ウォルトの腕の中で眠るクレナイは、俺達の前に運ばれてきた。


 決して弱くなかった。遠距離戦闘が不得手なクレナイは接近するしかない。並の魔導師が相手であれば瞬殺だったろう。宮廷魔導師であっても詠唱される前に倒せた。

 だが、魔法の技量が桁外れなウォルトとは相性が悪すぎる。せめて暗器のような飛び道具があれば展開が違ったかもしれないが、おそらくトビとの戦闘で暗部の術と幾つかの武器も知っている。

 この獣人を相手に無策で勝つのは困難だ。裏をかくような初見の術と武器が最低限必要となる。そうなった場合の対応力は未知数だが、引き出しの多さは容易に想像できる。

 トビが気に入るのも必然。見事な魔法と術で、クレナイを傷付けることなく闘いを終わらせてしまった。


 さぞ悔しいであろうな。


「ミーリャ。君のお母さんは本当に強い」

「はい!自慢の母です!」

「ちょっと訊きたいんだけど」

「どうしました?」

「怒られずに起こすにはどうしたらいいかな?」

「う~ん……無理ですね!」

「だよね。参ったなぁ…」

「ほっほっほ!貴方は楽しすぎます」


 まさかの心配。泣こうと喚こうと黙って放っておけばいい。本当に愉快な獣人だ。

 憶測だが、娘の前で母親を殴ったり魔法を浴びせるような行為を嫌ったに違いない。暗部であれば甘過ぎる行為でも、爪を隠したまま相手を倒したことは紛れもない事実。

 今の手合わせは果たして何割の力であったのか見当がつかん。ただ全力にはほど遠いことだけは確か。トビがこの男とどれほど闘えたのか知りたいものだ。


 


「クソッ!また負けたっ!しかもお姫様抱っこだとぉ…!あとでシュケルにもやらせてやるっ!」


 予想通り目を覚まして直ぐに騒ぎだす元部下。騒がしく一本調子なのは年を経ても変わりない。クレナイの旦那はよほど心の広い男だろうと推測する。


「勝ってはいないです。眠らせただけで」

「同じことだっ!眠らされて「負けてない」とほざく奴はイカレてる!死ぬのと同じだ!」

「大袈裟ですよ」

「次こそ勝つ!いや、今すぐ再戦するぞっ!」

「シュケルさんが待ってますよ」

「待たせておけ!10年もワタシを放っておいた罰だっ!」

「お母さん!それは仕方ないでしょ!」

「やかましいっ!」

 

 そんなに長い期間放っておかれたのか。不憫な奴だ。旦那の気持ちはわからんでもない。そもそも結婚できたことが奇跡なのだ。

 容姿はさておき、とにかく口が悪くて直ぐに手が出る。性格も過激で女性暗部の中でも特に色恋とは無縁に見えた。

 現役中は作戦を無視して狂戦士と化したまま任務を遂行したこともある。暗部のいわゆる問題児。弟のサスケも頭を悩ませていた。だが、女性ながら強さは男顔負けだった。極度の負けず嫌いと弛まぬ鍛練。格闘センスはトビですら認めていただろう。 

 予定調和と言うべきか、暴走した任務中に負傷し帰還する途中で倒れていたところを救われ「ソイツと結婚する!」と暗部を抜けたときは全員が驚いた。


「おい!先代!」

「なんだ?」

「ワタシに暗器を教えてくれ!スイシュセンドウに住んでいる!こっちから習いに行ってもいい!」

「現役でもないのに今さらだろう」

「負けっぱなしは気に食わない!どんな手を使ってもウォルトを倒す!」

「そんな意気込まれても…」


 本当に面白い。現役時よりやる気を感じる。負けず嫌いは健在か。


「そんなことより、お前はウォルト殿に教えるべきことがあるのではなかったか?」

「そうだったな。よし!女性暗部の活動について教えてやろう!」

「ありがとうございます」


 クレナイは女性暗部の活動について語り始めた。




「……という事情もある!」

「ネネさん!もう大丈夫です!それ以上は暗部の機密になると思うので!」

「いや!まだある!色仕掛けの時はだな…」


 恥ずかし気もなく、色仕掛けの話や女の園の裏話を暴露している。獣人であるのに初心なのか、ウォルトはずっと困った表情で話を聞き、何度も止めようとしているが暴走気味のクレナイは止まらない。

 そもそも色仕掛けなど実行したこともないはず。クレナイが最も苦手とする部類の任務であり、当時の長だった俺が一番理解している。実行不可能な指示を出した記憶はない。

 臨場感たっぷりに話しているが、当時の仲間から聞いた話だろう。止めるにも機密を話さないので止めるタイミングがない。


「ネ、ネネさん!も、もう大丈夫です!任務の内容はよくわかったので!」

「ダメだ!ワタシはノッてきた!記憶がどんどん蘇ってくる!次は犯罪者に多い性癖を教えてやる!」

「えぇっ!?」


 女性暗部の話はキリのいい所で止めるとして…一切動じることなく娘のミーリャが笑って話を聞いていることが一番の驚きだ。


 さすがはクレナイの娘だな。

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