431 最高の相棒を手に入れた
「なにか作りたいなぁ…。なんにしようか…」
住み家でモノづくり欲に駆られたウォルトは迷っていた。魔道具もいいけど大きなモノを作りたい。一心不乱に鎚を叩いて作るようなモノ。それでいて、作ることに意味があるような…。
「アレを作ろう」
喜んでもらえるかはわからない。作ったこともない。でも挑戦してみたい。
準備を整えてドワーフの工房へと向かう。
「おぅ!今日はなんだ?!」
「作りたいモノがあって来ました」
「そうか!手伝え!」
「今日はなにを作ってるんですか?」
「知らん!なにかの骨組みだ!」
コンゴウさん達は、依頼された品を常に最高品質で作るのを目指す。なにを作っているかは問題じゃなくて、ひたすら納得いくモノを作り続けるまさしくプロの職人集団。
我が儘で気分屋のボクにはできない。尊敬しているし、ボクが職人になれないと思う1番の理由。まずは、いつものように手伝おう。
夜まで手伝って料理で労う。
「おい、ウォルト。今日はなにを作りたいんだ?」
「槍なんですけど」
「ほぉ。また誰かにやるのか?」
「騎士の友人にあげたいと思って」
ちゃんとしたお礼をしたことがないテラさんに、身体に合った槍をあげたいと思った。
「いいぞ!ドラゴ!見てやれ!」
「しょうがねぇな!ビシバシいくぞ!」
「はい。よろしくお願いします」
ドラゴさんが基本的な作り方を教えてくれる。皆の中ではお調子者なドラゴさんも、当然腕のいい職人。
「こんなとこだ!」
「ありがとうございます。よくわかりました。あとは1人でも大丈夫です」
「手のかからねぇ弟子だな!素材はあるモノを何でも使え!ところで、どんな槍に仕上げたいのか言ってみろ」
作りたい槍について説明すると、適した素材の選定や混合比率、他にもいろいろなアドバイスをくれる。やっぱり知識も凄い。
「相変わらず奇妙なこと考えるな。けど、面白いぜ!」
「詳しく教えてもらって助かります。まずは…肴を作ります」
「ガッハッハ!頼むわ!」
料理とモノづくりを平行して進める。いやぁ捗るなぁ。料理をしながら魔法やモノづくりについて考えるのはいい気分転換になる。
結局、朝方までかかって槍を作り上げた。たいして酔いもせず酒を飲み続けていたコンゴウさん達は、少し眠ったらまた仕事を始めるらしい。とにかく酒の強さと体力が尋常じゃない。さすがにボクは帰って寝る…。元気なコンゴウさん達に見送られて帰路についた。
★
明くる日の夕方。
王都では、テラとカリーが我が家への帰り道を仲良く並んで闊歩していた。ダナンとシオーネは共に警備の任に就いていて本日は王城泊まり。
「むっふっふ~!」
「ヒヒン?」
「カリーも気になる?実は……お金が貯まったから槍の製作を頼みに行こうと思ってるの!」
「ヒヒン」
今日は月に一度の騎士団の給料日!入団してからコツコツお金を貯めて、やっと特注の槍を発注できる日が来た!
家に帰って着替えたら直ぐに武器屋に向かおう!自分専用の槍を手に入れたら、修練も一段と身が入る!
槍を圧縮してくれて、使いやすくしてくれたウォルトさんにも感謝しかない。そのおかげで格段に修練が楽だったし、自分に合った武器の重要さも知った。
自然と足取りも軽くなって早く帰りたい一心で歩いていると、家の近くでカリーが声高らかに嘶いた。
「ヒッヒーン!」
「ちょっ…カリー?!」
いきなりカリーが駆け出した。
目で追うと、家の前にウォルトさんが立ってる。突進といえるスピードで駆けていたカリーは見事に止まりきった。
「ヒヒン!ヒヒン!ヒッヒーン!」
「くすぐったいよ、カリー。元気だった?」
「ヒヒン!」
2人はモフりモフられてる。ずっと思ってたけど、互いに気持ちよさそう。そんなことより。
「お久しぶりです、ウォルトさん!」
「お久しぶりです」
「今日はどうしたんですか?」
「テラさんに会いたくて来ました」
………。
…いかんいかん!私は騙されない!ウォルトさんの『会いに来た』は、『用がある』という意味だ!深読み厳禁!
「…で、私に用事ってなんでしょう?」
「テラさんに渡したいモノがありまして」
「渡したいモノ?」
なにも持ってないみたいだけど。ウォルトさんは、ポケットからなにかを取り出した。差し出された手には小さな槍みたいな?
「わぁっ!」
手品のように一瞬で槍が巨大化する。
「もしかして『圧縮』ですか?びっくりしました…」
「その通りです。お渡ししたいのはこの槍です」
「この槍を…私にですか?」
「お世話になってるテラさんへのお礼に、ボクが作りました。もう新しい槍を使われてると思ったんですが、予備にでも使えないかと」
「えぇっ!?この槍、自作なんですか?!」
光沢を放つ白を基調とした鉄槍は、複雑な紋様が刻まれていて高級感が漂う。売り物ならめっちゃ高そう。
「よければもらって頂けませんか?必要ないなら持って帰ってボクが使います。遠慮せず断って下さい」
「ちょっと持ってみていいですか?」
「どうぞ」
恐る恐る槍を受け取る。見た目は頑強そうなのに、思った以上に軽い。いつもの槍の半分くらいかな?
「少し扱ってみます」
軽く突いたり切ってみると、長さや太さ、重心も私の身体にピッタリ合っていて凄く扱いやすい。
「仕上がりはどうでしょう?前回、魔法で圧縮した槍のバランスを参考に作ったんですが」
「凄く扱いやすいです。あの…本当にもらっていいんですか?」
「受け取ってもらえると嬉しいです」
調整してもらったのはかなり前だ。細かいところまで記憶してることが単純に凄い。この人は賢すぎる。
「私の方こそ凄く嬉しいです!まさに今日、武器屋に槍を発注に行こうと思ってて!」
「そうだったんですか?だったら特注品の方がいいと思います。余計なことしてすみません。持って帰るので」
手を差し出して受け取ろうとするけれど…そうはいかない!
「有り難く頂きます!私の槍です!」
「いいんですか?」
「私のタメにありがとうございます!大切にします!この相棒と一緒に最強の騎士を目指しますから!」
ニャッ!と笑った顔が可愛すぎる。それはさておき、穂先にカバーがかかってる。危ないからかな?どんな形なんだろう?
「穂先を見ていいですか?」
「穂先はまだ決めてないんです。テラさんに確認してからにしようと思って」
カバーを外すと木の穂先が付いていた。
「訓練はこのままでいいと思うんですが、実戦用はこの中から選んでもらえたら。好みがなければボクが作ります」
背負っている荷物から穂先を取り出す。一般的な剣型や、十字剣、鉤型まである。わざわざ作ってくれたんだ。
「全部使って試してみたいです!ちなみに、どうやって取り付けるんですか?」
「魔力で付け替えられるように細工してあります。魔法の修練は続けてますか?」
ふっふっふっ!
「わかってるくせにぃ~!」
「愚問でしたね。修練の成果で魔力が磨かれてます」
「でしょ~!」
ウォルトさんが軽口を叩いてくれるのは、私のちょっとした自慢でもある。きっと普段は軽口を叩く人じゃない。
「では、取り付け方法を教えますね」
「お願いします!」
「まず、穂先の根元を槍の先端部分の切れ込みに入れます。そして、固定したままこの部分の魔石に触れて炎の魔力を付与して下さい」
「はい」
穂先側に埋め込まれた小さな魔石に、指で触れて魔力を付与してみる。私の炎の魔力に反応したのかしっかり融着した。
「すっごぉ~!カッチカチです!」
「以上が取り付け方法です。次に外し方ですが…」
石突側に埋め込まれた魔石に、闘気を付与すると穂先が緩んで取れた。
「これなら私でも簡単にできます」
「魔力や闘気を槍に流しても、影響はないので心配いりません。魔石に直接触れないと効果が出ないよう加工してあります」
「なるほどぉ~。だから表面じゃなくて埋め込まれてるんですね!間違って触れないように!」
「その通りです。端の方なのでまずないと思いますが、念のため」
「どんな穂先が自分に向いてるのか研究できます!嬉しいです!」
普通の槍ではそんなことできない。その度に付け替えてもらう必要がある。
「ただし、魔力が切れると穂先が外れてしまいます。さっきのテラさんの付与魔力でも1週間程度は持続すると思いますが、そこが欠点です。多く込めるほど長持ちします」
「毎日付与します!どうせ訓練用の木剣に付け替えますし!」
最高に楽しくなってきたぁ!早速…。
「テラさん。手合わせはやめた方がいいですよ。せっかく帰ってきたのに」
「ヒヒン!」
心を読まれた…。しかもカリーまで…。でも…そうはいかない!
「どうしても槍を試したいです!お願いしま…」
「いいですよ」
「はやっ!」
「この展開も予想してたので」
「ヒヒン」
このぉ…。人を分からず屋みたいに!その通りですけども!家に飛び込んで、ウキウキしながら装備を着けてっと…………しまったぁ~!
いつもの件を忘れてた!覗く、覗かない、の!……まぁいっか!次は2回やろう!
「お待たせしました!」
「お待ちしてました」
新しい相棒を手にウォルトさんと手合わせする。
「せぇぇい!」
「素晴らしい動きです。ウラァ!」
まさかの闘気の槍に驚いて、まるでダナンさんと稽古しているような気分。カネルラ最高の魔導師は槍術も修練している。
魔法の成果も見てくれて、必要なことを教えてくれた。「この家に住んでいいのに!」と声を大にして言いたい!
この槍は相当扱いやすい。軽くて重心なんかのバランスも抜群。動きを阻害しなくて扱うのが数倍楽になった。重い槍に慣れていたのもあるけど、これ以上ないって思える逸品。
お礼も兼ねて「泊まってください!」と言ってみたけど「帰ります」と微笑まれた。でも、ご飯は作ってくれる優しさが凄い!きっと、ダナンさんが帰ってこないから気を使ってる。絶対悪さする獣人じゃないのに真面目だから。
「では、帰ります。またお会いしましょう」
「はい!またいつでも来てくださいね♪」
「ヒヒーン!」
今度はカリーに頼んでこっちから訪ねよう!もっと鍛えて褒めてもらえるようにならなきゃ!
★
次の日。
テラは騎士団の訓練にもらった槍を持参した。時間が早過ぎて団員は集合してないけど、いつも早いアイリスさんは準備を始めてた。私は、皆が来るまでの時間を使ってしょっちゅうアイリスさんに手合わせしてもらっている。
「アイリスさん!おはようございます!手合わせお願いします!」
「おはよう。今日も元気ね…って、もしかして新しい槍…?」
「作ってもらいました!早く使ってみたくて!」
「紋様が格好いいわね。ちょっと見せてもらっていい?」
「どうぞ!」
槍を手に取って、色々な角度から眺めてる。騎士団員の中でも特に武器全般に造詣が深いアイリスさんは、どんな素材なのか、価値がどのくらいなのかを見抜く目は鑑定人顔負け。いわゆる武器マニアだ。
団員達も、武器を買い替えるとき相談してる。私が昨日頼む予定だった槍もアイリスさんの意見を参考にしてた。
「かなり軽い。材質は…ただの鋼じゃないわね」
「ダマスカス鋼とシルバーを混合した素材らしいです」
ウォルトさんの受け売りだけど、そう言ってた。騎士をイメージした白い槍にしたかったって。刀剣に適した合金らしい。
「素材を混合…?そんなことができるの?」
「私にはわかりません。軽いのに相当硬いらしいです」
「らしい、ばっかりね。それに…この穂先……まさかミスリル?」
「正解です!アイリスさんはやっぱり博識ですね!」
魔力の伝導に優れた素材で、軽いのに硬度も申し分なく切れ味もかなり鋭いらしい。槍の芯にもミスリルが使われていて、私の魔法と闘気を存分に活かしてほしいと言ってくれた。
「テラ…」
「なんですか?」
「作るのに幾らかかったの…?借金とかしてるんじゃないの…?っていうか、昨日頼みに行くって言ってなかった?」
「借金なんてしてません!だってタダですから!」
「はぁ?なに言ってるの?あり得ない」
「お礼にもらったんです!」
「お礼に…?」
アイリスさんなら言わなくても気付いてくれると思うんだけど。……そろそろかな?しばらく思案していたアイリスさんは、気付いた表情で私を見てきた。
「まさか……この槍、ウォルトさんが作ったの…?」
「正解です!日頃のお礼にって、作って持ってきてくれました!」
槍の特徴や仕組みを伝えて実際にやってみせると、呆れを通り越して不思議な顔をしてる。
「売り物ならかなり値が張る代物よ。もはや職人ね」
「私でもなんとなくわかります」
きっと私が買えるような値段じゃ作れない。でも、丹精込めて私だけのタメに作ってくれた。その気持ちに応えたいし、恩に着せるつもりがないのもわかってる。
私はこの槍に相応しい騎士になりたい。作ってくれたウォルトさんへの恩返しになると信じて。
「今日から有り難く使わせてもらいます!やりますよぉ~!」
「盗まれないように気を付けなきゃダメよ」
「それは確かに!」
「持ち歩くときは袋に入れて隠すのがいいかもしれない」
「そういえば、カバーもくれました。こんなのです」
カネルラ騎士団の紋章を、わざと崩したようなデザインが刻まれたカバーを見せる。
「見事な紋様。失礼だけど意外な才能ね」
「ウォルトさんは、紋様は自分がいいと思うモノしか刻めないって言ってました。細かく指定されたら可能だけど、人の好みを予想しては作れないって」
「そう…」
「アイリスさん。今度一緒に森に行きませんか?」
「なぜ?」
「剣の製作を頼んでみませんか?きっと喜んで作ってくれると思います!」
アイリスさんが羨ましそうに見えるのは気のせいじゃないと思う。ウォルトさんはモノづくりが好きだから喜んでくれるはず。
「そうね…。考えておく。とりあえず、その槍の性能を見せてもらいたい」
「喜んで!」
さぁ、よろしくね相棒!




