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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
430/714

430 狙撃と煩悩

「兄ちゃん、ただいま」

「おかえり」


 ウォルトは抱きついてきたチャチャをハグする。


 今日は事前に連絡をもらってた。コンゴウさん達の工房でオリハルコンを加工して、ボク用の魔伝送器を作ったから来る前に連絡をもらえるようになって予定が立てやすい。

 希少な素材であるオリハルコンを分けてもらったお礼も兼ねて、コンゴウさん達にも連絡用に作って渡したところ、「こりゃ便利だな」ともらってくれた。


 魔伝送器はメリルさんが考案した魔道具。複製の許可はもらったけど、素材も希少だし積極的に作るつもりはない。メリルさんの腕を示す魔道具だから渡した人には他言しないようお願いしてる。


 ハグしたままチャチャが口を開く。


「今日は兄ちゃんにお願いがあるの。私の弓に強化魔法を付与できたりするかな?」

「できるけど、どうしたの?」


 チャチャの説明によると、鱗が硬い魔物と闘って倒すのに相当苦労したらしい。森に棲む魔物だとアルマージかな。全身が鱗に被われているから、弓で倒すなら鱗の隙間や目を撃ち抜く必要がある。


「1発だけでも威力を上げたりできないかって思ったの。貫通力を高めるような魔法で」

「奥の手だね。できるよ」


 まず、チャチャの弓に魔法を付与する。次に、ポケットから魔石を取り出して魔力を付与してチャチャに渡す。


「鏃に魔石を接触させてから撃ってみて」

「こう?」

「そう。矢が落ちずに一直線に飛んでいく照準で」

「わかった」


 設置してある的に向かって矢を放つと、的だけじゃなくて括っている木も軽々貫通した。

 

「すご…。どういう魔法?」

「弓には『高反発』の魔法を、矢には『貫通』の魔法を付与してる。矢だけで充分かもしれない」

「照準はいつも通りがいいから、『貫通』の魔石だけもらっていい?」

「いいよ。魔力が切れたら持ってきて」


 魔石にたっぷり付与しておこう。


「兄ちゃんって、弓は苦手だけど魔法ならどのくらいの距離まで狙えるの?」

「目標が見える距離なら狙えると思うけど」

「見えるって…どんなに小さくてもってこと?」

「裸眼でハッキリ見える点なら撃ち抜けると思う。ぼんやりだと当てるのが精一杯じゃないかな」

「試してもらっていい?」

「いいよ」


 チャチャは更地から辛うじて視認できる森の中に的を設置して戻ってきた。まぁまぁ遠い。


「このくらいならどう?」

「大丈夫だと思う」


 木木の間をすり抜けた先に置かれた的は、かなり小さいけどハッキリ見えてる。手を翳して軽く精神を集中。魔力の矢を飛ばした。


「当たったよ」

「うそ?!」


 チャチャが確認して戻ってくる。


「ど真ん中だった…。どんな目をしてるの?」

「こんな目だよ」


 瞬きしてみるもチャチャは完全に無視。ボクは獣人の中でも視力はいい方だ。猫の獣人には視力が悪い者が多いらしいけど。


「魔法は風や重力の影響をほぼ受けない。だから当てられるだけだよ」


 余計なことは考えず一直線に飛ばすだけ。


「相当難しそうだけど」

「そんなことない。こんなこともできるよ」


 立つ位置を少し変えると、木の陰に隠れて的が全く見えなくなった。そこで再び魔力の矢を放つ。


「今のも当たったよ」

「噓だぁ!?」


 チャチャは的に向かって猛ダッシュ。急がなくても矢は逃げないけどね。


「当たってた。しかもど真ん中に」


 戻ってきたチャチャは驚いた表情。


「的の位置は覚えたから、直前で角度を変えるだけの簡単な作業だよ」


 この辺りの魔法操作は、師匠との遠距離魔法戦の修練もどきで学んだ。師匠は更地に立ったままで、対するボクは森の中で隠れたり駆け回っていたのに的確に魔法を命中させられた。

 悔しくて何度も続けたけど、魔法は一度も師匠に当たらずじまい。しかも、照準を誤ってちょっとでも木に当てようモノならこれももかってくらい魔法で嬲られた。

 人並み外れて性格が悪いのに、自然を大切にするのは数少ない尊敬できるところ。そのおかげで魔法操作は上達した。今のボクは、障壁で防いでもらえるくらいになれただろうか?まだまだ無理かな。


「兄ちゃんは暗殺者とかに向いてそう」

「軽く防がれて終わりだよ」

「魔法を防げない人にとっては脅威だよ。獣人とか」

「それは弓も魔法も同じじゃないか?」

「そうだけど、見えないとこから撃たれたらまず躱せないと思う。弓じゃできない」


 運動神経が皆無の師匠に躱されたから、いまいちピンとこない。あの人は魔力反応で予測してると思うけど。


「もしかして、標的が見えなくても当てられるんじゃない?」

「居場所が特定できれば可能かもしれないけど、見えた方がいいね」


 会話しながらチャチャが貫通させた木を魔法で修復する。バラモさん達と友人になって、精霊力を扱えるようになったから楽に治せるようになった。特に植物の回復に適した力。

 チャチャの矢の威力も上がってるから、的も段々分厚くしているのに、撃ち抜く力はさすがとしか言えない。

 

「そういえば、最近カズ達が兄ちゃんがくれた弓で狩りしてるよ」

「ちょっと大きくないかな?チャチャの体格に合わせた作りだけど」

「気にならないみたい。弟達は弓に得意不得意があるみたいで凄く喜んでた」

「なるほど」


 魔法と同じで、どんな弓でも使いこなすチャチャが凄いということ。


「父さんが羨ましがってね~」

「ダイゴさんが?ボクの弓でいいなら作るけど」

「お願いしてもいい?興味はあるけど「貸してくれ」とは言いたくないって感じなの。頑固オヤジを気取ってるから」


 家長としてのプライドがあるのかもしれない。もしくは、ボクと同じで昔ながらの弓にこだわってるとか。


「ダイゴさん専用だったら使ってくれそう?」

「間違いないよ」

「作るとして、どんな弓がいいんだろう?」

「クロスボウを撃ってみたいって顔に書いてた。興味ありげに何度もチラ見してたから」

「じゃあ作っておくよ。できたら連絡する」

「うん。手伝えることあるかな?」

「大丈夫だよ」


 こんな時、魔伝送器を作ってよかったと思う。でも、オリハルコンを結構使ってしまったからしばらく自重。代用できる素材がないかメリルさんに訊いてみよう。


「兄ちゃん。いきなりだけど私と勝負してくれない?」

「いきなりだね。なんの勝負?」

「狙撃の。私は弓、兄ちゃんは魔法で」

「面白そうだけど、どんなやり方?」

「どっちが正確に的を撃ち抜けるか。より中心を撃ち抜いた方が勝ち」

「同じ距離から?」

「そう」

「ボクがかなり有利だと思う」


 魔法は気象の影響を受けない。魔法と弓では平等な勝負は難しい。


「それでもいい。勝負したい」


 チャチャは相当やる気だ。サマラと遜色ない負けず嫌いだからバカにされた気がしたのかも。


「わかった。いいよ」

「負けたら罰ね!相手の言うことを1つ聞くこと!」

「そこまでやらなくていいと思うけど」

「自分が勝つと思ってるね?」

「それはない。勝負はなにが起こるかわからない」


 どんな勝負であっても絶対はないから面白いし、最善を尽くさなければ足下を掬われる。策を練るのも重要。賢いチャチャには策があるのかもしれない。


「つべこべ言わずに勝負!」

「わかった」


 的を設置し直して、チャチャが先攻で弓を射ると見事にど真ん中を捉えた。


「よしっ!」

「…凄いな」


 風が吹く中で、何度見ても惚れ惚れする腕前。かなり余裕を感じさせる。先に成功させてプレッシャーをかける作戦かもしれない。

 

「次はボクの番だね」


 同じ距離から魔法の矢を放って的に当てる。このくらいの距離ならまず問題ない。


「さすがだね。お見事」


 攻守交代して再びチャチャが射抜く。また中心を捉えて次はボクの番…というところで、チャチャからお願いが。


「兄ちゃんの近くで見てていい?」

「構わないよ」


 チャチャはボクの背後に重なるように立った。その位置だと見にくいと思うけど。気にせず的に向かって手を翳し、魔法を放とうとした瞬間………。


「~~~っ!?」


 放った魔力の矢は、的を捉えたものの中心から少しズレている。


「やったぁ~!私の勝ちだよね!」


 的を確認したチャチャは嬉しそう。


「待ってくれないか?」


 ちょっとだけ異議あり。


「どうしたの?」

「チャチャは、ボクが放つ瞬間に妨害しなかった?」

「なにもしてないよ?」

「本当に?」

「後ろに立ってただけだよ。バランスを崩して、背中にぶつかったのはゴメンね。フラつかなかったから大丈夫かなって」

「うっ…」

「もしかして、それが原因で外しちゃったの?」

「いや…。その…」


 わざとじゃなかったのか…。だとしたらボクの集中が浅かったということ。余裕を感じたゆえの油断と未熟さ。よく考えるとチャチャがそんなことするとは思えない。


 …わざと胸を当てて動揺を誘うなんて。


「なんでもないよ。ボクの負けだ」

「ダメだよ」

「なにが?」

「兄ちゃんにぶつかったのが原因で外したのなら今のは無効!公平な勝負じゃない!」


 なんて真面目なんだ。疑った自分が恥ずかしい…。


「仕切り直しだね。兄ちゃんは構えて!」

「わかった」

「また近くで見せてもらうね。でも、今度は衝撃を与えないようにする」


 ん…?どういうことだ…?チャチャは再び背後に立つ。


「見にくくない?」

「大丈夫!じゃあ、ぶつからないように…」

「チャチャ?!」


 チャチャは後ろからハグしてきた。


「衝撃はないから大丈夫でしょ?ダメかな?」


 最初からくっついていればぶつかってくることはない。ボクは集中するだけ。


「全然構わないけどなにも見えなくない?」


 背中にチャチャの顔の感触がある。前が見えてないと思うけど…。


「大丈夫だよ」

「そっか。じゃあ、いくよ」


 手を翳して、矢を放とうと魔力を放出する瞬間に……。


「~~~っ!?」


 チャチャがギュッと背中に密着した。また当たってる!動揺したまま矢を放つのは止められず、精一杯軌道修正したけれど、またしても少しだけ中心を外してしまった。 


「残念だったね!今度こそ私の勝ち!」

「そうだね…。完敗だよ…」

「やったぁ!」


 完璧にしてやられた…。二度目の油断。チャチャは負けず嫌いだから、どんな手を使っても勝ちにきた。それがボクの動揺を誘うという手法。 

 胸を押し付けるという身を削った勝負根性に脱帽。頬を赤らめてるし本人も恥ずかしいから背後に回ってるんだろう。実行する度胸も凄いと思うし、狙い通り動揺させられたけど、負けを認めたポイントはそこじゃない。


 チャチャはボクが魔法を放つ瞬間を完璧に予測してる。それが1番の驚き。放つ瞬間に動揺させられると、どうしても照準がズレる。少しでも早ければ撃つのを止められるし、逆に遅ければ既に放ってる。なのに、完璧なタイミングで胸を押し付けてきた。二度やられてるからまぐれじゃない。


 上手く魔力を隠蔽できている自信がある。ずっと磨いてきて、できてると思ってたけど、実はただの勘違いで魔力が漏れているのか?なぜなのか理由を知りたい。


「チャチャ。教えてくれないか?」

「なにを?」

「どうやって魔法を放つ瞬間を見切ってるのか」

「ただの予測だよ」

「魔力を視認してるんじゃなくて?」

「魔力は放つ瞬間まで見えない。私は魔導師じゃないし、サマラさんほど敏感でもないからね。でも、身体の動きとか呼吸で予測はできる」


 狩人であるチャチャの観察力と洞察力が優れているのは言うまでもない。呼吸や動き、いわゆる癖で予測するのは考えたことすらなかった。打撃や剣のように人それぞれ魔法を放つときの癖があるということか。

 チャチャには感謝しかない。勝負には負けたけど得たモノは大きい。魔法戦での戦略の幅が広がりそうだ。


「ちなみに、ボクの癖ってどんなの?」

「滑らかに魔法を放つけど、必ず一瞬だけ息を止めるの。そこから決まったタイミングで放つ」

「へぇ~。知らなかった」

「肩の上下で見抜けるけど、くっついてるとよりわかりやすい。呼吸だから。他にもあるよ。また当ててみせようか?」

「是非お願いしたい」


 横に立って放つ瞬間に肩を叩いてくれるみたいだ。


「じゃあ、いくよ」

「いつでもどうぞ」


 呼吸を止めないよう意識しながら、可能な限りバレない動きを意識して……放つ!


「はい」


 ぐうの音も出ない完璧なタイミングで肩を叩かれた。


「…もう一度やっていい?」

「いくらでもどうぞ」


 手を替え品を替え何度か魔法を放つも、全て予測される。目を瞑ろうと外方を向こうと関係ない。観察されてるのは顔だと思うけど断言できない。


 ただただ悔しい。…段々意地になってきた。


「しばらく付き合ってもらっていいかな…?」

「もちろん」


 晩ご飯まで修練したけど、チャチャの予測を上回ることはできなかった。久しぶりの大惨敗。「どこで判断してるか教えようか?」って言われたけど、自力で辿り着きたくて拒否した。でも、最後まで気付けなかった。まだまだ修練が必要。自分を知る必要がある。

 ずっと付き合ってくれたお礼に、チャチャが好きな夕食を振る舞おう。どんな料理が好きなのかは言われなくてもわかる。


「凄く美味しい!」

「それはよかった。沢山食べて」

「言っておきたいんだけど、私達4姉妹以外には兄ちゃんの魔法の発動は予測できないと思う」

「なんで?」

「いつも一緒に修練してるから癖に気付いたけど、初見では躱せないよ。それくらい兄ちゃんの魔法は凄い」


 褒めてくれて嬉しいけど、発動を見抜かれてるようでは師匠に勝てない。ほんの少しの綻びが闘いでは致命傷に繫がる。この癖を克服してまた1歩近づきたい。


「勝負に負けたから、ボクにできることはなんでもするよ」

「うん。添い寝して」


 即答…。添い寝が好き過ぎる4姉妹問題。


「いいのかなぁ。ダイゴさん達に…」

「兄ちゃん。私はもう大人だって言ってくれたのは嘘なの?」

「嘘じゃないよ」

「だったら父さん達は関係ない。私と兄ちゃんの1対1の話だよ」

「それはそうだね」

「というワケで、いいの?」

「いいよ」


 その夜は、初めてチャチャと2人きりで同じベッドで眠った。


 間近でチャチャを見るとモンタだった頃の面影は皆無で、やっぱり大人の女性だと実感した。

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