429 知らずに成し遂げることもある
「ウォルトさん。お久しぶりです」
「「ただいま!」」
「おかえり。オーレンは久しぶりだね」
今日はオーレン達がウォルトの住み家を訪ねてきた。オーレンと会うのは1ヶ月ぶりくらいかな。
「お前ら…我が家みたいに言うなよ。ウォルトさんの家だぞ」
「ココは第2の我が家だから」
「フクーベの家より居心地いいよね!オーレンもいないし!」
「いるけども?!今!まさにっ!ココにっ!」
元気そうでよかった。
「ウォルトさん!この間のジョンにもらった素材なんですけど!」
「うん」
道化遊園でジョンがくれた素材は4姉妹が持ち帰った。冒険者ギルドなら用途がわかるかもしれないし。
「珍しい素材だったみたいで、ギルドで相当な高値で買い取ってもらえました!」
「そっか。よかったね」
ジョンを倒すか生かされないと手に入らない素材だと考えれば、世間にはそんなに出回ってないかもしれない。
「報酬は4人で分配したんですけど、ウォルトさんにもなにか渡したくて!コレをお納め下さい!」
アニカが手渡してくれた麻袋から、いろんな匂いが漏れ出してる。
「なにもしてないから必要ないのに。もしかして調味料?」
「そうです!たまぁ~に外国の調味料なんかもギルドで取り扱ってるんです!ちょうどよかったので、替えてもらいました!」
「本当にもらっていいの?」
「どうぞどうぞ!使ってください!」
「ありがとう。凄く嬉しいよ」
料理の幅が広がる。有り難く使わせてもらってお返ししよう。
「あの後、ギルドで質問攻めにあいました。道化遊園の場所や構造とかを詳しく訊かれて。「冒険中にたまたま発見した」って話で納まりました」
「お姉ちゃんと私は「運がいい」って言われたんです!迷い込んで戻ってこれた冒険者は多くないって!「ボスが相当強くて中堅パーティーではまず勝てない。見逃してもらえたのは幸運だ」って!」
「俺も行ってみたかった…」
「ミーリャとイチャイチャばっかしてるからだ!この歩く変態が!」
「それは関係ない!あの日はサマラさんの誕生日だったから、俺は行けないだろ!」
オーレンは気を使ってくれてたのか。
「その内オーレンも一緒に行こう」
「お願いします!かなり気になってます!」
「ただし、ジョンは強い上に好戦的だからもっと腕を上げてからがいいね」
「わかりました!腕を上げて挑戦します!」
「試しに、今からジョンと仮想戦闘を体験してみるかい?」
「そんなことできるんですか?!」
「ボクは何度もやられてるから、傾向と能力は模倣できるよ」
「「「やってみたいです!」」」
更地に出て、3人を相手にジョンの『殺人者の王冠』のみで対抗する。あえて助言はしない。
「相当ヤバい能力です…!剣が全く通じない!」
「魔法も掻き消されます!」
「こんなのどうすれば…!突破口が見つからない!」
コレでも能力はかなり抑えてる。初めてジョンと対峙したとき、ボクは絶望しか感じなかったけど、皆は知恵を出し合って攻略法を見つけようとしてる。
様々なことを試して勝機を掴もうと努力する姿に3人の強さを感じた。それでも能力を突破するには至らず、ウイカとアニカの魔力も尽きて修練は終了。
「お疲れ様。どうだった?」
「ありがとうございました。今の俺達じゃ確実に殺されます。挑むのはまだ早いです」
「本当に運がよかったと感じました」
「でも、ジョンにいつか勝ちます!」
「その意気だよ」
ボクですら修練を積めば最後まで立っていられるくらいまで成長できた。3人なら力を合わせてジョンを倒せる。
「昼ご飯にしようか」
修練を終えた皆を労うために昼食を作って食卓を囲む。
「「美味しいです!」」
折角だからもらった調味料も使ってみたけど、いい味付けができたと思う。
…と、オーレンから質問が。
「ウォルトさんは、カネルラのダンジョンを幾つ知ってますか?」
「ボクが知ってるのは…12箇所だね…ほぼ南部のみ」
「その中で最難関ダンジョンは、やっぱり悪魔の鉄槌ですか?」
「どのダンジョンも完全踏破したことないから一概に言えないけど、【獣の楽園】か…【西洋三色】だと思う」
「西洋三色ってどこに在るんですか?」
「かなり遠い。カネルラでも北部だから行くなら泊まりがけになる」
「どんなダンジョンですか?」
「魔物の強さが悪魔の鉄槌の比じゃない。攻略できるパーティーはかなり凄いと思う」
他のダンジョンには出現しないような魔物ばかりで、しかも格段に強い。ボクが知る限りカネルラでは別格の難度を誇るダンジョン。
「ウォルトさんはどのくらいまで潜れましたか?」
「かなり前だけど、7階層までだね」
「今なら?」
「7階層は突破できるかもしれないけど、断言できないなぁ」
遠いから足が向かないけど、早朝から駆け続ければその日の内に着ける距離。修練と鍛練を兼ねて今度行ってみようかな。野宿すればいいし。
「私達を置いて1人で行こうとしてますね?」
「師匠なのに冷たいです!」
姉妹にバレた。
「そうだけど、かなり遠いんだ。皆には冒険もあるだろう?」
冒険者は暇な職業じゃない。依頼主の依頼に応えて報酬を稼ぐ立派な仕事だ。遠出するのはいいけど他にも予定があるはず。
「今じゃなくていいので、行ってみたいです!」
「ウォルトさんが私達を連れて行っても大丈夫と思ってもらえた時で」
「行ってみたいよな」
「わかった。その時は一緒に行こう。キリアンのクエストがあれば目標になっていいんだけどね」
★
後日、フクーベのギルドにクエストを受注しに来た【森の白猫】の3人。オーレンはふと思った。
「キリアンのクエストがあるか見てみるか。どのくらいの難度か気になる」
「探すだけならいいよね」
「たまにはいいこと言うじゃん!」
「たまには余計だ!」
掲示板に張り出されたクエストを隈なく見て受注票を探してみる。
「見つからないね」
「掲示板にはないね!」
「キリアンのキの字もない。やっぱりフクーベの管轄じゃないんだろうな」
ウォルトさんの話だと、カネルラ北部に所在するダンジョン。南部都市のフクーベの冒険者がクエストを受注しても遠征費が必要になる。高額の報酬が手に入るのならまだしも、近隣の街のギルドに依頼した方が合理的だ。フクーベには依頼されてないのかもしれない。
「おつかれ。真剣な顔してどうしたんだ?」
声をかけてくれたのは、親交の深いCランクパーティー【南瓜の馬車】のマックさん。メンバーも勢揃い。
「お疲れさまです。クエストを探してるんです」
「結構ある方じゃないか?選り好みしないだろ?」
「そうなんですけど、今日は興味があるクエストがあって」
「どんなクエストなんだ?」
「キリアンのクエストなんですけど」
マックさん達は顔を見合わせる。
「それはココにはない」
「どういう意味ですか?」
「キリアン関連のクエストは…大抵あっちだ」
マックさんが指差した先には、特級クエストの掲示板。特級クエストは、隣国の難関クエストやカネルラ全土で一斉に発注されるような達成困難なクエストばかり。
最低でもBランク以上の冒険者が受注するクエストで、俺達は見ることもしない。冒険者になりたてのとき興味本位で覗いたくらい。
「ちょっと覗いてみるか」
「だね!」
3人で見に行く。
「……あった。キリアンでの鉱石採取……受注ランクは…A。鉱石なのに…」
「こっちにもある!5階層付近に出現する魔物の討伐みたい……こっちもAだね!」
「マジか…」
久しぶりに実感する。ウォルトさんは凄い獣人だってことを。7階層までは潜ってて、今なら10階層までいけそうだと言ってた。しかも単独潜行って意味だよな。
「俺達も行ったことはないが、キリアンはカネルラのダンジョンの中で攻略難度が桁違いらしい。冒険者の死亡率が最も高いと云われてる」
「原因は魔物の強さですか?」
「それもあるし、かなり難解で即死クラスの罠が張り巡らされてるみたいだ」
「どの辺りにあるんですか?」
「北部にあるアーリカって街の近くで、フクーベからは馬車で4日はかかる。まさか、行く気じゃないよな?」
「さすがに無理です。クエストも受けられませんし。興味はあるんですけど」
「君達はいずれ挑むさ。でも、時期を見極めるのは大切だ。俺が言うまでもないだろうけど」
「いえ。心配してもらって嬉しいです」
まだ時期尚早。まずは全員Bランクに上がって、話はそれからだ。
「……ちょっと!お姉ちゃん!」
「どうしたの?」
アニカがウイカを手招きする。
「コレ…見て…」
「どれ?…………えっ!?」
アニカ達の視線の先にある古びたクエスト票には、【道化遊園の攻略。又はボス素材獲得】と書かれている。
受注ランクはB~A。所在場所の正確な情報提供だけでもCランク相当の報酬あり、と追記されている。
「私達、いつの間にかBランクのクエスト達成してる!」
「そうだね。だから報酬が凄かったんだ。道理で何度も場所とか訊かれるはずだね」
「本当にわからないけど!」
ウォルトさんは「楽しめるから」という理由で、ウイカ達を道化遊園に連れて行ってくれたらしい。そして、コイツらは言葉通り楽しんで帰ってきた。それがBランク以上のクエストだったと言われて誰が信じるだろう。笑うしかない。
「とりあえず新しい目標ができたね!」
「うん。頑張ってBランクに上がれたら…」
「キリアンで冒険だな」
「オーレンは置いていこう!役に立たないし!」
「立つわ!ふざけんなよ!」
「なにができるの?腹芸とかいらないし!」
「前衛だバカ!調子に乗りやがって…。お前らは師匠のおかげで攻略できたくせに…」
「あぁぁぁあああ!!」
「ぼへぇあっ!!」
アニカの拳がクリーンヒット。久しぶりに口が数字の3になる。「師匠?君達には師匠がいるのか?」とマックさんが訊いてくる。
マズい…!勢いで言ってしまった!
「私達にも師匠はいます」
「いろいろ教えてもらってる皆さんです!マックさんも私達の師匠です!」
コイツらはさすがだ…。息をするように嘘を吐く。ウォルトさんの情報は親しい人にもまず漏らさない。
「嬉しいけど言い過ぎだ。俺なんてなにも教えてない」
「そんなことないです。今日だってキリアンのことを教えてもらいました」
「冒険でもいつもお世話になって、頼りにしてます!」
「そうか…。今日は俺が飯を驕ろう!」
「「嬉しいです!」」
「その前に、うちのクエストを手伝ってくれないか?」
「喜んで」
「やりますよぉ~!さっさと行くよ、オーレン!」
「あぁ」
今日は夜に説教か…。明日、ミーリャに慰めてもらおう。モスさんとドミスさんは、ちょっと複雑そうな表情。
どうやら、2人は先日アニカとウイカに告白して、それぞれ玉砕したとマックさんから聞いた。傷心で何日か使い物にならなかったと苦笑いしてた。
「オーレン…」
「なんですか?」
モスさんが寄ってくる。
「俺はまだ諦めてない。ウイカは天使だ」
「マジですか…」
どっちかというと小悪魔ですけど。
「俺もだぜ。アニカは女神だ」
ドミスさん…。アイツは死神です。
「アイツらになんて言われたんですか?」
「「気持ちは凄く嬉しいです。でも、好きな人がいるのでお付き合いはできません」…だ」
「俺もほぼ同じだ。悔しいぜ…。「できるなら今まで通りに接してもらえませんか?」ってな…。優しい子だぜ」
モノマネまでして……ちょっと気持ち悪いな。ハッキリ言っておいたほうがいいのかもしれない。
「あの……諦めた方がいいんじゃないですか…?」
想い続けるのはモスさんとドミスさんの自由だけど、上手くいく可能性は限りなく低い。
「いや!2人はまだ片思いらしい!俺達にもチャンスはある!」
「そうだぜ!むしろ上手くいく未来しか見えないぜ!」
なんの根拠があるんだ?!
「相手が相手なんで相当厳しいと思いますけど…」
「……オーレン」
「なんですか?モスさん」
「その口ぶり…。彼女達の好きな人とやらを知ってる風だなぁ…?」
「なぁにぃ~…?聞き捨てならないぜ!」
まっずい…!
「いや、知らないで……」
ガシッ!とヘッドロックされる。
「今日は帰さないぜ…」
「白状するまで一緒に飲んでもらうぞ」
「なにも知らないんですって!」
この2人はまぁまぁ酒豪だ。そして、恋愛相談が始まると相当面倒くさい。普段はいい人達なのに。
「オーレンは噓がつけない。顔に書いてるんだよ」
「俺達に協力してくれるよな?」
「知ってることだけですよ?」
「それでいい!」
「夜が楽しみだぜ!」
はぁ…。ミーリャに会いたい。




