423 湯治したいと思っただけなのに
「ウォルト。なにを悩んでるの?」
住み家の外で日向ぼっこしながら頭を捻っていたら、肩に留まったハピーに心配されてしまったでも、悩んでるワケじゃない。
「蟲人は、この付近に温泉が湧き出ない理由とか知ってたりする?」
最近、温泉に浸かりたい欲がある。カンノンビラの温泉は気持ちよかった。住み家のお風呂もいいけど、たまに広い温泉に浸かりたくなる。
でも、フクーベの近くには温泉がない。昔から湧かないらしいけど、なにか理由があるのか考えていた。
「温泉ってなに?」
「地面を深く掘ると、お湯が湧き出る場所があるんだ。そのお湯に浸かると、病気が治ったり他にもいろんな効用があったりして、温泉って呼ばれてる」
「ふ~ん。お湯が湧き出る場所なんて聞いたことない。ちょっと待って。お~い、イハ~!」
呼ばれたイハさんが軒下から飛んでくる。休憩中だったのかな。
「どうした?」
「あのさ、ウォルトが地面からお湯が湧き出る場所を探してるんだって」
「ほほう。興味深い話ですね。詳しく聞かせて頂けますか?」
温泉についてイハさんに説明する。
「ふむ。心当たりはないですね」
「そうだと思います。かなり深く掘らないと湧かないらしいので、自然にお湯が出る場所はないと思ってます」
「ちょっと待って下さい。クマン!いるか?」
クマンさんも飛来する。
「実はな……温泉が…云々」
「ふぅむ…。知らんなぁ。お~い、スズはいるか~?」
「なに?」
「いや。地面からお湯が沸く場所があるらしくてな……云々」
「う~ん…。知らないよ。アシナ~!」
「どした?」
結局、全員集合で蟲人会議が始まった。
「あの…別に知らなければ構いません。軽い気持ちで訊いたんです」
もし知っていれば…くらいの気持ちで尋ねたから、こんな大々的なことになると思ってなかった。花を育てたり、仕事をしていた皆に申し訳ない。
「気にしないで!なにか思い出しそうなんだけど…。なんだっけ…?…あっ!イハ!昔の住み処の近くに、いつも土が温かいところがあったよね!」
「ん~?……あったな。東風が強い場所だろ?」
「そう!あそこ怪しくない?」
「そこは遠いの?」
「ウォルトならそんなにかからないと思うよ。行ってみる?」
「場所を教えてくれたら1人で行ってくるよ」
「たまには一緒に行こうよ!嫌なの?」
「嫌じゃないよ。仕事を邪魔しちゃ悪いと思って」
「今日はいいよ!仕事ないし!」
「仕事なら山ほどあるぞ」
「ばっくれるつもりか、ハピー」
「ちゃんとやれ!」
一斉攻撃を受けるハピー。サボってたのか。
「ちょっと行って、場所だけ教えて帰ってくるよ!それならいいんでしょ!まったく!」
逆ギレ気味のハピーと出発することにした。
「ウォルトにしがみつくと楽しいんだよね♪」
「そう?」
クローセやタオの子供達と同じだ。でも、楽しいならなにより。
「もうそろそろだよ!こっち!」
「わかった」
ハピーの誘導で噂の場所に辿り着いた。
「久しぶりに来た!この辺一帯の土が温かいの!」
地面に掌を当てると確かに温かい。地中から湧き上がるような陽だまりとは違う温かさ。
「ちょっと細く掘ってみようか」
「遅くなるとイハ達に文句言われそうなんだけど」
「直ぐに終わるよ」
『疾風』を球状の竜巻のように発生させて、地面に埋め込むように操作すると、土を巻き上げながら地中に潜っていく。
「すごっ!どんどん土が吐き出されてく!」
「これだけである程度は掘れるはず」
あとは細長い竜巻を沈め続けるだけ。やがて、土の吹き上げが止まった。
「岩盤に当たったかな」
「どうするの?」
「違う魔法で掘ってみよう」
穴に小石を落として、跳ね返るまでの時間と音でおおまかな距離は掴んだ。結構掘れてるけど、やっぱり石か岩にぶつかってる。
『闇蛇』
「げっ!?なに、その魔法!」
漆黒の蛇が多数発現して、ニョロニョロと穴の中に潜っていく。この魔法も考案した獣人の魔法。基本的には『黒空間』と同じ魔力で構成される。ただ、『黒空間』は特定の場所にいきなり発動させることができるけど動かせないのに対して、『闇蛇』は自在に動かすことが可能。純粋な魔法ではなく実体化するタメに『気』を混ぜている。
シノさんに見せたら怒られそうどけど、『気』の質は魔力で完全に視認できないよう隠蔽できているはず。魔導書を読み返して、明るい場所でも闇魔法を発動できるようになった。やっぱり基礎は大事だと再認識した。
「気持ち悪っ!こ~わっ!」
サマラのような反応だ。ハピー達にとっても蛇種は天敵だろう。
「あとは、この魔法の蛇が少しずつ岩を削ってくれるんだ」
魔力はかなり弱めに調整してる。そうしないと、どこまでも掘れそうだから。岩を消滅させながら魔力も弱まるけど、そこそこの厚さでも抜けるはず。もしお湯が出なかった場合、無駄に地面を抉ることになるからほどほどにした。
しばらく様子を見て、再び小石を投げ入れると、ポスッと土に落ちた音がする。岩盤は抜けたっぽい。
「よし。また風魔法で掘っていこう」
「いけいけ~っ!」
順調に掘り進めて二度目の岩盤に行き当たる。再び『闇蛇』を潜らせて、数分後…。
「ん…?」
「どうかしたの?」
穴の奥から、シュー!と空気が漏れるような音が聞こえ始めた。
「この音は…?」
「音?聞こえる?奥が見えればいいんだけどね」
ハピーが穴に近づいて覗き込もうとする。
「ハピー!穴から離れて!」
「えっ?……どわぁぁっ!」
穴からいきなりお湯が噴き上がった。ボクの身長の何倍もの高さまで水柱が上がる。
「熱っつぅ~!」
頭上から霧状の熱湯が降り注いで、思わず跳んで距離を取った。高速で首を振って毛皮の水分を飛ばす。
「…はっ!ハピー!どこだっ!?」
見渡しても姿が見えない。もしかして、吹き飛ばされたのか!?探さないと!
「ココだよ!驚いたけど無事!熱かった~!」
ニョキッ!とローブの襟元から顔を覗かせた。いつの間に入り込んだのか。さすがの機動力に胸をなで下ろす。
「ゴメン。もっと早く伝えるべきだった。火傷してない?治すよ」
「大丈夫!」
「よかったよ。とりあえず…」
熱湯を吐き出し続ける穴の出口を『強化盾』で塞ぐ。魔物の突進には劣るけどまぁまぁの圧力だ。
「いやぁ、びっくりしたね!でも、温泉発見でいいのかな?」
「浸かれるお湯なのかわからないから、なんとも言えないなぁ」
「ちょっとだけ掬って肌に付けてみたら?」
「そうだね。やってみようか」
『強化盾』の真ん中に小さな穴を空けて、そこから噴き出るお湯をコップに溜める。念のために花茶を持ってきてよかった。素手で触れるのは無理な温度。ハピーも興味津々の様子。
「くんくん…。匂いからすると毒じゃない!飲めるよ!」
「ボクもそう思う。ちょっと冷まして肌に塗ってみよう」
「冷ますって?息で?」
ふぅ~…とコップに冷たい息を吹きかける。
「冷たっ…!魔法って口からも出せるの?!すごっ!」
「魔法じゃなくて氷の狼吼だよ」
「私には違いがわかんないよ」
「そんなことより、このお湯は凄いかもしれない」
「なんで?」
「少しだけ持って帰ろう。蟲人の皆に訊きたい」
「浸からなくていいの?」
「とりあえず大丈夫。一度帰ろう。ハピーはやることもあるだろう?」
「は~い…。思い出した…」
仕事をしてないから偉そうに言えないけど、生きていくためには最低限やらなきゃいけないことがある。獣人も蟲人も同じだ。花茶を入れてきた水筒にお湯を汲んで、住み家に向けて駆け出した。
「てやんでい!帰ってきちゃったぜい!」
住み家に着くなり、ハピーは変な口調になる。
「急にどうしたの?」
「前に住み家に来た人間の真似!面白い話し方だったよね!」
ゲンゾウさんのことだな。ハピー達は床下にいることも多いから、外での会話が聞こえてるはず。
「もしハピー達が話したくなったら紹介するよ」
「大丈夫!ウォルト以外と会う気はないから!」
「強制はしないよ。1つ教えてもらいたいんだ」
「なに?」
「ボクの花茶を飲むと蟲人の皆が心を開いてくれるのは、味覚で人を見分ける自信があるから?」
「そんなんじゃないよ。なんて言えばいいかなぁ…?ウォルトは魔法が好きだよね?」
「もちろん」
「自分が感動する魔法を見たら、『この人は悪い人じゃない』って思わない?」
「思う」
「料理もそうでしょ。感動する料理を食べたらそうなるよね?」
「そうだね」
「それ!」
わかったような、わからないような…。
「ウォルトの花茶がただ美味しいだけなら信用しないよ。上手く表現できないけど心に響く味なの。花茶も料理も。蜂の蟲人だけかもしれないけどね!」
「そっか。ありがとう」
「そんなことより、お湯について説明してよ!」
「そうしようか。皆を呼んできてくれる?」
「いいよ」
近場にいる蟲人に声をかけて、連れてきてくれた。
「集まった!」
「ありがとう。皆さんに判断してもらいたいものがあります。温泉を捜しに行って見つけたんですけど」
汲んできたお湯をコップに移して皆に見せる。
「おそらくなんですが、酒蜜のような成分だと思います。皆に判断してもらいたくて」
「えっ!?そうだったの?!」
「さっき魔力を含んだ息を吹きかけたろう?あの時、お湯が反応したんだ」
魔力同士が衝突するとき、煌めきが発生する。見間違いじゃないと思うけど、一見すると魔力が含まれてるように感じない。含まれている成分が断定できないから、蟲人の意見を聞きたかった。正直、温泉であるかはどうでもよくなっている。イハさん達も興味津々。
「ふむ。飲めそうではありますね」
「匂いはいいな」
「ちょっと舐めてみる?」
「まずはボクが舐めてみるよ。皆になにかあったらいけない」
冷めてしまって適温なので、指に垂らして舌先に付けてみる。
「………」
「どう…?」
「う~ん…。味は微かにあるけど、含まれてるのは魔力じゃないような…」
「よし!私に任せて!」
ハピーが手で掬って口に含む。
「う~む…。こ~れ~は……旨い!」
「そう?」
「皆も飲んでみて!」
ハピーが皆にお湯を振る舞う。
「これは旨いな。初めて飲む」
「美味しいとは違うね」
「確かに。『旨い』だな」
「どういうことでしょう?」
イハさんが説明してくれる。
「美味しいと言うより、ほんのり甘いのです。でも、なんの甘味なのか判別できません。酒蜜とは違うので魔力ではないと思います」
「なんていうか、気持ちよくなるんじゃなくて元気になる感じだね!」
「そうかもしれんな。疲労が回復しているような」
神妙な面持ちでクマンさんが語る。
「もしかすると、龍脈の水じゃないか?」
「龍脈とはどんなモノですか?」
初めて聞く言葉だ。
「昔から伝わる話で、大地の中には不思議な力が水のように走る龍脈というモノが存在する。山の尾根を龍のように走っているから、と云われてる。それが森の地中まで繋がって走っているかもしれない」
「大地の不思議な力を吸った水の可能性があるということですね。普通の水脈も同じような気もしますが」
「無関係かもしれないし、あくまで仮定の話だ」
龍脈は通常の水脈より深い場所を走っているのかもしれない。今回は結構深く掘った。井戸の何倍も掘っているはず。偶然当たった可能性がなきにしもあらず。
クマンさんの推測が正しいとすれば、このお湯には大地の恵みというか、なにか効用がありそうだけど。
「試しに、このお湯を使って花を育ててみるのはどうでしょう?」
「面白そう!やってみよう!」
皆が育てている花壇に移動して、如雨露で全体に与えてみる。
「おぉっ!」
「へぇ~!」
お湯を浴びた花は明らかに生命力が増した。茎はピンと伸びて葉は青々と変化する。
「ちょっと蜜を吸ってみよう!………か、かなり美味しくなった!」
「驚きだ。濃厚で全然違う。ただ…」
「ドロッとしすぎて飲みにくいね。もっと薄めていいかも!」
蜜の味や状態が変化しているのは確かみたいだ。
「酒蜜にも使えるんじゃない?」
「やってみよう。ウォルトさん、いいでしょうか?」
「もちろんです」
酒蜜用に栽培している花にも、薄めてお湯をかけてみる。
「早速収穫してみますか?宴会にしましょう」
「ありがとうございます。ハピーは存分に働いてからな」
「えぇ~!今日はよくない?」
「ダメだ。ちゃんと仕事を残しておいたぞ」
イハさんは呆れたような表情。
「ウォルト~!なんとか言ってよ。お湯を探し出したのは私のおかげだよね?今日くらい休んでいいよね?」
「探し出せたのは魔法のおかげだね」
「きぃ~!ウォルトのバカぁ!」
夜は宣言通り宴を催す。花料理と酒蜜の一番搾りで乾杯。
「この酒蜜は抜群に美味い!全然違う!」
「過去最高の出来だ!」
「美味しすぎるね!」
味覚が敏感で、いつも飲んでいる蟲人達が言うんだから間違いない。謎の水の正体はハッキリしなかったけど、色々と試して探る楽しみができた。薬の素材としても使ってみたいし一度は温泉として浸かってみたい。
穴はしっかり塞いでおかないとまた噴き出す恐れがあるから、明日にでも厳重に塞ぎにいこう。お湯が枯渇すると森に悪い影響が出る可能性も捨てきれない。
「スッキリしてキレがあるな」
「辛口だ」
イハさん達の酒蜜批評は達人のそれっぽくて貫禄がある。ハピーが左肩に留まって笑った。
「ウォルトはすごい酒蜜職人だね!」
「狙ってないけど、皆が楽しそうだからよかったよ」
恐れ多いけど、まるで杜氏になった気分だ。




