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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
419/714

419 防犯について考える

 ウォルトは、先日発生したブロカニル人によるアニカの誘拐未遂を重く見て、住み家の防犯強化について考えている。


 事の経緯は単純。カネルラに攻め入るという計略を謀ったブロカニル人の3人組が、夜の動物の森に忍び込み住み家に目を付けた。

 寝床と食料の確保、そして女性を襲い性欲を満たそうと住み家を訪れ、対応してくれたアニカが『睡眠』で眠らされて攫われてしまった。話し声を聞かれていたとボクは推測してる。

 匂いを辿って連れ去られたアニカを発見したとき既に半裸状態だったけど救出することができた。目を覚ましてもショックを受けた様子はなくて、「全く覚えていない」と発言してるからドアを開けると同時に眠らされたはず。

 

 尋問した男は魔法を操った。深く眠らされたことは不幸中の幸いだったとも言える。ただ、魔法を悪用した許し難い行為。

 下品な表情を浮かべながらアニカの身体に覆い被さる男達に対して一瞬で怒りが湧き上がり、躊躇うことなく魔法で首を切断した。正義感なんて格好いいモノではなく、単純に許せなかったから。


 ボクは心の傷が癒えないことを知ってる。傷は薄くなるかもしれないけれど、抱いた気持ちは死ぬまで消えることはない。暗澹。侘しさ。鬱。どれも普段の生活に必要ないモノだ。

 あんな気持ちを味わう必要なんてない。だから、大切な友人を襲いカネルラで悪事を働こうとする不埒な輩を気の済むように排除しただけ。

 今回の事件を引き起こした元凶はブロカニル人だけど、アニカの身を脅かした責任はボクにもある。夜に住み家を訪ねてくるなんて怪しい者であることが前提なのに、無警戒でアニカを出迎えに行かせてしまった。自分が対応していれば防げたはずで完全に油断。


 一緒にいたウイカには全て終わった後に説明して謝罪したけど、「間に合ってホッとしました」と複雑な表情を浮かべていた。

 アニカにも謝りたかった。でも、「もし覚えていたら嫌なことを思い出すかもしれないので少し様子を見ましょう」とウイカに提案されて閉口することに決めた。


 そして、「ウォルトさんのせいではないです」と強い口調で言われた。「アニカを守ってくれて感謝してます。事件が原因でココに来れなくなるのは絶対に嫌で、それはアニカも同じです」とも。

 だから、友人の安全を確保するために防犯を強化できないか考えることにする。ブロカニル人が言った「仲間が来る」という発言は虚言だとわかっているけど、真実であっても構わない。その時は、二度とカネルラに足を踏み入れられないよう宣言通りプリシオンに向かい老若男女問わずブロカニル人を1人残らず狩って根絶やしにしてやる。

 その時は殲滅戦。どんな奴がいようと結局殺るか殺られるかの2択しかない。たった1人でも…どんな手を使ってでもやり切るつもりだ。


 そんな話はとりあえず抜きにして、皆には住み家では安全に楽しく過ごしてもらいたい。訪ねてくれる人が増えた。魔法を使える人も使えない人もいる。完璧な安全なんて確保できないのは理解してるけど、可能な限り危険を排除したいと思うんだ。





 対策を施して首を傾げる。


「なんか違うような…」


 住み家は玄関を除いて師匠の魔法が付与されていて、よほどの化け物でない限り破壊できない。住み家の中はたとえ火を着けられても安全地帯。だから問題は玄関だ…と思い、あれもこれもとドアに魔法を付与したところ、アニェーゼさんの部屋より要塞化した。

 蟻の子1匹通さない鉄壁だけど、見知らぬ人も通さない。訪問者を即死させるレベルの魔法付与。コレは本来の目的じゃない。完全にやり過ぎた。


「心配しすぎです」


 悩んでいると、いきなりウイカの声が聞こえて驚く。声のした方を向くと笑顔のウイカが胸に飛び込んできたので優しく受け止めてハグをする。


「こういうことです」

「どういうこと?」

「チャチャに教えてもらったんです。風下から音を立てないように近付けばウォルトさんは気付かないって」

「全然気付かなかったよ」

「誰だって四六時中周囲を警戒してられないです。ウォルトさんもそうですよね。油断だってします」

「そうだね」


 五感の敏感さには多少自信があるけど、周囲の気配を感知するのに匂いや音に頼りすぎてる部分は大きい。他のことに気をとられて気付かないことも当然ある。


「避けられない危険もあります。冒険と同じで、どんなに警戒して策を巡らせても罠に嵌まることはあります。なにが言いたいかというと…」

「うん」

「1人で考えずに私達を頼ってほしいってことです!皆の問題は皆で考えましょう!単独行動禁止です!」

「…ありがとう。ところで、今日は1人で来たの?」

「アニカとオーレンはミーリャ達と冒険してます。私は治癒院で勉強して時間が空いたので来ました」


 治癒師を目指してるウイカは、冒険の合間にリンドルさんの所属する治癒院で勉強させてもらってると聞いてる。未だに「私がテムズを殴ってやる!」と意気込んでるらしくてしばらくあの姿では会えない。

 ウイカはボクがやらかしてると読み切って来てくれたんだろうな。そうでなければ、こんな登場の仕方はしない。


「とりあえず元に戻そう」

「凄い付与です。何重にも付与してるのに共存してます」

「凄くはないよ。いい機会だから悪い見本として教えておこうか」

「ちょっと待って下さい。付与されてる魔法がなにか当てていいですか?」

「もちろん」


 しばらくウイカと付与魔法について語り合った。その後、住み家に入って「ご飯は?」と尋ねると「軽いモノを食べたいんですけど…」と気になる返答。


「食事はいいの?」

「できれば軽くて甘い物が食べたいです」

「どうかしたの…?」

「実は…」


 ウイカは言い辛そう。もしかすると、体型を気にして食事制限してるとか…。女性は微妙な体重の増加も気にするらしい。ふくよかな体型のほうが健康的に見えるけどあくまでボクの主観。


「治癒院で酷い怪我を見てしまって…。お腹は空いてるんですけど、食欲が湧かないんです。情けないんですが…」


 全然違う理由だった。でも気持ちはわかる。ひどい怪我や大量の血を見たら、誰だって衝撃を受けるし匂いも鼻に残る。怪我人の苦しむ姿を見て辛いはず。しばらく頭から離れないだろうけど、治癒師になるなら避けて通れない道。


「情けなくなんかないよ。ボクも師匠に全身を燃やされたときは匂いが鼻の奥に残って肉を食べたくなかった。修練で骨が飛び出るほど肉が抉れた後も食べたくなかったなぁ」

「話のレベルが違い過ぎます」

「じゃあ、餡子を使った甘味を作ろうか」

「私の話、聞いてませんね?」


 米を蒸かして潰して、伸ばした後に餡子を包んで…っと。


「美味しいです!お茶に合います!」

「よかった。食べれるだけ食べて。ところで、アニカは変わりない?」

「あの夜のことは全く覚えてないみたいで、ウォルトさんが自分から添い寝してくれたことに驚いてました」

「怖い体験をして、記憶になくても無意識に恐怖が襲ってくるかもと思ったんだ。ウイカがいてくれてよかったよ」

「なんでですか?」

「包容力があって気配りもできるウイカには、いろんな事を頼んで甘えてしまう。優しくて美人な上に、親しみやすい可愛いさもある魅力的な女性だから」

「ぶっふぅっ…!ごほっ…!の、喉にっ…詰まっ…!」

「大丈夫?!お茶をゆっくり飲んで!」


 お茶を飲んでもらいながら優しく背中をさする。


「ふぅ…。急にそんなこと言われたら驚いちゃいます」

「思ったことを口に出しただけだよ」

「もしかして、私が心を読むからですか?」

「そうだよ。チャチャにも心の内を言ったら似たような反応された。どうせバレるからね」

「なるほど…」

「語彙力が足りなくて、皆の魅力を上手く表現できないのが悔しいよ」

「それはそれで破壊力がありますけど」


 甘味を食べ終えたところで訊いてみる。


「玄関になにかしら手を施したいと思うけど、ウイカはどう思う?」

「こういうのはどうでしょう?」


 アイデアを出してもらって、玄関のドアに細工してみることに。まずは、ウイカ達でも覗ける高さに工具で覗き穴を空けて、訪ねてきた人を確認できるように加工する。穴を空けながらふと気付いた。


「見えない場所に立たれたら意味ないね」

「ドアの向こう側が見えるような魔法を付与できませんか?」

「やってみよう。ちょっと前に考えた魔法が役に立つかもしれない」

「見たいです」


 透明の魔石を取ってきて魔法を付与する。


鷹の眼(ホークアイ)


 付与した魔石を覗き穴に取り付けて、ウイカに覗いてもらう。


「ドアの向こう側の景色が見えます!どんな魔法なんですか?」

「この魔法は、『周囲警戒』に似た魔力を上空からの視点で視覚と連動させるように改良した魔法だよ。ある程度の距離までなら鳥のように見渡せる」


 上空からじゃなく平面で見通せるように変化させてみた。ファルコさんの優雅な飛行を見て思いついた魔法だけど、似たような魔法は既に存在すると思う。


「覗き込んで尖ったモノで突かれたら危ないから、『堅牢』で割れないようにしておこう」

「そこまで必要でしょうか?」

「念には念を入れたい。どんな奴がいるかわからないから」


 アニカやウイカは『治癒』が使えるけど、オーレンやサマラは無理。チャチャもだ。失明でもしたら大変。ボクが住み家を襲う気ならそうする。少しの隙も見逃さない。ついでに、魔法でも魔石が壊せないような付与しておこう。


「ドアはどうしますか?」

「毎回蹴破ろうとする友達がいるんだ。だから『衝撃吸収』を付与しようかな。殴られても壊れないから皆も安心できる。ついでに、魔法でも壊せないように付与しよう。『無効化』が一番怖いけど、感知したら『火焔』で反撃するように2層で付与して…」


 真剣にやってるのになんだか楽しくなってきた。ウイカと話し合いながら時間をかけて完成。


「できましたね」

「意見をもらえて助かったよ。悪意のない人は傷付けずに皆を守れるはずだ」

「大丈夫だと思いますけど、悪ふざけすると死んじゃう可能性もあります」

「普通は人の家の前で悪ふざけしないよね?そんな奴は燃えても仕方ないと思ってる」


 ボクが思うに、他人の家の玄関で悪ふざけする奴は敵だ。死んでも自業自得。友人には教えておくから心配ない。


「ドアを蹴破ろうとするのは悪ふざけじゃないんですか?」

「彼女には悪気がないんだ」

「えぇっ?!女性なんですか?!」

「というより牝馬だね。3回蹴破られてるよ」

「納得です」


 あれこれ作業して時間はもう夕方に差し掛かってる。


「アニカはクエストが終わったら来るって言ってました。オーレンは多分ミーリャと食事です」

「そっか。夕食を準備しておこう。ウイカは軽めの料理にしておくかい?」

「いえ。もう普通に食べれます」


 ウイカと一緒に料理を作っていると、アニカが来てくれた。疲れているだろうに直ぐに手伝ってくれる。


「ウォルトさん!お姉ちゃん!ただいま!」

「おかえり」


 調理の手を止めて抱きついてきたアニカとハグをする。頭を撫でるとニパッと笑ってくれた。


「早かったね」

「クエストが順調に終わったからね!」

「お疲れ様。オーレンはどうしたの?」

「ミーリャとイチャイチャしに行きました!破門にしたほうがいいです!」

「オーレンの幸せを邪魔したくないよ。ミーリャにも悪い」

「ところで、玄関のドアが殺人級のとんでもない仕様に仕上がってますけど、どうしたんですか?」


 アニカも付与された魔法を解析できるようになっている。


「防犯対策でちょっと改造してみたんだ」

「私のせいで手間を取らせてすみません!」

「「えっ!?」」


 ウイカと顔を見合わせて動きが止まる。


「改造したのは私が危ない目に遭ったからですよね?」

「あの日の記憶はないんだよね…?」

「はい。でも、2人の言動から予想できます。悪い奴に魔法で眠らされて、やらしいことでもされそうになったところをウォルトさんとお姉ちゃんに助けられたのかなぁって。合ってますか?」


 平然と話すアニカにどう反応すればいいのか困っていると、ウイカが口を開いた。


「合ってるよ。ブロカニル人に魔法で眠らされて攫われちゃったの。ウォルトさんが直ぐに助けてくれたから無事だったけど」

「やっぱり!ありがとうございました!毎度毎度すみません!」

「不審者を警戒しなかったボクのせいで、アニカは悪くないんだ」

「いえ!即座に『反射』できればウォルトさんの手を煩わせなくて済んだんです!私の油断と未熟な技量のせいでっ…!…というワケで、次に遭ったら倍返しで返り討ちにすべく修練に燃えてまっす!」


 言葉通り純粋に燃えているのが伝わってくる。もう返り討ちにはできないけど。


「いつも迷惑ばかりかける私ですが、愛想尽かさないで下さい!」


 ……心が強いなぁ。人間だからとか獣人だからじゃなくて、アニカだからだ。やっぱり笑った顔がよく似合う。彼女の笑顔を守れてよかった。


「迷惑なんかじゃない。アニカは無邪気に見えて強さの塊だね。いつも君の明るさと笑顔に救われてる。凄く可愛いのに芯が強くて魅力的な女性だ」

「い、いきなりなんですか?!話の流れがおかしくないですか?!」

「そうかな?」


 ウイカが耳打ちしようとしてる。聞こえないように耳を閉じておこう。


「あのね……ウォルトさんは、私達に心を読まれるから素直に口に出すことに決めたらしいよ…。素直な気持ちを言っただけなの…」

「マジで…?ちょっと恥ずかしいかも…」

「だよね…。でも私達のせいなんだよね」

「そうだね。…あっ!話は変わりますけど、ウォルトさんは私の裸を見ましたか!?」

「ぶふぉぅ!?い、いやっ…!見てないよ…!」


 予想しない角度から矢が飛んできた。耳を閉じていてもハッキリ聞こえるほどの声量で尋ねられたら、答えないワケにはいかない…。


「なるほどぉ。見たのは下着くらいですか?」

「う……ん…」


 観念して頷くとアニカはニンマリ笑った。


「気にしないで下さい!これはホントに!助けてもらって感謝しかないんです!あと、ウォルトさんには裸を見られても構いません!」

「私がアニカと同じ状況でも同じことを言います。覚えておいて下さいね」

「そう言ってもらえると…」

「そんなこと気にしてる場合じゃなかったはずです!だから感謝しかないんです!決してフォローじゃないですから!」

「ありがとう」


 4姉妹は本当に優しいな。お風呂で倒れたサマラもそうだった。これからも皆の安全を第一に考えていかなきゃ。


「ウォルトさんに見られるなら、もっと可愛い下着にしておけばよかった~!」

「今となってはそうだね」

「……」


 この冗句にはツッコめない。


 眠る前にアニカから「ちょっと怖いような、怖くないような?」と曖昧な理由で添い寝を頼まれて、情緒不安定なら落ち着いてほしいと了承したけど、ギュッ!と姉妹に抱きつかれて珍しく寝付けなくて困った。ウイカもそうだったのか?それともついでだったのか…?


 とにかくぐっすり眠ってくれたことが嬉しかったし、アニェーゼさんが言っていた休息できる存在になれた気がして少し嬉しかった。

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