417 美麗魔法
アニェーゼさんのお宅の前でしばらく待っていると、玄関のドアが開いた。出てきたギュネさんがゆっくり歩み寄ってくる。
「サラ。師匠が貴女と……」
ギュネさんはボクを見た。
「ウォルトに会いたいと言っているわ。貴方のことね…?」
「はい。獣人のウォルトと申します」
魔法は無事に届いたみたいだ。
「ギュネさん。伝えてくれてありがとう」
「事前に手紙でも出していたの…?記憶にないけれど…」
「違うわ。たった今、師匠に届けたの」
「なにを…?」
「魔法の手紙を」
「言ってる意味がわからないわ。とにかく家に入って。ウォルトさん…貴方も…」
「はい。ありがとうございます」
ギュネさんの後を少し離れて付いていく。家に入ると、人の気配は感じるけれど姿は見えない。部屋でジッとしているのかな。ただ、アニェーゼさんの部屋の前に立つレスティーナさんだけが、ボクに鋭い視線を向けてくる。
「レスティーナ」
「わかってます…」
ギュネさんに話しかけられたレスティーナさんは、逃げるように去った。
「師匠は中で待っているわ」
「ありがとう」
「はい。ありがとうございます」
「ごゆっくり」
コンコンとサラさんがドアをノックした。
「師匠。サラです」
「入っていいわよ」
サラさんに促されてボクが先に入る。ベッドの上で上体を起こし、優しく微笑んでいるアニェーゼさんと目が合った。高齢と言われていたけど、お婆さんという感じではなくて若々しく見える。
「貴方がウォルトね」
「初めまして」
「会いに来てくれてありがとう。サラも入りなさい」
「はい。ご無沙汰してます」
「堅苦しい挨拶は必要ないわ。ココは貴女の家でもある。いつでも帰って来なさい。それにしても…驚いたわ」
「なにがです?」
『沈黙』
アニェーゼさんは魔法を詠唱した。ボクの予想通り見事な魔法と洗練された魔力。会話が漏れないように気を使ってくれている。
「サラ。鍵を掛けてもらえるかしら?」
「わかりました」
「本当にサバトを連れてきてくれるなんてね。ふふっ。嬉しくて小躍りしてしまいそうよ」
「知り合いだったので。師匠は疑ったりしないんですね」
アニェーゼさんは優しく微笑む。本当に優しそうな人だ。雰囲気だけでなく匂いも柔らかい。弟子に慕われている理由がわかる。
「疑う理由がないわ。ウォルトを見れば魔導師だと一目でわかるもの」
「えっ?魔力なんて感じないでしょう?」
「ええ。微塵も感じない。だからこそよ。こんな魔導師が存在するなんて…。ふふっ。長生きはするものね」
「ボクは魔導師ではないです。でも、ライアンさんにも似たようなことを言われました」
アニェーゼさんはさすがにお世辞が過ぎる。ライアンさんから『お前は魔力を微塵も感じさせん。それが逆に魔導師だと感じさせる。魔法を使えぬ獣人とて、ごく微量の魔力に近いモノを纏っておるだろう。それすら感じないのだからな』と言われて、大魔導師の目は欺けないと感服した。
「そういえば、ウォルトはライアン君に会ったのよね。驚いてなかった?」
「ボクの方が驚きました。大魔導師にお目にかかれると思っていなかったので」
サラさんがこっそり耳打ちしてる。聞かないように耳を閉じよう。
「師匠…。ウォルトは、自分のことをただの魔法を使える獣人だと勘違いしてます…。本気の本気で…」
「あらあら。困ったわね」
ボクを見て微笑むアニェーゼさん。
「さっき届けてくれた魔法は見事だったわ。どうやったの?」
「皆さんが付与した魔法を、弱い箇所だけ『無効化』しながら微かな穴を空けました。そこから魔力を通して『念話』を届けました」
「突然頭の中に声が飛び込んできたから驚いたわ。ギュネも一緒にいたのに全く反応しないんだもの。一点に魔力を指向したのね?」
「はい。部屋の配置はサラさんから聞いたので、ベッドの上だけに魔力を届けました」
「ねぇ、ウォルト。師匠になんて伝えたの?」
「自己紹介したんです。ウォルトと申しますがサバトの偽名を使っています。是非お会いしたくてサラさんと一緒に来ました、と」
「そうね。もしかして、この魔法は誰にでもできるの?」
「魔導師なら誰でもできます」
「うふふっ。サラ…。私は楽しすぎるわ」
「よかったです。でも笑えますか?」
「もちろん。ねぇ、ウォルト。ライアン君も貴方の魔法を見て笑ったでしょう?」
「はい。ニコニコされてました」
「でしょうね」
よくわからないけど、ボクの魔法で少しでも楽しんでもらえたのならなにより。
「よかったらウォルトの魔法を幾つか見せてもらえないかしら?」
「わかりました。どんな魔法でもいいですか?」
「なんでもいいわ」
部屋で使える魔法となると…。
「では、子供達に見せると喜ばれる魔法なんですが」
「それは是非見たいわ」
クローセで披露した魔法の中から、部屋で発動させられる魔法を見せる。反応としては楽しんでもらえていそう。アニェーゼさんは優しい魔導師だ。緊張せずに見せることができる。
「多重発動に複合魔法…。無詠唱も軽々と…」
「私も初めて見ます…。信じられません…」
「子供達が喜ぶはずだわ…。人を…笑顔にする魔法ね…。今日は…私の魔導師人生で最高の日よ…。ありがとう、サラ…」
「ウォルトを知ってる私も驚いてます…」
「この魔法も、彼にとってはほんの一部なのでしょうね」
「はい。おそらく」
そうだ。この魔法はアニェーゼさんに見てもらわなくちゃいけない。
「次の魔法は、是非見て頂きたいです」
「なにかしら?」
無詠唱の『切花』でアニェーゼさんの周囲に大量の花を咲かせる。
「コレはっ…!うふふっ!凄いわ…。色とりどりでとても綺麗ね」
「サラさんに教えてもらったんです。アニェーゼさんが編み出されたと聞きました。許可なく勝手に覚えてすみません」
「気にしないで。本当に見事だわ」
またサラさんは耳打ちしようとしている。耳をパタンと閉じた。
「私は一切教えていません…。魔法戦で操ったのを一度見ただけで覚えたんです。信じられますか…?」
「ウォルトなら可能ね」
「とにかく常識外れで規格外なんです」
「噂のサバトの正体なのだものね。彼なら…エルフを超えるのも納得できる」
魔法披露を終えてしばし会話する。ちょっと質問攻めされて恥ずかしい。「若いわね~!」「なるほどね」と、アニェーゼさんは表情豊かに話してくれる。もの凄い安心感があって、失礼だけどアイヤばあちゃんと会話しているみたいだ。
ふと、アニェーゼさんが微笑む。
「ウォルトはなにか悩んでるんじゃなくて?私でよければ話を聞くわ」
「顔に出てましたか…?」
「話していてそんな気がしたの。言いたくないのなら言わなくていいのよ」
本当は訊きたいと思っていた。素直に甘えさせてもらおう。
「ボクには姉妹で魔導師の友人がいるんです。基礎ですが魔法を教えています」
「ウイカとアニカかしら?」
「ご存知なんですか?」
「会ったことはないけれど、サラから聞いてる。カネルラ最高の魔導師になる可能性を秘めた素晴らしい才能を持った姉妹だって。ウォルトの弟子だったのね」
「ボクのような魔法使いを師匠と呼んでくれます。2人の将来について…悩んでいます」
「どうしたの?」
「本当に最近なんですが、魔導師は男尊女卑の世界だと教わりました。でも、ボクは魔法を操るのに性別なんて関係ないと思っています」
「そうなのね」
「これから先、彼女達は遙か高みに登り大魔導師になります。そんな2人が女性だというだけで虐げられることがあれば力になりたいんです。でも、実際になにができるのか…」
ありもしないことで悩んでるのかもしれない。でも無視できない問題。様々な女性魔導師を見てきたであろう大魔導師の意見を聞いてみたい。
「いい方法があるわよ」
「教えてください」
「ずっとウォルトが魔法を教え続けるの。そうすれば問題は起きない」
「おそらく無理です」
「そうかしら?やっぱり追い抜かれてしまう?」
「間違いありません。負けないように修練を続けるつもりですが、彼女達は魔法武闘会でカネルラを湧かせる魔導師になります」
「ふふっ。だったら、ウォルトは帰る場所になってあげて」
「帰る場所…ですか?」
どういう意味だろう?
「男性は何事でも根本的な解決法を探るところがある。いわゆる抜本的な改革を求める。この場合、男尊女卑という制度をなくすための方策を打ち出して実行することね」
「それができるなら1番だと思います」
「私の経験と立場から言わせてもらえば、理想ではあるけれど困難。立ち向かうことは尊いけれど、身の丈に合った小さなことの積み重ねがやがて改革に繫がると思っているの」
「魔法と同じですね」
「その通りよ。女性は虐げられ傷付いても立ち上がる強さを持っている。男性にだって負けない。ただ、多勢に無勢の流れもある。少しでも気が休まる場所があるだけで全然違うわ。ほっと一息吐く場所があればより強くあれる」
「男のボクがそんな場所を作れるでしょうか?」
「魔法と同じよ。性別なんて関係ない。私にとっての夫もそうだった。ウォルトは性別なんて関係ないと言ったでしょう?気にしてはいけないわ」
確かにその通りだ。
「彼女達がいかに優れた魔導師であっても絶対に辛い時期は訪れる。その時、癒される場所があるだけで前に進めるの」
「そういうモノでしょうか」
「もっと踏み込んで言えば、根本的な改革を成すのは男性ではなく女性であるべきなの。私にはできなかったけれど、アニカ達を含めた女性魔導師が大魔導師になって女性の力を証明する。反論しようもないほどに。できるなら手助けをしてもらえないかしら?あれ…?具体的な答えになっていないわね」
「いえ。有難い意見です」
サラさんも微笑んでくれる。
「ウイカとアニカの癒やしにはウォルトしかなれないの。お願いね」
「そんなことないと思いますが、ボクにも出来ることだと思います。教えて下さってありがとうございました」
「この問題はとても短い時間で語れることではないの。ごめんなさいね」
「いえ。貴重な意見でした。ただ、ボクは魔導師ではありません。慣例に囚われず思うようにやっていきます」
「お願いね。貴方に会えてよかったわ……ゴホッ!ゴホッ…!」
「師匠!」
「…ふぅ。大丈夫よ。ありがとう、サラ」
普通にしているから、頭から抜け落ちていた。背中をさすられるアニェーゼさんは…『命が長くないかもしれない』とサラさんに手紙を書いたと…。
「病に罹患されているんですか?」
「そうなの。かなりしつこくて、手を尽くしてもなかなか倒れてくれなくて困ったものね」
クスクスと優しく笑う。なにか…力になれないかな。
「もしよければなんですが…ボクに治療させていただけませんか?」
「あら。ウォルトは医療の心得もあるの?」
「ただの獣人ですが治癒魔法は使えます」
「是非見たいわ。お願いしてもいいかしら?」
「はい」
仰向けに横たわってもらい、身体をくまなく『浸透解析』する。
「コレは…体内を探る魔法なの?」
「はい。細かく解析できます。……終わりました」
「どうかしら?」
「内臓に幾つか腫瘍が見られます。左手と右足にも」
「そうなの。どんどん病巣を広げているみたいで医者を困らせているのよ」
「魔法で治療してもいいですか?完治する保障なんてないんですが…」
「こちらからお願いしたいわ」
ボクの扱える治癒魔法の全てを駆使して、最適解を探す。同時に発動するのは3種類しか無理だけど、体内で魔力を混合するのは時間がかかるだけで何種類でもできる。
やがて効果的な配合を見つけた。『精霊力』が今回の魔法の肝。バラモさんに感謝しないと。
アニェーゼさんの話からすると、体内で伝播する腫瘍だと推測できる。どこに病魔が潜んでいるかわからないので、隅々まで魔力を循環させながら治療する。
腫瘍が大きな部位は、集中的に魔力を付与すると少しずつ縮小していく。アニェーゼさんの体内は魔力の巡りが驚くほど滑らかで、いかに修練を積んできたか肌で感じる。
「どんな治癒魔法なの?」
「混合治癒魔法です。ボクが使える5種類の魔法を割合を変えながら複合して最も効果的な治癒魔法を作り出しています。しばらく魔力を巡らせるので、気分が優れないときは教えて下さい」
「うふふっ。簡単に言うのね」
1時間近くかけて全ての腫瘍の消滅を確認した。ボクに出来る治療はここまで。
「治療が終わりました」
「………」
「アニェーゼさん…?」
「ウォルト…。あまりお婆さんを泣かせてはいけないわ…」
天井を見つめたまま涙が頬を伝う。
「腫瘍は全て消滅しました」
「わかるわ…。貴方は…なんて優しい魔力を操るの…。涙が止まらない…」
「大袈裟です。動けますか?」
身体の負担にならないようアニェーゼさんの魔力に近づけるよう変質させて、反応を見ながら注意して魔力を付与しただけ。
アニェーゼさんの背中に手を添えてゆっくり身体を起こしてもらう。すると、介添えなくそのままベッドから下りた。
「サラ…。ぎこちないけれど…ちゃんと手足が動くわ…」
「師匠…!」
少しでも役に立てただろうか。
「信頼のおける医師の診断が必要だと思います。ボクの治癒魔法ではコレが限界です。体内に腫瘍の元凶が潜んでいてはいけないので、数日間魔力が巡るよう付与しましたが、異常を感じたら『無効化』をお願いします」
「最高に温かくて気分がいいわ。またお願いできたりするかしら?」
「ボクでよければ何度でも診ます」
「ありがとう。感謝を表す言葉が見つからない。お礼をしたいけれど」
闇医者のような行為だし、一時的に消失した可能性は捨てきれない。完治した確約はできないからお礼は必要ないけれど、1つだけお願いしてみる。
「体調が回復したら、アニカとウイカに会って頂けませんか?同性の大魔導師に会って沢山学んでほしいんです。ココに住んでいる皆さんも素晴らしい魔導師ばかりです。お願いできませんか?」
アニェーゼさんとサラさんは顔を見合わせた。ダメなのかな…。
「こちらからお願いするわ。2人に会ってみたいの」
「ありがとうございます。皆さんも彼女達の癒やしになって頂けると心強いです」
厚かましいけど頼んでよかった。
「うふふっ。…ねぇ、ウォルト」
「なんでしょう?」
「ライアン君は治療しなかったの?」
「治療させてもらおうとお願いしました。でも…頑として断られて」
ライアンさんには「儂に治療は必要ない。もう手遅れだ」と、笑って断られた。「治せないかもしれませんが…」と伝えると、「治せないのなら魔法を使うな。価値を下げるばかりよ」とも。なぜ魔法の価値が下がるのか未だに理解できない。
「気にすることはないわ。彼は昔からそうなの。とにかく誇り高くて魔法を愛する頑固な魔導師」
「親しかったんですか?」
「可愛くない後輩よ。でも、女性だからと差別はしなかった。「貴女が俺に勝てないのは単に魔法の技術が劣っているからだ。もっと修練しろ」って生意気なことを言われたのを思い出した。今日は昔のことばかり思い出してしまう…。きっと…貴方の魔法を見たからね」
微笑んだアニェーゼさんはボクに向き直る。
「私もウォルトに魔法を見せたくなったわ。いいかしら?」
「拝見したいです」
大魔導師の魔法を見れるなんて、幸運以外のなにものでもない。
「ふぅぅ…」
アニェーゼさんの魔力が高まっていく。長い年月磨かれて、光を放つような洗練された魔力。
とても病に冒されているとは思えない。きっと、満足に動けなくとも自分にできることを継続していたんだ。その姿勢に尊敬しかない。ライアンさんと同じくアニェーゼさんも大魔導師。この魔力を目にすることができただけで幸運。こんな魔力を操りたいと憧れてしまう。
魔力が落ち着いて、アニェーゼさんは笑みを浮かべながら詠唱した。
『聖母の冠』
翳した手の前方に、色鮮やかな魔力の羽で構築される月桂冠が発現した。アニェーゼさんが月桂冠の中に立つ聖母のよう。まるで7色に輝く虹を丸めて輪を作ったかのようで、美しいという形容しかできない。
「どうかしら?」
「何種類もの魔力を少しずつ共存させて、煌びやかに光る月桂冠のように形成しているんですね。多重発動せずにこんな魔力操作が可能だと初めて知りました」
高度な魔力操作は見事としか言い様がなく、過去に目にした魔法の中で1、2を争う美しい魔法。
「一目で見抜くのね。つまらなかったかしら」
「なぜですか?掛け値なしに凄い魔法で感動しました」
「綺麗なだけの魔法だもの」
「魔法には好みや相性はあっても優劣はないと思っています。生活、戦闘、治癒、付与、その他も全て等しく魔法で、つまらない魔法なんて存在しません」
「うふふ。その通りね」
「ところで…『聖母の冠』なんですけど…」
「模倣して構わないわよ」
「いいんですか!?では…」
★
アニェーゼとサラは互いに椅子に腰掛ける。
ゆっくり腰掛けるのはいつぶりかしら。サラが「急だけど今日は泊まって帰る」と告げ、ウォルトは笑顔で再会を約束してくれて家を後にした。
「彼に会わせてくれて、サラには感謝しかないわ」
「アニカとウイカの師匠がたまたまウォルトだっただけです。ただの偶然で」
「彼女達は幸運ね。そして私も。彼の治癒魔法で噓みたいに身体が軽くなった。病も治っている気がするの」
「それが…私達にとって一番です」
私は…優しい弟子に囲まれた幸せ者。
「怪我とは違い、治癒魔法では病を根治できないというのが定説。医者や治癒師の治療を受けて薬との併用が不可欠だと。けれど、5種類もの治癒魔法を効果的に混合していると言った」
平然と口にしたけれど、とんでもないことをやってのけてるのよね。この身に受けた今でも信じられない気持ちが拭いきれない。けれど、信じるに値する魔法だということも身を以て知った。
「ウォルトはどうかしてます!」
「そうね。魔法のみでの根治が可能かもしれない新たな可能性を実感してるの。優しい魔力が今も身体を巡ってる。まるで母親に抱かれているみたい。たとえ一時的な回復であっても凄いこと」
「本当に……彼には感謝しかないです」
「正直、私はもう逝っていいと思っていたの」
「そんなこと…言わないで…」
俯いたサラの頭を優しく撫でる。
「噓は言いたくないわ。貴女も含めて、弟子は立派に独り立ちして憂いはない。ギュネ達は私がいなくても生きていける」
「さっき話した感じだと、そんな雰囲気じゃなかったです…」
「あら。ギュネは好意を寄せられてる男性がいるの。しかも、満更でもなさそうよ」
「えぇ~っ!?ほんとですかぁ!?」
皆の心の傷は、たとえ消え去ることはなくとも時が経つにつれて少しずつ癒されているのは間違いない。
「レスティーナはまだ時間が必要かもしれないけれど、私がいると前に進まないように見える。それに、逝けば私も夫に会える。天命に従うだけと思っていたの。今日ウォルトに会うまでは」
「彼の魔法を見ると、魔導師なら誰もが負けたくないって思います。そしてまた見たくなります」
「そうね。彼の魔法を目にして…生きたいと思った。運命に抗ってみたいって。修練を再開したサラの気持ちがよくわかった」
ウォルトの魔法を目にして、病に蝕まれて弱気になっていた後ろ向きの心に火が灯った。子供の頃のように純粋に魔法に驚いた。
本当に何十年ぶりの感覚。羨望と興奮を抱かずにはいられない。
涙が溢れそうになるほど美しい魔法を目にして心が震えた。琴線に触れる魔法があるのだとこの年齢になって教えてもらった。
他人の魔力を温かいと感じるなんてあり得ないこと。おそらく私の魔力に近く変質しているけれど、それ自体が驚異的。どんな修練を積めばこんな魔法を操れるのか想像もできない。
そんなカネルラ最高の魔導師は、才能豊かな女性魔導師を厳しくも温かく育ててくれている。生きる楽しみが増えた。
「師匠も驚きましたよね?」
「異次元ね。『聖母の冠』も既に模倣できていた。でも清々しい。目にしたこともない魔法を沢山見せてもらって、逆に申し訳ないくらいよ」
「また一緒に訪ねます。ウイカとアニカも一緒に」
「嬉しいわ。ところで…」
「どうしました?」
「体調がよくなったことを、あの子達になんて説明しようかしら?」
いきなり元気になったなんて、きっと悪い冗談のように受け取られる。…なんて考えていたらサラが微笑む。
「理由なんてなんでもいいんです。師匠が元気になれば私達はなんだって構わない。神の御加護でも単なる奇跡でもいいです。ただ…ウォルトのことも含めて私は皆に質問攻めされますが、甘んじて受けます!」
「確かにそっちの方が大変かもしれないわね」
きっと、それもあって泊まっていくと言ってくれたのね。昔から優しい子だもの。
「獣人の秘薬のおかげ…なんてどうかしら?」
「あながち嘘ではないですね。彼は薬も作れるそうです」
「それは凄いわ。じゃあ、動けるようになった姿を皆に見せようかしら。私は薬の効果で一時的によくなって今から少しずつ回復していくのよ?」
「ふふっ。それでいきましょう。ウォルトは腕のいい薬師ですね」
「実際、私にとっては最高の薬師だわ。お腹も空いてきたけれど、怪しまれるかしら?」
「怪しまれても食べたほうがいいです。皆、喜びます」
「じゃあ行こうかしら」
「はい!」
笑いながらサラと寄り添って部屋を出た。




