413 大雑把な注文には、自己満足で応える
楽しかったクローセ訪問から帰宅したウォルトは、朝から精力的に動き回る。
「久しぶりだね、ウォルト君」
「お待ちしてました」
1日サボってしまった畑仕事を終わらせてお茶を飲んでいると、ナバロさんが訪ねてきてくれた。今日は納品の日だと思っていたから予想通りだ。
タマノーラは何度も訪れていて、商会の場所も知ってる。重い荷物を背に遠路はるばる来てもらうのは申し訳ないから、「必要があれば買いに行きます」と伝えたこともあるけど、「たまには遠出したいんだ」とナバロさんは笑ってくれる。せめて冷たいカフィで喉を潤してもらおう。
「凄く美味しいよ」
「よかったです」
調味料の納品を終えて、今回の対価にはナバロさんの希望通り回復薬と茶葉を手渡した。
「ウォルト君にお願いしたいことがあるんだけど、無理なら断ってほしい」
「まず話を聞かせて下さい」
とても気になる。
「硝子工芸の知識はあるかい?」
「やったことはないです」
「だよね。大きな硝子の水槽を作れないか頼まれたんだ」
「硝子の水槽は職人が作れますよね?街に住んでた頃に見たことがあります」
人がスッポリ入れるくらい大きな水槽も見たことがある。頼む職人はいくらでもいそう。
「そうなんだけど、依頼主は1枚モノが欲しいみたいなんだ」
「1枚モノということは、継ぎ目がない硝子ということですか?」
「そう」
「1枚硝子で水槽…。難しそうですね」
大きな水槽は、板のように加工した硝子を金具で繋いで形作っているのが一般的。作り方は知らないけど、大きな鉢のような水槽なら可能かもしれない。
「ちなみに、継ぎ目がない水槽を作ることはボクでもできます」
「本当かい?どうやって?」
「『同化接着』という魔法で硝子を繋ぎ合わせると継ぎ目がなくなります。絹の縫製と同じです」
「なるほど」
「ただし、全く同じ硝子ではないことを見抜ける人の目は誤魔化せないと思います」
1枚硝子から切り出して作れば、かなり精密に仕上がるとは思う。それでいいのなら可能だ。
「そうだよね。やっぱり断るよ」
「ただ、やってみたいので数日待ってもらえませんか?期待に添えるとは言い切れないんですけど」
「忙しいんじゃないか?」
「大丈夫です。無理であれば直ぐに返答します。ところで、水槽を作る目的はなんですか?」
「ウォルト君は七色鱗龍魚を知ってる?」
「多少は」
アローナは大型の淡水魚。古代魚と呼ばれ、見る角度によって鱗が色を変えることから名が付いたと云われてる。観賞用に捕獲されることが多くかなり希少で高額で取引されるらしい。
魚は好きだけど、食べても美味しくないらしいのであまり興味がない。ただ、大抵の魚は調理法でなんとかなると思ってる。
「アローナを捕獲した依頼主が、広い水槽で活かしたいらしいんだ。可能ならアローナの存在感に負けない水槽がいいって希望で」
金持ちの道楽のような気がするけど、アローナも広い水槽で泳ぎたいだろう。
「どのくらいの大きさが必要なんでしょう?」
「無茶な要求なんだけど、この部屋の半分くらいの大きさなんだ」
居間の半分か。結構広いな。
「結構大きめですね。わかりました」
「ウォルト君は…本当に動じないね」
「やる前はいつも楽観的です」
何事もやってみないとわからない。
「要望されたのはどんな形ですか?」
「箱形でも奇妙な形でもなんでもいいらしい」
それはおかしな気がする。観賞用とはいえ、なんでもいいってことはない。相手を試してるのか?まるでベルマーレ商会みたいだ。
「近日中に返事します。早ければ明日にでも」
「無理はしないでほしい。無茶な要求だってわかってるんだ」
「無理はしません。ただやってみたいので」
ナバロさんを見送って、直ぐに師匠達の元へ向かう。
「こんにちは」
「おう!ウォルトか!手伝え!」
「任せて下さい」
ドワーフの工房を訪ねて速やかに作業を手伝う。
「なにを作ってるんですか?」
「知らん!部品だ!」
夕方まで作り続けて、いつものごとく宴会が始まる。
「あれ?今日もイカがありますね」
「アイツらが無理言って仲間に買ってきてもらうよう頼んだんだよ。食い意地が張ってて困ったもんさ」
食い意地というより、ファムさん達が意地悪して食べさせなかったからだな。ささっと調理してどんどん食べてもらう。
「ぐはははっ!美味ぇ!ウォルトの塩辛は火酒の肴に最強だな!女共が作ったのとは一味違うぜ!」
「やかましい!このウワバミ共が!」
「ところで、聞きたいことでもあってきたのか?」
「硝子の作り方を知りたくて来ました。コンゴウさん達は知ってますか?」
「当然だ。けど、俺達じゃなくて女共に聞け。直ぐ割れちまうのは男の作るモンじゃねぇ」
男の職人が多いイメージがあるけど、ドワーフは違うのか。
「よく言うよ。微妙な力加減ができないくせに。ただ不器用なだけだろ」
「なんだと~!?誰が不器用だ!言っていいことと悪いことがあるぞ!この野郎!」
「アンタらだよ!女に向かって野郎とはなんだい!やるってのかい!」
また始まった。慣れたからオロオロすることもなくなったなぁ。
「楽しく飲みませんか?ケンカの種になるならボクは帰るので」
「ちっ…!帰らんでいい!一時休戦だ!」
「そうさ!教えてやるからこっちにおいで!」
「ありがとうございます」
なんだかんだ優しいドワーフの師匠達。職人だから、決して技術を学ぶ邪魔はしないことを知ってる。
「アンタらは黙って酒飲んどきな!」
「わかっとるわ!」
ファムさん達に付いていくと石釜がある。
「まずは原料から教えようか。硝子は珪砂から作る。コレだよ」
「見た目は普通の砂ですね」
なんの変哲もない砂にしか見えない。正確には、砂に混じっている透明な粒に見える。
「ただの砂だ。けど岩の場合もある。コレを高温で溶かして、塩から作ったソーダ灰と石灰を加える。簡単だろ」
「3種類だけなんですか?」
「他にもあるけど、用途に応じて加える。なにを作りたいんだい?」
「硝子の水槽なんですけど」
ファムさん達に理由を説明して、1枚硝子で大きな水槽を作りたいと告げる。
「はぁ~。変わったこと考える奴がいるもんだ。魚なんて川や海で泳いでてナンボだろうに」
ボクも同じ意見だ。ただ、魚を食べる直前まで活かすことと変わりはない。
「金持ちは暇なんだろ」
「1枚硝子の水槽なんてそこら辺にはまずないしねぇ」
「皆さんは作れると思いますか?」
「どのくらいの大きさなんだい?」
「これくらいです」
大きさを身体で表す。
「そんなにデカいのかい?!そりゃ難しいねぇ」
「ですよね。なんとかやれないかと思ってます。製法を教えて頂けますか?」
「一通り教えようかね。ライラ、いいかい」
「いいよ。硝子なら任せて」
ライラさんは槌使いの師匠であるブルーノさんの奧さん。ボクはブルーノさんとライラさんがケンカしてるのを見たことがない。ドワーフの中でも紳士淑女の夫婦。ドラゴさんとファムさんには是非見習ってほしい。
「ウォルト。アンタ、失礼なこと考えてないかい?」
「考えてません」
鋭い…。顔に出てたのか。
「ホントかねぇ…?顔に書いてるけどねぇ」
「ふはっ。そんなのいいから、まずは吹き込み形成からやるよ」
原料を釜に入れて熱して金属管を手に取ったライラさんは、管の先に熱した硝子の元を巻き取り、息を吹き込んで形成する。冷やして管からパキッと外すと綺麗なグラスができた。
「お見事です。そうやって作るんですね」
「他のやり方も見せるよ」
金型を利用して形作ったり、プレスして作る製法を見せて丁寧に教えてくれる。実際にやらせてもらうと難しい。
「こんなところだね。理解できた?」
「ありがとうございます。わかりやすくて作るイメージもできました」
「さすがだね。どうやるつもり?」
「間違いないのは型で圧縮する製法だと思います。材料集めから始めてまた後日伺います」
「ココのを使っていいよ。材料の鉱石はこの場所でも採れる。そのタメの洞窟でもあるんだ」
「なるほど。では、使わせてもらいます」
幸い硝子は溶かせば元に戻せるみたいだから何度も挑戦できる。まず、金型代わりに『強化盾』で小さな水槽を作って、そこに珪砂を掌に一掬い入れてみる。
「なにやってるの?」
「このまま魔法で加熱してみます」
「無理だと思う。相当温度を上げなきゃならないよ」
「魔法で溶けるか試してみたくて。上手くいけば容器に移す手間が省けるので」
「なるほどね」
試しに『溶解』で少量を溶かしてみたけど、硝子に変化しなかった。高温で熱する必要がありそう。
『火炎』
珪砂を魔法で炙ってみる。
「熱を持ってはいるみたいですが」
「熱が足りないね」
「次は強めにいきます。『火焔』」
炎は小さく熱量に魔力を尖らせて調整すると、ゆっくり珪砂が溶けて溶岩のようにドロドロになった。
「成功でしょうか?」
「この状態まで溶ければ問題ない。アンタの魔法は大しモノだよ」
「必要な量だけ熱して形作ってみます」
作りたい水槽の製作に必要な量を割り出してもらった。『強化盾』で作った型の底に敷き詰めて一気に魔法で炙る。
それにしても暑い。『鉄壁』を纏っているボクでも暑いからライラさん達は相当暑いはずだけど、じっと工程を見守ってくれてる。
かなりドロドロになるまで溶かして、いよいよ圧縮する。一回り小さな『強化盾』の型を発現させて、先に作った型の内側に慎重に沈めると、溶けた硝子が押し出されて2つの型の隙間を埋めていく。全ての厚みが均一になるように沈める配置と速度に細心の注意を払った。
「はぁ~。そんな微妙な操作ができるのかい。シビれるねぇ」
少し溢れたけどこのまま固定しよう。後は冷えるのを待つだけ。
「ちょっとドラゴさん達の肴を作ってきます」
「吞兵衛なんてほっときゃいいのに。この型は急に消えないだろうね?」
「軽く『延長』してるので、1年くらい保ちます」
「あっはっは!そうかい!」
肴を何品か仕上げて戻ってくると、いい感じに冷えて固まっていた。1発で上手くいってよかった。少し溢れた縁の部分を『細斬』とドワーフの魔法『研磨』で綺麗に整えて作業は終了。
「どうでしょうか?」
「上手くできたね。けど、硝子の厚さが水の重みに耐えられない。コレじゃ薄すぎるよ」
「『堅牢』で保持すれば鉄槌で殴られても割れないので大丈夫です。厚みが限りなく薄い方が魚の美しさが際立つと思って、あえて薄くしてます」
「便利な魔法があるね。長く保つの?」
「1年はいけると思いますが、多分依頼主は金持ちなので魔導師を雇うはずです。気に入らなければ使わないでしょうし。ちゃんと説明して相手任せですね」
内容が曖昧な依頼なので、判断は全て相手任せ。顔も知らない相手の好みや心情なんて理解できるはずもない。だったら、自分がいいと思えるモノを作るだけ。
型から外して水槽に水を張ってみたけど、強度は問題なかった。とりあえず『圧縮』して隅っこに置いておこう。
「じゃあ、もう1つ作ります」
「はぁ?なんで?」
「水替え用です」
「アンタは親切すぎる。予備は頼まれてないんでしょ?」
「依頼主のことは知らないんですけど、頼まれた人に昔からお世話になっているので。あと、単純に他の製法でも作ってみたいです」
「ふはっ。自分がやりたいからか。いいね。手伝うよ」
次は、『強化盾』で花を象った大きな鉢の型を作る。
「百合みたいな形ね。どうやるの?」
「吹き込み形成でいきます」
この製法は時間との勝負。型の底で原料を溶かし、硝子の元ができたところで素早く詠唱する。
『風流』
鉢型の中で、竜巻のように溶けた硝子を巻き上げながら内側から型に密着させて形成する。魔力操作で厚みが均一になるように微調整した。
「できました」
ちゃんと花のような形に仕上がった。見た目は透明なリリィのようでボク的には満足。風を送り込むから冷えて固まるのも早い吹き込み形成は、一発勝負になるけど上手くいった。最後に細かい修正と『堅牢』を付与して作業は終了。
「こんな大きな型に吹き込みなんて想像できなかった」
「皆さんのおかげで作れました」
「いつも思うけど、職人になれば?ココで仕事すればいいのに」
「ボクが職人になるのは10年早いです。半端者なので」
「あはっ。じゃあ10年後にまた誘うことにするよ」
付き合ってくれた女性陣に丁寧にお礼を告げて、宴会を終えたあと帰宅した。
★
数日後。
王都ベルマーレ商会の、会長執務室に大型の水槽が運び込まれた。陽の光に鱗を輝かせ、アローナは優雅に水槽の中を泳ぐ。心なしか嬉しそうに。
「美しい。満足だ」
「はい」
ベルマーレと執事のフランクは、並んでアローナを眺める。
「素晴らしい水槽だ。継ぎ目1つない1枚硝子。加工して継いだ跡もない。タマノーラの商人に依頼したのか?」
「その通りです。美しさにこだわり、薄く仕上げているので耐久性を『堅牢』で補っているそうですが」
「なるほどな。鑑賞にこだわったいいアイデアだ。報酬は手筈通り頼む」
「ベルマーレ様。実は、水替え用にもう1つございます」
「なんだと…?」
リリィを象った巨大な水槽が部屋に運び込まれる。扉を潜るのも一苦労。
「…ふっ。ははははっ!」
「どうなさいました?」
「見事すぎて笑える。予想外だ」
「こちらも『堅牢』を付与しており、強度に心配はないとのことでした。噓はないかと」
「疑う余地もない。感謝の言葉に加えて、報酬は5倍に弾んでくれ。そして、リリィの水槽に適した台の製作を早急に依頼だ」
「かしこまりました」
フランクは部屋を出ようとして呼び止められる。
「フランク」
「なんなりと」
「暇を見てフクーベに行く」
「半年先まで予定が詰まっておりますが」
「1日もか?」
「過密に調整すれば、いずれ1日程度の余裕は生まれるかもしれませんが確約できません。予期せぬ予定も飛び込んで参ります」
「それで構わない。調整を頼む」
「かしこまりました。期待なさらずにお待ち下さい」
「普通「なんとかする」と言うところだぞ」
★
さらに数日後。
ウォルトの住み家をナバロが訪ねた。
「ウォルト君。水槽の依頼主から感謝の言葉と多額の報酬が届いたんだ」
「よかったです」
「君に渡したくて来た」
硝子工芸を勉強させてもらったから報酬はいらないけど、「正当報酬だから」と説教されるのが目に見えてる。伊達に何回も正座させられてない。
「ありがとうございます」
ナバロさんから袋を受け取って直ぐに返す。
「どういうことだい…?」
「このお金でお酒を仕入れてください。買えるだけお願いします。商品はボクが引き取りにいきます。できれば火酒以外で、酒精が強くて美味しいのを数種類欲しいです」
「本当にいいのかい?」
「もちろんです。あと、適正価格でお願いします。れっきとした取引なので友人価格はなしです」
「わかったよ。準備しておくから1週間後に来てくれないか?」
「お願いします」
1週間後、ナバロさんから酒を受け取ってドワーフの工房に向かった。
「この間のお礼にお酒を持ってきました。皆さんで召し上がって下さい」
「仲間に気を使うんじゃないよ。でも、美味しそうな酒だね。有り難く頂こうか!」
「ウォルトは気が利くな!感心、感心!」
「ふざけんなっ!アンタらはなにもしてないだろ!飲むんじゃないよ!」
「皆で飲めと言ったろうが!いつもの礼を兼ねとる!ウォルトはそういう奴だ!」
コンゴウさんの言う通り。その日の宴会は大盛り上がりで幕を閉じた。数十本あった酒はドワーフ達に全て飲み尽くされ、改めて酒豪の凄さを知った。




