412 魔導師業界の風潮
ダンジョンでの冒険を終えた【森の白猫】はクローセに帰ってきた。ミーリャの要望で再び全力で駆けながら。
「今日はかなり体力使ったな」
「そうかなぁ?」
「大したことないでしょうが!男のくせに大袈裟なことばっか言う!」
「私も大袈裟だと思います」
「なっ…!?ミーリャまで」
「根性なしは放っといて、お腹空いたぁ~!」
アニカの心の叫びを受けて、ウォルトが提案する。
「ちょっと森で食材を探してくるよ。直ぐご飯にしよう」
皆は元気に見えるけど精神は疲労してる。ゆっくり休んでもらおう。ボクはなにもしてないからちょうどいい。
「村で余ってる魔物肉を食べましょう!」
「それでもいいけど、野菜も欲しいし使わせてもらってばかりじゃ申し訳ない。村の貴重な備蓄だからね」
「じゃあ、私達も行きます!」
「気持ちは嬉しいけど、ゆっくり休んでくれないか。直ぐに帰ってくるから」
表情は不満そうだけど、回復が大事なことは理解してくれてる。皆と別れて森に食材を探しに向かう。
天然の野菜は美味しい。前に魔物掃討で探索したとき、この森の特徴はある程度掴んでる。大まかには動物の森と同様で、大体生えている場所の目星は付く。陽当たりや風通し、その他にも特定の樹木の根元に生えていることが多い。
予想した場所に野菜は自生していた。採りすぎると数が増えない。必要な分だけ採取して、あとは肉だけど…。
「よし」
運良くターキー鳥とウ・サギを見かけたので魔法で仕留めた。クローセに帰ろう。『圧縮』して常に携行してる丈夫な風呂敷に食材を包んで背負い、クローセに戻ると不穏な空気を感じた。
「あにかとういかは、やるきあるの!?」
「ある!」
「むりなら、わたしたちがやるから!」
「アンタ達じゃ無理だって!」
小さい村の女の子達とアニカ達姉妹が言い争ってる。なにがあったんだろう?近寄って声をかけてみる。
「そんなに興奮してどうしたの?」
「ウォ、ウォルトさん!な、なんでもないです!」
アニカは妙に慌ててる。どうしたんだろう?
「あっ!うぉると!ちょっとこっちにきて!」
村の子供の中でも年少のユリアに呼ばれる。まだ6歳の可愛い盛り。
「どうしたの?」
「うぉると!わたしとけっこんして!」
両手を開いて突然のプロポーズ。驚いたけど気持ちは凄く嬉しい。ちゃんと答えよう。
「大きくなるまで家の手伝いをして、いい子にしてたら考えようかな」
「えぇ~!ひどぉ~い!うぉるとは、わたしたちとあそびだったんだ!」
いや……まぁ……その通りで、楽しく遊んでるけど語弊があるな…。
「そんなことないよ」
「じゃあ、わたしとけっこんしてクローセにすもうよ!」
「今は無理かなぁ。ユリアもまだ小さいし、運命の人に出会うかもしれないよ?」
「むぅ~っ!うぉると、しゃがんで!」
「こう?」
ユリアの前にしゃがむと、小さな両手で顔を挟まれて口にキスされた。
「「なぁぁぁっ…!?」」
「よやくしたからね!じゃあね!みんな、いこう♪」
「わぁ~!やった~!」
子供達は笑顔で走り去っていく。なんだったんだろう?
「子供は大胆だね……って、どうかした?」
「いえ…」
「べつに…なんでも…」
ウイカとアニカは苦虫を噛み潰したような顔。オーレンとミーリャがちょっと呆れてるような…。
「ところで、なにを言い争ってたの?」
「子供達は…私とお姉ちゃんが約束を守らないって怒ってるんです…!」
「力になれることはあるかい?」
「ウォルトさんには言えません!」
「力にはなれますけど」
「そ、そっか…」
オーレン達なら知ってるかな?
「オーレ…」
「ウォルトさん…。俺から見てもちょっと酷いですよ…」
「女心を弄んでますね」
「えぇっ!?」
そんなバカなっ!?ボクが女心を弄んでるっ?!いつの間に!?ユリアの気持ちにも真面目に答えた。弄んでなんかいないけど…。
「そっちじゃないですよ」
「こっちです!とりあえず、お腹がペコペコなのでご飯にしましょう!」
また心を読まれた…。それより、こっちって言ったよね…?ボクがアニカ達の女心を弄んでる…?そんなつもりはないし、心当たりもない…。
「ふふっ。ウォルトさんは弄んでませんよ」
「気にしないで下さい!冗句です!」
「そっか。空気が読めなくてゴメン。直ぐにご飯を作るよ」
集会所の厨房を借りよう。
食事を終えた皆は、疲れを癒して汗を洗い流すタメにひとまず家に帰ることになった。
「ミーリャはウチで入ってね」
「覗きの前科1000犯の家でお風呂なんて自殺行為だから!」
「そんなことするかぁ!ふざけんな!」
「お世話になります」
「えぇっ!?」
「ふふっ。オーレンさん、またあとで」
「…わかった」
「覗く気満々じゃん!いい加減にしろ!」
皆と別れてテムズさんの家に向かう。少し遅くなってしまったけど、さっき作ったご飯をお裾分けして食べてもらおう。
テムズさんは小食だから、量は少なめに残しておいた。いつもは漬物や野菜をちょっとしか食べないらしい。料理を手渡したあと、魔法について教えてもらうためハズキさんの家に向かう。
「よく来てくれた。入ってくれ」
「お邪魔します」
ハズキさんの部屋で魔法理論や呪文、研究中の試してみたい新たな魔法について意見を交わす。ハズキさんのアイデアの多さに内心唸った。
お茶を淹れてくれたスーザンさんが笑う。
「ハズキさんもウォルト君も、毎日小難しいことばかり考えて疲れない?」
「凄く楽しいです」
「苦になるならとうにやめてる」
魔法のことを考えていると時間が過ぎるのはあっという間だ。
「なんていうか、違う思考だよね」
「どういう意味ですか?」
「私にとっての魔法は、生活を便利にするモノって感じ。魔法で無理なら違う方法を考えればいいのに、ハズキさんやウォルト君って新たな魔法を編み出そうとするじゃん。向いてる方向が違うよね」
「そんなことないと思います」
「俺もそう思う」
「一緒だっていうの?」
「はい。できることをやろうとしてるだけで、スーザンさんと同じです」
「俺達はたまたま魔法を使えるから、魔法で問題を解決したいだけだ。スーザンは別の方法で解決したい。同じことだろう」
「ボクとハズキさんもやれることは全然違います」
「スーザンも魔法が使えたら同じことをする。もっと便利でよりよい魔法を考えたくなる。そういうモノだ」
「私はお断り!頭が爆発しちゃうよ!それに、やっぱり2人は私とは違う!別にわからなくてもいいけど!」
スーザンさんの性格は、キャロル姉さんみたいにさっぱりしていて親近感が湧く。
「あっ、そうだ!ハズキさんは一生研究していいからね!私がお世話するからさ!」
「助かるが、俺もちゃんと仕事はする」
「頼むね!そんじゃ、ごゆっくり~!……あ!もう1個だけいい?」
「なんだ?」
「ウォルト君…。ウイカとアニカを弄んじゃダメだからね!そんなことしたらスーザン姉さんが成敗しにいくぞ!」
「そんなことしません」
「だったらいいの!ほんじゃねぇ~!」
ボクって信用がないのか?腕を組んで思案してしまう。
「気にするな。あの子達と昔馴染みだから心配なんだろう。だが、お前は俺達のクソ師匠と違って、弟子を食い物にするようには見えない」
「そんな師匠だったんですか?」
「知ってるか?魔導師業界は男尊女卑だ」
「初めて聞きました」
「圧倒的な男社会だ。女というだけで下に見られ、邪険に扱われる風潮がある。才能なんて関係ない」
「信じ難いです」
ボクには意味がわからない。
「魔導師は魔法を使えない種族も下に見ている。獣人もそうだ。感じたことがないか?」
「それはあります」
「覚えておくといい。異様に優劣にこだわり、平然と差別する人種だ。もちろん全員がそうじゃない。ただ、知っておくだけで違う」
「ありがとうございます」
「真面目に魔法を学びたいという女性魔導師は、師匠の夜の世話までやらされるのも当たり前だった。今も大きく変わってはいないだろう」
それが事実なら…辛すぎる。
「なぜ女性が軽んじられるんですか?」
「諸説ある。一番根強いのは、身体が過酷な修練についていけない。飽きっぽいうえに根性がなくて直ぐに投げ出す。熱心に教えて成長したとしても結婚を期に引退する。魔法を教えるだけ時間の無駄。こんな具合だ」
「勝手な言い分です。女性が魔法を学ぶこととなんの関係もありません。辛ければ誰だって逃げ出していい。どんな理由で修練をやめてもいい。性別は関係ない。根性なしの男だっているはず」
「そうだな。俺は、単に『女に負けたくない』という男の下らないプライドが生んだ悪しき風習だと思っている」
確かにありそうな理由だ。テラさんと宮廷魔導師の話を思い出す。カリーが似たようなことを言ってた。
「だが、俺やお前の考えがどうであれ、そんな思想が蔓延っているのは事実だ。積年の流れは簡単に変わったりしない」
よく理解できる。獣人社会の風潮も同じだから。
「とにかく、俺達の師匠はその最たる者だった。だからホーマは心底喜んでいる」
「ホーマさんがなにを喜んでるんですか?」
「ウイカとアニカがお前に師事できたことだ。おかしな魔導師に師事して、可愛い弟子を潰されないか心配だったらしい」
「彼女達は…ボクを師匠だと思ってくれてます。でも、ボクにとっては友人です。これからも変わりません。そういったこととは無縁です」
性別で人を弾いて、魔法が上達したり発展すると思えない。そんな考えに微塵も賛同できないし、魔導師にしかわからないことかもしれないけどボクには理解できそうにない。
「いいんじゃないか。人それぞれだ」
「はい」
「話が逸れた。引き続き魔法の話をしていいか?」
「よろしくお願いします」
その後も意見を交換させてもらって、ハズキさんの家を後にした。
夜の帳が下りて、村人達が広場に集まってくる。事前にオーレン達に頼んで、集まってもらうようお願いしていた。
「皆さん。夜に集まって頂いてありがとうございます。ボクは今夜家に戻ります」
今回は帰る前にちゃんと挨拶しておきたかった。
「えぇ~!」
「やだ!はやいよぉ~!」
「すぐにかえるの、やっ!」
愚図る子供達の頭を優しく撫でてあげる。
「また来るからいい子にしててね」
「やくそくだよ?!」
「うん。約束する」
皆に向き直って伝える。
「最後の挨拶代わりに、皆に魔法を楽しんでもらいたくて集まってもらいました。夜にしか見せられない魔法なので。では…」
『連続花火』
漆黒の夜空に連発で大輪の火花を咲かせる。チャチャの誕生日を祝うタメに考案した『連続花火』は、見た人に凄く喜んでもらえてやり甲斐がある。考案してよかったと実感する魔法の1つだ。
「すっごぉ~い!なにこれぇ~!」
「きれぇ~!」
「うぉると!すごいすごい~!」
明るくなる瞬間に皆の顔が浮かび上がる。表情は笑顔だ。楽しんでもらえてるみたいでよかった。
本を読んで東洋の花火を勉強した。載っていた様々な花火を魔法で再現する。ただ、絵と文章から想像して再現してるから合ってるわからないのが難点。精一杯やって楽しんでもらおう。
「すごい魔法だね」
「普通に生きてたら見れないよ!楽しすぎる!」
「初めて見るけど、祭りみたいで興奮するな」
「すっごく素敵な魔法です…。綺麗です…」
遅くなりすぎないよう30分ほどで切り上げた。子供達はもう寝る時間だろうから。
「凄く面白かったよ。また見せてくれ」
「ホントに凄かったわ。いつでも来てね」
「うぉると、またねぇ~!」
大人から子供まで、家に帰る前に声をかけてくれる。魔法も褒めてもらえて嬉しいな。皆が帰るのを見送って、テムズさんに挨拶するだけだ。
「テムズさん。今回もお世話になりました」
「こっちこそじゃ。君の魔法には毎回たまげるぞい!ほっほっ!また来るんじゃぞ」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「オーレン達の世話も、すまんが頼むぞい」
「ボクは世話していませんよ」
部屋の片付けや掃除を終えて、テムズさんの見送りを受けながら家を出る。逃げるように帰るより、堂々と帰る方が百倍気持ちいいなぁ。成長できたのは優しいクローセの皆のおかげ。
「あれっ?」
門の近くまで歩いてアニカとウイカの匂いに気付く。微かに匂うから間違いなく近くにいるはずだけど、また姿が見えない。
匂いを辿りながらうろついて、辺りを見渡していると…。
「「ウォルトさん!」」
「ニャァァァァッ!」
足下から急に声が聞こえた。廃井戸の中から2人が這い上がってくる。もしかして、ずっと自力でぶら下がってたのか…?
「驚きましたか?」
「ドッキリ大作戦成功です!」
「心臓に悪いよ…。止まるかと思った…」
「ごめんなさい。気を付けて帰って下さいね」
「私達はもうちょっとだけ親孝行して帰ります!」
「うん。ゆっくりね」
「帰ったらまた魔法を教えて下さい」
「『連続花火』は凄かったです!」
「もちろんだよ」
ニパッ!と笑う姉妹に近付いて、まとめてハグをする。
「ウォルトさん?!」
「ど、どうしたんですか?!」
「本当は住み家で言おうと思ってたけど…言っておきたいことがあるんだ」
「「なんでしょう…?」」
「ボクは…大した魔法使いじゃないけど君達の力になりたい。これから先、魔導師として生きていくうえで…嫌なことが起こったら直ぐに教えてくれないか?」
ハズキさんの話を聞いて思った。アニカとウイカは苦難の道を歩むのかもしれない。理不尽な事態が起こったとき、少しでも力になってできるなら守ってあげたい。
「はい…。その時は真っ先に言います…」
「嬉しいです…。お願いします…!」
ハグしてくれる腕に力が入る。
「ありがとう」
「さっそく言っていいですか?」
「えぇっ?!もう!?」
「ウォルトさんがユリアにキスされて、浮かれてたのは嫌でした」
「両頬のときもフニャッとしてだらしなかったです!まったく!」
「ゴメン…。行為が可愛くて、つい…」
まさかボクへの不満が最初とは…。だらしない顔は見せちゃダメだなぁ。
「ふふっ。冗談です。でも、本当に嬉しい言葉でした」
「これからもよろしくお願いします!」
「うん。また住み家で会おう」
アニカ達に見送られながら門を潜り、住み家に向けて駆け出した。




