410 勉強させてもらおう
ウォルトとオーレンの手合わせが終わりを迎えようとしていた頃。ウイカ、アニカと一緒にミーリャも家を出て村の中をのんびり散歩していた。
「ミーリャ、寝れた?」
「よく眠れました。ベッドを貸してもらってありがとうございます」
「よかった!誘ったのに寝れなかったら可哀想だから!」
ミーリャは気遣いに微笑む。昨日の夜から、ウイカさんとアニカさんの家でお世話になってる。オーレンさんも久しぶりの里帰りで家族と過ごす時間は大切だ。
ちょっと寂しいけれど、また一緒に来ればいい。ミルコさんとミシェルさんの御両親も優しくて凄く歓迎してもらえた。アンディさんも。とにかくほっとしたなぁ。
アニカさん達は仲良く1つのベッドで眠って、私にベッドを貸してくれた。リラックスできるように会話も沢山してくれた優しいお姉さん達。
「さて、そろそろ約束の時間だね!広場に向かおう!」
「そうだね」
「楽しみです」
「ミーリャは見るの初めてだもんね!すっごく楽しいよ!村人全員集合だから!」
村の子供達の要望で、ウォルトさんが魔法を披露してくれるみたい。披露するって言っても、ただ魔法を見せるだけじゃないのかな?
ウォルトさんが凄い魔導師だってことは修練場で魔法を見たから理解してる。私が見たことのある魔導師では断トツで凄い。でも、戦闘魔法を見て子供達は喜ぶのかな?
あと、今の内に気になることを訊いておきたい。
「お2人に訊きたいんですが」
「「なに?」」
訊いてもいいのかな…。でも気になる…。
「ウイカさんとアニカさんは……その……」
言い淀んでいると2人は笑う。
「ミーリャの思ってる通りだよ」
「私達はウォルトさんのことが好きなの!」
やっぱりそうだよね。心を読まれちゃったな。
「お2人ともですか?」
「「うん」」
「なのに、そんなに仲良しなんですか?」
「私達は他にもライバルがいるからね。姉妹で仲違いしてられないの」
「仲のいい4姉妹なんだな!」
「4人もいるんですか?!」
「珍しいでしょ?でも楽しいんだよ」
「凄いですね…。気付いてないウォルトさんも」
「「だよねぇ~」」
あからさまに好意が顔に出てるのに、平然としてるウォルトさんはどういう神経をしてるんだろう?
「ウォルトさんには邪念がないの」
「少しずつ前進してるから、内緒で見守ってね!」
本当に楽しそうだし、これでいいのかな。当然オーレンさんも知ってるだろうし。
「あっ!もう集まってる!」
「楽しみにしてたんだね」
広場には大勢の人が集まっていた。私達とほぼ同時にウォルトさんとオーレンさんも到着した。
「うぉると!まほう~!」
「みたい~!」
「直ぐに始めるよ」
ウォルトさんは皆に向き直り、手を翳して笑った。
凄い…。本当に凄い…。こんな魔法……見たこともない…。
次から次へと飛び出すウォルトさんの魔法は、私の知らない世界。手品のようで夢を見ているみたい。生活魔法や戦闘魔法を魅せることに特化して、皆を楽しませる魔法に変化させてるんだ…。人を笑顔にする魔法なんて初めて。
「わぁ~!」
「ぷよぷよ~!」
子供達を1人ずつ大きな泡の中に閉じ込めて、宙にぷかぷか浮かべてる。ゆっくり昇ったり下りたりして、中で跳ねても泡は割れない。
見てる方がヒヤヒヤするけど、大人達の表情は微塵も心配なんて感じてない。ウォルトさんの魔法を信じて任せてる。
「凄いね。『風流』の操作で、風とバランスとってる」
「『無重力』を付与して、中をくり抜いた『水撃』と…形を固定してるのはなんの魔法だろう?ただの魔力操作かな?」
隣のアニカさん達は魔法を考察してる。原理を推測できるだけで凄い。あと、関係ないけどウォルトさんは間違いなく子供好き。ニャ~!っと顔から滲み出てる。子供達より楽しそう。
「恐くない?」
「ぜんぜんこわくないよ!」
優しい獣人と楽しそうな子供達。魔法で笑顔が溢れる。ウォルトさんは確かに凄い魔導師だ。ウイカさんに訊いてみる。
「ウォルトさんって、よく世間に存在を知られないですね。絶対に話題になりそうですけど」
「クローセの皆は他人に口外しないの。「もしバレたら二度と村に来てくれなくなるぞ」って村長に言われて、子供達も絶対に言わないみたい」
「ウォルトさんは珍獣扱いされるのが嫌なのもあって森に住んでるからね!そうなると二度と魔法は見れなくなる!」
「なるほど。私は、ロックにウォルトさんのことを教えていいんでしょうか…?」
正直ロックに黙っていられる自信がない。むしろ、この凄い魔法を見てもらいたい。
「大丈夫だと思う。会ってもいいって言われたら、もしロックから情報が漏れてもウォルトさんは怒ったりしない。姿を消すかもしれないけど」
「ウイカさんとアニカさんは困りますよね?」
「私達には居場所を教えるって約束してもらってるから別に困らないかな。ただ、ウォルトさんが森に住んでるのには、他にも理由があって、そうなったらちょっと…ね…?」
顔は笑ってるけど醸し出すオーラがめちゃくちゃ怖い。こんなウイカさんは初めて見た。きっとアニカさんも同じだ。ロックも口が固いのは知ってるけど、会ってもらうのは様子を見てからにしよう。そして、バラしたら殺すことに決めた。
「会わせるときは、口外しないよう口酸っぱく言っておきます」
「でも心配してないよ!ウォルトさんに会ったら、ロックも誰にも言えないんじゃないかな!」
「なんでですか?」
「魔法を教えてもらいたくなったり、もっと見たくなる。その機会を失いたくない。魔法使いなら誰でも同じだと思う」
「わかる気がします」
確かに、魔導師ならウォルトさんの魔法を目にしたり、直に教わったりすることが重要な気がする。魔法を使えない私でも凄いと思うんだから。
その後も多彩な魔法を披露したウォルトさんは、最後に照れた笑顔で拍手を浴びていた。
お昼を過ぎて、私とオーレンさん、アニカさん、ウイカさん、ウォルトさんの5人でダンジョンに行くことになった。「修練を兼ねて行くんだけど、よかったら一緒に行ってみないか?」と誘ってくれて、二つ返事でお願いした。
私は装備を持ってきてないので、ミルコさんから剣を貸してもらって、防具もちょっと大きいけど借り物。オーレンさん達は装備を持ってきてた。
以前クローセが魔物の襲撃に遭ったことを教訓に、いつ魔物が現れても憂いなく闘える心構えが必要だって教えてくれた。
ダンジョンまでは1時間半ほど歩くらしい。ということでお願いしてみる。
「皆さんの足を引っ張ると思うんですけど、走って行きたいです」
少しでも鍛えて皆に追い付きたい。
「もちろんいいよ!魔法なしの生身で行こうか!」
「私達もそんなに速くないから、心配いらないからね」
「騙されるなよ。コイツらは相当速い。けど、一緒に走ろう」
「はい!」
「じゃあ、ボクが最後尾から行くよ」
「申し訳ないです。遅れたら置いていってもらって…」
ウォルトさんはかなり走るのが速いと聞いた。スピードを合わせてもらうのはさすがに申し訳ない。
「ミーリャ、大丈夫だよ!ウォルトさんは自分で無理やりキツい修練にするから!」
「普通に走ってて構わないの」
「安心してなにも考えず全力で疾走すればいいんだ」
「わかりました!」
「よ~し!じゃあ、準備いい?スタート!」
「いきなりかよ!」
私達は揃って駆け出した…のに、5分と経たずに3人の姿が視界から消えた。速い…!全然付いていけない…!
「ミーリャ。ちょっと方向を右に修正してくれる?」
「はい!はぁっ…はぁっ…」
森の中を走ってるから目印もなくて方向感覚が掴めない。ウォルトさんが付いてきてくれてよかった。
「キツかったら休んでいいんだよ。まだかなり距離があるから」
「…まだいけます!」
「わかった」
強がりを言ったものの直ぐにへばってしまう。
「はぁ……はぁ…」
「ミーリャ、大丈夫?」
「すみません…。少し…休めば…回復するので…」
「ちょっと待ってて」
ウォルトさんが手を翳すと急に体が軽くなる。息苦しさもなくなった。凄くあったかくて気持ちいい。
「これは…魔法ですか…?」
「余計なお世話かもしれないけど、アニカやウイカも途中で体力を回復しながら全力でクローセまで走って来たんだ。ミーリャはどうする?」
「…私も走ります!」
「いつでも回復するから」
前を向いて駆け出す。身体が軽くても重くても、全力で疾走するのは辛い。だったら早くオーレンさん達に追い付きたい!
待ってて下さい!
それから30分くらい走って、ダンジョンの入口に到着した。
「ふぅ…ふぅ~っ!お待たせしました!」
疲れ切ったけどなんとか走りきった。ウォルトさんが魔法で体力を回復してくれる。地味だけど凄い魔法。
「お疲れさま」
「ミーリャは速い!」
「そうだな。俺達に10分くらいしか遅れてない」
オーレンさん達は爽やかで余裕の表情。知ってたけど凄いなぁ。体力は日々の積み重ね。才能は関係ない。
「10分も遅れたらかなり遅いですね」
「こう見えても、冒険者としては先輩だから負けられないんだよ」
「私も…負けません!」
「いいね!一緒にオーレンをぶっ倒そう!その後、ミーリャとロックは【森の白猫】に加入すればいいよ!」
「ふざけんな!俺がリーダーだぞ!」
「誰がそんなこと許可した!?私達のリーダーはウォルトさんだ!」
「ボクが?!いつの間に?!オーレンだと思ってたよ」
なんか…急に揉めだしたけど…。
「ほらなっ!俺は名付け親に認めてもらってるんだ!」
「うるさい!ウォルトさんもいずれメンバーになるんで、今は陰のリーダーでお願いします!パーティーとして一緒に攻略するときだけでも!」
「それには俺も文句ない」
「滅多に現れない隠れメンバーになるけどいいのかな?それに、ボクがリーダーだと名前が恥ずかしすぎるような…」
「だ~いじょうぶです!ウォルトさん以外にも、森に白猫の獣人が住んでるかもしれません!」
「前にいないって言ってなかった?」
「細かいことはいいんです!」
私もいないと思う。間違いなくウォルトさん以外いない。
「とにかく、久しぶりに【森の白猫】勢揃いで、ダンジョンに行くぞぉ~!ミーリャも今日だけは加入してね!」
「「「おぉ~!」」」
ウォルトさんが微笑みかけてくれる。
「なにか起こってもボクが守るから心配しなくていい。いつも通りでいいんだ」
「ありがとうございます!」
凄く気持ちが軽くなった。ホントに優しい獣人すぎる。アニカさん達が好きになるのもわかるなぁ。
「ウォルトさん!それは俺が言うべき台詞ですよ!」
「あっ!ゴメン!言っておこうと思って!」
「あはははっ!師匠に先越されてやんの!今さら言っても二番煎じだね!言葉の深みが違いすぎ!」
「うるさい!ミーリャ、俺に任せろっ!」
「本当にゴメン!」
「ふふっ」
なんて言うか…オーレンさん達の関係は凄く羨ましい。楽しそうなのにそれでいてやるべきことをしっかりやる。ちゃんとした師弟関係なのに、いい意味で友達のような緩さがある。冒険や修練が楽しくて仕方ないだろうな。
今日は貴重な体験ができる。足を引っ張らないように頑張ろう!




