4 白猫の獣人
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
「オーレン…。私は大丈夫だから…先に街に戻って治療を受けて…」
肩を借りて歩くアニカが呟いた。普段は強気な妹分だけど、魔力を使い果たしたうえに、足を怪我してまともに動けないから弱気になってる。
けど、こうして歩けているのもアニカのおかげだ。そうでなくても、兄妹のように育ったアニカを置いていくなんてできない。俺はそんな薄情者になりたくて冒険者になったワケじゃないんだ。
「1人で歩けもしないのになに言ってんだ。ゆっくりでいいから一緒に帰るぞ。街に帰ったら腹いっぱい飯食おうぜ」
無理やり笑って気持ちを盛り上げる。
「うん…。2人で帰ろう…。好きなモノ食べさせてよね…」
「幾らでも食わせてやるからあと少し頑張れ!」
歩いていると言えないような速度でも、少しずつ歩を進めた。
どの位、歩いただろうか。
息が苦しい。疲労のせいか時間の感覚もない。ただ、周囲の明るさは確実に失われているので夜が近いことだけは理解できる。
夜になれば夜行性の獣の動きが活発になって危険だ。田舎育ちだから夜の怖さはよく知っている。今の状態で襲われたら間違いなく命に関わる。どうにか…夜になる前に森を出なくちゃ。
そんな焦りを感じていた時、ズンッ!と身体が重さを増した。意識を失ったのか、アニカは今にも崩れ落ちそうだ。
「アニカぁ!しっかりしろっ!!」
必死の問い掛けにも返事はない。体力の限界を迎えつつある俺の力じゃアニカを支えきれず、バランスを崩して共にその場に倒れ込んでしまった。
急いで身体を起こそうとしても…。
「ヤバい…。力が…入らない…。もう…動けない…」
血を流しすぎたのか、それとも倒れたときに緊張の糸が切れたのか。力なく地面に横たわる俺の視線の先に、反り立つ木々の隙間から微かに見える建物。
「アソコ……誰か…いるかも…。声を……出さな…いと…」
ふっと意識を失った。
★
「うぅ……ん……」
ゆっくり瞼を開いたアニカの眼前には見知らぬ天井。
頭が働かないけど、どうやらベッドに寝ていることはわかる…。左目に包帯が巻かれているのか視界の半分は白一色に染まって、窓から差し込む明るい光を見る限りだと今は朝か昼なのかな…。
首をひねって横を見ると、黒いローブのような服にフードを被り、机に向かっている誰かの後ろ姿が見えた。
「ココは…どこ…?オーレンは…?」
大きな背中に向かって純粋に放たれた疑問。小さな声を聞いたローブの人物は、動きを止めてスッと立ち上がると私に向き直る。
ゆっくりフードを外すと、凜々しくも柔らかな表情をした猫の獣人だった。白い毛皮に耳とヒゲはピンと立ち、水晶のような碧い両眼の片方に、眼帯のようにして紐でモノクルを着けてる。
獣人は、人間に近い容姿の者と獣に近い容姿の者に分かれるけど、この獣人の容姿は絵で見た猫そのもの。
「オーレンとは、君と一緒に倒れていた少年のことかい?」
優しい口調で尋ねられて、コクリと頷く。
「彼は隣の部屋で安静にしてる。酷い怪我を負っていたけど、命に別状はないから心配いらないよ」
白猫の獣人は優しく微笑んだ。その言葉に安堵して思わず嗚咽を漏らす。
「うっ…。うぅ~……よかったぁ~…」
こちらにゆっくり歩み寄る白猫の獣人は、ベッドの横に置かれている椅子にフワリと腰掛けた。
「彼に比べると君の傷は軽い。でも重症には変わりない。事情は知らないけど、よく頑張ったね」
優しい笑顔を向けてくれる。とめどなく涙が溢れて止められない。でも、泣いてる場合じゃない。お礼を…言わなきゃ。
「助けてくれて…ありがとうございます…。私は…冒険者のアニカ…です。貴方は……?」
身体を起こそうとして、優しく手で制された。
「まだ動いちゃダメだ。そのままでいい。ボクはウォルト。見ての通り白猫の獣人だ。この森で暮らしてる」
「ウォルト…さん…」
「どこか痛むところはない?」
まだ動いてないからわからないけど、今はどこも痛くない。
「大丈夫です…」
「よかった。気になるだろうから、少し君が眠っていた間の話をしようか」
ウォルトさんは私達を見つけた経緯や今の状況を簡単に説明してくれた。
魔物に襲われた日。夜の帳が下りた頃、なぜか森の獣が住み家の近くに集まってくる気配を感じて、何事かと周辺を見回ったとき倒れている私達を発見したこと。今日で保護してから2日経っていること。眠っている間に治療が済んでいることも。
「もう…2日も経ってるなんて…」
「きっと倒れたとき君達の体力と精神は限界を超えてたんだ。出血もかなり多かった。オーレンの症状は落ち着いているけど、まだ一度も目を覚ましてない。かなり疲労が溜まってるはずだよ」
ウォルトさんは冷静に優しく語りかけてくれる。この人は…私の知ってる獣人とはイメージが違う。
「そうなんですね…」
「とりあえず、住み家は安全だからゆっくり休んで。喉は渇いてない?」
言われてみれば喉がカラカラだ。
「渇いてます」
「わかった。水を持ってくるよ」
「ありがとうございます…」
ウォルトさんは立ち上がって部屋から出て行った。部屋に残されてボンヤリ天井を見上げながらゆっくり瞼を閉じる。
正直、もうダメだと思った。見たこともない魔物に襲われて、恐怖で一歩も動けなかった。オーレンの剣も通用しなくて、たくさん傷ついてた。
ギルドに行けと言われたのも、私だけでも逃がしてくれようとしたんだ。一矢報いたくて苦し紛れに『火炎』を詠唱したけど、それでも倒せなかった。こうして生きているのは、間違いなく運がよかっただけ。
いろんな想いが溢れて考えがまとまらない。いつの間にかまた眠りに落ちていた。
読んで頂きありがとうございます。