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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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398 コソ練と師匠の教え

 今日のウォルトは、いつになく真剣な表情で魔法の修練に挑む。というのも、自分で考えた修練の1つをこなそうと考えていた。今日は『治癒』の修練。


 オーレン達に教えたことはないけど、定期的にやらなくちゃならない気がして欠かさず行っている。

 教えない理由は、ちょっと過激で頭がおかしいと思われそうだから。万が一にも真似してほしくない。皆のように才能に恵まれていないボクはやる必要があるだけ。


 最近では、『精霊の慈悲』『精霊の加護』『回復』『精霊力』といった『治癒』以外の回復術も会得した。だから段階的に治療の負荷を強くしている。ちょっと躊躇いもあるけど、今回は思いきってやってみよう。


「ふぅぅ……」


 今日は切断した自分の足を治療する。更地に両足を伸ばして座り、ズボンをめくったあと『細斬』で左足の膝から下を一気に切り落とす。綺麗に切断されて傷口から血が沸くように流れ出した。


「ぐうぅっ…!ぐうっ…!」


 途轍もない痛みに襲われ、まずは『氷結』で素早く止血する。


「…次っ!」


 切断面をピッタリつけて、手で押さえながら『氷結』を解除し最も怪我の修復が早いと思われる組み合わせ、『治癒』と『回復』を多重発動したい……けど集中できない。


 痛いっ…!傷が灼けるように痛いっ…!大声を上げて暴れたいけど…そんな暇はない!時間との勝負。…幾度となくこなしてきた!できるはずだっ!


 冷や汗をかきながら集中し、どうにか多重発動させる。骨から血管の1本1本までしっかり繋ぐイメージを膨らませ、一気に魔力を放出すると段々痛みが和らぐ。あとはひたすら魔力を流して治療を続けるだけ。


「ふうぅぅ~…」


 体感だけど、大丈夫だと思える状態になるまで1分近くかかってる。まだまだ遅い。それでも『治癒』だけしか使えなかった頃と比べると雲泥の差。倍以上効果が違う。

 治療を終えて立ち上がってみても、痛みはないし足の感覚もちゃんとある。後で全力で駆けてみて、おかしな箇所があればその時は仕方ない。自分の魔法が未熟だっただけのこと。


「結構、血が流れたな」


 足を切断した場所には血溜まりが残ってる。初めて完全に切断したけど上手くいってよかった。いつもは骨が見える位までしか傷付けない。

 それにしても、過去に感じたことのない痛みだった。骨を切断する痛みがこれほど違うなんて勉強になった。今後も続けていこう。


 さすがにこの修練をアニカ達にやらせるワケにはいかない。最悪足が動かなくなる可能性もある。自己責任だからこそできる修練で、人体の構造についても文献で研究してる。とにかく無茶をすればいいってモノじゃないから。


 いずれ、ウイカやアニカが多重発動できるようになったら、その時は是非やらせてあげたいけどまだ早い。師匠は魔法について多くを教えてくれなかったけど、数少ない助言の中に『修練は人に頼るな』という教えがある。「自分で考えて自分で責任をとれないならやるな、ボケカス」と言われた。


 ボクは自分だけでなくウイカ達にやらせるときも同様だと思ってる。仮に彼女達が修練で失敗しても、ボクの責任で修正すればいい。あと、ボケカスは完全に余計だ。腹が立ってきた。


 そんな教えもあって、『治癒』の修練では数え切れないほど自傷してきた。地味に辛かったワケだけど、ボクの身体がどうなろうと自分のせいで他人のせいにできない。

 よくよく思い返すと、師匠には燃やされたり凍らされたり痺れさせられたりしたけど、全て綺麗に回復された。サバトの顔面のように、まさしく全身大火傷状態になって死にかけたこともあるけど、今では見る影もなく回復してる。

 師匠は、治せる自信があるから過激な行為も軽くこなしていたんだ。身を以て教えてくれたと言えなくもない。


 我が儘を言って魔法を教わることになった時に言われた。


「望み通りにしてやるが、死んでも知らんぞ。後悔するなよクソドロ猫が」

「望むところです。覚悟はできてます」

「はっ!たまには面白いことを言う。終わった後に同じことが言えたら褒めてやる」


 修練を始める前は、いつでも死ぬ覚悟ができているから耐えられる…と考えてた。命を捨てに森に来たんだから…と。

 いつだったかアニカ達にもそう言ったけど、ちょっと見栄を張ってしまったなぁ…。実際、あの頃はまだ生きることへの執着を捨てきれていなかったから。


 師匠との修練の苦痛は凄まじくて、本当の意味で死を覚悟できるまで反省の日々だった。むしろ、強く生に執着するようになったと言っても過言じゃない。

『命を懸ける』なんて軽々しく言える言葉じゃないと痛感した。生きていたいからこそ魔法の技量を上げたいと思った日々。


 それでも徐々に苦痛に耐性ができるモノで、積み重なって師匠が姿を消す前には大抵の修練で心が折れることはなくなった。『修練で死んでも後悔しない』という決意したから。

 修練に命を懸けるんじゃなくて、過酷な修練で命を失うのは当然だという思考に変化したことで、恐れることがなくなった。もちろん死にたくはない。けど、魔法の修練で死んでしまうことは仕方ない。ボクのような底辺の魔法使いは、死を恐れていたら技量は上がらないから。


 そんな変化を感じ取ったのか、師匠にある日言われた。


「クソつまらん。尻尾を巻いて逃げ出すと思ったのに実に面白くない。不愉快だ」

「ボクは上手く尻尾を巻けません。それに、貴方の思い通りにさせたくないので」

「生意気なドブ猫が。赤ん坊のような魔法しか操れないくせに」

「生活が赤ちゃんみたいな人に言われたくないです。魔法以外なにもできないくせに」

「なんだとっ!今すぐ殺してやろうかっ!」

「ボクに脅しは通用しません。あと、お風呂での奇行はやめましょう」

「くっ…!なぜそれをっ…!」

「獣人の五感を舐めてるからです。バレて恥ずかしいんですか?」

「このっ……変態覗き魔ドラ猫がっ!」

「誰が変態なんですか!それこそ貴方でしょう!」


 …思い出す度に腹が立って仕方ない。それでも会いたいと思う。今思えば、師匠が「褒めてやる」と言ったのはあの時だけだった。言ってもらえるよう頑張るべきだったかな。

 でも、とても言えなかった。あの人の魔法をこの身に受けて、実際に死に直面して死ぬ覚悟ができてるとは言えなかった。今なら堂々と言えるかもしれない。


 思い出すのはこのくらいにして、次の修練に移ろう。ムカついて仕方ない。


「ふぅぅ…」


 住み家に向かって『浅葱色の氷雨』を詠唱する。不規則に『反射』された魔法を、障壁を展開せず生身で躱すけど、冷気で動きは鈍り全てを躱しきれるはずもなくナイフのような氷が身体に突き刺さる。


 頭と心臓付近だけは防ぎきったものの、痛みで立っていられず倒れ込んだ。


「ぐうっ…!うぅ…うっ……」


 身体の前面が凍り、足や腕、腹も氷に貫かれて激痛が全身から襲ってくる。ココからが本番だ…。炎の魔力を操って冷気を相殺する。寒さに弱いボクは冷気を受けると全く動けない。前面の冷気を霧散させる。

 注意が必要なのは、身体に刺さっている氷は相殺しないように操作すること。魔法を解除してしまうと栓を抜いたように傷から大出血を起こす。特に腹部と太腿は危ない。既に何度か経験済みでサバトじいちゃんの幻覚が見えた。


 痛みに耐えながらヒゲまで凍った冷気を解除すると、混合魔力の『治癒』を全身に巡らせる。腹部や大きな血管が通っている重要な箇所を優先的に回復させながら、具合を見て徐々に刺さった氷も消滅させる。


「ふぅ…」


 順調に全ての痛みが消えたことで立ち上がり、傷を目視で確認すると綺麗に消えている。残されたのは、修練するのに着替えた貫頭衣に血の痕と空いた穴。

 治癒力が増したことで、自分に向けて放つ魔法の威力も上げることができてる。以前はもっと弱く放つことしかできなかった。戦闘魔法の効果は、身に浴びて初めて理解できる。撃ったり防ぐだけでは本当に効果的な詠唱はできないというのがボクなりの持論。

 これからも積極的に自ら魔法を浴びていくつもり。でも闇魔法はさすがに無理かな。


「おっと…」


 急に立ちくらみがした。血を失い過ぎたかもしれない。


 今日はさすがにここまでかな。以前、無理して倒れたことがあるから同じ轍は踏まないよう注意してる。修練では死を覚悟してるだけで、積極的に死にたいワケじゃない。

 もう少し修練したかったけど、できないのは自分の未熟さゆえ。短時間で回復できれば身体の負担も軽く済むはずだ。もっともっと魔法を磨こう。


 もの凄く肉を食べたい気分だ。今日は焼き肉にしようか。内臓まで食べたい。


「ウォルト、大丈夫…?」

「大丈夫ですか…?」


 ハピー以下数人の蟲人が、床下の換気口から飛来して心配してくれる。見てたのかな。


「大丈夫だよ。ちょっとフラつくだけで」

「相変わらず凄いことするね。何度見てもドキドキするよ」

「ありがとう」

「言っとくけど褒めてないからね」


 この修練をハピー達が初めて目にしたとき、倒れたボクを皆で助けようとしてくれた。自分を『火炎』で燃やして大火傷だったかな?それ以降は、誤解を招かないようにちゃんと伝えてからやるようにしてる。気遣いは凄く嬉しい。


「魔法も凄いが、回復できることが凄い」


 クマンさんが感心してくれてイハさん達も頷いてる。


「なによりこの家が凄いけれど」

「絶対に壊せないよね!」

「よほどの怪物じゃないと壊せないと思います。ボクが死んでも皆は安心できます」

「死んじゃダメだよ!死ぬならそんな修行やめなよ!」

「ありがとう」


 ハピーの言う通りだけど、ボクの生活の一部だからやめられない。怠けたら今以上は望めなくなる。それが嫌だ。


「それより、またアレやる?」

「いいの?ボクは嬉しいけど、忙しくない?」

「大丈夫です。今日やるべきことは終えました」

「では、お願いしたいです」

「今日は私達が勝つよぉ~!皆を呼んでくるから!」

「ボクも負けない」


 近くに残っている蟲人に声をかけて、呼んで来てくれた。いつもの修練の始まり。


 更地に結界魔法陣を展開したあと、ハピー達の身体に『魔法障壁』を張って準備は完了。今日は15人いる。今からやるのは定期的に行っている修練で蟲人もやる気がある。


「では、いいですか?15人なので…制限時間は5分でいきましょう」


 時間計測と審判はイハさん。蟲人は正確な体内時計を持ってる。


「ボクはいつでも大丈夫です」

「いいよ!」

「では…開始!」


 一斉に飛び立つ蟲人。10秒数えてから修練は始まる。


『操弾』


 15個の『操弾』を同時に発現させて、蟲人に向かって放つ。大きさはボクの手の爪くらいで蟲人の頭くらい。

 この修練は、制限時間内に『操弾』を全員に命中させたらボクの勝ち。1人でも残ったら負けというルール。蟲人の行動範囲は結界の範囲内。皆には『魔法障壁』を纏ってもらい、反発する魔力の壁を展開してるから外には出られない。この中で自由に動き回ってもらう。

「私もなにか手伝うよ!」とハピーが言ってくれたところから始まった修練。最初は2人きりだったけど、興味を持った皆が協力してくれるようになって今では手が空いていると手伝ってくれる。

 魔法をぶつけるので「無理しなくていいです」と伝えたのに、「ウォルトを信用してる」と言ってくれる。だから、ボクは絶対に蟲人の安全を確保する。


 障壁に接触すると消滅する威力の『操弾』を操作しているけど、仮に消滅しなかった場合を考えて接触した瞬間に確実に霧散させる。

 蟲人の皆は空中の機動力が素晴らしくて、命中させるのが難しい。知恵を絞ってあの手この手で当てにいかなければ絶対に当てられない。

 ハピー曰く「獣や魔物に遭遇したときの回避行動の練習になる!」らしい。それと、恐怖心を克服する訓練にも。ボクも魔法操作と発想の修練になって凄く助かってる。

 

「やられたぁ!」

「くっそぉ!」

「ウォルトは魔法操作が上手すぎる!」


 命中した人は地上に降りてもらう。1人、また1人と策を講じて仕留めていく。この修練を初めて瞬時に作戦を立てる瞬発力がついた。


「残り1分です!」


 時間を管理してくれるイハさんの声が響く。残り時間はあとわずか。勝てるかどうか微妙なライン。でも、フェイントや急な速度変更、行動予測を駆使して、なんとか全員に命中させることができた。


「そこまで!」

「悔しい~!また負けた~!」

「ふぅ~。危なかった」


 蟲人による行動範囲と時間の設定が秀逸。余裕がないギリギリのラインを設定してくるので、気が抜けない修練。決して自分達に有利な設定をしないところに蟲人のプライドを感じる。


「次は勝つよ!」

「ボクも負けないように頑張るよ。今夜はお礼に宴会しないか?」

「いいの?!やったぁ!」


 皆は嬉しそう。いつもはハピー達が宴会の日を決めてるけど、たまには誘ってもいいよね。師匠の教えには反するけど、人を頼って成長してる。アニカ達と修練してるから技量も上がって、負けたくないから自分を追い込める。孤独だった時はできなかったこと。


 ハピー達もそうだ。彼女達と修練していたから武闘会でも難なく『操弾』を操作できて、魔導師に命中させることができた。ボクの魔法は友人達のおかげで磨かれてる。

「そんなことで魔導師になれるか、カスが」って怒られるだろうな。でも、ボクは師匠とは違う。教えを守るだけじゃ成長できないからできることはなんでもやらなきゃ。


 師匠に少しでも追いつけるように。そして、目標である魔導師になれるように。

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