397 判別法
ウォルトの住み家で修練しているのは、ウイカとアニカ姉妹。オーレンは不在で、理由は恋人のミーリャとデート中。
休憩中に会話する。
「オーレンは最近ぶったるんでます!」
「まぁまぁ。アニカ、怒らないであげて。だらしない顔してるけど冒険中はちゃんとしてるよ」
「そうかなぁ!?鼻の下伸びすぎてて腹立つんだよね!」
姉妹からオーレンがミーリャと交際を始めたことを報告されたウォルトは喜ばしく思った。告白する前のオーレンの優しさと葛藤を知っているからこそ余計に。
「オーレンが報告する前に私達が教えました!ざまぁです!」
「教えてくれてありがとう。今度一緒に来るかなぁ?」
「来ると思います。早く行きたそうにしてました。スケさんのところにも」
「そっか。そうなるとネネさんのところにも行くだろうね」
「「ネネさん?」」
律儀なオーレンの性格からして挨拶に行くだろう。
「ミーリャさんのお母さんだよ。ボクは会ったことがあるんだ」
「めっちゃ強いお母さんって聞いてます!ミーリャじゃ敵わないって!オーレンは……顔が死ぬほどいやらしいし…態度もふざけてるから鉈か鋸でバラバラに惨殺されちゃうかもしれませんね…」
「クローセの外れに…墓を建てるしかないです…。幼馴染みとして、せめて骨だけは拾ってあげないと…」
またシリアス調に言ってるけど、そんなことはない…と思いたい。
「殺されないと思うけど、少しだけ心配だね」
「なんでですか?」
「ネネさんがどういう行動に出るのか予測できない。「実力を見せてみろ!」と言われかねない」
「オーレンはアホですけど、さすがに恋人の母親相手に本気は出さないと思います!」
「アニカの言う通りだけど、心配なのは逆なんだ。ネネさんが手加減するのか」
「えっ?!ネネさんってオーレンより強いんですか?!」
「間違いない。しかも一切手加減しない人だ」
これから修行を積むと言っていた。おそらく技を磨いて現役の勘を取り戻しているはず。そうなると、オーレンの技量では太刀打ちできないかもしれない。
「オーレンは優しいからなされるがままかもしれない。下手すると命に関わる」
「私も付いていって『治癒』の準備しておきます。念のため気付薬も持っていきます」
「私も行く!最期を見届けないとミルコさん達に合わせる顔がないから!」
「アニカの中ではオーレンは死ぬ前提なんだね」
「もちろん冗談です!近況報告はこのくらいにして…ウォルトさんに訊きたいことがあります!」
「いいよ」
アニカの表情が変化した。真剣な表情。
「ウォルトさんは…私達と魔法の修練して自分のタメになってますか?」
「なってる。なんでそんなことを訊くの?」
「お姉ちゃんと話したんです。私達は…ウォルトさんの邪魔になってないか…って」
頷いたウイカも真剣な表情。修練に付き合わせてるって勘違いしてるのかな?ちゃんと伝えておこう。
「気にする必要ないよ。ボクは皆のおかげで昔よりかなり技量が上がってるんだ」
「ホントですかぁ~?」
「ウォルトさんは優しいから」
「噓じゃないよ。嘘を吐いたら2人はわかるだろう?」
揃ってじっと見つめてくる。照れるな…。
「確かに!嘘は吐いてません!」
「ですね。『照れるニャ』が出てます」
やっぱりわかるんだな。照れるニャ、とは思ってないけど…。それは置いといて。
「師匠がいなくなってから、オーレンとアニカに出会うまではずっと1人で修練してた。スケさん達ともしてたけど。でも、それだけだったんだ」
「というと?」
「師匠が帰ってくるまでに腕を上げて驚かせたいとか、とにかく魔法を磨かなきゃって思ってた。思えば、ただがむしゃらだったね。でも1人だと気付かないことが多い」
あの頃も修練は楽しかった。師匠と離れて孤独だったからこそ気付いたことも多い。でも、オーレンやアニカと出会ってその後もいろんな人と交流できて、確実に魔法の幅が広がったし格段に成長してる実感がある。
きっかけをくれて成長させてくれてるのは、間違いなくオーレンやアニカそしてウイカだ。
「たとえばどんなことですか?」
「『治癒』の修練をするときは、今みたいに自分を傷付けてたけど辛かった」
「でも、私やアニカの修練のときは躊躇なく傷付けてますよね?」
「2人が直ぐ治癒してくれるからね。自虐でやってる姿を想像したら頭がおかしな奴だと思わない?」
「確かに!」
「痛さはあっても、あの頃と違って辛くない。魔法を客観的に見たり感じたりできて効果や改良点を教えてもらってる」
「なにも教えてませんよぉ~!」
「教えられてばかりです」
自覚はないかもしれない。ボクが学習したことをそのまま伝えてないから。学ばせてくれたことは修練に反映してお返ししてる。
「2人はそんなつもりがないだけだよ。修練もそうだけど、会話や質問の中でも新発見が沢山ある。発想を元に色々試してるんだ。一度や二度じゃない。1人じゃ絶対できなかった」
「ということは、私達が今の…」
「ボクを作ったと言っても過言じゃない。…というかその通りだね」
「心を読まれた!?」
「皆の考えてることがだんだん読めるようになってきたのもボクの成長だよ」
鈍い鈍いと言われても少しずつ理解できてる実感がある。
「それ以外にも、『反射』を教えてくれたのも君達だ。だから2人はボクの師匠でもある」
「あぁ~!私達を弟子って言ったのに!」
「弟子の座は譲りません」
確かに一度認めてしまったからなぁ。友人でも弟子でも対応は変わらないけれど。
「冒険だってそうだ。ダンジョンに潜るのもいつも1人だった。皆と潜って効果的な魔法の使い方を学んだ。とにかく、一緒に修練することはボクにとって凄く意味があること」
「わかりました!」
「だったらいいんです」
2人が大魔導師になった後も修練に付き合ってくれると嬉しいけど、さすがに無理だろうな。
「今、なにを考えてるか当てましょうか?」
ウイカが自信ありげに言ってきた。
「どうぞ」
「私達が大魔導師になっても一緒に修練してくれるかな?です」
「凄いな…。その通りだよ」
リスティアといいウイカといい心眼の持ち主だ。ボクの反応がわかりやすいのかもしれないけど。
「答えは「もちろん!」です!私達4姉妹は、かなりウォルトさんの思考を読めるようになってきました!サマラさんは元からですけど!」
密かに動揺する。もしかして…この間一緒に寝たとき、ちょっと身体に触れたくなったやましい気持ちも見抜かれてたりする…?だとしたら恥ずかしいけど、皆はぐっすり眠ってたからバレてないはず…。
「見抜いてますよ」
ドキッ…!
「ウォルトさんも男ですから♪」
ドキドキッ…!
バレてるんだな…。謝らなきゃ。
「下心があってゴメンね…」
嫌じゃないと言われてるけど、弟子にやましい気持ちを持っちゃいけないとメリルさんから教えてもらった。
それにしても、皆はどうやってボクの気持ちを見抜いてるんだろう?ずっと気になってるけど、そんなに顔に出るのかな?
「ふふっ。次は期待してます」
「なにを?」
「その話は置いておきましょう!では、張り切って修練を再開です!」
「その前に魔力をもらっていいですか?」
「いいけど…触っていいの?」
「「もちろんです!」」
下心を見せた猫人に触らせてくれる寛大さが姉妹にはある。その後も夕食まで魔法の修練を続けた。
夕飯を食べて、ウイカ達は入浴も済ませる。姉妹の髪を乾かしてあげた。
「ウォルトさん。尻尾を動かせるようになりましたか?」
「結構動かせるようになったよ」
立ち上がって後ろを向き、ローブをめくって2人に見てもらう。毎日少しずつ練習してかなり意志通りに動かせるようになった。2人と出会ったからできるようになったことの1つ。
「ちゃんと動いてます」
「凄いです!かなり練習してますね!」
「その内、尻尾でブラシがけできる日が来るかもしれない。楽しみなんだ」
背中の手入れができるようになるには、もっともっと練習が必要。まだブラシを掴むことはできない。
「私とアニカで、ウォルトさんにしてあげたいことがあるんです」
してもらいたいことじゃなくて、してあげたいこと?
「なんだい?」
「コレです!」
揃ってリュックからブラシを取り出した。
「ウォルトさんの背中にブラシをかけたいです!」
「ボクは凄く嬉しいけど、お願いしていいの?」
背中のブラシがけは苦労してるから有難い。どうしても手が届かなし、見えないから時間がかかる。
「「任せてください!」」
ローブを脱いでいる間に、2人が椅子を持ってきて後ろに座った。
「じゃあ、いきます!」
毛並みに添って背中全体に丁寧にブラシがけしてくれる。凄く気持ちいい。
「どうですか?」
「気持ちいいよ」
「かけ方の細かい要望があったら教えてくれると嬉しいです!強さとか速さとか!」
「そうだね。じゃあ…」
細かくお願いする。かなりいい感じだなぁ…。とても上手い。
「このブラシ、どうですか?」
「凄くいい。固さもほどよい感じで」
「よかったです!サマラさんとチャチャに選んでもらいました!」
「毛皮に使うブラシは獣人のほうがよくわかるかもしれないね」
うぅ~…。気持ちいいな…。どんどん眠くなる…。
「……ルトさん。ウォルトさん?」
「…はっ!ウイカ、なに?」
「ベッドに行きますか?横になってもらっていいですよ」
「いや、このままで大丈夫だよ…。夢見心地だった…」
丁寧なブラシがけは抗えない気持ちよさだ。また1つ教えてもらった。
「背中はお姉ちゃんに任せて私は腕とか顔にブラシをかけたいです!」
「疲れてない?もう充分だよ」
「全然大丈夫です!」
直ぐに終わってもらうつもりだったのに、同時ブラシがけで見事に意識を失った。
「ゴメン…。あまりに気持ちよすぎて…」
ウイカに「熱出しますよ」と優しく起こされて、寝てしまったことを謝罪する。
「嬉しいです!」
「ちょっとでも癒やしになりましたか?」
「なったよ。気持ちよすぎる」
「フクーベには獣人に人気のブラシ屋さんがいるらしいです!」
「行く人の気持ちがわかるよ。癒されるし、毛艶もよくなるしね」
「ウォルトさんも行ってみたいですか?」
「行くのは無理かなぁ。知らない人に毛皮を触られるのが嫌なんだ。アニカやウイカが店員だったら行くよ」
気にしすぎだろうけど、知らない人に毛皮を任せるのは怖い。
「ブラシがけしてて気になったんですけど、ウォルトさんの喉って珍しいですか?」
「どういう意味?」
「喉の辺りから、ゴロゴロって感じの音が聞こえました!」
いつの間にかやってしまったのか…。気付かなかった。
「恥ずかしいけど、気持ちよかったりリラックスしてるとき自然に出る音なんだ。どこが鳴ってるのか自分でもわからないし、鳴らしてる自覚もない。猫の獣人特有らしいけど」
「やったぁ!それだけ気持ちよかったってことですよね!」
「そうだよ」
「あと、ヒゲは大丈夫ですか!」
「ヒゲに異常はないけど」
感覚はいつも通りだと思う。
「ブラシがけしてたら1本抜けちゃって。大丈夫かなって」
「生え替わるだけだよ。ヒゲも古くなると抜ける。毛と一緒なんだ」
「よかったです。感覚がおかしくなるかもって心配で」
「重要ではあるけど、1本くらい抜けても大丈夫だと思う」
「ヒゲってどんな役割をするんですか?」
「代表的なところで言うと、風の流れを感知する。室内なら人の気配も察知できる」
人が動くときはどうしても空気も動く。だから暗闇でも気配を感知できる。
「「へぇ~!」」
「耳が聞こえなくても喋ってる空気の振動を拾えたりもする。目に異物が入らないように感じる役割もあるね」
「なんでもできますね!」
「凄いです」
「そんなことないよ。獣人なら誰でも感じるんじゃないかな」
★
ウォルトが笑うとヒゲが少し広がる。
その様子を見てウイカはホッとした。数日前に開かれた白猫同盟の会合で、サマラさんがウォルトさんの癖について教えてくれたこと。
「ウォルトの感情は、口にしなくても読みやすいよね」
「わかりやすいです」
「ほぼ顔に書いてます!」
「バレバレですね」
「だよね。ヒゲの動きを見るともっとわかりやすいんだよ。無意識だから全然気付いてないの。耳もだね」
「「「へぇ~」」」
「ヒゲが開いたら喜んでるとか、顔に付いたら警戒してるとか、前に出たら興味津々とか法則があるの。すまし顔で誤魔化してもヒゲだけ動くから。面白いから自分で探ってみて」
サマラさんは会話の流れとヒゲの動きだけで、嘘を吐いてるとか感情がほとんどわかるらしい。私達も話しながら観察して、少しずつ法則が読めてきた。サマラさんの言う通りで、ヒゲは激しかったり微妙にだったり忙しく動く。
今まで意識して見たことなかったけど、口の周りだけじゃなくて目の傍や顎からも生えていて、それぞれの動きが違って研究しがいがある。
きっとチャチャも探ってるし、賢い妹だから既に掌握してるかもしれない。もし、ヒゲの感覚が変わってしまったらどうなるかわからない。
そうなったとしたら、また初めから覚えるだけだけど、ウォルトさんが黙っていても感情が判別できるのが楽しい。できるならこのままで、というのが私とアニカの希望。
★
「ヒゲに関して試してみたいことがあるんですけど」
「試したいこと?」
ヒゲでウイカが試したいことってなんだろう?
「目を瞑ったままで、ヒゲになにが触れたか当てられますか?」
「やったことないなぁ。試してみようか」
「やってみたいです!目を瞑ってもらっていいですか!」
「わかった」
アニカの言う通り椅子に座ったまま目を瞑ると、両脇に2人が立った気配がする。視界を遮ると空気の流れがより感じやすくなる。匂いからすると右に立ってるがアニカだ。
「じゃあ、いきます!目は開けないでくださいね!」
「うん」
ツンツンと口ヒゲの先になにか当たる。右も左も同時に。2人で同時にくっつけてるのか?
感触からすると柔らかいな…。
「…柔らかいモノだよね?」
「正解です!」
「どうですか?」
「もう少し当ててもらっていい?」
「御希望とあらば!いいですよ!」
気になるなぁ。なんだろう?ツンツン、ツンツンと何度か当ててくれる。でも、まったく見当がつかない。
柔らかくて張りがある。右と左では少し感触が違う…。謎は深まるばかりだ。連想したモノで最も近いのは…アレかな?
「わかりましたか?」
「多分だけど……掌かな?」
「残念!不正解です!もう一度やりますか?」
「これ以上やっても当てられないと思う。目を開けていい?」
「いいですよ」
ゆっくり目を開けるとやっぱり両脇に立ってた。
「正解はなんだったの?」
「内緒です」
「ヒントは身体の一部です!」
そうだと思ったけど、掌じゃないとなると…わからない。
「わからなかったなぁ。今度は当ててみたい」
「また出題します」
「今度は当ててくださいね♪」
アニカとウイカは、少しだけ舌を出して唇をペロリと舐めた。