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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
396/706

396 洞窟で海の幸

 本日、ウォルトはドワーフの工房を訪ねて作業の手伝いをこなしている。


「うわっはっは!」

「ウォルトがいると、捗って仕方ねぇ!」

「さっさと終わらせるぞ!最近、ファムの飯じゃ物足りなかったから楽しみだ!」

「…聞こえてんだよ!あとで覚えとけ!」


 手伝いながら思う。ドラゴさんは毎回余計なことを言うんだよなぁ…。


「ファムさん。あまり怒らずに」

「アンタが言うならしょうがないねぇ!」


 ドラゴさん達の夫婦ゲンカを宥めながら魔法を使ったり普通に仕事を手伝う。力に関してはボクよりドワーフの方が強いけど、手指がゴツすぎて指先を使う細かい作業には向いてない。それでもほとんどの細工はこなすからさすが。

 普段はファムさん達女性陣が繊細な作業を請け負っているので、ボクも並んで部品を削り出す。


「ウォルトは器用だねぇ。そんな指先で触られたら女も嬉しいだろうさ」

「気持ち悪くて嫌なんじゃないですかね?」

「アンタは優しい。嫌なワケないだろ」

「優しくはないんですけど」

「コラ~!ウォルト~!お前はまた人の嫁さんに色目を…」

「やかましい!いい加減にしないとぶち殺すよっ!」

「…ちっ!」


 普段は優しいファムさんも怒ると怖い。ドラゴさんは地獄耳だ。一通りの作業を終えて宴会の準備にとりかかる。ボクは、作業が終わるのに合わせて調理を終えるように、いつも少し早めに上がらされる。今日は面白い食材があるらしいから楽しみだ。


 その食材はというと…。


「もしかして…烏賊(イカラマロ)ですか?」


 木箱の中に10本足の白い槍型の生物が詰められてる。料理本で見たことがあるけど、カネルラにはない海に住む軟体生物で、食べると美味らしい。通称イカ。焼いてよし煮てよしの食材だと聞く。


「余所の国に行ってたドワーフから土産にもらったのさ」

「おい、ウォルト!俺らはそんな気持ち悪ぃもん食わねぇぞ!肉頼むわ!」

「骨までふにゃふにゃになっちまうぜ!」


 既に酒を準備している男性陣が言ってくる。


「美味しいと云われてるのに、もったいないですね」

「いくら言っても食おうとしないんだよ。せっかく仲間がくれたってのに頑固で困った連中さ」

「ボクは食べたいので、使わせてもらっていいですか」

「もちろんさ。アタシらも食べたいんでね」


 しっかり『保存』が付与されたイカは新鮮だ。胴のような部分と足の一部を包丁で切って食べてみる。プリプリとした身に甘味があって美味しい。どんな調理法にも合いそうだ。豆醤に付けるだけでも抜群だろう。


「うぇ~!ウォルトが生で食いやがったぞ!気持ち悪ぃ!」

「信じられねぇ!」

「ちゃんと手を洗えよ!」

「うるさいんだよ!見たくないなら見るんじゃないよ!黙っときな!」

「興味はあるくせに食べてみようって気はないからね!面倒くさい奴らだよ!」


 騒がしいけど、どんな調理法にするか考えていて頭に入ってこない。……よし!決めた。調味料も充実しているので構想通りに作れる。ファムさん達に感謝だ。






 調理を終えて肴を並べる。


「やっとか!腹減ったぞ!」

「おう!肉だ、肉っ!」

「美味そうだぜ!もう待てねぇ!乾杯!」


 コンゴウさん達はもう飲み始めてしまった。それを横目に女性陣の前にイカ料理を並べる。


「こりゃあ見事なもんだね」

「いい匂いだ…。美味そうだよ」

「美味しくできたと思います。召し上がって下さい」

「頂きます。乾杯!」


 女性陣は一斉にイカを口に運ぶ。まずは揚げて衣に包まれた料理から。


「あふっあふぅっ…!こりゃ美味い!たまげたっ!酒に合うねぇ!」

「輪切りにして揚げただけで美味いなんて驚きだ!」

「身のコリコリと、衣のサクサクが合うと思います」


 胴体を厚めの輪切りにして衣を付けて油で揚げた。『保存』で熱々の状態を保ち、調味料を混ぜて作った濃いソースをかけて食べてもらうと、凄い勢いで酒も飲んでる。ドワーフは男女問わず酒豪しかいない。


「細切りにした生の身も美味いよ。甘味が強いね」

「醤に付けるだけでこんなに美味いなんて、素材がいい証拠だ」

「生食は現地では普通らしいので」


 細切りにした生のイカもそれだけで美味しい。新鮮に保たれていたからこそ食べられる。シンプルに魚醤や豆醤を垂らすだけで合う。『保存』を付与した魔導師は凄い。


「ん~!ウォルト!コレが1番美味いよ!」

「炙っただけでこんなに美味いのかい?!この黄色い調味料がまた美味い!」

「1日干したら旨味が凝縮されて、もっと美味しくなると思います」

「今度やってみるよ!」


 足や胴を白くなるまで炙って歯応えを増したあと、卵の黄身と酢をよく混ぜ合わせた調味料に絡めて食べる。唐辛子の粉をお好みで付けると酒の肴に最高だ。他に野菜と煮込んだ煮物も作ったけど好評。

 イカは万能で優秀な食材。頭から足まで捨てる箇所がなくて全てが美味しい。ボクは試食でお腹一杯になってしまったけど、イカの調理にはまだまだ可能性を感じる。


 女性陣が凄い勢いで食べるのを見て、男性陣も興味がありそうな顔をしてる。ドラゴさんが口を開いた。


「おい、ファム!俺達も食うの手伝ってやるぞ!」

「ふざけんな!お断りだよ!」

「なんだとぉ~?!善意で言ってやってんのに、なんて言い草だ!」

「余計なお世話だ!アンタらは肉だけ食っときゃ幸せなんだろ?!さっさと食いな!ウォルトの肉料理は美味いだろ!」

「くそっ…!」

 

 可哀想に…。でも自業自得か。…あっ!アレを出すの忘れてた。作り置きしておいたのを調理場から取ってくる。


「こんなのも作ってみました。珍味なんですけど」


 世界の珍味を集めた本で見たことがあった料理。酒の肴に最高らしい。


「なんだいこりゃ?うっ…!臭いっ…!」

「凄い匂いだ…!」

「身と内臓を使った塩辛と呼ばれる酒の肴です。美味しくできたと思います」


 本当は時間を置いて水分を抜いたりする工程が必要だけど、魔法で水分を飛ばしたりして手間を省いた。味は劣らないはず。


「さすがに怖いね…」

「いや。それじゃ男共と同じだ。アタシはウォルトを信じるよ…っと。……うんまっ!」

「…めちゃくちゃ美味い!一匙で酒が何杯でもいけるよ!火酒に合うね!」

「ぶはぁ~!酒で流し込んだらたまらないねぇ!ウォルト!アンタは料理人になりな……いや、職人…?…どっちでもいいか!」


 口に合ったみたいでよかった。かなりの塩気だから作業で汗をかいた後はたまらないはず。…と、後ろから肩を叩かれる。振り向くと、コンゴウさんの大きな顔面が直ぐ傍にあった。


「うわぁ!びっくりしたぁ!」

「おい、ウォルト。こっちにも寄越せ」

「えっ…?イカは食べたくないんじゃ…?」

「誰もそんなこと言ってない。だから寄越せ」


 いや。ハッキリ言ってましたよね…。


「ボクは構いませんが…」


 ファムさん達が立ち上がる。


「いい加減にしな!アンタらはいっつも人の言うことを聞きやしない!そんなに食いたきゃ自分で作りな!」

「なんだとぉ~!お前らも「ウォルトに訊くまでは怖い」とかぬかしてただろうが!食うつもりがなかったのは知ってんだぞ!」

「ぐっ…!?でも、ちゃんと食う気だったさ!」


 またケンカが始まった。とりあえずイカ食べよう。


 結局、今日は男性陣に食べさせないということで一旦決着はついた。その代わり明日以降はファムさん達が作ってあげるという約束で。ドワーフはよくケンカするけど、なんだかんだ仲がいいので心配していない。


「おい、ウォルト。今日の報酬はなにがいい?」

「部品を作りたくて来たんです」


 包みから『圧縮』して持ってきた蓄音器を出す。


「なんじゃこりゃ?」

「蓄音器です。録音した音や声を再生できます」

「「「「へぇ~」」」」

「壊れてるので部品を作りたいんです」

「どんなのだ?見せてみろ」


 内部を見てもらう。でっかい顔が集合すると、黙っているのにうるさく感じる不思議。酒臭さが半端じゃないので口で息をする。


「意外に単純な造りだな。部品は鉄製か」

「作った奴はよく考えてる。歯車とバネで動かすのは合理的だ」

「音を出すなら同じ速さで動かにゃならんからな。録るのも同じだろ」

「考えた奴はやるねぇ」


 意見交換が始まった。やっぱり職人集団だなぁ。とりあえず黙って待っておこう。一通り観察してコンゴウさんが指差す。


「この部分の部品だな?」

「そうです。もう影も形もないんですけど…」

「歯車か」

「歯車だな」

「歯車だろ」

「歯車かい」

「説明の省略ありがとうございます」


 親指の爪程度の歯車を作りたいと思っていて、駆動部の軸も摩耗してるから取り替えたい。


「鉄を少し分けてもらいたくて」

「おう。好きなの使え」

「ありがとうございます」


 厚みが近い鉄板の切れ端を選んで…と。


「コンゴウさん、教えてほしいんですが」

「なんだ?」

「嵌め込む歯車の数ってどうすればわかりますか?」


 大小の歯車に挟まれる位置に取り付けるから歯車の数は重要。でも何歯必要なのかわからない。


「知らんのか。計算するだけだぞ。この装置だと横の小さいのが24だ。反対のが48。それと直径が…」


 丁寧に教えてくれて有難い。自分で計算して答えを割り出す。


「ありがとうございます。理解できました」

「おう」


 今日は『細斬』で切り出すんじゃなくて型で作ってみよう。

 

「ん…?ウォルトはどこ行くんだ?」

「あっちは砂場だぞ」

「なにかやるつもりだな。ちっと見にいくか」


 砂場に移動して極上の『大地の憤怒』で歯車の形に砂を盛り上げる。繊細な操作が要求されるところ。あとは『溶解』で鉄を溶かして流し込むだけ。


「そんな細かい魔法も使えるのか」

「器用だな」

「魔法の修練を兼ねてます」

「ガハハハ!そうか」


『氷結』で冷却した後は、削ったり研磨して綺麗に仕上げよう。コンゴウさん達は歯車の作り方も教えてくれた。面取りや歯の深さまでアドバイスしてくれて職人の知識に舌を巻く。

 この勢いのまま、離れた場所にある作業台と工具を借りて歯車を作ることにした。肴を作っては合間に歯車を仕上げる…を繰り返す。



 ★



 ウォルトがモノづくりを始めても、ドワーフ達は変わぬペースで飲み続けていた。


「おい、コンゴウ。ウォルトはどんな脳みそしてんだ?飯作って鉄加工して、飯作って鉄加工してるぞ。そんなことできる奴がいるか」

「俺らには無理でも現にやっとるだろ。同時に考えとるかもしれん。魔法もそうだろうが。2つや3つ同時も軽々だ。あんなの他に誰ができるってんだ………ん?」

「どうした?」


 コンゴウは黙々と部品作りに精を出しているウォルトに呼びかける。


「おい、ウォルト!」

「なんでしょう?」

「お前……サバトか?」

「そうです」


 一言だけ答えて、こっちに視線を向けることすらせず楽しそうに黙々と歯車を磨き続ける。

 

「がっはっはっ!それだけだ!作業の邪魔したな」

「大丈夫ですよ」


 火酒を胃に流し込む。本当に愉快な奴だ。


「サバトってなんのこった?」


 チラッとウォルトを見ても、作業に熱中しとるから耳には入らんな。教えてやるか。


「ちょっと前に巷で噂になったろ。カネルラにサバトって名のとんでもない魔導師が現れたと。王都の武闘会とやらでエルフをぶっ倒した奴だ」

「そりゃ知ってるけど、ソイツもエルフだろ。エルフに興味はねぇ」


 ドワーフとエルフは昔から反りが合わん。まぁ、そう思っても仕方ない。


「そりゃただの噂だろうが。俺が知ってるとんでもない魔導師で1等なのがウォルトだ。エルフなんぞじゃない。だから訊いて、正解だっただけのことよ」

「だははははっ!なるほどな!納得だぜ!」

「けど、そんな話より歯車仕上げる方が楽しそうだろ。気にもしとらん」

「確かになぁ。アイツらしい」


 料理と魔法が好きな職人仲間。それがウォルト。本当に退屈させん男だ。


「今頃気付いたのかい。遅いねぇ」

「偉っそうに。アタシらは直ぐ気付いたけどね」

「よくわかりましたね…って笑ってくれたね」


 女共がバカにするように喋りやがる。コイツら……ずっとイカ食ってやがるな。


「うるせぇな。直ぐわかったからなんだ?どうでもいいだろうが」

「師匠たる者、弟子のこともわからないのは恥ずかしいって言ってんだよ。あの子はアンタ達を精錬の師匠だって慕ってるってのに」

「…ちっ!」

「アタシらはあの子を息子みたいに思ってる。ドワーフでもいい娘がいれば紹介しようと思ってるぐらいだ」

「反対しねぇが、ウォルトは直ぐに死んじまうぞ」


 俺らドワーフは結構長生きする。500年生きる奴もザラだ。獣人は100年生きればいい方だろう。


「寿命は関係ないんだよ。一緒にいる時間が短くても、あの子は女を幸せにする。アンタ達と違ってね」

「なんだとぉ~!黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって!」

「やるってのかい!」


 すったもんだしていると、ウォルトが戻ってきた。


「皆さん、歯車ができました」


 ケンカを止めるワケでもなく、やり切った表情で普通に話しかけてくる。拍子抜けしてケンカをやめた。


「コンゴウさん。仕上がりを見てもらえませんか」

「おう。……いい出来だ。付けてみろ」

「はい」


 ウォルトが蓄音器に歯車を取り付けると、ぴったり嵌まった。ゼンマイを巻いて指を離すと、駆動部が回り出しラッパ状の拡声器から音楽が流れる。


「ほぉ。いい音が鳴るな」

「こいつぁ驚きだ」

「面白いねぇ」

「皆さんのおかげで直せました。ありがとうございます」


 ニャッ!と笑うウォルトを見て、互いに昂った気持ちも消え失せた。


「拍子抜けしたな」

「また1杯やろうかね。ウォルト、イカ追加で頼むよ」

「わかりました」



 ★



 ウォルトはさっと調理して、追加の炙りイカを持ってきた。


 平らげたファムさん達は満腹になって満足そう。ドラゴさん達は生唾を飲み込みながら恨めしそうな目で様子を見守ってるけど…。


「…くそっ!もう我慢ならん!明日まで待てるか!おい、ウォルト!俺らにもくれ!」


 ドラゴさんはそんなことを言うけど。


「イカはなくなりましたよ」

「はぁぁ~っ?!噓つくなっ!山ほどあったろうがっ!」

「本当です。箱にあったのは全部調理しました。「まだ在庫はあるから遠慮せずにやっちゃいな!」ってファムさんが」


 ファムさんはニヤリと笑う。


「残念だったねぇ!次にイカが貰えた時には作ってやるよ!」

「てんめぇ~…!噓つきやがったのか!」

「明日以降は作るって言ったんだ。噓じゃあない。明日に残らなかっただけでね!」

「屁理屈言いやがって!もうやってられん!お前とは離縁だっ!」

「なんだと~?!上等だよ!ウォルトに嫁にもらってもらうさ!なぁ!」

「えぇっ!?」

「ウォルト~!お前は~!」

「ボクはなにも言ってませんって!」


 とんだとばっちりだ。その後はケンカの仲裁が夜中まで続いた。疲れ切ったあと、修理した蓄音器を背負って真夜中の森を駆けた。

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