394 至福の音
珍しくキャロルがウォルトの住み家を訪ねてきた。ウォルトは好きなハーブ茶でもてなす。
「急に来て悪いね」
「いいよ。伝える手段がないんだから」
「アンタが便利な道具を作ってくれるといいんだけどねぇ」
「ボクには無理だ。発明家じゃないからね」
自由に連絡できる魔道具でもあればいいけど、ボクには創作できない。そもそも存在するのかな?
「今日は知恵の輪?」
「それもある。新作あるかい?」
「もちろん」
新作を幾つか部屋から持ってきて姉さんに渡す。今でもたまに作ってナバロさんにも譲ってる。流行は過ぎたけど楽しんでくれる愛好家がいるらしい。姉さんもその1人だ。
「難しそうだねぇ。やり甲斐がありそうだ」
「楽しんでもらえるといいけど」
「アンタの頭の中がどうなってるのか覗いてみたいよ」
「なんで?」
「こんなの思いつく奴はどんな頭の構造してるのかってね」
「姉さんでも作れるよ。面倒くさがってるだけだ」
獣人は基本面倒くさがり。堪えれば誰だって作れるはず。
「そうかい。あと、頼みたいことがあるのさ」
「どうしたの?」
「暇なときでいいから旦那さんの屋敷に来てくれないかい?」
「姉さんが帰るときフクーベに一緒に行くよ。今日は予定がないから」
「いいのかい?」
「もちろん。あっ、そうだ。この間、調べてもらった事件も無事に解決したんだ。姉さんのおかげだよ。ありがとう」
「そりゃよかった。また遠慮せず言いな」
面倒見がいいキャロル姉さんと知り合えたのは、ボクにとって幸運。昔から変わらない優しい姉御だ。
「今日の件もボクが役に立てばいいけど」
「アタイの知る限りじゃアンタにしか頼めないのさ。できなくても気にしなくていい」
「そっか。とりあえず今日もアレ食べる?」
「いいねぇ。頼むよ」
姉さんと2人で、黙々と秘密の食材を食べたあと訊かれる。
「ところで、サマラ達とは会ってるのかい?」
「ちょっと前に4姉妹で泊まりに来たよ」
「そうかい」
そうだ。姉さんに相談してみよう。
「ちょっと訊きたいんだけど、ボクは4人が他の男と抱き合うのが嫌なんだ。なんでかわかる?」
「あははははっ!自分で考えなっ!人に頼ることじゃないねぇ!」
「そうなのか…。難問なんだ」
…ということは、姉さんもわかってるんだな。やっぱりボクが鈍いってこと。
「難しいのが好きなんだろ?面倒くさがっちゃいけない」
確かに…。さっき言ったばかりだ。自分で考えよう。
「さて、そろそろ行こうか」
「わかった」
連れ立ってフクーベに向かう。
「こんな早い時間からでいいのかい?」
まだ時間は昼過ぎ。夜の人が少ない時間にしようか?っていう意味だろうけど、別に問題ない。
「最近フクーベには結構行ってる。気にしなくていいよ。絡まれてないしね」
「そっちの心配はしてないけどねぇ」
フクーベまでは歩いて行く。本当はトレーニングを兼ねて姉さんをおぶって駆けたいけど、さすがに嫌だろうから。
のんびり歩いてフクーベに辿り着くと、街に入ってすぐに姉さんが絡まれる。
「えらい別嬪さんじゃねぇか。ちと遊んでくれねぇか?」
声をかけてきたのは象の獣人2人組。長い鼻を振り上げて気持ち悪い笑みを浮かべている。
フクーベでは初めて見る種族だけど、大きな身体は迫力充分。でも、カネルラにはいないと思ってた。象はカネルラに生息してない動物だと云われているから。あと、やっぱり姉さんは誰が見ても美人なんだな。
「お断りだよ。アンタ、見ない顔だね。象かい?」
「そうだ。見りゃわかんだろ?観光で西からきたもんでな。この街案内してくれよ。ゲェ…」
「お断りだって言ったろ。そのデカい耳は飾りかい」
顔は象そのものだから垂れてる耳が大きい。上手いこと言うなぁ。
「下手に出てりゃ、女のくせに偉そうな口利きやがって。その綺麗な顔…ぐちゃぐちゃにしてやろうか…?」
「へぇ。できるならやってみな」
「このアマぁ……調子に乗るんじゃねぇ!」
躊躇いなく姉さんに殴りかかる象の獣人。
「…ぐはぁっ!」
見たこともない大きな拳が姉さんに届いた瞬間、象の獣人は後ろに吹き飛ぶ。顔が大きく陥没して目を回した。
「な、なんだってんだ?!」
もう1人の象は驚いてる。こんなこともあろうかと、来る途中で姉さんに頼まれて、事前に『反衝撃』を付与しておいた。まぁ、驚くだろうな。
でも…コイツらは加減を知らない…。普通あんな力で殴られたらただでは済まない。死んでもおかしくない衝撃だ。姉さんと象の間に割って入る。
「お前らはやり過ぎだ」
「なんだ…?猫ごときが俺らに文句あんのか?大体テメェはなんだ?」
猫ごとき…?象が偉いっていうのか。
「弟だよ。息が臭いな鼻長野郎」
「…んだと?誰が鼻長だコラァ!踏み潰してやらぁ!」
血相変えて殴りかかってくる。踏み潰すんじゃなかったのか。ただ、いくら力が強くても動きが遅い。軽く拳を躱して鼻を掴み、『筋力強化』でおもいきり握る。
「があぁぁっ…!テメェ!なにしやがる!?」
「自慢の鼻は凄いな」
全力で握っても握り潰せない。鼻なのに凄い筋肉だ。皮膚もかなり分厚い。ボクが非力過ぎるのか。でも、ちゃんと痛覚はあるみたいだな。だったら…。
「ウラァ!」
「なっ?!ゴバァッ!」
鼻を掴んだまま、体勢を崩している顔面を地面に叩きつけてやった。いかに象の皮膚が硬くとも、石畳の地面よりは柔らかいだろう。ぱたりと倒れ込んで動かない。自分の全体重が顔にかかったからな。
「とりあえず、揃ってノビたねぇ」
「大人しくしてくれるといいけど」
逆恨みで姉さんに被害があるかもしれない。それは避けたい。
「恥ずかしくて直ぐに街からいなくなるだろうさ。相手にするだけバカバカしい」
「そうかな?」
せめて『混濁』を付与しておこう。コレで記憶はなくなるはず。結構人に見られてるけど、獣人のケンカなんて日常茶飯事だから気にも留めてない。
「さぁ、行こうか」
何事もなかったかのように歩き出すキャロル姉さんを追う。
「姉さん。度胸ありすぎだよ」
「なにがさ?」
「いくら『反衝撃』を付与してても、魔法は絶対じゃない。躱すくらいはしないと。さっきの象は全力で殴ってきたんだ」
「アンタを信用してる。いつもなら適当にあしらって直ぐに立ち去ってるけどね。目の前でぶっ飛んだのは爽快だった。自業自得ってヤツだ。それに、アンタがなんとかしたろ」
「まぁ、そうだけど」
動きか遅すぎて『強化盾』を展開する余裕すらあった。ただ、力のみに限定するなら象は数多い獣人の種族で頂点かもしれない。ゴリラや熊すら歯が立たないような力強さを感じた。
「挑発されて頭に血が上ると直ぐに手が出る。獣人の男は単純さ。アンタを除いてね」
「ボクも単純だよ。大勢の内の1人だ」
「いいや違うね。アンタは単純じゃない。さぁ着いたよ」
屋敷に着くと姉さんの顔で共に中に入り、久しぶりにランパードさんと再会した。変わらず元気そうだ。笑顔でソファに座るよう促される。
「久しぶりだ。よく来てくれた」
「ご無沙汰してます」
「足を運んでもらってすまない。お願いしたいことがあって来てもらった。コレに関することで」
テーブルには、箱の中から楽器のラッパが飛び出したような装置が置かれている。いつか本で見たモノに似てる。
「これは…蓄音器ですか?」
確か人の声や音楽を録音して再生することができる装置だったはず。実物は初めて見るけど凄い装置だと思ってたから覚えてる。
「知ってるなら話は早い。君にお願いしたいのは、蓄音器の修理…とでもいうのか」
「蓄音器の修理ですか?」
凄く興味があるし、是非やってみたい。分解してもいいのなら。
「正確には修理とは違うかもしれない。音が鳴らないワケじゃないんだ」
「調子が悪いんですか?」
「それもちょっと違う。蓄音器の持ち主はフクーベの富豪なんだが「以前のような音が鳴らない」と言ってるんだ。原因を探ってもらえないだろうか?」
「以前のような音が鳴らない…。詳しく教えて下さい」
なぜ職人ではなくボクに訊くのか。その理由も気になる。
「知ってるかも知れないが、ほとんどの蓄音器はゼンマイバネを動力としている」
「知ってます」
傷が刻まれた特殊な薄い板を円筒状に丸めて、回転させながら細い針を表面に滑らせると音を再現できる装置。詳しい仕組みは知らないけど、板を回転させる動力が不可欠で、装置の大きさからもゼンマイが最も合理的。
「だが、この蓄音器は違う。魔道具なんだ」
「魔道具…?…確かにバネを巻くツマミが付いてないですね」
動力は魔力ということか。興味がさらに強まる。
「キャロルから聞いたんだ。君は魔道具にも精通していると。だから原因がわかるんじゃないかと思った。お願いしてもいいだろうか?嫌なら断って構わない」
「話を聞いて凄く気になってます。役に立てるかわかりませんが、是非探ってみたいです」
「ありがとう。知りたいことはなんでも訊いてくれ」
「依頼人は音が違うと言ってたんですよね?」
「そうらしい。ここ最近みたいだ。いろいろな伝手を頼ってウチの商会に頼んできた」
「蓄音器を分解して中を見るのは可能ですか?」
「依頼人は許可しなかった。そこが一番の問題なんだ」
「外側だけでもですか?」
ランパードさんはコクリと頷く。
「思い出の品だから一切傷付けたくないと。釘で打ちつけてあるから分解しようとするとどうしても傷が付く」
なるほど。分解して内部を確認しなければ魔道具職人でも手の施しようがない。
「無理なら直ぐに言いなよ。こっちも無理を言ってる自覚はあるんだ」
「姉さんの気持ちは有り難いけど、ボクがやらせてもらいたい」
「なら好きにしな」
蓄音器に手を翳して『診断』で内部を探る。細かい部品で構成される見事な装置。これは一流職人の仕事だ。確認できない細かい部分があるので、『周囲警戒』を多重発動して『浸透解析』する。
ダナンさんの戦友である先人騎士達を探すときに考案した魔法。隅々まで魔力を浸透させて調べる。
「内部構造は把握できました」
「まだ数分だぞ…?凄いな」
「ランパードさん。魔力紙はありますか?」
「ある。キャロル、倉庫から持ってくるよう使用人に伝えてくれ」
「はいよ」
直ぐに魔力紙は届けられた。
「コレでいいか?」
「ありがとうございます。今から内部構造を写し取ります」
集中して『念写』を発動し、可能な限り解像度の高い脳内画像を魔力紙に焼き付ける。
「ふぅ…」
「なんだコレは…?信じられん…」
「ははっ。さすがだねぇ。で、どうするんだい?」
「見てもらいたい人がいる。ランパードさん。商会にメリルさんという女性がいませんか?」
「メリル?もしかして、売り子のか?」
「アタイの同僚だ。それがどうしたんだい?」
「もしよければ、メリルさんを呼んでもらえませんか?ボクが魔道具作りを教わってる方なんです。意見を訊きたくて」
「初めて聞いたねぇ。メリルはただの売り子だよ」
「呼んでもらえばわかるよ」
「キャロル。頼む」
「はいよ」
直ぐにメリルさんを呼んできてくれた。
「失礼します。メリルですがなにか御用………ウォルトじゃないか!」
「仕事中に呼び出してすみません。ランパードさん。しばらく話してもいいですか?」
「もちろんだ。メリル、よろしく頼む」
「よろしくったって、なにがなんだかわかりませんが」
メリルさんに横に座ってもらい、魔力紙に写した蓄音器の内部構造を見せる。
「魔道具に関することで意見を訊きたいんです。目の前にある蓄音器の内部なんですが、どうやら魔道具みたいで」
「ほぅ…。……見事な設計図だ。…ふむ。確かに魔道具だな」
設計図を見ただけで魔道具と見抜く眼力は凄い。内部構造についてボクの見解を説明する。
「ボクの見立てでは、この部分が動力になる魔石で、こういう魔力の流れが生まれると思うんです」
「そうだな。面白い造りだ。ゼンマイの代わりに魔力を動力に変換してコイルに力を伝えている。この部分が主の歯車で連結された後に回転を始める」
意見を交わしながら、構造について慎重に確認していく。見立てが間違っている場合、修理しようとして取り返しがつかないことになる可能性が高い。
メリルさんはボクより遙かに魔道具に精通していてかなり博識だ。誤認識もあったから教えてもらえて助かった。
「知りたいことは確認できました。忙しいのに、ありがとうございました」
「面白いモノを見せてもらえて逆に感謝だよ。この設計図を描いた職人は凄い」
「今日のお礼に辛い新作料理と合うお酒を準備しておきます」
「頼むよ!今から楽しみだ!」
嬉しそうに笑うなぁ。いつもお尻が大丈夫なのか心配になるけど、お礼に胃が灼けるような料理を作ろう。ずっと黙っていてくれたランパードさんが、メリルさんに声をかける。
「メリル。お前が魔道具職人だというのなら、そっちで雇うぞ」
「私は売り子がいいんです」
「売り子よりいい給料がもらえるだろうに、いいのかい?」
「いいんだ。今は売り子に不満はない。私にとって魔道具は趣味みたいなものだ。な、ウォルト」
「はい」
メリルさんは、ボリスさんへの復讐の手段として魔道具を選んだ。けれど、その必要がなくなって今ではさほど魔道具作りに執着してない。凄い職人には違いないけど、本人がそれでいいと言ってるからなんの問題もない。
「アンタ達は似た者同志ってことか」
「そうかな?」
「そうか?私は嬉しいが」
「メリル。魔道具絡みでなにかあれば、今後も助言してもらっていいか?」
「構いませんが、期待されても大したことは言えませんよ。私は職人じゃないので」
ペコリと礼をしてメリルさんは仕事場に戻った。
「まさか、彼女が魔道具を作れるとは知らなかった」
「アタイもさ。初めて聞いたよ」
「メリルさんは高度な魔道具を作れるし知識も凄い。でも、高みを目指してるワケじゃない。だから誰も知らないんじゃないかな」
「あの反応からすると、アンタが魔法を使えることは知らないのかい?」
「知り合って間もないから言ってないんだ。伝えたいとは思ってるんだけど」
いつまでも魔力を込めているのがボクじゃないとは言えない。…というか、訊かれたことも否定したこともないけど。
「そうかい。じゃあ黙っとくよ。メリルと話して原因はわかりそうかい?」
「ほぼわかった。結論から言うと蓄音器は壊れてない」
構造を解析した結果と、現在の装置の状況から蓄音器の故障ではないと判断できる。気になる箇所はなかった。
「ならば、音が変わった原因は不明ということか?」
「それとも気のせいかい?」
「気のせいじゃない。試しに蓄音器を再生したりできますか?」
「それは大丈夫だ。確か…こうやって」
ランパードさんが操作すると音楽が鳴り始める。管楽器の合奏だ。
「いい音だろう?俺には普通に聞こえる」
「確かにね。この箱は凄い装置じゃないか」
ランパードさんの言う通りで、おかしなところはない。淀みなく音が流れている。
「一旦止めてもらえますか」
「わかった」
音が止まったあと、蓄音器の上部隅から少しだけ飛び出している鉄の棒をつまむ。
「それは?」
「動力の魔石に繫がっています。今から魔力を吸い出します」
魔力を吸い出して、念のため記憶しておく。
「では、雷の魔力を付与します」
メリルさんに確認して、動力となる魔力は雷の魔力で間違いなかった。たった今吸い出したのも雷の魔力。蓄積されていた同量を再度付与する。
「音を鳴らしてみてください」
「わかった」
再び操作して鳴らしてみると…。
「へぇ。音が変わったねぇ。面白いもんだ」
「そうか?俺には同じに聞こえるが…」
「全然違うよ。さっきよりかなり柔らかい音だ。ウォルト、そうだろう?」
コクリと頷く。音が違う原因が確定した。
「姉さんの言う通りで音が全然違います。なぜかというと、動力となる魔力の違いです」
「魔力の?」
「魔力の質は人によって異なります。それが音に影響しています。ボクの魔力と吸い出した魔力が違うから音が変わりました」
「回転させる動力に使われているだけだろう?なぜ音に影響が出るんだ?」
「この回転板や音が出るラッパの部分にも魔力が影響しています。この蓄音器は、全ての部品に魔力が伝達する構造なんです」
「旦那さんは聴覚が鈍いのさ。依頼人は鋭いんだろうね」
「そう言われると悲しいな…」
ランパードさんは苦笑いしてるけど、獣人は人間と比べて数倍聴覚が鋭いから気付くのかもしれない。
「というわけで、魔力を付与していた方が変わったから音が変わってしまったんだと思います」
「なるほどな。最初から答えは出ていたんだな。そうすると…元には戻せないか」
「なぜですか?」
「ずっと付与していた魔導師が亡くなったんだ。大魔導師ライアンが」
「付与していたのはライアンさんだったんですか?」
「依頼人とライアンは古い友人で、定期的に魔力を付与してもらっていたらしい」
「そうであれば、元に戻せる可能性があります」
「本当か。どうやって?」
「ボクはライアンさんの魔力を知っています。近い魔力を付与できるかもしれません」
ライアンさんの見事な魔力の質は今でも目に焼き付いてる。再現できるかはやってみないとわからないけど、試しに模倣して付与してみよう。
「上手く付与できたと思います」
「鳴らしてみるか」
また鳴らすと、かなりいい音が奏でられる。心地よく響く。これほど大きく音が変化するということは、この蓄音器に使われている魔石は付与魔力に合わせて選ばれた逸品だ。
若しくはライアンさんの魔力に合わせて作られた装置だからとか、録音のときにライアンさんが協力しているから再生にも同一の魔力が必要な可能性もある。でも、全てただの憶測。
「いいねぇ。全然違うよ」
「確かに…。全然違うな」
「知ったかぶるんじゃないよ。わかってないだろ」
「むぅ…」
ランパードさんは姉さんの前で格好つけたいんだな。なんとなくわかった。
「この音でいいのかボクには判断できません。依頼人に一度確認して頂いて、満足いかなければこれ以上ボクにできることはないです。ライアンさんの弟子である魔導師の方なら可能だと思います」
「わかった。このまま渡してみよう。ありがとう」
「いえ。凄く楽しかったです。珍しいモノを見れて幸運でした」
滅多に見れないモノを見れただけで、もの凄く価値がある。最高に楽しい時間だった。
後日、また姉さんが住み家を訪ねてきた。どうやら蓄音器の依頼人が満足してくれたらしく、わざわざお礼を言いに来た。
「依頼人は満足してたってさ」
「よかったよ。必要なら定期的に魔力を込めた魔石を渡すから」
「その時は頼むよ。アンタの魔法に感動してた」
「ボクはなにもしてないよ」
「毎日、亡くなった旦那さんの声を聞いているんだとさ。生前録音してたのをね。違う人の声みたいで気持ち悪かったらしい」
そうだったのか。音楽であれだけ違うんだから、声を聞いたら違和感が凄いはず。毎日聞いているのならなおさら。
「役に立ててよかった」
「アンタに礼があるんだ」
「もしかして…その背負ってるモノ?」
姉さんは大きな風呂敷を背負ってる。
「なんでかアタイも連れて行かれたもんでね。「お礼に好きなモノをやる」って気前のいいこと言うもんだから、アンタが好きそうなモノをもらってきた」
「なにを?」
風呂敷で包まれていたのは立派な蓄音器。
「部品がなくて直せないんだと。こういうの好きだろ?」
「さすが姉さんだ。本当にもらっていいの?」
修理すれば使えるようになるかなぁ。最高に心躍るお礼だ。
「いいに決まってる。持ってくるの疲れたから美味い飯を食わせてほしいねぇ」
「わかった。お礼に腕を振るうよ」
「逆なんだよ!まったく!」
互いに笑って住み家に入った。