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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
393/707

393 一歩前進

 ある日の夕方。


「ウォ~ルト。なにしてるの?」


 ウォルトが更地で準備をしていると、ハピーが飛来して肩に留まった。


「もうすぐ友達がくるんだ。いつもと違う趣向でもてなしたいと思ってね」

「ふ~ん。頑張って!」

「ありがとう。ちょっと騒がしくなるけど」

「大丈夫だよ。巣までは声が届かないし、私達の方が騒がしいから!」


 定期的に蟲人の宴会を開催してるけど、人が増えたことに加えて、住み家なら獣や魔物に襲われることなく安心して騒げるから楽しくて仕方ないらしい。

 ハピー曰く、ボクと知り合うまでは全員でゆっくり食事することすらままならなかった。今でも油断しないよう気を張ってるけど、たまに息抜きができることで大きな活力になっていると。とても嬉しく思う。


「じゃ、ゆっくり楽しんでね!」

「ありがとう」


 飛び去るハピーを見送って準備を続ける。初めての試みだから上手くいくといいけど。必要なモノはナバロさんから仕入れたり、のんびり自作した。喜んでもらえるかはわからない。ただ、前から一度はやってみたいと思ってた。


 準備を終えると、待ち人達は約束した時間通りにやってきた。


「ウォルト、ただいま~!」

「「「ただいま!」」」


 遊びにきてくれたのは、サマラを長女とする仲良し4姉妹。来るのはチャチャから事前に聞いていた。久しぶりに皆で遊びに来たかったらしい。


「おかえり。お疲れさま」


「ただいま」って言われるのはとても嬉しい。気の置けない皆には我が家のように寛いでほしくなる。

 

「兄ちゃん、なにしてるの?」

「皆がよければ今日は外で食事しようと思って準備してた」


 カケヤさんとの野点で、外で飲食するのは気分がいいと思った。森では獣や魔物を引き寄せる可能性が高いから、やらないほうがいいのはわかってるけどたまには。タマノーラで屋台をやらせてもらったのが楽しかったのもある。


「賛成!外も気持ちいいよね!」

「いいですね」

「私も賛成です!」

「ありだと思う」

「テーブルについて待ってて。食材をとってくるから」


 住み家に戻ってお酒と食材を取ってくる。


「凄いね!美味しそう!」

「今日は、外が暗くなるまで炭火で焼きながら楽しもうと思う」

「直ぐ食べたいです!」

「みんな食べれる?」


 全員、笑顔でコクリと頷いてくれる。まずは串に刺して準備しておいた肉と野菜を焼く。串焼き用に4脚付きの箱形焼き器を作っておいた。焼き器の中に炭を並べてその上に目の細かい鉄の網を敷く。

 網の上でじっくり焼くと、余計な油が落ちて香ばしくなるのは実証済み。焼き加減を見極めて皆に手渡す。


「はい。召し上がれ」


 王都でスザクさんから驕ってもらった軽食をヒントに甘辛のタレも作った。タレを付けてよし、胡椒や岩塩だけで食べても美味しい。


「美味しいっ!間違いないっ!」

「炭の香りもよくて美味しいです」

「めっちゃお腹空かせてきたんで、幾らでもいけそうです!私は塩派ですね♪」

「タレも絶品です。美味しいよ、兄ちゃん」


 美味しそうに食べてくれてよかった。どんどん焼こう。


「お酒もあるよ。美味しいのを仕入れたんだ」

「頂く!」

「遠慮せずに飲んで」


 ナバロさんの商会で花茶や薬を対価に数本買ってきた。今回譲ってくれたのは、西の大陸で好まれる葡萄酒や醸造酒をカネルラの酒造で作った酒で肉に合うらしい。

 実は酒作りにも興味があるけど、体質的に難しい。ナバロさんは結構お酒が好きらしくて、自信を持って選んでくれた。だだ、どれも酒精が強い。試しに舐めただけで酔いそうになるほど。

 そんなお酒を4姉妹は勢いよく飲んでる。ペースは大丈夫かな?泥酔しそうな勢いだけど…。


「このお酒、凄く飲みやすくて美味しい。ね、ウイカ」

「すごく料理に合います。スイスイ飲めちゃいます」

「コレは…運命の出会いかも!」

「なにとなにがですか?」

「お肉とお酒!」

「アニカさんらしいです」

「チャチャ!さてはバカにしてるな?!」

「ふふっ。してません」


 楽しそうでなにより。次の料理を作ろう。前日からタレに漬け込んで味付けした肉に衣を塗して、植物から採った油でじっくり揚げる。こんがりキツネ色になったら素早く油を切って完成。野菜も同様に揚げる。こっちは衣を変えて…と。丁寧に骨を取った魚も同様に。


「すっごくいい匂いする!」

「熱い内が美味しいよ。召し上がれ」

「めっちゃ美味しそう!……熱々でうんまぁ~い!サクサクで肉汁がすごい!」

「野菜も凄く美味しいです!エグ味がなくて、軽く食べられます!」

「肉は檸檬をかけても美味しいよ。野菜はこのタレでも食べてみて」


 小さく切った檸檬を小皿に載せて差し出す。揚げ野菜用に作ったピリ辛の特製つけダレも渡す。最近はメリルさんのおかげで辛い食べ物も研究している。気にしたことがなかったけど、女性は辛い料理が好きな人が多いらしい。


「ホントだ。檸檬はサッパリして美味しいです」

「ふぁ~!ピリ辛のつけダレが、これまたお酒に合います!」

「美味しいですねぇ~。兄ちゃんはやるなぁ~」


 チャチャは早くもほろ酔いかな?喋りが間延びしてきた。凄いペースでお酒を飲んでるから、サマラ以外は顔も赤くなってきてる。こってり続きの料理ばかりだから、箸休めにサラダを出してみると、これまた凄い勢いで食べてくれる。


「サッパリする!っていうか、ホントなに作らせても美味しいのが凄いよ」

「ただのサラダだけどね」


 カリカリに焼いて味付けした肉の脂身をほんの少し混ぜてるから、野菜嫌いのサマラでも食べやすいはず。


「ウォルトさん…?」

「ん?ウイカ、どうしたの?」

「そういえば…ハグしてもらうの忘れてました!お願いしていいですか?」


 ウイカはハグが好きだなぁ。ほんのり頬が赤く染まって雰囲気がぽわっとしてる。


「いいよ。そういえば、リンドルさんになにか言われなかった?」

「テムズのことは見限れ!って言われました。アイツはろくな男じゃない!って。前はアイツはいいぞって言ってたのに!」

「「「あははははっ!」」」


 皆は楽しそうだけど笑い事じゃない。


「節操のない男って思われたんだね。当たり前か」

「でも、そんなの関係ないです♪」


 笑顔のウイカが抱きついてきた。ぎゅっと抱きしめて笑って見上げてくる。


「ははっ」

「どうかしましたか?」

「リンドルさんには悪いけど…ウイカに教えてもらったハグは心安まるから許してもらおうと思って。人前では遠慮するけど」


 ウイカをそっと抱きしめる。


「ウイカはでかした!次、私ねっ!」

「サマラさん!次は私ですよ!」

「兄ちゃ~ん…。私だよね~…?」


 前後左右から4人に抱きつかれて、嬉しいやら恥ずかしいやら。本当に仲良いなぁ。


「ちょっとごめんね」

「どしたの?」


 魔物の気配を感じる。肉の匂いで集まってきたんだろう。姿が見えた瞬間に『大地の憤怒』で串刺しにする。あとで『昇天』させておこう。


「相変わらず凄いね」

「大したことないよ。今から皆が食べたい肴を作るよ。材料は多くないけど言ってくれたらそれっぽいのを作る」

「いいの?!やった!」


 屋台感覚で腕を振るうのは楽しい。その後も、暗くなるまで外での宴会は続いた。





「クソ野郎どもが、ホントに腹立つんだよっ!」

「それはけしからんです」

「死刑ですねっ!死刑っ!」

「脳天を撃ち抜きましょ~!」


 住み家に入っても皆の勢いは止まらず、酒を飲みながら話が盛り上がってる。外の後片づけを終えて戻ってきたら、ろくでもない男に絡まれた話で盛り上がってるみたいだ。皆は美人だから仕方ない。


「いきなり肩とか掴んでこられると、平常心じゃいられないよね!」

「サマラさんはどう対処してるんですか?」

「店の中だったら軽く拒否して、外に連れ出したあとボコボコにしてる。手を握りつぶしたこともあるよ」

「あははは!成敗ですね!私は手を軽~く燃やしてます!」


 う~ん…。笑っていいものか…思案しながらお茶をすする。皆はお腹いっぱいになったようで、酒だけ飲んでるからもう出番がない。


 アニカが真剣に聞いてくる。


「ウォルトさんはどう思いますか!」

「なにが?」

「ベタベタ身体を触ってくる奴らです!私は大嫌いなんです!」

「断りなく触るのはよくないね。でも…ボクもやったことあるから注意してる。気付いてなかったら教えてほしい」

「ウォルトに触られるのは嫌じゃないから大丈夫!」

「「「そう!」」」

「嬉しいけど、リンドルさんの件もあるからね」

 

 いやらしい男だと思われるのも辛い。


「いやらしいと思われたくないんだろうけど、ウォルトは女に触りたくならないの?」


 酔ってるとはいえ、なんて答えづらいことを聞くんだサマラは…。…真面目に答えるべきだな。どうせ噓はつけない。


「微妙だね」


 本音で、正直どちらとも言えない。皆とハグしていると変な気持ちになることもある。


「触っていいよって言われたら触るの?」

「言われないから心配ない。間違いないことは、男女問わず知らない人に触りたいとは全く思わない」

「ふ~ん。じゃあ私達は?」


 …黙秘しよう。ろくなことにならない。


「ウォルトさん……男らしくないです!」

「兄ちゃん…。いい格好しようとしちゃダメだよ!」

「そんなつもりはないよ」


 年少組に煽られたけど、ボクに触りたいって思われてたら気持ち悪いはずだ。引き続き黙秘させて頂こう。


「よし!わかった!質問を変える!」


 嫌な予感…。サマラはろくでもないことを言い出す顔をしてる。ちょっと席を外して…。


「少し夜風に…」

「どこ行くんですか…?」

「逃がさないよぉ…。大人しく座っとこうよ…」


 立ち上がろうとして、アニカとチャチャに捕まった。かなり酒臭い…。


「諦めなさい!ウォルトは私達が知らない男とハグしてたらどう思う?」


 どういう意味だ…?別に…サマラ達が知らない男と…ハグ……しても……。


「ハグ……してるのか?」

「してないよ!もしもの話だよ!」

「…………嫌だ」

「なんで?」

「理由なんかない…。嫌なモノは嫌だ」

「理由がないのに?」

「そうだね。とにかく嫌だ」

「私達全員?」

「嫌だ」


 コクリと頷く。4人が他の男と抱き合っているのを想像しただけでムカムカする。顔に出てると思うけど。


「そっかぁ~♪まぁいいでしょう!」

「なにが?」

「嬉しいこと言ってくれますね」

「うんうん!ウォルトさんは、かんなり成長してまっす!」

「兄ちゃんは殻を破ったね~」


 嬉しそうな匂いをさせてるけど気のせいか?普通、逆じゃないか?サマラに訊いてみる。

 

「気持ち悪くないか?」

「誰が?」

「ボクが嫌だって言うことが。意味不明だろ?自分でもよくわからない。だからこそ気味が悪い」

「全然。私も含めて全員理由はわかってるよ。わかってないのはウォルトだけなんだなこれが!」

「えぇっ!?」


 ウイカもアニカもチャチャも笑って頷いてる。ボクのことをボクより知ってるのか…。皆には敵わない。


「…というワケで、さすがに遅くなってきたからお風呂に入って今日も5人で寝るよ!」

「「「おぉ~!」」」

「いや、ボクは居間で寝るから皆で…」

「兄ちゃん!」

「ビックリしたぁ~!チャチャ、どうしたの?」


 大きな声を出したチャチャは、目が据わってる。だいぶ酔ってるな。


「兄ちゃんはなにもわかってない!前にも言ったけど、私達は兄ちゃんのことを普通の男だと思ってる!わかる?!」

「わかる」

「だから、スケベというかいやらしい部分があるのも知ってるよ!ここまでわかる?!」

「わかるよ」

「だから変なことしてきても嫌じゃないんだよ!わかる?!」

「わからない」

「だぁよねぇ~!このニブチンがっ!」


 チャチャの力説に3人は爆笑してる。でも、さすがにその理屈は通らない。だって、いやらしい男に触られるのは嫌だって聞いたばかりだから。鈍いボクでもそれくらいわかる。


「チャチャの言う通りです。ウォルトさんは鈍いです」

「ミーナさんも相当怒ってましたよ~!」

「鈍くても母さんが怒る必要あるかな?」

「チャチャが怒ってるのと同じ理由だよ。ミーナさんは私達と同じ気持ちなの」

「気合を入れてもらうしかないですねぇ~!猫パンチでぇ~!」

「それは嫌だ。母さんは手加減しないから結構痛いんだよ」

「だったら、もっと深ぁ~く考えよう!他の男とハグするよ!」


 チャチャが脅してくるなんて珍しい。なんか可愛いな。


「嫌だから深く考えるよ」

「だったらよし!ちゃんと考えてね!なんで嫌なのか!」


 確かに、なぜ嫌なのか原因を探る必要がある気はする。暇なときに考えてみよう。


「チャチャのおかげで一歩前進したかもね!」

「しっかり者の妹です」

「最高だよチャチャ!スカッとした!」

「ですよねぇ~!」

「お風呂沸かしてくるよ。酔いざましのお茶いる?」

「「「「いる」」」」


 きっと皆は明日も仕事や予定があるはず。二日酔いはよくない。


「お風呂沸いたよ。はい、お茶も」

「ありがと。お風呂行く前に私達からお願いがあるんだけど」

「なに?」

「今日ご飯や肴を作ってもらってばかりで、一緒に乾杯してない!最後の乾杯に薄めの作るから1杯だけどう?」

「そういうことなら頂くよ」


 誕生日のときみたいに皆でお酒を作ってくれる。それだけで嬉しくて疲れも癒される。


「じゃ、かんぱ~い!」

「「「乾杯!」」」

「乾杯…。……ふぅ」


 氷で冷やした薄~い水割りをコクリと飲み込む。皆はボクが飲める濃さを知ってる。多分数滴しか入ってないのに、しっかり酒を感じられる。

 酒精には弱いけどお酒の味は好きだ。手間暇かけて作られている酒はキリッとした味も豊潤な香りもいい。内臓に沁みるような味わい。


「気分いい?」

「いいよ。みんなが作ってくれる酒はいつも美味しい…」


 直ぐに酔うのが難点だけど…。もう頭がふわふわしてきた…。瞼が重い…。


「ふふっ。もう眠いんですか?」

「そうなんだ…。参ったなぁ…」

「ゆっくり寝ていいんですよ?」

「いや…。頑張って起きる…」

「今日もありがとう。料理美味しかったよ」

「チャチャは…もう回復したのか…?凄いなぁ…」


 椅子の背もたれに寄りかかって皆を見渡すと…ボクを見て微笑んでる。


 ボクは……この目を……他の男に…向けて欲しくない…。誰にでも優しいのは…きっといいことなのに…。我が儘で……自分勝手過ぎるな…。


 



「はっ…!」


 目を覚ますと誕生日のときと同じ状況だった。酒を1口飲んだところまでは覚えてるけど、そこから先の記憶がない。

 ベッドに仰向けに横たわり、両脇に2人ずつ眠ってる。今回は胸枕がサマラとウイカで、腕枕がチャチャとアニカ。わざわさベッドまで運んでくれたんだな。重かったろうに…。


 しかも、わざわざ貫頭衣に着替えさせてくれている。頭だけ上げて見渡してみると、ローブは綺麗に折り畳まれて隣のベッドの上に置かれてる。

 皆はお風呂に入ってそのまま寝たのか、髪もボサボサ。いつもなら乾かしてあげるのにボクが寝たせいで悪いことをした。


 昨夜の話じゃないけど、触ったりとか変なことしてないかな…?1人で落ち込んでも、皆は幸せそうな寝顔で寝息を立ててる。いやらしい目で見たり、触ったりしても嫌じゃないと言ってくれる優しい友人達。

 サマラは幼馴染みだから百歩譲ってまだ理解できる。でも、ウイカとアニカとチャチャは「いいよ」と笑ってくれること自体が凄いと思う。


 こうして4姉妹と寄り添っていると、母さんが言った言葉を思い出す。大切な人の中でも特に大事にしろと…。皆といると幸せな気持ちになる。せめてものお返しに、腕によりをかけて朝ご飯を作ろう。今日の力になるように。


 でも…もう少しだけこのままでいさせてもらおう。

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