390 知る人ぞ知る
オーレンは動物の森を駆ける。
「はっ!はっ…!ふぅ、ふぅ…。ふぅ~っ!」
休憩なしで駆け抜けてウォルトさんの住み家に辿り着いた。昔に比べて、かなり速く走れるようになった気がする。今日は修練の他に相談したいことがあって訪ねてきたけどいるかな?
出会った頃に比べると、ウォルトさんは住み家にいないときが増えてる。それだけ知り合いが増えたんだろう。いいことだと俺は思う。
「いらっしゃい」
心配無用とばかりに笑顔で出迎えてくれる。世間で『泥棒スタイル』と呼ばれるほっかむりが似合う唯一無二の猫人。
以前ほっかむりに意味があるのか聞いたら、「日焼けしないからね」と笑った。眩しさも防げるらしいけど、帽子のほうがいいような…。耳があるから帽子はダメなのか?
「少し休んでから修練いいですか?」
「もちろん。食事は?」
「後で頂きます!今日もよろしくお願いします!」
「わかった。まずは修練からだね」
休憩していると、ウォルトさんが住み家から木剣を持ってきてくれる。
「今日は手合わせをお願いしていいですか?」
「いいよ」
「いきます……はぁぁあっ!」
激しく木剣を打ち合う。動体視力が並外れているウォルトさんは、剣筋を見切る力が凄い。「力の代わりに手に入れた能力だよ」と自嘲するけど、かなり磨いて今に至るはず。
俺も負けじと鍛練して、いろんな剣術の要素を取り入れたりもしてるけど、やっぱりまだ届かない。ひとしきり剣を合わせたところで、ある技を繰り出す。
ずっと修練に付き合ってくれてるウォルトさんには、新たな試みは直ぐバレる。だから…正真正銘の全力でいく。
「はぁぁぁっ!」
少し前に習った『炎戟』を繰り出す。炎は躱されてしまったけど驚いた表情。まだ終わりじゃない。
「おらぁっ!」
魔力を纏い、遠い間合いから突きを繰り出して剣先から魔力弾を飛ばす。魔力を纏わせた木剣で切り裂かれた。
「凄いな…」
「ない頭を捻って考えました。覚えたてですけど」
握り拳にも満たない小さな魔力弾。それでも、弱い魔物なら吹き飛ばせる。俺は手を翳して詠唱するより、剣で魔法を操作したほうが上手くいくことに気付いた。
最近では、ウォルトさんを驚かせるだけじゃ物足りなくなってしまった。尊敬する師匠に追いついて……早く剣を届かせたい!
「おらぁぁっ!」
そんな願いも虚しく、現実では俺の体力が尽きて一旦休憩。格好悪いな…。
「お疲れ様。魔力弾には驚かされたよ」
「嬉しいです。でもまだまだです!ありがとうございました!」
「回復してまだ修練するかい?」
「はい!お願いします!」
回復してもらって、再度手合わせを始める。ココに来たときは魔力や体力を気にせずとことん修練できる。
「はぁ…はぁ…」
「お疲れ様。一旦お昼にしよう」
「はい。ありがとうございます」
今回も手応えはない。でも、やれることをやれてる。少しずつでもウォルトさんに近づいているだろうか。住み家に入っても、料理だけは一切手伝ったりしない。存分に楽しんでほしいから。
「できたよ。口に合うといいけど」
合わなかったことは一度もない天才料理人だ。
「頂きます!……美味いです!」
「よかった」
今日も美味すぎる。魔法も剣も料理も、いつでも安定していてムラがないのは凄いの一言。完食して一息つく。
「ふぅ~!ご馳走さまでした!」
「ちょっと後片付けしてくる」
後片付けを終えて戻ってきたウォルトさんが訊いてくる。
「ウイカとアニカは別行動?」
「はい。他のパーティーのクエストを手伝ってます」
今日はミーリャ達と冒険してる。
「あの……ウォルトさんに相談したいことがあるんですけど」
「ボクでよければ聞くよ」
「ウォルトさんは…ミーリャを知ってますよね?」
「シュケルさんの娘さんだよね」
「はい…。それで…相談したいのは…」
「うん」
「俺……ミーリャのことが…好きなんです…」
言ってしまった…。初めて口に出したけど、ちょっと照れるな…。ウォルトさんは優しい表情を浮かべてる。
「知らなかったよ」
「今日…気持ちを伝えようと思ってます」
「うん」
「でも、伝えていいか悩んでます」
「どうして?」
「もし、好きだって伝えて…付き合うことになったりしたら…俺はウォルトさんに紹介したいんです」
「嬉しいよ」
「ココに連れてきて皆で話したいんです。でも…ウォルトさんはひっそり暮らすのが好きで…。もしかすると…ミーリャからウォルトさんが魔法使いだって情報が知れ渡るかもしれなくて」
ミーリャを信じる。でも、それは絶対に避けたいんだ。
「まだ考えることじゃないかもしれないんですけど…」
付き合うことになるかわからない。むしろ、そうなる可能性は低い。でも俺にとって大事なこと。ウォルトさんのせいで悩んでるような言い方になって申し訳なく思うけど、俺には上手く伝えられない。
ウォルトさんはニャッ!と笑う。
「気にしなくていいよ。ミーリャさんにはいずれ知られると思う」
「えっ?なんでですか?」
「シュケルさんはボクの魔法を知ってる。それに、この間ミーリャさんのお母さんにも知られた。遅かれ早かれだよ」
「そうなんですか…。あと、ミーリャのパーティーにはロックっていう後輩もいるんですけど…」
「あの時一緒にいた魔導師だね。人の口に戸は立てられないさ。ボクは、今まで知った人に言わないようお願いしてるけど、話されても仕方ないとも思ってる。珍しいのは確かだしね。そうなったとしてもオーレンのせいじゃない」
「でも…騒がしくなったら…」
「前にも言ったと思うけど、もしココから居なくなっても、君達には行き先を伝えるよ」
そうじゃない…。ウォルトさんがお師匠さんを静かに待てなくなる。それが、ココで暮らす1番の理由だって知ってるんだ。黙っているとウォルトさんは苦笑い。
「なんとなくだけど、考えてることがわかる。オーレンの気持ちは嬉しい。でも、気にしてたら前に進まないよ」
「ウォルトさん…」
「2人で一緒に遊びに来てほしい。正直に言うと……もてなしたくて仕方ないんだ」
「…頑張ります!」
「もしも騒がれて困るようなことが起きたら、その時は一緒にいい案を考えてくれないか?ボクがいなくならなくて済むように」
『それでどうかニャ?』って顔をする。
「わかりました!その時は責任もって考えます!」
「そうしてくれると助かるよ」
「相談してよかったです。後は…気持ちを伝えるだけです」
「なにも力になれないけど…せめてお風呂に入っていくかい?」
「いえ!また走って帰るんで、家に戻ってからにします!」
「アドバイスができたらいいんだけど、ボクは経験がないから…」
「気持ちだけで充分です」
「逆に訊いてもいいかな?」
「なんですか?」
「今どんな心境なんだい?気合が入ってるとか、ドキドキが止まらないとか」
「初めてのクエストに向かうような心持ちですね。ワクワクするような怖いような…。色々と入り混じった感情です」
「達成することを願ってるよ」
「そうですね。ウイカの時は失敗してるんで」
「嫌なこと思い出させたね…」
「大丈夫です。今はなんとも思ってないです。ただ…アイツらは俺がフラれた理由を未だに教えてくれないんですよ」
「……そうなのか」
なんだ…?今の間は…?
「もしかして……俺がウイカにフラれた理由を知ってるんですか?」
「い、いや…。ボクは知らないよ…」
コレは……知ってるな…。綺麗な碧い目がバシャバシャ泳いでる。嘘をつけない人なのは百も承知。
「教えて下さいっ!お願いします!」
「ボ、ボクは……し、知らないんだなぁ…」
嘘だっ!絶対知ってる!
「ウォルトさん…。俺は今から戦場に向かうんです…。過去の失敗から学ぶ必要があるんです。今度こそ生き残るために!」
「う……うぅっ…」
「友人として俺のことを想うなら教えて下さい!それだけが望みです!なんで俺はウイカにフラれたんですか!?」
「そ、それは……その…」
ウォルトさんを見つめると、どんどん追い詰められた表情に変わる。申し訳ない気持ちはあるけど、今は攻めの一手!心の剣をウォルトさんに届かせてみせる!
さらに畳みかけようとしたとき…。
「ちょっと待ったぁ~!」
「言う必要はありませ~ん!」
バーン!と玄関が開いて、アニカとウイカが現れた。なんちゅう間の悪さ。
「玄関の前まで聞こえました…。まさか弟子が師匠を脅迫するなんてね…。アンタは女々しいし、最低の冒険者だ!」
「脅迫なんてしてねぇよ!ですよね、ウォルトさん!」
「う…うん。脅されてはいないよ」
「昔のことを今さら知ったところでどうするの?」
「お前らが教えないから気になってんだよ!」
「ウォルトさん。なんでそんな話になったか知りませんけど、愚弟を甘やかしちゃダメです!」
「教えるのは優しさじゃありません」
「………」
ウォルトさんは猫じゃなくて貝になってしまった。聞き出すのはもう無理だな。とりあえず…ミーリャのことについて、勘付かれてないみたいでホッとした。コイツらに知られると、揶揄われること間違いなし。
「それにしても、来るの早かったな」
「思った以上にクエストが順調だったからね。アンタがいなかったから」
「うるさいな!俺がいたらもっと早く終わってたわ!」
「ミーリャ達も無事でもう家に帰ったよ」
「それはよかった」
「ご飯ご馳走になったの?いい身分だね」
「まぁな。今日はもう充分修練させてもらった。ウォルトさん、俺は帰りたいと思います。コイツらの御守をお願いしていいですか?」
「どっちが!さっさと帰れ!賭博に行きなさんなよ!」
「オーレンには言われたくないよ!」
「はいはい。じゃあ、先に帰っとく」
「また待ってるよ」
「はい。今日もありがとうございました」
姉妹に睨まれながら、ウォルトさんに頭を下げて住み家を出る。さぁ、フクーベまで走るか。
休まずにフクーベまで走って家に辿り着いた。汗だくになったから、ミーリャに会いに行く前に風呂に入って身なりを整えよう。
……ん? 鍵が…開いてる…。
警戒しながらドアを開けて中を覗くと、キチンと揃えた見慣れた靴。ミーリャのブーツだ。とりあえず声をかけてみよう。
「ただいま」
パタパタと足音が近づいてくる。
「おかえりなさい!お邪魔してます」
笑顔のミーリャが出迎えてくれた。なんか…こういうのはいい。
「どうしたんだ?クエストは終わったって聞いたけど」
「オーレンさんは修練に行ったって聞いたので、帰って来る頃にはお腹空いてるかもと思って。勝手にご飯を作りに来ました。アニカさん達に許可はもらってます」
「そうなのか。ありがとう」
「どういたしまして!」
いい娘だなぁ…。ホントに…。付き合えば付き合うほどミーリャの人柄に惹かれる。真面目だし優しいし…気遣いもできる。とにかく可愛いんだ。
小首を傾げてるミーリャを見つめる。
「ミーリャ…」
「なんでしょう?」
「俺……ミーリャのことが好きだ…。俺と……付き合って下さい!」
目を見開いて驚いてる。いきなりこんなこと言われても困るよな。でも言わずにいられなかった。昂ってしまって想像してた告白にはほど遠いけど、俺の正直な気持ち。後悔はない。
静かに返事を待つ。
「……よろしくお願いします」
「……え?いいの…?俺とだよ…?」
「はい。わかってます」
「……はぁぁ~~!ありがとう…。めちゃくちゃ嬉しい…」
もっとムードのある状況で伝えたかったけど、汗だくで余裕がないのが俺らしいかもしれない。
「…ふふっ!」
「ん…?なにかおかしかった?もしかして…返事は冗談だったとか?」
そうだったらぬか喜びで恥ずかしいな…。
「違います。ウイカさんとアニカさんは凄いと思って」
「なんでアイツらが?」
「クエストが終わったあと、「今日辺り、もしかしたらミーリャが驚くようなことが起こるかも!」って言ってました。このことだったのかもしれないです」
「マジか…。俺はなにも言ってないぞ。ミーリャのことが好きだってことも言ってないのに」
アイツらは知ってたってのか…。そんなに俺の様子はおかしかったのか?自分じゃわからない。
「長年の付き合いだから気付いたんじゃないですか?でも…私も負けないようにオーレンさんに詳しくなります!」
「俺もミーリャのことをもっと知りたい。これからよろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
「好きになってもらえるよう頑張るから」
「もう好きですよ♪」
「えぇっ!?」
「そんなことよりご飯食べますか?」
凄く気になることを言われたけど…。まぁいいか。時間はたっぷりある。
「腹減った。ご馳走になるよ」
とりあえずホッとしたなぁ。ウォルトさんにもいい報告ができる。
★
その頃、住み家でアニカ達から話を聞いたウォルトはとても驚いていた。
2人は近々オーレンが告白しそうだと気付いていたらしい。そして、決行するのはおそらく今日だという目星も付いていたと。察しがいいなぁ。
「きっとミーリャは驚くよね。上手くいくかなぁ」
「きっと大丈夫!いくら貶めても「大丈夫です!」って言ってくれるのはミーリャだけだよ!」
「貶めてるんだね…」
アニカはオーレンのことをどう伝えてるんだろう?訊くのはちょっと怖い。
「悪いところは先に伝えておかないといけないので!誇張はしてないです!」
「ちなみに、私達4姉妹もウォルトさんのことをわかってます」
「そうなの?ありがとう」
「「どういたしまして!」」
それは嬉しい。理解してもらえるから一緒にいて楽しく過ごせる。ボクもそうでありたい。
「付き合うことになったら、オーレンはスケさんにも会いに行くかもしれないね」
「皆で行きましょう!その時はスケさんに押し潰されても仕方ないですね!」
「スケさんはそんなことしない…と思うよ。むしろ…」
ネネさんに会うときが心配だ。現時点では間違いなくオーレンより強いし、清々しいほどに容赦しない。引退してもまさに暗部。
それに、優しいオーレンが恋人の親を殴れるとは思わない。反撃できずなされるがままの可能性もあるから下手すると命に関わる。
ミーリャさんがいれば大丈夫かな。考えすぎかもしれない。……初めて会うときは同行しようか。
「むしろ…どうかしましたか?」
「なんでもないよ」
先のことはわからない。なにが起きても皆で話し合おう。いい方向へと向かうように。