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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
388/706

388 基礎中の基礎

 リスティアが住み家に遊びに来てくれた数日後。

 

「久しぶりだね」

「お久しぶり」


 珍しく、マルソーさんとサラさんが揃って住み家を訪ねてくれた。まずはカフィと花茶でもてなす。


「相変わらず美味い…。このカフィを飲むだけでも来た甲斐がある」

「本当ね。フクーベでも絶対に流行るわ」

「ありがとうございます」


 直球で褒められるとくすぐったい。


「今日は一緒に魔法の修練をしたいと思って来たんだ」

「ウォルトが迷惑じゃなければね」

「迷惑だなんてとんでもないです。光栄ですし、お願いしたいくらいで。むしろ申し訳ないです」

「なぜだ?」

「魔導師は皆が独自の修練を行って研鑚しています。弟子でもないただの獣人が見ていいものか…」


 師匠から口酸っぱく言われてる。たとえば…。


「魔導師の修練を目にしたら、お前のような底辺魔法使いは毛皮がびしょびしょになるくらいションベンちびるだろう」


 ちびるかは別として単純に下品だと思った。言うことが子供じみていて、虚仮にされてるのが丸わかりだ。思い出して腹が立ってきた…。またゲンゾウさんと話したくなる。


「構わないわよ。私達が貴方と修練したいの」

「君が学ぶことがあるかわからないが、こちらにはある」

「逆です。ありすぎて恩を返せるか…」

「恩なんか感じなくていいし、なにも返さなくていい。ただの交流だ」

「それこそ逆なのよ。この議論は不毛ね」

「そうですか?」


 苦笑する2人は師匠と違って優しい魔導師。胸を借りて勉強させてもらおう。外に出て修練することに。


「ウォルト君は、普段どんな修練をしてるんだ?」

「見たいわね」

「つまらないと思いますけど、いいですか?」


 頷いてもらったから、軽くリスティアに見せた修練をやることにしよう。



 ★



 眼前では、ウォルトが住み家に向かって相当数の『操弾』を放ち、意味不明だが威力を増しながら不規則に反射された操弾を、さらに反射するという修練を笑顔で行っている。


 マルソーは驚くとともに、単純にイカれた修練だと思った。


 住み家との距離はほぼないと言っていい。この修練をこなすには、魔法陣を高速で展開する技量は元より、かなり目が良くないと無理だ。


 隣で真剣に見つめるサラさんが訊いてきた。


「ねぇ、マルソー」

「なんですか?」

「私達の修練を見せて、意味なんてあるのかしら?」


 サラさんの気持ちはわかる。こんなバカげた修練を軽々こなすような魔導師に見せるものなど普通ない。俺達がこの修練を行ったなら、何度目かの反射で修練じゃなく命が終了してる。


「ウォルト君は魔法が好きでなんでも知りたがります。俺達の修練でも見せる意味はあるはずです」

「そうは言っても、見てると自信なくすのよね。こんなことできる魔導師なんて、カネルラには他にいないわ。反射魔法陣の発動もわざと着弾ギリギリまで待ってるし」


 そう。ウォルト君はわざと難度を上げている。


「今に始まった話じゃないです。邂逅したクウジさんも笑って白旗をあげてましたから」

「ふふっ。最近ギルドの訓練場が活気づいてるものね」

「クウジさんをはじめ、高ランク冒険者の魔導師から若者まで修練してます。正直、ウォルト君の存在が世に知られただけで、これ程の影響を及ぼすとは想像できませんでした」


 若い魔導師からすれば、一流魔導師と共に修練して魔法を教わるチャンスがあるかもしれない。あるいは、魔法を見るだけでも…と考える者も多いはず。

 現に過去に例がないほどフクーベの魔導師達は交流を始めた。訓練場に来る魔導師が多すぎて、剣士や闘士から苦情が出ていると聞く。だが、クウジさん自ら修練しているので言えずに困っている。


「カネルラ各地で同じことが行われているのは確かみたい。サバトに影響されたカネルラの一流魔導師達が揃って修練を始めて後進も続いてるって」

「彼のおかげで、カネルラ魔導師の技量は底上げされます。なにもしていないのに、魔法を見せただけで士気を上げる唯一無二の魔導師です」


 かく言う俺も刺激されている。最近では、四六時中魔法のことばかり考えているが、全く嫌じゃない。修練を終えたウォルト君が近寄ってくる。


「ボクの日頃の修練はこんな感じなんですが」

「素晴らしかった」

「あんまり驚かせないで」

「大袈裟です。1人ではやれることが限られるので、ない頭を捻って考えてます」


『照れるニャ~』って顔をしてるが、何人もの魔導師を相手にしているような修練。手練れのエルフでも魔法戦で勝てないワケだ。命中させられる気がしない。


「今日は基礎修練をやろうと思う。ウォルト君の知識と違うところがあれば教えてくれないか?」

「教わるのはボクなので、そんなことあり得ません。訊くことはあると思いますけど」


 予想通りの返答。


「それで構わない。ではやっていく。先ずは魔力精製から」

「はい。よろしくお願いします」


 サラさんと共に魔力を練る修練を始める。身体を魔力に慣らす意味でも修練の基礎の基礎になる。誰もが最初に行う決まり事と言っていい。そんなつまらない魔力精製を食い入るように見つめてる。


「こんなモノか」

「精製は充分ね」

「マルソーさんとサラさんではやり方が違うんですね。勉強になります」

「え?そんなことある?」

「そんなことないと思うが」


 魔力精製に複数のやり方はない…はず。少なくとも俺は知らないし、誰もが同じように精製しているはずだが。


「サラさんは、精製の時に魔力回路を1つ省略しています。マルソーさんは万遍なく循環させていますが」

「省略してるって、どういうこと?」


 ウォルト君はバツが悪そうな顔をした。


「すみません…。忘れて下さい」

「気になるわ。ウォルトの見解に文句を言ったりしない。正直に意見を交換したいの」

「俺もだ。忌憚ない意見が聞きたい」


 いきなり興味深いことを言う。まさか、この時点で違いがあるとは考えもしなかった。


「そう言ってもらえるなら…。サラさんの場合、ボクが思う魔力精製の過程が省略されています」

「そうだとして、どうなるの?」

「ボクの見立てだと氷系魔法の威力が弱まると思います」

「そうなの!氷系は昔から苦手なのよ!」


 そうなのか…。というか、なぜわかったんだ?


「もしや…ウォルト君には俺達の魔力精製の過程が見えているのか…?」

「魔力の動きは見えてます」


 信じられない…。他人の体内だぞ…?だが疑う余地はない。


「どうすれば矯正できるの?そもそもできるの?」

「それは……あの……」


 言いにくそうにしてるな。


「ウォルトでも難しいのかしら?」

「ボクでもできると思いますが、ボクのやり方だと、サラさんに触れないと無理なので…」

「触れるって、どこに?」

「魔力源に近い箇所がいいです。服の上からでいいので…背中なんですけど…」

「なぁんだ!どうぞ!どんとこい!」

「いいんですか?嫌なら無理しなくても…」

「いいのいいの!気にせずやっちゃって!」


 ウォルト君は、後ろを向いたサラさんの背中に手を添える。


「掌が温かいわね」

「そうですか?では、このままいつも通り精製を行って下さい」

「わかったわ」


 サラさんが精製を始めると、ウォルト君は真剣な表情で背中を見つめている。


「終わったけど…なにをしたの?」

「魔力が全ての回路を通過するように誘導して経路を修正してみました。今後は問題なく流れるはずです。一度氷系の魔法を使ってみて下さい」

「わかったわ」


 サラさんは『氷結』を放った。見事な威力。


「信じられない…。威力が増してる…」

「精製が上手くいったからです。それ以前に、きちんと氷系の魔法の修練をしていたからこそ本来の威力に戻っただけですが」


 簡単にやっているけど意味不明だ。見ただけで理解できるようなことじゃないのは確か。サラさんは、たったこれだけのことで魔法のレベルが上がった。ココに来た価値がある。


「あの……お2人にお願いがあるんですが……」

「どうしたの?」

「魔力精製の基礎を教えてもらえませんか?」

「「はぁ?」」


 思わず気の抜けた声を出してしまった。なにを言ってるんだ?


「恥ずかしながら、魔法理論の基礎をちゃんと学んだことがなくて…」

「嘘でしょ…?師匠はいるのよね?」

「はい。でも、ボクが勝手に呼んでるだけで、弟子だと認めてもらってないんです。だから、基本的には全て見様見真似で…」

「どういうこと?どんな風に教わってたの?」

「ボクの師匠は、一度見せて「やってみろ」ってやらせて、できなければ「できるまでやれ」って言われて、そのやり方で覚えてきたので」

「ホントなの…?…いや、大変だったわね…」


 サラさんもウォルト君が嘘を吐かないことを知ってる。驚きだが嘘じゃない。


「あまりにもできないと、魔法を食らったあとに少しだけ教えてくれたんです。魔法に関する知識の大半は魔導書から得てるんですが、基礎の基礎が書かれた魔導書はなくて…。あとはいろいろ試した感覚で」


 なるほど。魔法を見ただけで覚えることができるのは、単にそうする必要があったからで、研鑚を積み重ねて今に至っている。


 俺とサラさんで魔法理論の基礎を教えると、ウォルト君は真剣に聞いてくれた。


「凄くわかりやすいです」

「基礎の基礎だからね」

「タメになればいいが」

「なりました。見ていて下さい」


 ウォルト君は一瞬で魔力を身に纏う。見事な魔力操作。どう修練すればこの域に達するのか。


「いつもと同じように見えるが」

「魔力を練るとき、使う魔法に特化して精製しました。過程を省略できるのでかなり速くなったと思います」


 元々が驚異的な速さ。違いがわからないが、本人が言うのだからそうなのだろう。


「理論を教えてもらったからこそできました」

「ウォルトには必要ないと思うけどね」

「はい。まだまだ未熟者なので、こんなことしてる場合じゃないのは理解してます」

「そうじゃないけどな」


 俺にツッコませるとは…。『ニャにがですか?』って顔するんじゃない。


 その後も、サラさんと共に魔力操作や詠唱基礎を修練すると、ウォルト君は食い入るように見つめてくる。こんな地味な修練に興味を示すなんて、本当になにも知らないんだな。


「基礎修練なんか見て楽しい?」

「もの凄く楽しいです。お2人は凄いです」

「それこそ大袈裟だけどな」

「なにをしてるのかはわかるでしょ?」

「わかるんですけど、詳しく理屈を教えてもらってもいいでしょうか?」


 なんてことない基礎修練の理論を説明すると、目を輝かせて話を聞いてくれる。まるで魔法を覚えたての新人のようだ。


「このくらいの基礎はアニカやウイカも知ってたわよ」

「2人には素晴らしい魔法の師匠がいるんです。魔法理論がしっかりした師匠が。ボクより詳しいと思います」

「そうなのね。その師匠にも会ってみたい」

「クローセ村に住んでいます。ボクが彼女達に訊くと、修練を邪魔してしまうのと…恥ずかしいのもありまして…」

「ふふっ。正直ね。でも、喜んで答えてくれるわよ」

「そうでしょうか」


 アニカとウイカは、ここ1年ほどギルドで噂になっている冒険者の魔導師。俺も名前だけは知っている。若いのに素晴らしい才能を持つ魔導師の姉妹だと。

 最近、サラさんから「2人はウォルトの弟子なの」と聞いて合点がいった。「マルソーさんはウォルトさんと知り合いみたいなので、教えても構いません」と言っていたらしい。

 彼女達もまたウォルト君のタメに存在を秘匿していた。まだ話したことはないけれど、機会があれば話してみたい。

 訓練場で見掛けたことはあるはずだし、大体の見当はついてるが、人見知りな上に確信がないから話しかけにくい。


 …と、サラさんが興味深い質問をする。


「ねぇ、ウォルト。詠唱についてどう思う?」

「どうとは?」

「無詠唱で魔法を操るのは高難度なのよ」

「知ってます」

「ウォルトは軽々と操るでしょ?詠唱することに意味があると思う?無駄じゃない?」

「軽々と操ってるわけじゃないです。師匠が詳しく教えてくれなかっただけで。基礎理論を聞いて詠唱は重要だと思いました」

「どういうこと?」

「ほとんどの魔法において、詠唱における印と発声は魔力操作と連動していますよね。凄く意味のあることだと思います」

「連動してるって?」


 どういう意味だ?


「例えば、『火炎』を放つときの印は、体内での魔力操作の手順を表してます」

「う、うん…?」

「魔力操作と印や音を関連付けることで魔法の発動を容易にする狙いがあって、身体を動かすことで記憶にも留めやすい。名を詠唱することによって魔力変換後のイメージの投影も容易になる。先人の知恵は凄いです」

「そ、そうね…?」

「魔力が流れやくする構えだったり、指の形や動きで魔力の流れを作り出す詠唱もある。とても合理的で考案した魔導師の凄さを感じます」

「そ、そうかしら…?」


 サラさんはピンときてないな。実際、俺もだ。前半は理解できたが後半の発想はなかった。ウォルト君は、魔法の発動に関して魔力の流れや手順を完璧に理解している。そこが俺達とは決定的に違う。だからこそ、初見の魔法も見るだけで模倣できる。

 一般的に、魔法の詠唱や発声について、「こうしないと魔法を発動できない」と師匠や先輩から教わる。だから皆は疑問を持たず実行しているだけ。彼はそもそも感覚が違う。

 詳細な理論を教えなくとも、賢いから直ぐに本質を捉える。かなり優秀な弟子だろうに、彼の師匠はなぜ…?


 いや……だからこそか…。なんとなくだが、彼の師匠の気持ちが理解できた。単純に…面白くないんだ。なんでも直ぐに理解して軽々こなされてしまうと面白くない。ウォルト君の資質を見抜いていたんだろう。その上で、あえて教えてないのかもしれない。

 人一倍苦労して覚えろと。魔法について深く考えさせたい。あるいは、根本を突き詰める機会を与えた…とも考えられる。現時点で俺に推測できるのはこの程度。


「無詠唱の場合、魔力の流れや発動条件を理解していれば詠唱は不要だという話だろうか?」

「はい。あくまでボクの場合ですが、表面化しないよう体内で手順を終えて放出しています。魔導師の皆さんとは手段が違うと思います」

「体内で手順を終えるってどんな感じなの?説明してもらっていい?」

「わかりました。たとえば『火炎』だと、まず魔力を炎の魔力に変換します」

「それは当然よね」

「次に2系統に魔力を分散させます。その後、魔力を放出先の掌まで送りながら、更に4系統まで分裂させます」

「ふんふん」

「あとは、そのまま掌から発動するだけです」


 なるほど…。そういうことか。だから、彼は片手を翳しただけで様々な魔法を発動できるんだな。


「つまり、基本通りに詠唱すると、変換した魔力を体内を通すだけで自然に手順をこなせるってことなのね」


 サラさんの言う通り。2系統に分散させるというのは、両手に分散させるということ。更に4系統に分裂させるのは、菱形を作る両手の親指と人差し指に流れるから、この方法なら自然に手順を実行したことになる。


「その通りです。詠唱という手段を確立した魔導師は天才だと思います。構えを発動手順に組み込むことで、誰もが発動し易いよう改良して後進に伝承してきた」


 サラさんと俺は苦笑する。おそらく彼の勘違いで、ほとんどの先人はそんなこと考えてもいない。

 魔力を操作しながら様々な詠唱や印を試して、偶然発見した可能性が高い。それだけでも尊敬に値するけれど。


「多くの魔導師にとって詠唱は必須なんだ」

「そうね」

「なぜですか?」

「それは…」


 体内で細かい魔力操作ができる魔導師はそういない。いたとしても、かなりの時間と集中を要する。繊細な要求が過ぎる。よほど隠蔽したい理由がなければ普通に詠唱したほうが遙かに速い。


「いろいろあるんだ…」

「そうね。いろいろね…」

「そうでしたか」


『魔導師は大変ニャんですね』と言いたそうな顔だ。ウォルト君と魔法について話すと、説明に困ることが多い。己を大したことないと勘違いしているから下手なことは言えない。

 彼が自分の実力を直視したとしても、ライアンさんのように偉ぶる姿は想像つかないが、知ってしまった後どんな行動をとるか予想ができない。

 冗談抜きで他国に流れたり、どこか山奥に引っ込む可能性もある。そうなるとマードックからぶん殴られる。居所が判明していれば大丈夫だろうか。

 アイツやサマラちゃんは、『ウォルトがどんな魔導師だろうと、そんなことはどうでもいい』という付き合い方ができる。そもそも、ウォルト君もそれを望んでいるから、俺達もそうしようとサラさんと話し合った。


「今日はもの凄く勉強させてもらってます。ありがとうございます」

「意見交換は、俺達にとってもタメになる」

「そうよ。これからもやっていきたいわ」

「こちらこそ、是非お願いしたいです」


 ニャッ!と笑う顔に大魔導師の貫禄は皆無。ただの人がよさそうな獣人だ。

 

 だが、彼の存在が公になるときは必ず来る。たとえそうなったとしても、ただの友人として過ごせたらいいと思えるような笑顔だ。

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