387 一方、その頃
リスティアが女性陣にお土産の魔法を披露していた頃。
カネルラ騎士団長ボバンは執務室にてダナンの訪問を受けていた。
「ボバン殿。少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
「構いません」
教官だけでなく、騎士団の運用にも深く関わるダナン殿の訪問は珍しいことではない。
ただ、約束もなく突然であることと、なにやら緊張しているような雰囲気を醸し出している。
とはいえ、話の流れは予想できている。ウォルト絡みに違いない。お茶を淹れてダナン殿に差し出た。
「お茶をどうぞ」
「かたじけない」
「今日はどうされましたか?ウォルト絡みの話でしょうか?」
昨日、王女様は1日外出許可を得て、ダナン殿とカリーと共に夜中に出発されたと聞いた。その時点で、ウォルトの住み家へ向かったであろうことは想像に難くない。移動の手段としてカリーに依頼し、護衛の人選がダナン殿であることから間違いない。
「やはりお気づきでしたか」
「私も御同行願いたいものです」
「はっはっは!そうですな。…実は、ボバン殿にお伝えせねばならぬことがあるのです」
「おそらく、見聞きしたこともないようなことでは?」
白猫の獣人ウォルトは、信じられないことを簡単にこなす。あまりの引き出しの多さに毎度驚かされてばかり。ダナン殿も同様だと聞いている。びっくり箱のような男だ。
「そうなのです。おそらくボバン殿も驚かれるかと。こちらを…」
ダナン殿は、首の隙間から瓶を取り出してテーブルにドン!と置く。出てきたのは中々の太さを誇る瓶。
甲冑内の構造が気にならないと言えば嘘になるが、俺には死ぬまで理解できまい。明らかに開いていた隙間より瓶の方が太いと思うが…。
ダナン殿の推測通り驚きはしたが、そんな冗句ではあるまい。
「その瓶は?」
「ウォルト殿から頂きました。自作した…闘気の回復薬であると」
思わず動きが止まる。
「…なんという」
騎士団にとって永遠にも思える長年の課題。それが『闘気回復薬』だ。魔導師には魔力回復薬が、暗部には『気』を回復させる秘薬が存在する。だが、騎士団の闘気には存在しない。
歴代の騎士団における悩みの種であり、回復薬を完成させることは悲願でもあった。戦闘時における回復のみならず、修練の質にも大きく関わる。闘気の回復が可能であれば、現在の何倍もの修練をこなすことができるのだから。真実であれば騎士団にとって革命。
「ウォルト殿は、見栄や虚勢を張る男ではありません。あくまで試作品であると仰っていました。使って問題ないようであれば改良するとも」
「実際に試されたのですか?」
「一度アンデッド化した影響からか、私は闘気量が増えている自覚はあれど、残量などの感覚が曖昧な部分があるのです。そもそも、この身体では吸収できるかも不明。ゆえに、ボバン殿に確かめて頂きたいのです」
「それは是非。使用するにあたって制約などはあるのですか?」
「詳しく訊いたところ、「洗練された闘気のように圧縮して精製している」のだそうです。希釈しての飲用を勧められました」
「了解しました。それにしても…頼んでもいないのになぜ回復薬を…」
「テラへの礼なのだそうです。「お世話になっているので修練に役立てもらいたい」と、そう仰っていました」
確かに回復薬はテラの修練に役立つだろう。疲れ知らずの新人だからな。
「なんにせよ有り難い話です。では」
「はい。訓練場に向かいましょう」
ダナン殿と訓練場に辿り着くと、昼食の時間帯であるためか訓練している者はまばら。
「団長!ダナンさん!お疲れ様です!」
元気なテラが敬礼しながら挨拶してきた。丁度いい。
「お疲れ。テラ、すまんが俺と軽く手合わせしてくれ」
「いいんですか?!こちらこそお願いします!」
話が早くて助かる。テラは訓練場の中央に移動して待ち構える、ゆっくり向かい剣を構えると、テラもすかさず槍を構えた。
いい構えだ。多少雰囲気が出てきたな。技量は拙いとはいえ、将来性を感じさせる。突出した才能はないが人並み外れた努力家で騎士としての資質は申し分ない。魔法も操るテラはまだまだ成長する。
「では…いきます!」
「闘気を惜しむな。全力を見せろ」
「はい!はぁぁあっ!」
10分ほどでテラは白旗を上げた。まだまだ甘いが成長は見てとれた。
「はぁ、はぁ…。ありがとうございました!」
「槍捌きは上達している。引き続き修練に励め」
「はい!またよろしくお願いします!」
「うむ。ちょっとこっちに来てくれ」
「なんでしょう?」
テラと共に離れた場所に立つダナン殿の元へ向かうと、準備された2つのコップを手渡された。
「俺と一緒にコレを飲んでくれるか?」
「喉は渇いてますけど、なんですか?ダナンさんが飲んだお酒を、体内で蒸留した御神酒とか?」
「違う。飲めばわかる。酒や毒ではない」
「死なば諸共ですね」
「縁起でもないことを言うな」
テラと共に回復薬を飲む。
「む~ん…。ちょっと変わった味です。柑橘系でさっぱりして、初めて飲むような………あれっ?」
「どうした?」
「なぜか…闘気が回復している…ような?気のせいですかね?」
「気のせいではない。お前が飲んだのは闘気の回復薬だ」
実際に飲んでみて驚かされる。回復力も申し分なくかなり飲みやすい。身構えていたが拍子抜けだ。
「本当ですか?!」
「声を下げろ。まだ内密にしなければならない。この薬を作ったのはウォルトだ」
「…っ!なるほど…」
ダナン殿が説明する。
「この回復薬は、ウォルト殿が世話になっているテラへのお礼に作った試作品。「修練に役立ててほしい」と仰っていた」
「お礼なんて…水くさいです…。いつも大したことはしてないのに」
「素直に受け取ればいい。それとも「いらない」と返すか?」
「有り難く使わせてもらいます!」
「うむ。ボバン殿の回復はいかがですかな?」
「問題なく回復しています。さほど闘気を使用していないとはいえ、素晴らしい回復力です」
使用した闘気量はほぼ回復できている。即効性といい素晴らしい薬だ。
「効果が凄まじいですな」
「私は全回復してます!」
「どの程度まで希釈したのですか?2倍程度でしょうか?」
「いえ。およそ10倍ですな」
「「は…?」」
ダナン殿は首の隙間から瓶を取り出して、薬の残量を見せた。内容量はほぼ減っていない。
「効果がどの程度かわかりかねるので、予想よりかなり薄めに希釈したのです。それでも効果が充分とはさすがですな。ウォルト殿は…いい意味で凡人の予想を裏切る御仁ですので!はっはっは!」
アイツは…なんという男だ…。どれほど洗練された闘気を圧縮すればこんな芸当が可能なんだ…?
「機を見て、結果を伝えに『動物の森』へ向かいます。調合や素材の育成について詳しく尋ねてみようと思っております」
「私も同行させて頂けませんか?」
「構いませぬが、よろしいのですかな?」
言わんとしていることは理解できる。ダナン殿の確認は『会えば闘いたくなるのでは?』という意味だ。的外れでもない。だが、今回に限ってそんな気持ちは微塵もない。
「回復薬の製法を尋ねるのであれば、当代の騎士団長として礼を尽くさねばなりません。ウォルトがなんと言おうと」
魔法と同じく「誰にでも作れます」と笑うのだろう。だが、それで済まされることではない。この回復薬を自分達の手で作り出すことが可能になれば、カネルラ騎士団にとって計り知れない恩恵をもたらす。
製作者の名は騎士団が存在する限り後世まで語り継がれるだろう。本人は望まないと思うが。
「そうですな。では、その時は声をおかけします」
「よろしくお願い致します」
「休暇が必要であると思いますが、大丈夫ですかな?」
「国王様に許可を頂きます」
俺はアイリスやテラと違ってカリーに懐かれていない。頼んでも到底乗せてくれるとは思えん。嫌われてはいないと思うが、おそらく俺に興味がない。
他の騎馬に乗れないことはないが、ウォルトの住み家まで短時間で森を駆けるのは困難。疲れ知らずのカリーだからこそ日帰りも可能。
フクーベまでは馬車による移動が必要で、休暇をもらわねば厳しい。だが、行かないという選択肢はない。ウォルトの意志や都合など関係なく、俺の気が済まない。
「ボバン殿。この試作品はテラに渡します」
「無論です」
「皆で使えばいいと思います!」
「気持ちは嬉しいが、俺達が使うのであれば自作した回復薬が望ましい。それはテラ個人への御礼だ。修練に使って気持ちに応えろ」
「また作ってもらえばいいと思います」
「そういう問題じゃない。俺達は持てる知恵を絞る必要がある。与えられるばかりではなに1つ進歩しない」
絶対に素人では作れないのであれば話は別だが、可能であれば自分達の手で作り上げるべきだ。秘伝であるとはいえ現に暗部はそうしている。
新たなことへの挑戦は、いつだって組織に涼やかな風を運ぶ。やらねばならないのだ。
「きっかけを与えて頂いたことに感謝ですな。共に頭を捻り、試行錯誤しながら前進してこそ騎士」
「その通りです」
「わかりました!仰るとおりにします!」
テラは再び修練に戻った。早速アイリスに絡んでいる。
「アイリスさん!手合わせお願いします!」
「ちょっと休ませて。まだ昼ご飯を食べたばかりで…」
「私は大丈夫です!」
「人の話を聞きなさい」
飲んでわかったが、この回復薬は闘気のみならず体力も回復する。テラはしばらく動き回るな。
「しかし…製法を教えて頂けるといいのですが」
「既に確認されたのですか?」
「詳しくは言えないと仰っていました。教えてはならない事項が含まれているのかもしれませんな」
「教えてはならない……となると、暗部絡みなのかもしれません」
「暗部ですと?なぜです?」
ダナン殿は暗部を知っている。戦争時、敵として雇われていた東洋の暗殺集団を母体として誕生した組織。
400年経った現在はカネルラを守護する部隊であるとはいえ、存在を知ったときは複雑な心境であったであろうに「私はクライン国王の判断を信じます」と笑った姿に騎士の信念を見た。
この偉大な先人からは学ぶことが山ほどある。年の功もあるのか、気難しい偏屈者のシノともすんなり交流を果たした人格者。
「ウォルトは暗部の秘薬を独自に解析して改良までしているのです。その辺りはシノから聞いています」
「なるほど。暗部の秘伝を流用している可能性は充分あり得そうですな」
「であれば、アイツに訊かねばなりません」
「大丈夫ですかな?私から話してみますぞ」
言わんとしていることはわかる。ダナン殿は、『ケンカになるのでは?』と考えているのだろう。コレも的外れではない。
確かにアイツと顔を合わせると直ぐケンカになる。できれば話したくないのが本音だが、仮に理由がそうであった場合、無視するワケにはいかん。最低限の筋は通しておかねばなるまい。
「お任せ下さい。会いに行こうと思っております」
「助力できることがあれば、なんなりとお申し付け下さい」
「心遣い感謝します。ですが、珍しく団長としての仕事かと」
ダナン殿と別れて暗部の詰所へと向かう。
カネルラ王城の地下。国王様以下数名しか知らぬ狭い通路へ足を運ぶと、待ち受けていた2人の暗部から確認を受ける。
「ニンゲンバンジ」
「サイオウガウマ」
「どうぞ」
「ありがとう」
放たれていた殺気が止み、奥へと通される。暗部の詰所に入るには、幾つかの確認行為を経る必要がある。不定期に変更される合言葉や、手話のようなサイン交換などシノの気まぐれで決まる。
今回の合言葉も耳にしたことがない単語で、正直覚えるのが大変だがそうでなければ意味はないとも言える。
暗部に顔を覚えてもらってるという自負があるが、必ず行わなければならない。「怪しい者の侵入は殺してでも阻止する」というのが暗部の鉄則。
国王様であっても例外ではなく、自らこの場所を訪れるのであれば同様の手順を踏む必要がある。ウォルトのように変装や姿を消せる規格外の魔導師がいないとも限らないからだ。
詰所に辿り着くと数名が談笑していた。
「珍しい客だな…」
同じ覆面黒ずくめの中でも、誰が見ても一際異質な足長手長のシノが鋭い眼光を向けてきた。
「あぁ。騎士団長として暗部の長に頼みたいことがあって来た」
「長と呼ぶな…。なんだ…?」
「2人で話せるか?」
「いいだろう…。奥に来い…」
シノに付いていくと、小さな個室に通される。背もたれのない質素な椅子がポツリと置いてあるだけの薄暗い部屋。
シノは椅子に座り問いかけてきた。
「用件はなんだ…?」
「ウォルト絡みだ」
「だろうな…。ククッ!」
「アイツが闘気の回復薬を作った。見事な薬だ」
「だからなんだ…?」
「ダナン殿に製法の詳細は教えられないと答えたらしい。おそらく暗部の秘薬と製法が近いからだと俺は推測した。もちろん確定ではない。…が、仮にそれが理由だった場合、ウォルトから製法を聞く許可をもらいたい。騎士団長としての要望だ」
シノに向かって腰を折り頭を下げる。
「ククッ…!いいだろう…。珍しいモノが見れた…」
「本当か?」
「嘘などつくか…。お前もわかっているだろう…。ナイデル様の耳に入れば…間違いなく勅命が下る…。断ることなどできはしない…」
その通りだが、そうしたくはなかった。
何百年と内密に伝承されてきた暗部の秘伝を、騎士団の…引いてはカネルラのタメという理由であっても軽々しく教えてもらうのは絶対に違う。当代の長に話を通すのは最低限の礼儀。
「すまんな。感謝する」
「そんなモノは犬にでも食わせろ…。ただし、条件がある…」
やはりな。
「お前も森に連れて行けばいいのか?」
「そうだ…。脳筋のくせに話が早い…」
コイツ…。いちいち腹立たしいことを口にする。ガキか。
「構わんが、今回ばかりはお前の手合わせを認めるわけにはいかん。俺は礼を尽くすタメに行くんだ」
コイツが絡んで迷惑をかけたら、なにをしに行ったのかわからなくなる。ウォルトにとっては不愉快極まりないだろう。厄介事を持ち込んで、恩を仇で返してしまうのは御免だ。
「俺は…俺のやりたいようにやる…」
「絡む口実にされるのはまっぴらだ。今回だけはよせ」
「黙れ…。腰抜けの…怖いのは顔だけ騎士団長は…指を咥えて見ていればいい…。ククッ…!」
こんの野郎…!どこまでもガキみたいなこと言いやがって…。
「人が下手に出ていれば調子に乗りやがって…。人見知りの骨だけネクラ野郎がっ!」
「なんだと…。誰が蛇野郎だ…!」
誰もそんなことは言ってない。
「お前の他に誰がいる?アイツと闘ったところで、どうせ完膚なきまでズタボロにやられるのだから構わんがな!帰りは馬車に放り込んどいてやるから心配するな」
シノはゆらりと立ち上がる。
「生きて帰れると思うな…。鎧で身を守らねばなにもできん雑魚が…!」
「王城の地下に巣食う黒モグラが!切り刻んで、土の肥料にしてやる!」
「殺す…!」
過激な台詞とは裏腹に、取っ組み合って大暴れしていると、駆けつけた数名の暗部に止められる。
「ボバンさん!やめて下さい!ケンカしに来たんですか?!」
「シノさんも!アンタ達は…いい加減にしろっ!」
★
後日、事件を耳にした国王ナイデルから、騎士団長ボバン及び暗部の長シノに対し、正式に【無期限接近禁止命令】が発令された。揃って謁見の間に呼び出され、ナイデルは困った表情で問うた。
「ボバン…。シノ…。最近のお前達の大人げない行動は目に余る。部下も呆れていると聞く。なにか不満があるのなら申してみよ」
「不満などあろうはずもなく。未熟な我々の個人的な諍いなのです」
「まさに…。お恥ずかしい限りで…」
「率先垂範の立場にあるお前達が、なぜいつも争う?まるで子供のようだ」
「仰る通りです」
「面目なく…」
「ふぅ…。互いに頭を冷やせ。非常時を除きお前達が接触することを禁ずる。話があれば他の者を間に立てよ。折を見て解除とする。追って示そう」
「「御意」」
この騒動を起こしたことにより、2人がウォルトの住み家を訪ねる時期も未定となった。