384 あっという間に時は過ぎて
リスティアとダナンさんに修練を見せた後は、夕ご飯まで釣りをすることにした。
理由は、「食べるものを自分で獲ってみたい!」というリスティアの希望。野菜を収穫するだけでは物足りなかったみたいだ。
狩りと釣りのどっちがいいか確認したら、「今回は釣り!」と言われた。久しぶりにカリーと併走して森を駆けたけど、爽快で気持ちよかった。もちろんリスティアは背負ってきた。
穴場に到着して釣り糸を垂らす。今日もファルコさんはいない。どこかで空を飛んでるのかな。そもそも、釣るより滑降して獲るほうが早いと言ってた。
「大物が釣れたらいいね!」
「ボクは釣りは下手なんだ。大物というより釣れたらいいけど」
「意外!苦手なことあるんだね?!」
「狩りも下手だし山ほどあるよ。できることのほうが少ないんだ」
「じゃあ、負けないからね!」
「ボクも負けないよ」
下手でも初めて釣りをするリスティアに負けるワケにはいかない。釣りの先輩としていいところを見せないと。
なんて気合を入れていたら…。
「かなりいい釣り場ですな。いい型の魚が泳いでいます。さすがはウォルト殿」
あっという間にダナンさんが釣り上げた。甲冑なのに手慣れた様子で魚の口から針を外して、ベテランの風格を感じる。
「あの…もしかして、ダナンさんは釣りが得意なんですか?」
「得意と言うほどではないのですが、生前は休日によく釣っておりました。唯一の趣味と言ってもいいですな。キシック周辺には釣り場が多かったので、幼い頃から親しんでおりまして。騎士団に入団してからもアマン川で釣ったものです」
そうだった。旧王都はフクーベ付近に存在していた。この川で釣っていたのか。
「ダナンに負けてられないね!」
「そうだね。ボクらも釣ろう」
リスティア、ボク、ダナンさんの順で並んで、『強化盾』で作った椅子に腰掛けて釣る。カリーは草地に寝転んで日向ぼっこだ。気持ちよさそうに足を伸ばしてる。
「なかなか釣れないね…」
「そうだね…」
「よし。またいい型ですな」
ダナンさんは、スイスイ釣果を挙げる。魚籠に活かしているのは開始30分でもう3匹目。ボクが作った同じ竿のはずなのに、なぜこうも違うのか。
「ダナン…。なにか裏技使ってない…?」
ボクもちょっと思った。疑うつもりはないけど、ダナンさんは特段変わったことをしてない。
「釣りに裏技はありませぬ。強いて申し上げるなら、技術と勘が重要かと」
「へぇ~。具体的にはどういうこと?」
「この辺りのこの水深に魚が潜んでいるであろうという見立てと、正確に針を投げて沈めエサを生きているように動かす技術。そして、アタリと合わせる勘が重要なのです」
「なるほどぉ。勉強になるよ」
「ボクもです」
「はっはっ!まさか、お2人に教示できるモノがあろうとは思いませんでした。この辺りの魚の特徴が掴めたのでお伝え致します」
魚に特徴があるなんて考えたこともなかった。しかも、こんな短時間で掴むなんて。ダナンさん曰く、この穴場の魚は警戒心は弱いけれどエサを盗るのが上手い。だから、アタリが来たら直ぐに竿を上げずに、一拍置いてみると釣れやすいとのこと。ただし、針を上げるときは一息がいいらしい。
エサの動かし方や針の投げ方も教えてくれた。理解しやすくて凄くタメになる。リスティアと2人で仲よく聞き入ってしまう。
「勘違いされがちなのですが、魚は非常に賢いのです。水の中は魚の領域。釣りとは我々と魚の知恵比べなのです」
「「なるほど」」
知恵比べか…。ボクは勝負だと思っていたけど、言われてみれば狩りもそうだ。正直、魚を舐めていた部分はある。早速実践してみよう。
それから10分ほど経って…。
「きたぁっ!」
リスティアの竿がグン!としなる。かかったのは大物かもしれない。竿は弧を描いて、糸が右へ左へ大忙し。
「王女様!落ち着いて魚に動きを合わせましょう!」
「どういうこと?!」
「逆らわないように力を逃がすのです!動き回って構いません!無理して引くと糸を切られてしまいます!」
「わかった!こう!?」
リスティア自身が移動する。
「そうです!魚も人と同じく疲れます!針はまず外れません!根気強く待つのもまた作戦なのです!」
「な…る…ほどぉ!1対1の…真剣勝負だねっ!」
リスティアは川岸を右へ左へ大忙し。手伝うのは簡単だけど、ボクらを見ようともしない。視線の先にはかかった獲物だけ。きっと自力で釣り上げたいはず。黙って応援しよう。
「リスティア、頑張って。魚もかなり疲れて動きが鈍ってる」
「ふぅ…。ふぅ…。ありがと!」
「王女様、もう一息です!焦らず引き上げましょう!」
「うん!ここまで来たら…絶対に釣ってみせる!……うりゃあ!」
気合で竿を引き上げると魚影が見えた。かなり大きい。
「くぅぅ~…!これ以上は無理かもっ…!腕が…キツくて…」
「リスティア!もう少しだっ!」
「王女様っ!姿が見えておりますっ!もう少しです!」
「ヒヒン!」
「…うぅ~!でやぁっ!」
尻もちをつきながら振り上げた竿の先には、陽の光に鱗を煌めかせ宙を舞う魚。地面に落ちて元気に跳ねる立派なトラウト。
「やったね、リスティア。大物だよ」
「かなりいい型のトラウトです。お見事でした」
「ヒヒ~ン!」
「やったぁ!いい勝負ができたよ!ダナン、釣り方を教えてくれてありがとう!」
「恐縮です」
ダナンさんに教えてもらって針を外したリスティアは、両手でトラウトを持って笑顔を見せた。暴れる魚に尾ビレで顔を叩かれているけどそれすら嬉しそう。
その後もしばらく釣ってみたけど、釣果としてはリスティアが3匹、ダナンさんは9匹、ボクは掌サイズの小さな魚1匹だった…。
カリーも川岸から顔を突っ込んで2匹獲ってたのに…。『残念ね』って笑われてしまった。悔しい…。
「じゃあ、持って帰る前に魚をシメよう」
「シメるってどうやるの?」
「魚を即死させるんだ。そのあと血抜きをすると臭みもなくなって美味しく頂ける。ボクは魔法で冷凍できるから帰ってからでもいいけど、覚えておいて損はない」
「わかった!私がやる!闘った仲だからね!」
「1匹やってみせるからよく見てて。まず、この部分にナイフを当てて…」
まずはやってみせる。エラの隙間からこめかみに向けて一息で突き刺す。
「ひと思いにやらないと魚が暴れるから躊躇しちゃダメだ」
「わかった!」
真剣な表情のリスティアは、自分が釣り上げた魚をしっかりシメた。その後、血抜きも教えて内臓も出しておく。
初体験だったろうに、血塗れの手で嫌な顔1つせずリスティアはやり遂げた。手を川の水で洗い流して作業を終える。
「覚えた?」
「うん。すごく勉強になったし、来てよかった…。こうして生命を奪いながら…私達は生きてるんだよね」
「そうだね。誰もがそうして生きてる」
獣も魚も植物もそうだ。命を頂いている。王城にいるだけでは実感できないこと。
「また機会があったら、今度はリスティアに負けないよう頑張るよ」
「その時も私が勝つよ!ダナンにもね!」
「お手柔らかにお願い致します」
「ヒッヒン!」
釣りを終えて、住み家に帰る頃には日が暮れていた。早速夕食の準備にとりかかると、当然のようにリスティアも手伝ってくれる。
「ところで、リスティアはまだ帰らなくていいの?」
「いい!今日中に帰ればいいから!」
多分、国王様はそういうつもりで許可してないと思うけど…夜中抜け出してきたことで既に今さら。王族はリスティアのことをボクより理解しているはず。
「帰りはボクが背負って王都まで送るよ」
「いいの?!」
「そうしたいんだ」
夜の内から会いに来てくれた気持ちに応えたい。
「嬉しい!ギリギリまで一緒にいれるね!」
本当に嬉しそうなリスティアに、ボクが望むことはただ1つ。あまり怒られないといいけど。
「美味しいね!」
「小さな魚じゃなくて、自分で釣ったトラウトを食べればよかったのに」
「こっちを食べたいの!私のはウォルトが食べて!」
「わかった。有り難く頂くよ」
リスティアは、ボクが釣った小さな魚を食べてる。小さかったから衣に味を付けて油でカラッと揚げてみたけど美味しそうに食べてくれる。
「ごちそうさまでした!美味しかった!」
「リスティアのトラウトも相当美味しかったよ。余った魚は魔法で『保存』するので、ダナンさんが持ち帰ってはどうでしょう?」
「気持ちは嬉しいのですが、私とカリーは食べることができませんし、テラは魚が好きではないのです」
「そうなんですか?」
「ですので、ウォルト殿が食べて下さると助かります」
「私もそれがいいと思う!」
「有り難く頂きます」
魚好きにはたまらない提案。ダナンさんとカリーにもお返しをしたい。
「そういえば、シオーネさんはお元気ですか?」
「シオーネは、先人ではなく1人の女性騎士として修行に励んでおります。生前は恵まれなかった同性の仲間と充実した時間を過ごしているように見えます」
「そうですか。思うところは多いかもしれませんが」
この世に生がないことや、急な環境の変化に心をすり減らすようなことがあるかもしれない。その時はボクも力になりたい。
「ウォルト殿に感謝しておりましたぞ。シオーネが現代のカネルラを見ることができたのは、貴方の尽力あってこそなのです」
「それこそシオーネさんやダナンさんのおかげなんですが…少しでも役に立てたのならよかったです」
リスティアを見るとニンマリ笑ってくれた。こういうことだよね?
「ねぇ、ウォルト。帰る前にお風呂に入ってもいい?住み家のお風呂好きなの」
「いいよ。直ぐに沸かすから待ってて」
「一緒…」
「入らないからね」
「むぅ~!断るのが早いよっ!」
「ボクの首が飛ぶって」
テラさんといい揶揄うのが好きだなぁ。でも、おかげさまで返しにも慣れてきた。
「ふふっ!」
「どうしたの?」
「前に来たときは「女の子がそんなこと言っちゃダメだよ」って叱られたもんね!今は親友だから冗談だってわかってくれる」
「そうだね。でも言っちゃダメだとは思ってる」
魔法でお湯を張ったあと、戻ってきて声をかける。
「沸いたよ。着替えはある?」
「持ってきた!行ってくるね!」
「ごゆっくり」
よし。リスティアが入浴してる間にアレを作ってみよう。そんなに時間はかからないと思う。
「いいお風呂だったぁ!さっぱりした!…あれ?なにしてるの?」
「リスティアの寝間着を作ってた。ちょうどできたよ」
手渡したのは縫い目のない絹の寝間着。材料は余っていたし、4姉妹に作った経験を生かして短時間で製作できた。
「大きめに作ったから成長してもしばらく着れると思う」
「この服、縫い目がないんだけど…。凄く滑らか…」
「きっと普段着てる服には敵わないけど、汚れないよう魔法を付与してるし、たまにでも着てくれると嬉しい」
「着るっ!着まくるっ!今日から使う!」
直ぐに部屋に向かって着替えてきた。行動が早い。
「ウォルト…。どう…?私…セクシ~…?」
「全然」
妙な表情で髪をかき上げてるけど、ボクには悪ふざけにしか見えない。
「ウォルトの朴念仁!女性を褒めるのは凄く大事なことなんだよっ!」
「でも、お世辞は嬉しくないだろう?」
さすがにリスティアに色気は感じない。そうだとしたらかなり危ない獣人だ。
「まぁね!お世辞は嫌だ!」
「魔法で髪を乾かすから椅子に座ってくれる?」
「至れり尽くせりだね。子供の私が言うのもなんだけど、甘やかし過ぎじゃない?」
「滅多にできないからやってあげたいだけだよ。無理にとは言わない」
「やってもらうに決まってる!」
椅子に座ったリスティアの髪を魔法で乾かす。よく手入れされて艶のある綺麗な髪だ。
「はい。終わったよ」
「…凄い仕上がり!どうなってるの?!」
髪を触ってご満悦の様子。
「話しても長くはならないけど」
「じゃあ教えてよ!」
「一言で言うと…魔法だね」
「むぅ~!この技術だけで王城で雇われるよ!」
「大袈裟だよ。誰でもできる」
しばらく花茶を飲みながら会話していたけれど、リスティアが笑顔で立ち上がった。
「よし!そろそろ帰る準備するね!着替えてくる!」
「わかった」
着替えを待っている間、なんとなく必要になりそうな気がして、調合室から魔石を幾つか取ってきておく。
「着替え終わったよ~!ウォルトにお願いがあるの」
「どうしたの?」
「絹の寝間着と一緒に軽装をもらって帰ってもいいかな?」
「もちろん。次に会うまでに新しい服を準備しておくよ。サイズが合わなくなるだろうし」
「ありがと!嬉しい!」
リスティアが持ってきた袋には入りきらなかったから、ボクの手製で悪いけど布袋に入れて手渡す。外に出て布袋を背負ったリスティアをボクが背負う。ダナンさんはカリーに騎乗して準備万端。
「じゃあ、王都に向けて出発するよ」
「うん!」
「ヒヒン!」
駆け出してカリーと併走する。夜の森を疾走するのは久しぶり。木々の間から覗く月も綺麗だ。
「ウォルト」
気持ちよく駆けていると、リスティアが後ろから顎を肩に載せて囁いた。
「どうしたの?」
「今日はありがとう。夜中に急に来たのにもてなしてくれて嬉しかった。最高に楽しかった」
「来てくれてボクも嬉しかった。いつでも歓迎するよ」
「うん。あのね…ないとは思うけど…」
「なに?」
「これから先、私のせいでお父様達がウォルトになにかしたらゴメンね…」
「なにかって?」
「獣人が私を誑かしてるとか、変な勘違いされたりするかも…」
「気にしなくていいよ。事実じゃないし、そうなったとしてもリスティアのせいじゃない」
「ありがとう」
「立場が違うのは理解してるけど、親友になったのがたまたま王女だったってだけだ。しがらみが面倒ならリスティアと付き合ってない」
そう思っていたら、ボクは絶対に会いに行ったりしないし、なにかしてあげようなんて思わない。立場を超えて友達でいたいと思えるんだ。
「…ウォルトは優しいね」
「よく言われるけどボクは優しくない。友達を大切にしたいとは思うけど」
「そっか…。早く大人になってウォルトを悩殺したいなぁ!」
「今の話からなんでそうなるのさ?」
「それが私の恩返し!」
「やめとこう。恩返しはいらないし王女なんだから」
「やめない♪だって親友だから」
「参ったなぁ」
無邪気な親友に困らされながらも、森を軽快に駆ける。休まずに疾走して、日が変わる前に余裕を持って王都に到着した。
王城の近くまでボクが一緒にいると目立つだろうから、東門の外で別れることに。
「ウォルト、また会おうね!」
「また住み家に伺います」
「ヒヒン!」
「はい。お待ちしています。そうだ、リスティア」
「なぁに?」
「お土産に渡しておくよ。楽しんでもらえるといいけど」
2つの魔石を渡す。帰路で思いついて駆けながら魔力を付与していた。やっぱり持ってきて正解だった。
「もしかして…魔法?」
「ちょっと面白い魔法が見れるよ。短い時間で一度きりだけどね」
「すっごく楽しみ!」
「見たことはあると思うけど」
「ないよ!」
魔石を使うときの注意事項を伝えて、王都に入る3人を見送る。カリーに乗ったリスティアは見えなくなるまで笑顔で手を振ってくれた。親友のお陰で本当に楽しい一日だった。また駆けて帰ろう。
森を疾走しながら、無意識に笑みがこぼれた。どこの国に夜中に城を抜け出して友達に会いに行く王女様がいるだろう。世界中探してもきっとリスティアだけだ。
貴重な1日外出の許可を使って、なによりも住み家に来ることを優先してくれた。そんな親友だからなんでもしてあげたくなる。
次会うときはまた大きくなってるだろう。約束通り軽装を準備して待っておこう。連れて行くところも考えておかなきゃいけない。
今度は、リスティアが行きたいところに連れて行ってあげたい。そんな考えを巡らせながら、寝静まる動物の森を全力で駆けた。