382 独創性
畑仕事を終えると、昼ご飯まで時間があるので次の日課に移る。
「次は魔法の修練をしようと思うんだけど」
「すっごく見たい!」
「私も気になりますぞ」
「ヒヒン!」
「見ても退屈だと思いますけど」
少しでも楽しんでもらえるような修練をしよう。師匠の力を借りようかな。
「じゃあ、『反射』の修練をするよ」
「無理に楽しませなくていいからね。普通の修練をしてくれていいんだから!」
「どんな修練でも無駄にはならないよ。ちょっと住み家から離れてくれる?」
3人に『魔法障壁』の膜を張る。
「見えないけど『魔法障壁』を張ったから心配いらない。ゆっくり見てて」
「ありがと!」
「むぅ…。全く気付かなかったですぞ」
「ヒヒン」
住み家から少し離れた場所に立って、住み家に向けて『魔力弾』を放つ。跳ね返った魔力弾をさらに『反射』させながら徐々に距離を詰める。
「すごぉ~い!面白い!」
手を翳しながら住み家の傍まで移動すると、魔力弾が高速で『反射』する。師匠の防御魔法が面白いのはココから。
「どんどん魔力弾が大きくなってるよ!?」
リスティアの言う通りで、師匠の防御魔法はイライラしているかのように『反射』する毎に少しずつ威力が増す。付与する魔法に性格が出てる。「さっさと死ね!」ってことなんだろうけど。
「ウォルト殿!だ、大丈夫なのですか?!」
「ヒ、ヒヒン!」
どんどん巨大化していく魔力弾を見て、ダナンさんとカリーが心配してくれる。
「大丈夫です。この程度の魔力弾なら皆に直撃しても安全なので、ご心配なく」
「この程度…?相当な大きさですぞ…。この大きさの魔力弾なら住み家など軽く吹き飛ぶ威力のはず…」
「ヒン!」
さて、そろそろかな?予想通り巨大化した魔力弾は住み家に吸収された。
「えっ!?魔力弾が消えたよ…?」
「どうしたのでしょう…?」
「ヒヒン?」
素早く跳び退いて住み家から距離をとった直後、さっきの倍はあろうかという魔力弾が住み家からボクに向かって放出される。
「うわぁっ!」
「なんとっ!」
「ヒヒン!」
『魔喰』
師匠の「いい加減にしろ!」と言う声が聞こえてきそうな魔力弾に手を翳して消滅させた。『無効化』でもよかったな。
「少しでも楽しんでもらえたかな」
「うん…。信じられないことするね…」
「今のは…どういう理屈なのですか…?」
「ボクの師匠が家に付与している防御魔法です。理屈はボクには理解できていません」
おそらく何層にも魔法を付与している。効果が異なる魔法を幾つか重ね掛けして、段階的に罠を仕掛けているはず。今のボクには『反射』以外の魔法はわからない。あと『反衝撃』か。
推測するなら、受けた魔法の威力を『累積』又は『増幅』させながら反射させて、規定量の攻撃を受けると『膨張』するような魔法を付与している。
「ウォルトの師匠ってぶっ飛んでるね…」
「さすがはウォルト殿のお師匠様ですな…」
「凄い魔法使いなのは確かです。師匠の存在は内緒にして頂けますか?目立ってしまうと会えなくなるかもしれないので。それは避けたいんです」
「いいよ!」
「もちろんです」
「師匠と弟子で似てるね!」
「そうかな?似てないと思うけど」
似てるところを探すのが難しい。似たいとも思わない。
「もう1つ見せます」
再度住み家に近付いて『操弾』を5つ同時に放つ。色々な角度を付けて放った『操弾』は、住み家で反射すると不規則な軌道を描いて戻ってくる。
軌道を見極めながら、可能な限り小さな魔法陣でまた全てを反射する。障壁で防ぐのは簡単だけどそれだけでは修練にならない。
弧を描くような反射から直線的なものまで魔法陣で防ぎきることに意味がある。1つとして同じ軌道で戻ってこないところが、いかにもひねくれ師匠が付与した魔法。
この修練は、ピンポイントな魔法防御の技量向上にもってこい。住み家に近付くほど速度も上がるのでより困難になる。
さらに難度を上げるなら、『操弾』の数を増やせばいい。当然威力も増してくるので、油断せず魔法陣の強度も上げていく必要がある。集中しながら徐々に距離をつめ、弾を増やして難度を上げる。この場にいないのに師匠のおかげで成長できる。
★
修練を見つめるリスティアとダナンは、魔法から目を離せずにいる。
初めて見たけど…ウォルトはこんなことを毎日のようにやってるんだね。
「まるで手が何本もあるみたい。翳さなくても魔法陣を発動してるし。しかも近付きながら笑ってる」
「魔法の素人であってもとんでもない魔導師だと理解できます。こんなことができる魔導師が何人存在するのか…」
「宮廷魔導師でも無理じゃないかな?」
「おそらくは。目にした魔導師全員が失意に項垂れると思われます」
多分というか間違いなさそう。
「でもねぇ、ジグルが「会いたい」って言ってる。「サバトの魔法を見るだけでも価値があるのです」って。その通りって感じだね」
「ジグル殿も…後進を想っておられるのですね」
「正確には本人もだね。ライアンから「死ぬまでに会えたらいいのう!」って揶揄われたみたい。まぁまぁ怒ってたよ」
「ライアン殿の言う通りです。この御仁には…巡り会うことが困難なのです。宮廷魔導師とカネルラ魔法界の未来を憂うなら是非会って頂きたいのですが…」
知る者が増えるほど存在が公になる可能性が高くなる。それは必然。逆にウォルトがこの場所に留まる可能性が低くなる。
今のウォルトは森で静かに暮らすことを望んでる。魔法の発展に興味はなくて自分の技量を上げたいと努力しているだけ。だったらココでひっそり暮らしていつも笑っていてもらいたい。大切な親友だから。
「ウォルト殿が姿を消したなら魔法の発展には繫がりません。せめて己は誰よりも凄いのだと自覚して下されば…」
「そんなのウォルトじゃないよ。だから今のままでいい。いずれ気が変わるかもしれないね」
「仰るとおりです。気長に待つことに致します。もう死んでおりますので」
「いいなぁ。羨ましい」
「ご冗談を」
会話していると再び巨大な魔力弾が放出された。今度の魔力弾はさらに大きいけれどウォルトは難なく消滅させる。
私はもう驚かない。
★
魔法の修練を終えたウォルトは軽く苦笑い。
「ちょっと調子に乗りすぎました。人に見られていると緊張して加減が難しいです」
「お疲れさま♪」
「お疲れさまでした」
「ヒヒン!」
労るようにカリーが頬擦りしてくれる。話すとしっかりしたお姉さんなのに、話さなければ可愛い牝馬という不思議。
「魔法闘気の修練もやりたいと思います」
「是非拝見させて頂きたいですな」
「ダナンさんにお見せするようなものではないんですが、助言を頂けると助かります」
「助言などありますかな…?」
「とりあえず見せてもらお~!」
「では修練を始めます」
素手のまま槍を構えるような姿勢をとる。
『闘気造形』
「なんとっ…!」
「わぁっ!」
一瞬で闘気で作られた槍を発現する。
「闘気で形作った槍です。万が一武器を持たない時であっても、どうにか闘えないか考えた結果こうなりました」
「なるほど…。やはり徒手より使い慣れた武器の方が戦力となります」
「徒手の修行も必要だと思います。ただ、闘いの幅は広がると思いました」
形を固定するのが難しかったけど、コツを掴むと様々に変化させられる。闘気は魔力に比べると成形するのが容易で、『騎神乱舞』のように刃にすることが可能なら武器も作れるんじゃ?と思ったのがきっかけ。強固に実体化させるタメに『気』を少し混ぜてある。
「ウォルト殿。軽い手合わせをお願いできませんか?その槍の強度を確認させて頂きたいのです」
「わかりました」
ダナンさんと槍を交える。軽くであっても素晴らしい槍捌き。熟練の動きに攻撃が当たる気がしない。
「ハァッ!フン!」
「ウラァ!」
穂先を受け流して反撃する。やっぱり軽く躱されてしまうけれど新鮮な感覚。達人の技術を目の当たりにできる幸運。
「闘気の槍とは思えぬ素晴らしい強度ですな」
「重さがないので、いろいろな動きができます」
「もしや、槍を使う技能を編み出しているのでは…?」
「技能ではないんですが、考えた技があるにはあります。ダナンさんに見せるようなモノでは…」
「是非拝見したいのです」
「わかりました」
跳び退いて間合いを切り、遠い間合いから刺突を繰り出す。
「フッ!」
「ぬぅっ!?」
絶対に届かない間合いから繰り出された刺突は、凄まじい速度で迫る。一瞬で倍近い長さに変形して胸を狙った。ダナンさんは身を捻って躱す。
「今のは…?」
「槍を変形させて遠い間合いから攻撃できないか考えました。重さがない槍だからこそ可能です。他の技はこんな感じです」
突きながら槍の穂先を鎌の形に変形させたり、四方に飛び出す刃を出してみせる。
「他にもあるのですか?」
「ボクが思う格好よさに特化して、遊び半分で考えた技能ならあります」
「見せて頂けませんか?私に向けて放ってくだされ」
「わかりました」
槍を構えたまま闘気を纏い、槍の周囲に6本の槍が発現する。
「むぅっ?!」
穂先は全てダナンさんに向いていて、点で結ぶと円を描くように宙に浮かんでいる。7本の槍で狙っている状態。
「ハッ!」
踏み込んで刺突を繰り出すと同時に、宙に浮いた6本の闘気の槍も襲いかかる。ダナンさんはすかさず後方に距離をとった。躱されなければ、放った刺突と闘気の槍で串刺しにできていた。
「素晴らしい…」
「まだです」
1点で交差していた6本の闘気の槍は、刃へと変化して斬撃が襲いかかる。
「ぬぅぅ…!」
躱されることを見越しての二段構え。ダナンさんは迫りくる闘気の刃を相殺して消滅させた。
「こんな感じです」
「ありがとうございました。お見事でした。ウォルト殿はなぜ槍の技能を編み出されたのですか?」
「ボクは、アイリスさん、ボバンさん、ダナンさんに見せてもらった技能しか知らないので、修練しようにも自分なりに作るしかなくて。皆さんの技能に比べると子供騙しのような技ばかりで恥ずかしい限りです」
「そうでしたか…。今の技能は、ウォルト殿は刺突しなくともよかったのではないのですか?」
「実はそうなんです。でも、その方が格好いいと思って」
刺突に闘気を連動させるところが格好いいと思った。アイリスさんの騎神乱舞が抜刀と同時に発動するのが格好いいと感じたから。無駄な行為だという自覚はある。改めて言われるとちょっと恥ずかしい…。
「技能が華やかであることは重要なのです。技能に憧れることが騎士を目指すきっかけになることは多い。魔法も同様ではありませんか?」
「その通りだと思います。魔法は特にそうかと」
「ウォルト殿がよろしければ……いえ、なんでもありません」
「なんでしょう?遠慮なく言って下さい」
「また今度でよろしいですか?」
「いつでも。少し闘気の修練を続けていいですか?ダナンさんの槍捌きが脳裏に焼き付いている内にやっておきたいんです」
「どうぞ」
槍の修練を始めたボクを横目に、ダナンさんはリスティアの元へと戻った。
★
2人の修練を静かに見守っていたリスティア。
「お疲れ様。ジグルと同じ気持ちになっちゃった?」
「その通りでございます。騎士団で披露して頂けたら…と思わずにいられませぬ。若い騎士達に見せるだけでも価値があるのです」
「困った親友だよねぇ~。闘気術まで編み出してるなんて驚きしかないよ。どんな感性をしてるんだろう?」
模倣するだけでも凄いけど器用貧乏とも言える。でも、ウォルトは模倣から始まって新たな技能を生み出す。決して模倣だけで終わらず、必ずなにかしら発展させてるっぽい。
「ウォルト殿は…孤独ゆえに感性が磨かれたのではないかと」
「孤独だから?」
「我々騎士は、何事であっても指南役や先輩騎士から基本を学んだ後に応用へと移行します。知識にせよ技量にせよ基礎を疎かにする者は強くなどなれません」
「そうだろうね」
基本が大事なのは全てに通じる。私が学んでる舞踏や学問なんかもそうだ。
「ウォルト殿は、基本など教わらずとも目にした技能を模倣し、逆算的に本質に迫るのです。技能や魔法を独学で修得する過程で、基本に立ち返っているのではないかと」
「騎士の皆は基本を大切にし過ぎてるってこと?」
「一因である気が致します。騎士団には、訓練にせよ技能にせよ受け継がれる伝統があります。独自の修練であるとか、新たな技能を編み出そうという意欲は生まれにくいのかもしれませぬ」
「なるほどね。「独創的な技能は自分にはまだ早い」って固定観念はあるのかも」
「団結力を強化し、騎士団として最低限の実力を確保するには合同訓練が必須なのですが、同時に『個』の部分が失われてしまう恐れもあるのです」
「でも、個が強ければいいってワケでもないよね」
「そうなのです。発想に優れ、闘気の扱いに長けたウォルト殿だからこそ可能であるとは思うのですが」
視線を向けると、ウォルトは闘気の槍を操りながら、さっきのダナンの動きを模倣してる。しかもアレンジを加えながら。
「ダナンの動きを真似して、直ぐに応用してる。ホントに器用だね」
「記憶力が並外れており、身体を動かす能力に優れた獣人という理由もあると思われます。さらにアイデアが豊富なのです。先程の魔法の修練もお師匠様が姿を消された後に独自に考案されたモノでしょう」
「確かに。1人で勝手に成長していく弟子って凄いよね」
気になったので呼びかけてみる。
「ねぇ、ウォルト~!槍も扱えるようになりたいの~?」
ウォルトは動きを止めて答えてくれる。
「テラさんとの修練に使えるからね。他にも、なにかで活かせるかもしれない」
何事も無駄になんてならない。そんな思考だからウォルトは強いんだ。
「そっか!頑張って!」
「よかったらリスティアも協力してくれないか?」
「どうすればいいの?」
説明した後、ウォルトは修練を再開する。
「どうだ!うりゃ~!」
「まだまだいけるよ」
「ぬぅ~!ほいほいほいほいっ!」
「ハッ!やるな!」
ウォルトが闘気で小さな玉を山ほど作り出して、私がとにかく投げる玉を突いたり切ったりする修練。闘気にはほぼ重量がないから、不規則に動く玉を狙うのは結構難しいみたい。
「これは楽しい~!」
「ボクもだよ。楽しみながら修練できて最高だね」
私達ははしゃぎながら修練を続けた。