380 シャガテ
う~ん。なんでこんなことに?
ウォルトが目を覚ますと、仰向けになっている身体の上に、リスティアが大の字で被さっていた。まるで天井から落ちてきたみたいに。
全く重さは感じないけど、もはや添い寝ではなく遊んでいる親子のような体勢。スヤスヤ気持ちよさそうに寝ているので起こすのも忍びない。
とはいえ「時間がもったいない!」と言っていたので起こそう。
「リスティア。もう朝だよ」
「うぅ~ん…。まだ…眠いの…」
そっと頭を撫でてあげると、また寝息を立てる。
「起きないとどこにも行けないよ?ボクは家でゆっくりしてもいいけど」
「むぅぅ~……起きるぅ~!」
がばっと顔を上げる。サラサラの金髪にくりんと寝癖が巻いて可愛い。
「ボクの上に乗ってて眠れた?」
「温かくて最高に気持ちいい!」
「それはよかった。でも、男の人の上で寝ちゃダメだ。ボクらは親友だからいいけど」
実際はよくない。今さらだから強く言わないけど、どう考えてもよくない。ボクは棺桶に片足どころか両足を突っ込んでる真っ最中。王女を乗せて眠ったなんて国王様が知ったらなんて言うだろう?
「この猥褻獣人がっ!死ぬがいい!」と処刑されるかもしれない。そのくらいの常識はあるつもりだ。リスティアが黙っていてくれることを祈ろう。
「ウォルトの上だから寝てるの!私達だけの秘密ね!」
できれば一緒に寝たことも内緒にしてほしいけど…まぁ、いいか。
「起きて朝ご飯にしよう」
「うん!」
隣を見るとダナンさんとカリーはいない。どこに行ったんだろう?リスティアの手を引いて居間に向かう。
「リスティアに渡したいモノがあるんだ」
「なに?」
来客用の部屋から持ってきて手渡す。
「いつか遊びに来てくれたら渡したいと思ってた。ボクが作った服なんだけど」
「へぇ~!凄いね!服も作れるんだ!売り物みたい!」
「生地からね」
「生地から作ってるの?!」
「お洒落じゃないけど、動きやすくて汚しても大丈夫だよ」
リスティアに似合いそうな軽装を作ってみた。着てきた服は綺麗に取っておかないと叱られるだろうし、『保存』と『堅牢』を付与してるから、どれだけ汚しても問題ない。
寝間着に1番小さい貫頭衣を貸したけど、よく考えるとよかったのかな。でも、ボクにとっては親友だから普通のこと。
「ありがとう!ウォルトが着替えさせてくれる?」
「首が飛びそうなことを言わないでくれ。心臓に悪いよ」
「あははははっ!着替えてくるね!」
いくら親友でもそれはない。リスティアは立派な女の子だ。軽口には気を付けないと、とんでもない事態を招くことを身に染みて理解してる。
着替えている間に朝食の準備を始める。ダナンさん達はまだ帰ってこないのかな?それは一旦置いといて、滅多に会えないリスティアに食べてもらえるから調理にも気合が入る。
こんな時、魔法が使えてよかったと思う。食材を『保存』できるから森でも生きていけるし、いつ誰が来てももてなせる。そうでなければ、日々の食材に困って命を落としていること間違いなし。
できた料理を運ぶと、軽装に着替えたリスティアがいた。長いふわふわの髪も1つに纏めて活動的な少女に早変わり。それでも、高貴な雰囲気は隠せてない。
「どうかな!」
「ボクが言うのもなんだけど、似合ってる」
「ありがと!それにしても、ダナンとカリーはどこに行ったんだろうね?」
「もしかすると…」
シオーネさんと話していた内容を思い出した。
「どうしたの?」
「会いに行ったのかもしれない」
「誰に?」
「ダナンさんとカリーの戦友に」
★
「ご馳走様!相変わらず美味しすぎ~!」
「口に合ってよかった」
ボクらだけで食事を終えると、ダナンさん達が戻ってきた。
「王女様、ウォルト殿。おはようございます」
「ヒヒン!」
「おはようございます」
「2人ともおかえり!」
訊いてみよう。
「亡くなられた同僚に会いに行かれてたんですか?」
「はい。お2人が目を覚まされる前にと思ったのですが、戻るのが遅くなって申し訳ありません」
「気にしなくていいよ!会えたの?」
「我々が蘇った場所付近を捜索してみたのですが、見当もつかず」
「ねぇ、ウォルト。なんとかならない?」
「王女様…。お気になさいませんよう。私的なことですので御迷惑は…」
ダナンさんの言葉を聞いたリスティアは真剣な表情に変化する。
「知らなかったならまだしも、カネルラのタメに命を懸けた先人について、聞き捨てるような王族を騎士は守るの?私なら御免だよ」
「王女様…」
「決してダナンとカリーの私事じゃないの。私はカネルラ王族として…なにもできないけど祈りだけでも捧げたい」
「有り難きお言葉」
リスティアの気持ちは理解できる。ボクも感謝の祈りだけでも捧げたい。ただの自己満足だけどただそうしたい。
「ダナンさん。魔法を使って皆さんを探すことができるかもしれません」
「よろしいのですか…?」
「もちろんです」
「皆で行ってみよう!」
いつもの様子に戻ったリスティアとともに、4人でダナンさん達が蘇った場所に向かう。リスティアは『捕縛』の網で背負って駆ける。後ろから首に抱きついて頬擦りしてくるのがキャミィにそっくりだ。身長や体重も似たようなモノだし、纏う空気もどこか似ている。
20分と経たず目的地に辿り着いた。
「この辺りです」
「いい場所だね。花が沢山咲いてる」
「おそらく…クライン様が植えて下さったのだと推測しております。仲間が埋葬されているとすれば、この辺りだと思うのですが」
見渡すと所々に季節の花が咲いている。森の中でも少し異質な風景。少し離れた場所に掘り起こされたような跡があった。
「新しい掘り跡ですね」
「私の推測では、シオーネが埋葬されていた場所だと思います。私が蘇った場所とは少々離れていますが」
「なるほど」
そうなると、深さはこのくらいか。ならば…。
「騎士の皆さんが埋葬されているか、地中を魔法で調べてみます」
「よろしくお願い致します」
「ヒヒン」
地面に手を着いて詠唱する。
『周囲警戒』
巨大な魔法陣が出現して一帯を覆い尽くした。花が咲いている範囲全てを魔法陣の中に収める。
「凄まじいですな…。これほどの魔法陣を軽々と…」
ダナンさんの発した言葉も集中しているので耳に届かない。
「魔法陣を沈めます」
地面に吸収されるように魔法陣は消滅し、目を瞑って集中する。黙って待つこと数分。
「この近くに5名の方が埋葬されています」
「なんと!場所を教えて頂けますか?!」
「案内します」
最も近い場所に向かい、魔法で探ってわかったことを伝える。
「皆さんは、大木の近くに埋められた棺の中で眠っています」
「転生…ですな」
「おそらくそうだと」
シャガテは、カネルラにおける「人は生まれ変わる」という思想。大木のように永い年月を経る存在に寄り添い、生命の恩恵を受けながら今世に生まれ変わる刻を待つ。
家族と同じ墓に入り永眠することを望む者が大多数を占める中、こういった思想で森や海に埋葬、散骨されることを望む者もいる。400年前は強く信仰されていた。
『周囲警戒』を潜らせて判別できたのはここまで。もう少し詳細に情報を掴んで伝えられたら…。
…ふと複合魔法を閃く。
成功すればより鮮明に地中の様子が確認できるはずだ。
『周囲警戒』と『診断』を多重発動し、操りたい魔法のイメージを膨らませて放つ。土に水が染み込むように魔力を巡らせ、土の中を泳ぐように脳内に映像を映し出すと、棺に刻まれた名前がハッキリ確認できた。
「この場所で眠っているのは、ケインさんという方です」
「なんと…。やはりシオーネが言った通りなのか…」
「この魔法で全員の名前が確認できると思います」
「ねぇ、ウォルト。ダナンもちょっといい?」
「なんだい?」
「いかがなさいました?」
「ココを見て」
リスティアは大木を指差した。よく見ると、根元に小さく「ケイン」と名前が彫られている。
「よく気付いたね」
「私ならこうしたいと思ったの。シャガテを願うなら、寄り添い眠る者の名を木に伝えたい。忘れないように」
リスティアは大木に手を添えて『精霊の加護』を使う。
「長い間、見守ってくれてありがとう。こんなことしかできないけど、いつか生まれ変われるよう寄り添ってあげてほしい」
「王女様…。彼奴も報われます…」
微笑んだ小さな親友は王女の顔をしている。王族でもリスティアだけが使える『精霊の加護』は、慈悲深き者に継承されるのかもしれない。
クライン国王も操ったとダナンさんから聞いた。おそらく慈悲深い方だ。この名前を彫ったのはおそらく…。
「よし!眠ってる皆の名前を確認しよう!」
「そうしようか」
「私にお任せ下さい」
「ヒヒン!」
ボクが案内して、ダナンさんが木に彫られた名前を確認していく。
この場所で眠っているのは、やはり槍術を専攻していた騎士ばかりのようで、中にはダナンさんと同じく愛馬と共に眠っている者もいた。リスティアは祈りを捧げながら『精霊の加護』で木を慈しみ、ボクは先人の御霊に祈りを捧げる。
「もう少し広範囲に探してみましょう」
そう提案して、少し離れた花の群生地でも魔法で探ってみたけれど埋葬されていないようだった。この周辺の花は種が分かれたのかもしれない。
静かに眠る騎士達に祈りを捧げ終えると、ダナンさんがボクらに向かって頭を下げた。
「王女様。ウォルト殿。御尽力感謝に堪えませぬ」
「さっきも言ったけど、こうしたいの」
「リスティアの言う通りです。お気になさらず」
「重々承知しております。ですが…私は仲間を弔うことなどできるはずもなかったのです。こうして静かに対話することができたことに、一言だけ感謝を申し上げたいという私の我が儘なのです」
「だったらいいよ!私のも我が儘だし!」
「ボクもです。あと、もう少しだけ待って下さい」
「なにをされるのですか?」
「リスティア。両手を貸して」
「どうぞ…ってなにするの?」
「手伝ってほしい。リスティアにしか頼めないことなんだ」
「~っ!任せてっ!」
なぜかリスティアは嬉しそう。そんなリスティアに『精霊の加護』の力を模倣した魔力を渡す。ボクのは魔力だけど、ほぼ同じ力のはず。上手く譲渡できるといいけど。
「温かくて気持ちいい…」
「『精霊の加護』の魔力を渡してる。気分が悪くなったりしたら直ぐ教えてほしい」
「全然だよ!」
全回復したあと、リスティアに異常がないことを確認して協力をお願いする。
「ボクが背中に手を添えたら、地面に向かって『精霊の加護』を全力で使ってほしい」
「どうなるの?」
「直ぐにわかるよ。あと、身体に触っても大丈夫…?」
「もちろん!いつでも始めていいよ!」
ボクが手を添えると『精霊の加護』を発動した。リスティアの体内で魔法と混合する。
『成長促進』
「……わぁぁぁぁっ!凄いっ!」
「なんと見事な…」
「ヒヒン!」
5本の大木は葉を青く染め、地に咲く花は萎んだ花もまだ蕾の花も一斉に咲き誇る。芽が出ていなくとも成長して花開いた。
「今のボクにできる先人への手向けです」
ウークの神木バラモさんの治療にも使った複合魔法。純粋な『精霊の加護』との多重発動は初めてだけど上手くいった。
少し間だけでも華やかな場所で眠ってもらいたいというボクの我が儘であり、カネルラを守ってもらった感謝の証。皆が命を懸けて守り抜いたクライン国王の子孫であるリスティアの力を込めて敬意を届けたかった。
「満開で綺麗だね!凄く幻想的!」
「本来この時期に咲くはずのない花まで…。まるで桃源郷ですぞ…」
「ありがとう、リスティア。君のおかげで魔法が成功した。眠っている先人達に『精霊の加護』を届けられたと思う」
「どういたしまして!そうだと嬉しい!」
「ウォルト殿…」
ダナンさんの様子がちょっとおかしい。
「なんでしょうか?」
「貴方には…私の気が済むまで生きて頂きますぞ…。私より先に逝くのは断じて許されませぬ!」
「えぇっ!?いきなりなんの話ですか?!」
突然のこと過ぎて混乱してしまう。
「ダナン……それはいい考えだね♪」
「ヒヒーン♪」
カリーも『たまにはいいこと言うじゃない!』って顔してる。
「王女様。何卒御協力をお願い申し上げます。私は…このままでは死んでも死にきれぬのです」
「うんうん!気持ちはわかるよぉ~!」
ダナンさんはなにを言ってるんだ?もしかして…わかりにくい冗談なのかな?
「既にダナンさんは亡くなって…」
「些細なことです!今は軽口を叩くときではありませんぞっ!」
「すみません!」
「あはははっ!怒られたっ!」
火に油を注いでしまった…。冗談って難しいなぁ。いつまでたっても空気を読めない。
「私は決めたのです。ウォルト殿には多大な恩があります。この恩を返すまでは、たとえアンデッド化しようと生きてもらわねば騎士の名折れ!」
「ヒヒン!」
「恩を感じる必要なんかありませんよ…」
「ウォルト、諦めようよ♪」
逆なんだけどなぁ…。なんで急に言いだしたんだろう?ボクはいつだって気が済むように勝手なことをしているだけ。むしろ迷惑をかけてるんじゃないかと思ってる。
それに、ダナンさんやカリーには悪いけど、アンデッドになる前に灰になりたい。森で獣に食われるのがいい。散々命を頂いて生かしてもらったから、最期くらいお返しに美味しく食べてもらいたい。瘦せたボクの肉が美味しければ…だけど。
『リスティアの言う通りよ。諦めなさい』
カリーが『念話』で話し掛けてくる。
『なにかしたかな?』
『忘れたの?私達のアンデッド化を解いて生かしたでしょ。だから、こうして過ごせてる』
『魔法使いなら誰でもできるよ』
カリーはフルフルと首を振った。
『話がズレてるのよ。たとえそうだとしても、私達を元に戻したのは貴方。私達は魔法そのものに感謝してるワケじゃない。子供でもわかるわ』
『たまたまだけどね』
『堂々巡りね。その言い方だと、この世で貴方にしかできない事でないと人に感謝されることはないわ』
『構わないよ』
この世界にボクにしかできないことなんてない。
『ふ~ん。ウォルトだって他人に感謝するわよね?』
『もちろん』
『お世話になったのにそんなの必要ないって言われたら?』
『それでも恩返ししたいかな』
『ダナンも同じよ。結論諦めなさい』
『なるほどね…』
簡単に論破されるボクって言動が浅はかなんだな…。
『ふふっ。「感謝しろ」と言われてもしないこともある。逆に「しなくていい」と言われてもすることもある。貴方の我が儘ばかり通用しない。人は感謝する生き物だからこそ助けてくれることもある』
『そうかもしれない。よくわかったよ』
『よろしい。今の話に感謝してるなら撫でてもいいわよ』
カリーの顔から首を撫でると頬擦りしてくれた。キャロル姉さんもそうだけど、いつも教えてくれて助かってる。
勘違いの可能性もあるけど、昔より人付き合いが少しだけ上手くなったような気がしていて、間違いなくカリーも含めた皆のおかげだ。
「さて、これからどうしようか」
リスティアがジト目で見てくる。
「なんか…ウォルトとカリーって通じ合ってるよね」
「そうですな。無言であるのに、まるで話しているかのように感じることが御座います」
実際話してるからそう見えるだろうけど。
「ボクらはお互い動物がルーツだから、会話できるんです。ね?カリー」
「ヒヒン!」
「そうでしたか。納得ですな」
「違うような気がする。なにか隠してない?」
「隠してるよ」
「ヒヒ~ン!?」
「そっか!その内教えてね!」
カリーは驚いてるけど、どうせ嘘を吐いてもバレる。それに、珍獣扱いしたり文句を言うような親友じゃないから正直に答えた。カリーが言えるときが来ればその時に伝えればいいし、死ぬまで言わなくても構わない。
そもそも、聡明なリスティアは答えに気付いてる。返答も予測したうえで確認しているはず。驚くほど賢い子だ。ボクの反応を見て確信を得るだけの作業。今の会話でカリーが嫌がっていることすら見抜いただろう。リスティアは、きっと天に愛された存在。
「今からはリスティアのやりたいことをやろう」
「ありがと!まずは~…手を繋いで♪」
そっと手を握るとぎゅっと握り返してくれる。4人で仲良く住み家に戻った。