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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
377/706

377 後進への想い

 家に到着するなり、シオーネさんが確認した。


「こちらはダナンさんのお宅ですか?」

「いや。子孫の家だ」

「子孫?!子供がいたのですか!?」

「私にはいない。兄の子孫だ。とりあえず入ってくれ。ウォルト殿もどうぞ」

「はい。お茶を淹れますね」

「なぜウォルトさんが?」

「気にするな。ウォルト殿に任せておけ。我々は居間に行こう」


 何度も訪れてこの家の台所は熟知してる。来る度に少しずつ変化してるけど、混乱するほどじゃない。ただ、テラさんが料理の腕を上げていることは台所の変化から気付いてる。


「どうぞ」

「いつもかたじけない」

「…頂きます」

「ヒヒン!」

 

 ズズッとお茶を飲むダナンさん。


「お茶を飲んでも大丈夫なのですか?甲冑に悪いのでは?」

「大丈夫だ。食べ物はダメだが、飲み物は支障ない。もう1年近く酒も飲んでいる」


 シオーネさんの疑問は当然。前から不思議に感じてるけどどういう理屈なんだろう?食べ物はダメというのも意味不明だ。


「酔うんですか?」

「酔わない。ただ気分がよくなる。生前の嗜好が影響しているのかもしれん。私だけかもしれんが」

「私も飲んでみます」


 シオーネさんもお茶を飲む。やっぱり隙間から溢れてこない。


「確かに…微かな満足感があります。不思議な感覚です」

「この姿で蘇り、未だにわからぬことばかりだが悪くはないぞ。少しずつあの頃を思い出しているだろう?」

「はい。まだ朧気なところも多いのですが、グリアムさんのことだけはハッキリ思い出しました」

「ははははっ!お前は、かなりグリアムにしごかれていたからな!」

「同じ団長でもボバンさんと違います!あの人は紳士ではないです!」


 会話から察するに、グリアムさんは戦争当時の騎士団長の名前かな?同僚との昔話にダナンさんの声色は楽しそうだ。


「確かにボバン殿は紳士だが、グリアムよりも強い。歴代団長でも間違いなく上位の猛者であろう」

「グリアムさんもかなりの猛者でしたが」

「それは否定できん。…が、さらに上をいっている。本気になれば、私では歯が立たないかもしれん」

「それは…凄い方ですね」


 話の途中だけど、ちょっと会話に混ぜてもらおう。


「お2人は槍術と剣術で専門が違っていると思うんですが、交流していたんですか?」

「シオーネの専攻は剣術でしたが、唯一の女性騎士だったのでよく覚えております」

「よく手合わせして頂きました。ダナンさんは父親みたいでお願いしやすかったのもあります」

「初めて聞いたな」

「初めて言いました」


 ふふっと笑いあう。


「しかし…シオーネが入団して1年と経たずに戦争が起こったと記憶しております。忙しい日々の中で会うこともままならず、私が先に命を落としたのです」


 シオーネさんはボバンさんに身体を向けた。


「実は……私はダナンさんを弔っています」

「なんと…!本当か!」

「はい…。首を落とされたカリーと、亡くなったダナンさんを発見したとき、皆泣いていました。特にケインさんが嘆いていたことを覚えています」

「ケインが…。悪友め…。そうか…」


 ダナンさんはゆっくり俯いた。


「しばらくして私も逝ってしまったので、その後の詳細はわかりかねます。ただ、槍術の皆さんは「ダナンは本人の希望通り森に埋葬してほしい」と仰っていました…。「そして、なにかあれば我々も」と…」

「なにぃ!?まさか……亡くなった皆は動物の森に眠っているというのか!?」


 シオーネさんはコクリと頷いた。

 

「おそらくとしか言えませんが、仲間意識が強い方ばかりでした。先陣を切って亡くなったダナンさんと共に眠るつもりだったのではないかと」

「むぅ…。そうだとすれば会いに行かねば…」

「クライン様は我々の意志を尊重して下さっている。そう思えてなりません」

「そうやもしれん…。次の休みに我々が蘇った場所へ…森へ向かう。カリー、いいか?」

「ヒヒン」


 カリーは小さく嘶いた。そして、ダナンさんはゆっくりシオーネさんに視線を戻す。


「…待て。ウォルト殿に会ったということは…お前も森に埋めてもらうことを望んだというのか…?」

「はい…。私は…騎士として最期まで闘いました。けれど、目立った戦果を挙げることは叶いませんでした…。墓に入ろうなどおこがましいと…」


 ダナンさんは、「ふぅ…」と息を吐いて、静かに語り出す。


「あの戦争で我々に戦果などありはしない。侵略者ではないのだ。カネルラを…民を守る騎士として死力を尽くして闘ったことを誇ればいい。実力など二の次」

「…しかし」

「私は開戦からほどなくして逝った。息つく間もなく退場してしまったのだ。粘り強く闘ったお前達の尽力は間違いなく今の世に続いている」

「違います!ダナンさん達の部隊は…敵の主力との戦闘でした!我々新兵は、段々と戦火も下火になった頃に戦場に出たのです。それでも敗れ…散りました」


 シオーネさんは項垂れてしまった。


「シオーネ…。そしてルビーよ。勘違いしてはならん。本来お前達のような未来ある後進を生かし、先の時代へ繋げることが我々の責務。できなかったのだからお前達になんら責はない」

「そんなことはありません!私がもっと修行を積んでいれば…!」


 庇うようなダナンさんの言葉に、シオーネさんは声を荒げた。けれど、ダナンさんは冷静に続ける。


「生きてこそなのだ。私は…現代に蘇り空白の400年の歴史を学んだ。やはり、戦争直後は騎士団も弱体化し、かなりの苦労を余儀なくされたと伝わっている。その要因は我々先輩騎士の油断と怠慢に他ならん」

「なぜそんなことを言うのですか?!ダナンさん達は、日々厳しい修行に明け暮れていたではありませんか!怠慢などありえません!私は皆さんを尊敬しています!」

「怠慢とはそういう意味ではない。言い方を変えよう。カネルラを…お前達の未来を守るには修行だけでは足りなかった。覚悟が足りなかったのだ」

「覚悟…ですか?」


 ダナンさんはコクリと頷く。


「大勢の者を殺める覚悟。部下に嫌われようと鍛え上げる覚悟。カネルラをなにがなんでも守り切るという覚悟。全てが足りなかった。後悔ばかりだ。認めたくはないが、【ブロカニル】の兵士は凄まじい覚悟を見せた。我々を殲滅し、どんな手段を使っても国を奪うという狂気じみた覚悟を」


 ブロカニルは、400年前にカネルラを侵略するため戦争を仕掛けてきた隣国。元は友好な関係を築いていたが、セロと呼ばれる独裁者が誕生した時代に、国土を拡大しようと囲まれている隣国全てに戦争を仕掛けた。

 だが、多くの戦闘を繰り返し、他国だけでなく自国民に対しても非道の限りを尽くしたセロは、反旗を翻した部下達の謀反により討たれ戦争は終結した。


 現在ブロカニルは地図上から消滅し、【プリシオン】というカネルラ友好国である。戦争による隣国との国交悪化により、輸入や輸出、その他の交易も断絶に近いものになったブロカニルは、あらゆる政策を施しても国力は衰退の一途を辿りやがてプリシオンに国土を吸収されてしまった。


「奴らはまるで洗脳されているかのようでした…。人を相手にしていないような?」

「うむ。彼奴らは、たとえ我々より弱くともカネルラを滅ぼすことに死力を尽くしていた。セロが与えた恐怖に力だったとしても、死を覚悟した者に驚異を感じた。奴らに対抗するには、我々も己を顧みることなく闘いに臨む覚悟が必要だったのだ。命を賭してお前達に時代を繋げる覚悟が」

「…私には理解できません」

「私も闘いの最中に気付いた。そして、今代の騎士団に説いている。「自分が生き残ることよりも大切なことを忘れるな」と。人それぞれで構わない。同じ境遇でない者に理解できるとも思わない」


 会話の邪魔をしたくなかったら黙っていたけれど、やはり伝えたくなって口を開く。


「ダナンさん、シオーネさん。ボクはカネルラの一国民として、お2人に言いたいことがあります」

「なんですかな?」

「お2人の苦悩や思想は、騎士ではないボクには死ぬまで理解できないと思います。でも…心から感謝しています。貴方達が守ってくれたから、ボクはカネルラに生を受けた。カリーやルビーにも。他に殉職された皆さんにも感謝します」


 ダナンさんとシオーネさんは顔を見合わせた。


「そう言われると、報われてなにも言えなくなってしまいますぞ。ウォルト殿は相変わらず空気を読みませんなぁ」

「そうですか?でも伝えたくて」

「貴方は本当に獣人なのですか?光栄ですが予想しませんでした」

「ヒッヒン!」

「ヒヒーン!」


 苦笑してるんだろうな。でもそう思うんだ。理屈じゃない。勝手に世界に絶望したこともあるけれど、今はカネルラが好きだ。

 ダナンさんやシオーネさんは、現代のカネルラにとって文字通り礎。命を懸けてボクらの暮らす平和な時代を作ってくれた偉人であり恩人。


 …と、玄関のドアが開いた。


「ただいま!」


 テラさんの声だ。出迎えよう。


「おかえりなさい」

「はい、ただいま~……って、ウォルトさん!」

「お久しぶりです」

「びっくりしました!どうしたんですか?」

「今日はダナンさんにお会いしたくて来ました」

「それで早く帰ってたんですね!カリーもいなくなってたし!」

「そうなんです」


 話しながら居間に入ると、テラさんは驚く。


「えっ!?ダナンさんが2人いる!」


 全身甲冑が急に増えたら誰だって驚く。失礼だけどテラさんでも同じだった。


「初めまして。シオーネと申します」

「私の元同僚だ。ウォルト殿が森で保護して、王都まで連れてきてくれたのだ」

「そうでしたか!相変わらずですね!声の感じからすると女性騎士ですよね?私の大先輩です!テラと申します!」

「いえいえ!私は若輩者で!かしこまらないでください!」

「そうはいきません!…って、騎馬もいる!可愛いぃ~!」

「ヒヒン♪」


 早速ルビーと戯れるテラさん。やっぱりこの人は凄い。人や動物との壁なんて初めからない。相手が人間だろうと獣人だろうと亡霊だろうとお構いなしだ。


「テラさん。今日は帰りが早かったですね」

「実は強制休暇なんです!でも、なんとか午前中だけ訓練に紛れ込みました!結果、気付かれて訓練場から叩き出されたんですけど!「今度見つけたら退団させるぞ!」って怒られちゃいました♪」


 それはそうだろう。まったく悪びれないな。


「テラは「訓練するな」と言っても全く言うことを聞かないのです。いやはや困ったモノです」


 懲りない…いや、変わりないようで安心した。


 ボクも魔法の修練で「バカ猫!いい加減やめろ!そんな修練に意味はない!」って怒られてたから気持ちはわかる。今は休むことも大事だと理解してるからそんなことないけど。


「ご飯を作りましょうか?」

「やった!お願いします!食材は自由に使ってください!」

「こんな料理が食べたいとかありますか?」

「ウォルトさんの料理ならなんでもいいです!」

「わかりました」


 調理を終えて居間に戻ると、テラさんとシオーネさんが盛り上がっていた。


「うそっ!?女性騎士がそんなにいるの?!」

「ホントなんだなぁ!今は5人いるんだよ!私以外は剣術専攻だけどね!その内の4人は同期だし、いい子ばかりだよ!」


 もう言葉遣いも砕けてる。気が合うみたいでよかった。


「料理ができました」

「ありがとうございます!ウォルトさん、聞いて下さい!話を聞いたらシオーネと私は同い年でした!入団してからの期間もあまり変わらなくて同期です!」

「奇遇ですね」


 時代は違っても同期。そんな考え方がテラさんらしいと思う。


「明日一緒に騎士団に行こうよ!」

「行ってみたいけど…驚かれないかな…?」

「カネルラ騎士団はダナンさんで慣れてるから大丈夫!なにか言われたら私がやり返すし、アイリスさんが黙ってない!その時は『淑女の乱心再び』だよ!」


 先人に敬意を払うアイリスさんは激怒しそうだ。『淑女の乱心』ってなんだろう?


「じゃあ…行ってみようかな。ダナンさん、いいですか…?」

「私からもボバン殿に伝えておこう」

「やったぁ!では、いただきます!うぅぅうま…」

「大袈裟ですよ」

「もう!最後まで言わせて下さいよ!」


 テラさんがご飯を食べ終えて、ぐて~っとしている間に後片付けを終える。


「では、ボクは帰ります」


 あとは邪魔者なしでゆっくり過ごしてもらいたい。


「ちょっと待ったぁ~!」


 テラさんがガバッと起き上がる。


「ウォルトさん…。私との手合わせが済んでませんよ…?」

「今日のテラさんは強制休…」

「黙らっしゃい!私には休暇など不要です!教えてもらった魔法の上達も見て下さい!」


 それは確かに見たい。ボクの友人は才能に溢れているから成長を見るだけでも刺激を受ける。


「わかりました。外に行きましょうか?とりあえずお腹を落ち着けますか?」

「行きましょう!直ぐに着替え…」

「先に裏庭で待っておきます。えぇ、今すぐに」

「早い!もうっ!」


 宣言通り直ぐに外へ向かう。


「シオーネ。我々も向かおう。よく見ておくといい」

「手合わせと言っていましたが、ウォルトさんとテラが手合わせするのですか?」

「うむ。ウォルト殿もまたグリアムよりも強者だ。テラを鍛えてくれている」

「本当ですか?!まるでそのように見えません」

「そうだろうな。言うより見た方が早い。行こう」

「はい!」


 騎士2人と騎馬2頭はウォルトの後を追った。

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