376 月と漆黒
月が輝く夜。
ウォルトはお風呂上がりに外で涼んでいた。夜風の涼しさで思い出す。
ダナンさんとカリーに遭遇したのも月が綺麗な夜だった。突然現れた漆黒の甲冑と騎馬に凄く驚いたことを覚えてる。
今ではカネルラ国王の相談役と騎馬のリーダーだ。2人には可能な限り今の世で暮らしてもらいたい。ダナンさんやカリー、当時の騎士や国民の尽力の賜物で今のカネルラがあるんだ。
充分涼んで住み家に戻ろうとしたとき、ピンと立った耳が足音を捉える。
音はどんどん近付いてくる。この足音は…まるでカリー達が現れた時と同じ…。
予想通り森の中から漆黒の甲冑と騎馬が飛び出してきた。ダナンさんと違って背中に大剣を背負っている。ボクは駆け出して眼前に立つ。
『ムゥ…。ジャマヲ…』
『捕縛』
素早く接近して、甲冑の言葉を遮り魔力の網で拘束した。
『ムウウ…。コレハ…ナンダ…』
『ヒヒーン…』
身動きがとれないようキツく拘束し、横たわっている隙に即行で『診断』して、魔力成分を抜いた。意識を失ったのでしばらく待っていると、白銀の甲冑と白毛の騎馬に早変わり。
既視感というよりも、ダナンさんとカリーに出会った時と全く同じ状況なので微塵も驚かない。
「う…。ここは…?」
「ヒヒン…」
2人が目を覚ましたので、とりあえず尋ねてみる。
「気が付きましたか?ウォルトと申します。もしかして、貴方達は王都へ向かっているのでは?」
「む?…そうだ!早く王都に行かねば!」
「ヒヒーン!」
「落ち着いて下さい。もうカネルラの戦争は終結しています」
この説明をするのも随分久しぶりだ。
「そんなバカなっ!絵空事を!」
「本当です。詳しく説明したいので聞いて頂けませんか?」
ゆっくり話しかけると少しずつ落ち着いてきた様子。
「貴方は…何者なのですか?」
「カネルラの一国民で、ただの獣人です。貴方は騎士のダナンさんをご存知ですか?」
「ダナンさんを知っているのですか?!なぜ!?」
やはり同僚だったか。
「ダナンさんは、昨年騎馬のカリーとともに蘇ったんです。貴方と同じように」
「なんですって!?蘇ったとはどういうことでしょう?!」
「ココは間違いなくカネルラ王国の動物の森ですが、戦争終結から400年が経っています」
「…そんな…バカな」
いきなりこんなことを言われても到底信じられないだろう。この人はダナンさんと違って初めて蘇ったのかもしれない。
「詳しくお話しします。住み家へどうぞ」
甲冑と騎馬は促されるまま住み家に入ってくれた。
現在のカネルラの情勢、時代の違いなどについて詳しく説明する。甲冑騎士は驚きながらも静かに耳を傾けてくれた。ダナンさんと同じであれば、まだ記憶が戻りきってないはず。時間をかけてゆっくり話した。
「とても信じられません…。戦争が終結し、既に400年経っているなんて…」
「間違いありません。蘇ったダナンさんは今の王都で暮らしています」
「ダナンさんは…息災なのですか?」
「はい。騎馬のカリーとともに」
「ヒヒン!」
騎馬が頬擦りしてくる。カリーと違って首を落とされたワケではないようで、しっかり顔がある。顔つきからして多分女の子かな?
カリーの名前に反応したような気がするけど、知り合いかもしれない。優しく顔を撫でてあげると身動いで目を細めてくれた。
「よろしければ、お2人の名前を伺ってもいいですか?」
「名乗りもせず失礼を。私はシオーネと申します。騎馬はルビーです」
「ヒッヒン!」
「ルビー、よろしくね。シオーネさんは女性騎士ですか?」
「そう見えませんか?」
ダナンさんと同じく全身甲冑なので、見た目だけでは判別できない。けれど、まだ本人は気付いてないのかもしれない。正直に答えよう。
「身体つきが一回り小さいのと、声と仕草が女性的なのでそう思いました」
「あまり言われたことはないですが、嬉しいモノですね」
ふふっ!と笑うシオーネさん。声の印象からすると、まだ若くして…。
「よければ、明日にでもダナンさんに会いに行きませんか?そうすれば信じて頂けるかと。王都は場所が変わって近くには所在していません」
「そうなのですか!?なにからなにまで信じ難いです…。400年経ったカネルラに興味しかないけれど…」
「説明するより実際に見たほうが早いと思います。ルビーもいいかい?」
「ヒヒン!」
カリーに比べると小さいけど立派な騎馬だ。懐いてくれたみたいで嬉しい。
「案内はボクに任せてください。責任を持って王都まで連れて行きます」
「よろしくお願い致します」
「ヒン!」
「しかし…貴方の仰る通りだとすると、私達は亡霊であるのに肝が据わっていますね」
「先にダナンさんとカリーに出会っていなければ相当驚いています」
「それはそうですね。納得です」
かなり落ち着いてきた様子でゆっくり会話する。
「魔法使いの獣人が存在するとは驚きました。時代は大きく変化したのですね」
「いえ。おそらく一般的ではないです。自分で言いたくないんですが、珍しいみたいで」
「そうなると、私とウォルトさんは似た者同士です」
「シオーネさんとボクが?」
「私はカネルラ騎士団唯一の女性騎士です。もの好きな奴だと珍妙な目で見られていました」
アイリスさんも少し前まで1人だったはず。今では女性騎士も増えたようだけど。
「現代の騎士団には、何名かの女性騎士が所属されているみたいです」
「是非お会いしてみたいですね」
その後も、少しずつ記憶を取り戻していくシオーネさんと会話して、今日は泊まってもらい明朝王都へ出発することにした。
来客用の部屋で休んでもらったけれど、直ぐに「な、なんじゃこりゃ~!?」と甲高い声が響いた。甲冑を脱ごうとしたのかもしれない。
次の日。
「これが今の王都…。素晴らしい景観です…」
「ヒヒン!」
住み家から休まず駆けてきて、昼前には到着できた。ルビーは仲良く併走して楽しかったのかご機嫌そうだ。
「戦争当時はキシックという町だった場所だそうです」
「聞いたことがあります。確かダナンさんの故郷だったような…」
「その通りです」
「やはり!…よし!いざ現代カネルラ王都へ!」
「ヒヒ~ン!」
ルビーの手綱を引きながら、王都の街をゆっくり歩く。
「なんと平和な…」
「カネルラが平和なのは、ダナンさんやシオーネさんの尽力のおかげです」
「私など…なにもできていません。戦争が起こったとき新兵でしたし、ルビーも騎馬に成り立てでした。大した戦力になれなかったのです」
「それでもカネルラのタメに闘って頂きました。深く感謝しています」
直ぐにでも会わせてあげたいので、寄り道せずに王城を目指す。ダナンさんはかなり忙しいとテラさんから聞いているので、おそらく家にはいないはず。
城に到着して直ぐに門番の騎士に訊いてみる。
「フクーベから来たウォルトと申します。ボバンさんかダナンさんにお会いしたいんですが」
「約束はあるのか?」
「ありません。もし無理であれば、後でこの手紙を渡して頂けませんか?」
一介の獣人では会えないだろうと予想はしていた。でも、手紙を読んでもらえたら今日か明日には会えると思う。
「わかった。必ず渡しておこ……ちょっと待て…。ウォルトと言ったな…?」
「はい」
「確認してくる。少しだけ待っていてくれ」
どうしたことか門番は急いで城に向かう。
「どうしたのでしょう?」
「わかりませんが、待ってみましょう」
10分ほど待っていると、大きな門が開きボバンさんが現れた。
「ウォルト、久しぶりだな」
「ご無沙汰してます。忙しいのに急に訪ねてすみません」
「構わない。ウォルトが訪ねてきたら必ず取り次ぐよう騎士達に伝達してある」
それで呼びに行ってくれたのか。有り難いけど忙しいのに申し訳ない。
「今日は何用で……もしや、後ろの騎士殿は…」
さすがボバンさんだ。直ぐにシオーネさんに気付いた。何者であるのかも気付いている風。
「ダナンさんの同僚だったシオーネさんという方です。昨夜たまたま森で遭遇しました。ダナンさんにお会いできないかと思いまして」
「任せろ。直ぐにとり計らう」
「ありがとうございます」
ボバンさんはシオーネさんの前に移動して、深々と頭を下げる。
「当代のカネルラ騎士団長ボバンと申します。我々の偉大な先人とお見受け致します。以後お見知りおき下さい」
「き、騎士団長!?いやいや!頭を上げて下さい!私はそんな大層な者ではないのです!単なる一兵卒で!シオーネと申します!」
「ヒッヒ~ン!」
「ルビー!うるさい!」
ルビーはシオーネさんを揶揄うような表情を見せた。ダナンさんとカリーみたいだ。
「少々お待ち下さい。直ぐにダナン殿を呼んで参ります」
「ゆっくりで構いません!本当に!噓ではなく!別に今日でなくても!」
また一礼してボバンさんは城内に消えた。
「ウォルトさん…。この世に生はないのに寿命が縮む思いです…」
「あるあるですね」
骨の友人達もよく言う死者の冗句だ。いつも言葉を控えているけど、どうツッコんだら正解なのか。それともツッコまないのが正解なのか。
のんびり会話しながら待っていると、城の扉が開く。姿を見せたのはダナンさんとカリーだ。ボクと目が合ったカリーは全力で駆けてくる。
「ヒッヒーン!」
「ヒヒン!」
「ヒヒ~ン!?」
負けじとルビーが嘶いて、カリーに向かって駆ける。カリーは減速してルビーを待つ。
「ヒッヒ~ン!ヒヒ~ン!」
「ブルルル」
身を寄せあって嬉しそう。やっぱり知り合いだったのか。ダナンさんはゆっくり近付いてきた。
「ウォルト殿。ご無沙汰しております」
「こちらこそご無沙汰しています」
挨拶を交わすとシオーネさんに向き直った。
「シオーネ…。久しぶりだな…。驚いたぞ…」
「ダナンさん…お久しぶりです!」
「お互いに…面影もなくただの甲冑姿になってしまったが」
「正直驚いています。自分が甲冑だと気付いたときは腰が砕けそうになりました!」
表情があるとしたら、きっと互いに苦笑している。やはりというべきか、シオーネさんは昨夜来客用の部屋に移動したあとに甲冑を脱ごうとして、自分が全身甲冑になっていることに気付いたらしい。理解が追いつかず、しばらく放心状態で固まっていたとのこと。
なぜ騎士が蘇ると甲冑姿になるんだろう?考えてもボクにはわかりそうにない。
「兎にも角にも嬉しく思う。こうしてまた会えると思わなかった」
「私もです!」
「神の思し召しか…。ウォルト殿のところへお前を導いてくれたのかもしれん」
「私も不思議に感じています」
「ダナン殿。積もる話もあろうかと思います。今日はこのまま家に戻られてはいかがでしょう。国王様も仰られていたではありませんか」
「はい。今日だけはお言葉に甘えさせて頂こうかと思います」
「ナイデル様には私からお伝えしておきます」
「よろしくお願い致します」
「それでは。ウォルト、またな」
「力添えありがとうございました。リスティアとアイリスさんによろしくお伝え下さい」
「伝えておく」
ボバンさんと別れて、皆でテラさんの家に向かうことに。
「シオーネ。現代の王都はどうだ?」
「あまりに違いすぎて表現しようもありません。ただ…国民が幸せそうで胸が熱くなります」
「そうか…。私も最初驚いた。この空気が400年という長い月日の賜物。ココは間違いなくカネルラだ」
「はい」
騎士2人は会話しながら肩を並べて前を歩く。ボクは少し後ろをカリーとルビーに挟まれる形で歩く。
『ウォルト。ルビーを正気に戻してくれてありがとう』
カリーの『念話』だ。
『お礼は必要ないよ。カリー達と全く同じ状況だったんだ。なんの断りもなく戻してしまったんだけど』
『構わないわ。アンデッドのままでいたい騎士と騎馬なんていない』
『ボクもそう思ったんだ。ルビーはカリーの友人なのかい?』
『生前は可愛がってたのよ。まだ騎馬に成り立てでね。ちょっと私の顔が変わってるから驚いて……なんでもないわ…』
魔法で整形したことも、その理由も知ってるけど照れくさいのかな。聞かなかったことにしよう。
『また会えるなんて縁があるね』
『そうね。貴方のことを気に入ってるみたいよ。馬種にモテる白猫かしら』
『多分違うけど、気に入ってもらえるなら嬉しいことだよ』
「ブルルルル♪」
そっと顔を寄せてくるルビーは可愛い。モフモフ好きなのかな?優しく顔や首を撫でると喜んでくれる。
『ウォルトの手が温かいのもきっと好かれる理由ね』
『温かさを感じるの?』
『感じる。そういった感覚はなくはない。ただ、生きていた頃に比べるとひどく曖昧だけれど』
久しぶりにカリーとの会話を楽しんでいると、テラさんの家に到着した。2人には時間をかけてゆっくり話してもらいたい。
言いたいことや聞きたいことが沢山あると思う。会っていなかった間の溝が少しでも埋まるといいな。