371 知り合いに初めて出会った
「…ん?」
ウォルトが森の住み家で畑を耕していると、嗅いだことのない人物の匂いを捉える。
どうやら人間のようだけど知らない匂い。こちらに回って来ることなく、住み家の周りをウロウロしてるみたいだ。気になるのでこちらから行ってみよう。
匂いの元に向かうと、ねじり鉢巻きに短髪白髪のいかにも職人なおやっさんがいたので声をかけてみる。
「なにか用ですか?」
「ん…?お前さんは?」
「ココに住んでる者です。ウォルトといいます」
「そうかい。俺はゲンゾウだ。久しぶりに家の様子を見に来たモンだ」
家の様子を…?
「もしかして…この家を建てた大工さんですか?」
「おうよ!変な奴が住んでたろ?アイツはどこだ?」
師匠のことだな。ちらっと聞いたことがある。「この家はクソ頑固なウザい大工が建てた」と。ゲンゾウさんはその大工さんか。
「今はいないんです。もう4年くらいになります」
「そうか。その内戻ってくるだろ。ところで、家が全然痛んでねぇみてぇだがなにか知ってるか?アイツの魔法か?」
師匠の魔法を知ってるのなら言ってもいいかな。
「劣化しないように魔法をかけてます」
「やっぱりそうか。約束は守ってんだな」
「約束?」
「建てたとき「大事に使えよ!」って釘刺しといたんだよ。今日見て悪いとこがあれば手を入れてやろうと思ったが、余計なお世話だったか」
いい機会かもしれない。
「玄関のドアが何度か壊れてて、見てもらえませんか?」
「おっ!見てみるぜぃ!」
カリーやテラさんに突き破られて、玄関のドアは幾何学模様になってしまっている。
「なんじゃこりゃ?!どうやったらこんな板ができんだ?」
「魔法でいろんな木を混ぜて作ってもらったんですけど…」
ボクがやったとは言い辛い。
「ほぉ~。魔法でそんなこともできるんかい!立派なもんじゃねぇか!柄はさておき丈夫だ!だっはっはっ!」
ゲンゾウさんは、ドアの感触を確かめるように触る。
「よかったです。家の中も確認しますか?」
「いいのか?邪魔するぜい!」
住み家の中に案内すると、「お前さんは、獣人なのに薬師かい?」とか「実は機織り職人か?」と驚いて忙しい。家の中も、とりあえず気になるところはなかったみたいだ。
「綺麗に使ってくれてるな。感心だ」
「ありがとうございます」
とりあえずお茶を出そう。どこから来てくれたのか知らないけど、きっと遠いところ来てもらってる師匠の客人。
「こりゃうめぇ!」
「ありがとうございます。ゲンゾウさんに訊いてもいいですか?」
「なんでぇ?」
「この住み家の持ち主とは、どういう知り合いなんですか?」
師匠に知り合いがいることを初めて知った。自分のことを一切話さない人だったし、下手するとボクしか知り合いがいないかも…と思ってた。さすがに、親兄弟や魔法の師匠はいると思うけど。
「アイツが街で木材探してる時に対応したのが始まりでな。「なんか挙動不審な奴がいる」って見に行ったらアイツがいた。まるっきり不審者みてぇな奴が」
姿が目に浮かぶ。
「目が泳いでたんじゃないですか?」
「目は見てねぇ。話しかけても目も合わせねぇ変な奴だと思ったモンよ」
「そんな怪しい人の家をなぜ建てることになったんですか?」
「アイツが来たとき、たまたまでっけぇ木材が崩れて下敷きになった奴が何人かいてな。ソイツらを助けてくれたんだ」
「魔法でですか?」
「そうだ。乗っかってる木材を風で吹き飛ばして『治癒』まで使ってくれてな。全員ひでぇ怪我だったのに一瞬で治療した。その中に俺の息子もいたんだよ」
師匠なら簡単にできる。人助けをしたのはおそらく気まぐれだと思うけど。
「あの人は、家を作る木材を買いに来て事故に遭遇したんですね」
「そう言ったな。こっちが「礼をしたい」っつったら「大袈裟だバカが」とかワケわかんねぇこと言いやがった!「ふざけんな。意味がわかんねぇ。だったらテメェの家を俺が建ててやるよ!」ってなワケだ!」
話をかなり端折ってるっぽい。お礼を受け取らなかったから押し売りしたってことかな?師匠なら言いそうだけど、ゲンゾウさんも押しが強い。普通なら意地でも断る人を納得させたということが凄い。
「こんな所まで木材を運ぶのも大変だったんじゃないですか?」
「結局運んじゃいねぇんだよ。アイツはこの場所を魔法で切り拓いた。あん時はたまげたぜ」
「木を伐採してですか?」
「そうだ。木を切り倒すのから乾かして運ぶのまで全部な。ご丁寧にちゃんと新しい木まで生やして。こっちが手伝わせたことは魔法でやりやがった」
手伝いはボクでもできると思うけど、もしかして…。
「ひょっとして…この家はゲンゾウさんが1人で建てたんですか?」
「おう!アイツが「時間はかかっていいからお前が1人で建てろ」って偉そうにぬかしやがってな!いくら恩人でも、むちゃくちゃ言いやがってと思ったもんよ。けど、こっちも意地になって「やってやるよ!」ってな具合だ!」
大勢の人に会ったり話したくなかったんだな。あと、勘違いしていたかもしれない。師匠は街に木材を買いに行ったんじゃなくて職人を探しに行ったんだ。そして、理由は不明だけど気に入ったゲンゾウさんに頼んだ。
「大変でしたね」
「そうでもねぇよ。アイツは魔法しか能がねぇだろ?けど魔法がぶっ飛んでやがる。おかげでそんなに苦労しねぇで済んだ」
だっはっは!と愉快そうに笑う。
「ウォルト。お前さんはアイツのなんなんだ?」
「自称なんですけど、弟子です」
魔法の弟子とは言い辛い。まず信じてもらえないだろうし、そもそも認めてもらってない。
「そうか。魔法を使う獣人ってのは珍しいな」
「えっ!?」
「ん?魔法の弟子だろ?違うんかい?」
さも当然かのような顔。
「そうなんですけど…よくわかりましたね」
「獣人は魔法を使えねぇって云われてるな。けど、よぉ~く考えてみろ。アイツが魔法以外になにか教えられるか?俺は無理だと思うぜ。なんせ釘の1本もまともに打てねぇ奴だ!だっはっは!」
ゲンゾウさんの言う通りだ。師匠は身体を使うことは致命的にできない。不器用とかいう次元じゃない。
料理は『煮る』若しくは『生』の2択。そして、味付けは毎回同じという信じられないことを当然のようにこなしていた。
綺麗好きのくせに掃除させても全く綺麗にならず、むしろ汚くなるという奇跡も見せてくれた。一緒に住んでたとき家事をやらせたことはない。二度手間になるから。
釘なんか打たせようものなら、自分の手を叩いて理不尽に逆ギレする未来しか見えない。「クソ釘がっ…!いい加減にしろ!」って釘か金槌に怒るだろう。
「ボクの話を信じてくれるんですね」
「お前さんが魔法を使えるかは知らねぇけど、アイツを知ってりゃ獣人に魔法を教えて使えるようになってもおかしくねぇと思うさ」
「確かに」
「アイツの頭は、俺みたいな凡人からすると5~6本ネジが飛んでる。俺はアイツよりすげぇ魔法使いを知らねぇ。下手すっとこの世にゃいねぇんじゃねぇか?」
「ボクもそう思います」
スケさん達以外で師匠のことを知ってる人と話すのは初めてだけど、凄く楽しいな。ゲンゾウさんは師匠のことを理解してくれてる。
「名前も知らねぇのに絶対忘れられっこねぇ。あのヤローはいくら訊いても最後まで教えなかったな。ウォルトは知ってんだろ?」
「はい。教えたら呪うらしいです」
「だっはっは!聞かねぇでおこう!けど、家を魔法で保護するたぁ案外律儀だな。直すのが面倒くさかったんだろうが」
「違います。面倒くさかったからじゃなくて、気に入ってたからです」
「そうか!」
師匠が家に付与した魔法は、家を建ててくれたゲンゾウさんへの感謝の証だ。本人は絶対認めないだろう。でも間違いない。だからこそ劣化しないように、そして壊されないように防御魔法を付与してるんだ。
「ココでの仕事は楽しかったんだぜ。息子の命を救ってもらった恩返しで仕事するつもりだったのに、一銭も金にならねぇ楽しい仕事なんて初めてだった。今思うと、ただアイツのすげぇ魔法を見たかったのかもな」
「やっぱり魔法は凄かったですか?」
「何遍も度肝抜かれた。肝がなくなるかと思ったぜ。「絶対人に言うなよ!」っつうから黙ってるけど結構拷問だぞ!かっかっ!」
「そうですよね」
ボクがゲンゾウさんだったら、他人に言いたくて仕方ないと思う。
「魔法で釘打ったり、材料切り出したり、接着したりなんでもありだ。見えねぇ足場も組むし、木を軽々浮かせたり現場が濡れねぇように雨も防いだ。数え上げりゃきりがねぇ。とにかくシビれたな」
「ですよね」
「ただ…アイツのことを他人に教えたら、本気でもう会えねぇ気がすんだよ」
勘が鋭い人だ。その通りだと思う。
「可能性は高いと思います。とにかく他人と関わりたくない人なので」
「だよな。息子を助けたときも、見た奴全員の記憶を曖昧にする魔法をかけたんだってよ。だから俺しか覚えてねぇ。皆、自分が助けられたことすら覚えてねぇんだ。俺に効いてないことにビックリしてよ、あの顔だけは愉快だった!」
「それは……本当に凄いです」
師匠の魔法が効かない人が存在するなんて…。魔法に関しては自信家だから相当驚いたはず。それが切っ掛けでゲンゾウさんに興味を持った可能性もあるな。
ゲンゾウさんは少し遠い目をする。懐かしんで、なにかを思い出すように。
「思い返してみると…………アイツはいろいろと人を舐めてたな…。思い出して段々腹立ってきた!今度会ったら説教してやらぁ!」
「よろしくお願いします」
つい師匠の言動を思い出して『思い出し怒り』が出たんだ。気持ちがわかり過ぎる。
「なんつうか…今日お前さんに会えてよかったぜい」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ボクの台詞だ。ゲンゾウさんと話せて本当に嬉しいし、会えてよかった。
「初めてアイツのことを気兼ねなく人と話せた。気持ちいいモンだな!」
「ボクも師匠を知ってる人に初めて会いました」
スケさん達以外で、だけど。
「人嫌い過ぎるのも困ったもんだ。けどよ、俺は嬉しいぜ」
「なにがですか?」
「アイツに弟子がいたってことが。なんであんな捻くれた性格なのか知らねぇが、孤独じゃなかったんだな。半分は…もう誰も住んでねぇだろうと思いながら来た」
ボクは、苦笑するゲンゾウさんと同じ気持ちを抱いてる。人のことは言えないけど、『他人と関われるじゃないか』『やればできるんだな』と師匠を少し見直した。「お前が言うな、バカ猫!」って憤慨する姿が目に浮かぶ。
「できればまた家を見に来て下さい。いつでも歓迎します。よければボクが迎えに行きます。それまでに戻ってきたら無理やり捕まえておくので」
「だっはっは!そうさせてもらう。ところで、この家の家具は手作りか?」
「ほとんどボクが作りました。素人仕事で恥ずかしいんですが」
「いや、大したもんだ。けど、もっといい作り方があるぞ」
「教えてもらってもいいですか?」
「任せろい!」
ゲンゾウさんは、大工だけあって木工のプロだ。役立つ技術を解説してくれた。質問にも丁寧に答えてくれる。
「タメになります」
「お前さんはアイツの魔法の弟子だろ?」
「はい」
「じゃ、俺が木工を教えてやろう!」
「いいんですか?凄く嬉しいですけど、大変じゃ?」
突然どうしたんだろう?
「そうすりゃ、アイツとは師匠仲間っつう縁ができる。それに、器用で教え甲斐がありそうだ。いつもってワケにゃいかねぇけど」
「たまにでも助かります。訊きたいことがあればボクが伺います」
「俺はフクーベのカエデ材木って店にいる。いつでも来てくれ。あと、お前さんのことも誰にも言わねぇほうがよさそうだな」
「なぜですか?」
そうしてもらえると有り難いけど、まだお願いしてないのに。
「人付き合いが苦手なんじゃねぇのか?アイツと同じ匂いがする。師弟ってのは似てるな」
「実はそうなんです。内緒にしてもらえると助かります」
本当に勘が鋭いなぁ。だから口の悪い師匠と付き合えるのかもしれない。
「お前さんもいなくなっちまうと家が悪くなっちまうし、アイツにも金輪際会えねぇだろう。…そうだ!ちょっと訊きてぇんだけどよ、コレがなにか知ってるか?」
ゲンゾウさんの掌には小さな宝石。
「コレは…どうやって手に入れたんですか…?」
初めて見るけど…多分間違いない。
「家を建てたあと、説明もなしに「好きに使え!クソ大工が!」っつって押し付けるように渡されてな。なんなのか知らねぇからずっと家に置いてんだよ。会ったら訊こうと思ったけどいやしねぇし」
コレは…凄いモノだ。
「断言できないんですけど、おそらく『賢者の石』じゃないかと」
「なんだそりゃ?」
「万能な回復ができたり、使い方によってはどんな金属でも金に変化させると云われています。錬金の最終目標と呼ばれるモノです」
人工物の中でも最上級に製作が困難なアーティファクトと呼ばれるモノの1つ。世界にも現存する数は多くないはず。
「はぁ!?アイツはそんな大それたもんをくれたんかい!」
「身に着けておくだけで、怪我や体力を回復してくれます。病にもかかりにくくなるはずです」
「それでか。たまに調子悪いとき、コレに触ると大抵よくなるんだよ。今日もココに来るまで疲れ知らずの絶好調だった」
「家を建ててくれたゲンゾウさんへの報酬のつもりだと思います。かなり高価なので」
売れば余裕で家が何軒も建つ金額になるだろう。それに、手放さないのならゲンゾウさんの身を守ってくれる。どちらにしても立派すぎる報酬。
「だっはっは!素直じゃねぇ野郎だぜ…。会ったら即行返してやるからなバカ魔法使いがっ!高価なモンを渡して後腐れなく縁を切ろうって魂胆だろうが、そうはさせねぇ!」
「ゲンゾウさんを甘く見てます。一泡吹かせてやりましょう」
「弟子もそう思うか!愉快だぜ!だっはっは!」
ゲンゾウさんは師匠のことを友人だと思ってる。そして、認めないだろうけど師匠も同じだ。家を建てるのに時間はいくらかかってもいいと言ったり、嫌々でも作業を手伝ったりしない。興味がない者は寄せ付けない。
内心は友人だと思って対等に話していたはず。ボクは2人の掛け合いが見てみたい。だから再会させたい。
「まぁ、気持ちはありがてぇから有り難く使わせてもらう。ココに来るときも怪我しても安心できるしな!」
「回復が間に合わないような大きな怪我には気をつけて下さい」
「おぅよ!」
どんな大怪我でも一瞬で完治するなんてことはない…と思う。師匠の所有物だからあり得るけど。
「話は変わりますが、せっかく来てもらったので食事していかれませんか?」
「ありがてぇけど、ウォルトは飯も作れるのか?いや……アイツと暮らしてたんなら作れるようになるしかねぇか」
さすが話が早い。
「師匠よりは美味しい自信があります」
「アイツの作った飯は、獣も食わねぇようなまっじぃ飯だったな!醤に醤を合わせるだけみてぇな芸のねぇ料理でよ!」
「ボクはアレを料理だとは認めません」
「だっはっは!違いねぇ!」
ボクが作った料理は「こりゃあ美味すぎる!」と目を丸くして食べてもらえた。わざわざ訪ねてくれた師匠の友人をもてなせて良かった。
食後に「ところで、魔法で家の保護するってのはどんな感じなんだ?」と訊かれた。実際に見てもらおうと外に出て、『反射』対策で『魔法障壁』を身に纏う。
「危ないので離れて見てて下さい」
「おうよ」
全力の『火焔』を住み家に向かって放つと、ゲンゾウさんは顎が外れそうなほど驚いていた。
無傷の家を見て、改めて師匠の魔法の凄さを実感したはず。コレが師匠の…常識外れの魔法使いの操る魔法なんだ。