370 愚弟は思う
あけましておめでとうございます。
今年も暇なときに読んで頂けると幸いです。
( ^-^)_旦~
オーレンとウイカ、アニカの姉妹はウォルトの住み家に修練に来ている。
いつものごとく密度の濃い修練をこなして、休憩中にアニカが訊いた。
「私の誕生日に貰ったブローチについて、教えてもらいたいんですけど」
オーレンを含めて、3人はそれぞれ誕生日プレゼントのお返しを貰っている。累加のブローチはウォルトさんが製作した魔道具で、魔法の効果を上昇させる優れモノらしい。
「どうしたの?」
「使い方が正しいか判断してもらいたいんです。見てもらっていいですか?」
「もちろん」
アニカはブローチを装備して『火炎』を詠唱する。かなりの威力だ。離れて見ていた俺とウイカには充分凄く感じられた。
「どうでしょう?違うような気がするんですけど」
「ボクがちゃんと説明しなかったせいだ。ゴメンね」
「いえ!ホッとしました!」
俺にはそう見えなかった。なにが問題なんだ?
「俺には、いつもの2~3割くらい威力が増してるように見えますよ?」
「私もです。アニカが「多分違う」と言ってましたけど、どこが問題なのかピンとこなくて」
ウイカも同意見みたいだ。
「説明する前に、以前『魔力増幅の腕輪』を作ったんだけど、アニカとウイカは知ってるかな?サマラが持ってるんだけど」
「「知ってます」」
「あの腕輪は、接触した魔力を自動的に感知して増幅する仕組みなんだ。どんな形にでも加工できるけど、腕輪にするのが効果的な理由は魔法は掌から発動するから」
「確かに」
「魔力は必ず手首を通りますね!」
「だから接触させる手間が省ける。慈愛のローブも同じような仕組み。でも、累加のブローチは違う」
「というと?」
「その名の通り魔力を『増幅』じゃなくて『累加』できる。やってみせようか」
ウォルトさんは、ブローチをアニカの掌に載せて指先で何度か触れてる。なにをしてるんだ?
「えっ!?」
「コレだけでわかる?」
「はい!凄いです!お姉ちゃんもやってみて!」
「うん」
ウイカの掌にも載せて同様に指で触る。
「凄いです!なるほど!」
「気になる!俺もやらせてもらっていいか?」
「オーレンはダメだよ!私のブローチだ!」
「なんでだよ!いいだろ!」
不満そうなアニカを無視して、ウォルトさんに触れてもらう。
………。
「全然わからないです…」
アニカとウイカに、ポンと後ろから両肩を叩かれる。
「オーレン…。いつも思うけど…魔法を舐めるな!真面目にやれ!」
「好奇心だけで生きてるの?」
「舐めてねぇよ!マジでわからないんだよ!」
姉妹は同時に溜息を吐いた。コイツらは魔法に厳しい…。いつも暇を見て修練に励んでるし確かに凄いけども。
「ミーリャが」
「可哀想だね!」
「ミーリャは関係ないだろ!お前らそればっかりだな!」
コイツらは、しょっちゅう「ミーリャが」とか「残念男すぎる!」とか、おかしなことを言う。ミーリャは可愛い後輩だけど、俺の魔法が残念なこととは関係ない。
「オーレンが感じるには、少し魔力が足りなかったかもしれない。このブローチは、魔力を重ねることで増幅できる魔道具なんだ」
「魔力を重ねる…ですか?」
いまいちピンとこない。
「さっきのアニカは、一旦ブローチに魔力を込めて放つとき同時に放出してた」
「そうです!」
「でも、それだけなら普通の魔石でもできますよね?俺でもそれくらいは知ってます」
「そうだね。だから、アニカは使い方に違和感があったはず。このブローチが普通の魔石と違うところは累積できるっていうところなんだ」
俺は首を傾げる。言ってる意味がわからない。
「蓄積するだけならやっぱり魔石でもできるような…」
「特徴としては、違う魔力もまとめて累積できるんだ」
「炎の魔力と氷の魔力なんかの、違う魔力を一緒に…ってことですか?」
「その通り。そして、同時に放つことができる。簡単に多重発動や魔法の複合ができるようになるんだ」
「多重発動が…」
それは確かに凄い。通常、魔石に2つ以上の魔力は付与できない。技術的な問題じゃなく魔石とはそういう性質らしい。
ウォルトさんは、普通のやり方じゃない方法で付与できるらしいけど、この人はそもそも普通じゃない。
多重発動は魔法界では非常識だと聞いてる。操れる魔法使いをウォルトさんしか知らない。冒険者仲間のいろんな魔導師から聞く限りだと、遙か昔から研究や議論されていて、魔導師なら喉から手が出るほど身に着けたい技術だけど、操れた者は存在しないと言ってた。
未だ研究は続けられているものの、結論「現状ではほぼ不可能」というのが魔導師の常識らしい。ただし「理論上はできるはず。でもできない」というのが魔導師の共通認識。簡単な問いに思えるのに超難問で、解けそうで全く解けない困った問題らしい。考えすぎるとめちゃくちゃイライラするみたいだ。
アニカとウイカも、ウォルトさんに教わらずに色々試してみたらしいけど「全く思いつかない。普通の修練では身に付かないと思う」って言ってた。コイツらの魔法のセンスは半端じゃないけど、それでも気付かない方法なんだろう。
「凄い魔道具ですね」
「多重発動は難しくて全くできそうにないので!」
「皆には教えたいけど、ボクが教えるのはどうかなぁ…」
ウォルトさんはちょっと申し訳なさげ。
「なんでですか?」
「ボクの知ってる修練法はおススメできないんだ。多重発動については他の魔導師に教わった方がいいと思う」
存在しないんですけどね…とは言えない。他の魔導師は相当凄いと勘違いしてるからなぁ。
いい加減、ちょっとは気付いてもよさそうだけど、お師匠さんから受けた洗脳に近い助言が阻んでる。きっと、いつまでも驕らず修練しろってことなんだろうけど。
「厳しい修練なんですか?」
「ボクの場合、自分がどうなってもいいと思ってたから耐えられたけど、師匠の考案したやり方しか知らない。今のところ他の習得法が思いつかないから、いい方法が閃いたら教えるけど」
多分、俺達では耐えられないような修練だ。やっぱりウォルトさんは優しい。そして、そんな修練をこなしてきたからこそ、この年齢でとんでもない魔導師なんだ。
「あと、アニカとウイカは気づいたかもしれないけど、魔力の累積には効果的なやり方がある」
「そうなんですか?」
「気付かなかったです!」
「常に同じ分量の魔力を付与できれば、足し算ではなくて掛け算で増幅できる。限界はあるけど」
「「ホントですか?!」」
「やってみせようか」
ウォルトさんは、ブローチをトントントンと指先で叩く。今なら魔力を付与してるんだとわかる。
「このくらいにしておこうかな。小分けにしてブローチに込めた魔力は全部でこの量だよ」
指先に『炎』を灯して見せる。俺が詠唱できる『炎』と同程度の大きさ。
「じゃあ、魔道具で増幅した魔力を放ってみようか。オーレンがブローチを身に着けて『炎』を放ってくれるかい?」
「わかりました。むぅ……『炎』」
俺の掌からとんでもない大きさの炎が発現する。まるで『火焔』だ。俺達はビックリして仰け反る。
「こんな感じに倍倍で増幅できる。異なる魔力でも可能だけど、寸分違わず同量の付与でないとダメだから、慣れるまでは難しいかもしれない。でもアニカならできる」
「はい!やりますよ~!」
魔力制御の修練になる。アニカもやる気しかないだろう。
「同量の付与に失敗しても、累積はされるから無駄にはならない。基本的なことはこのくらいだけど、他にはこんな使い方もあるよ」
ウォルトさんはブローチを使って魔力の配合を変えた多重発動や、応用魔法を見せてくれる。簡単にこなしてるけど、いつ見ても凄いの一言。
「前にも言ったけど、魔道具は使い手次第だよ。正解はないからアニカの思うように使ってほしい」
「はい!」
アニカなら使いこなすことを信じて作ってくれたんだろうな。本当に俺達を導いてくれる尊敬すべき師匠。
「ウイカにあげた慈愛のローブも少し応用できるよ」
「教えてもらいたいです!」
「まだ先になると思うけど、こうやって…」
ウォルトさんはウイカのローブに軽く触れる。
「予め練ったエルフの『精霊の慈悲』の魔力を付与しておく。その後に『治癒』を詠唱すると、混合されて治癒魔法の効果が高まる。多重発動ができなくても複合魔法を操れるんだ」
ウォルトさんが涼しい顔で自分の腕を傷付けると、ウイカはすかさず『治癒』を詠唱して傷は回復する。
「凄い回復力です…。肩から掌に魔力が流れるときに混合するんですね」
「ローブは胸までカバーできる長さだから、流れ出して直ぐに混合できる。自分の『治癒』魔力を付与しておくのも効果的だね。自然に魔力量を増加できる」
「確かに!ありがとうございます!」
「もちろん戦闘魔法にも応用できるよ。ブローチほどの許容量と累積の特性はないけど」
「なるほど!」
俺達が教えてもらったのは、「人体の魔力源は、心臓に近い箇所にあることがほとんど」ということ。ウォルトさんには凄い魔導師ほど魔力源がハッキリ視認できるらしい。
「あと、オーレンにも1つ魔法を教えたいんだ。もしかしたら、もう使えるかもしれないけど」
「もちろん使えないです。アニカ達じゃなくて俺にですか?」
嬉しいけど意外だ。
「えぇ~!?」
「私達はダメなんですか?!」
「ダメじゃないよ。ただ、剣を使って放つ魔法なんだ。だから2人には向いてないと思って」
「「いえ!やります!」」
魔法に関しては見境なく張り合ってくる。俺より上手くなろうとしているに違いない。とりあえずほっとこう。「剣を貸してほしい」と言われたので、ウォルトさんに手渡す。
「教えると言っても、簡単な応用なんだけど」
踏み込んで袈裟斬りを放った。
『炎戟』
魔力を纏った刀身から炎の刃が放たれる。めちゃくちゃカッコいい!
「こんな感じなんだけど」
「カッコいいです!」
「私達も覚えます!教えて下さい!」
「アニカとウイカは、教えなくても似たようなことができるよね?ボクの勘違いかな?」
ウォルトさんは首を傾げる。
「うっ…!」
「それは…!」
…できるのかよ。コイツら……俺の邪魔をするタメに言ってるんじゃないか?腹立つな。とりあえず無視だ!無視!
ウォルトさんは俺の身体を通して魔法を操ってくれる。もの凄く感覚が掴みやすい。
「付与魔法に慣れてるし、『炎』も詠唱できるから2つを組み合わせる感覚だね。あとは自然にできるようコツを掴んで磨くだけだよ」
「はい!」
しばらく繰り返してどうにか感覚は掴めた。あとは、ひたすら繰り返して身につけるだけだ。
「あとは1人でもやれます!ありがとうございました!」
「そうだね。もう大丈夫だ」
俺が教わってる間、ウイカと修練していたアニカが神妙な顔。
「ウォルトさんらしからぬミスですね…」
「えっ?なにかやらかしたかな…?」
なにを言い出すんだコイツは。ウォルトさんは間違ったことはしてない。「ニャにが?」とか言いそうな顔してる。
「オーレンは……格好つけ男なんです。つまり…」
「つまり…?」
「フクーベで…女の子を相手にこの魔法を見せて大火災を起こします!」
「えぇっ!?」
『ニャ、ニャんだって?!』って顔に書いてるけど、そんなことしませんよ!
「いい加減にしろよ!人を放火魔扱いすんな!」
「それどころか…ところ構わずこの魔法を放って、動物の森も燃やしちゃいます!」
「えぇっ!?」
『そんニャことしニャいよね…?』って言いたそうですけど、しません!適当なことばかり言いやがって…。このバカ妹分は…もう許さん!
「ふざけんなっ!コイツらを信用しちゃダメです!コイツらは、いっ……つもウォルトさんを騙してるんですよっ!」
「えっ!?どういうこと?」
「オーレン!とんでもない噓つくなっ!」
「そうだよ!」
いい機会だから伝えておこう。ウォルトさんと2人きりの時がよかったけどな。
「コイツらは、ウォルトさんが優しいのをいいことに、嘘泣きしたり巧みに嘘を吐いて、自分達の都合のいいように…」
「黙れっ!この変態ドブ足グール!」
「それ以上言うと怒るよっ!」
コイツらの言動は予想通りだ。誰が動く死体だ。失礼極まりない。
「こういうことです。自分の都合が悪くなると、直ぐ大きな声や暴力を使って俺を黙らせようとしてきます。疑わしいと思いませんか?俺が嘘を吐いてるなら堂々として鼻で笑っていればいいんです」
「言われてみれば…確かにそうだね…」
俺の言葉にウォルトさんは目を細めた。
「騙されちゃダメです!私とアニカは噓なんかついてません!」
「オーレンが噓ついてます!破門にしたほうがいいです!」
「はっ。それはどうかな?ウォルトさんは、お前らのことを注意深く見てくれてる。思い返してみてください。幾つも思い当たる節はあるはずです」
「う、う~ん…。そう言われてみると…」
ウォルトさんは記憶力が抜群だから直ぐにピンとくるはず。今日を機にアホ姉妹の腹黒さを知ってもらいたい。
お人好しじゃないはずなのにウォルトさんは直ぐ騙される。一生付き合っていくつもりだから、ずっと騙され続けるのかと思うと友人として不憫でならない。
人の感情に疎いらしいけど、親しい者は噓を匂いで判別できる。でも、それ以上に俺も含めてコイツらを信用してるから噓の匂いに気付いてない。せっかくの防御機能が発動しない。コイツらは気付いててウォルトさんを騙してる不届き者。ここらで成敗が必要だ。
あとは、ウォルトさんが気付くのを待ってトドメを刺してやる!と思っていた…のに。
「ぶへぇぁあっ!」
一気に間合いを詰めたアニカとウイカの突きと蹴りが、俺の顔と腹に突き刺さる。
俺の意識は途絶えた。
目を覚ますとベッドの上だった。料理を作っているのか、台所から微かに話し声が聞こえてくる。
「納得してもらえましたか?」
「おかしなことを口走ったのは、実はそういうことなんです!」
「オーレンがギャンブルで負けすぎて、精神不安定になってたなんて知らなかったよ」
アイツら…。またとんでもない噓を重ねてやがる…。
「私達からお金を借りたことを気に病んだみたいです。気にしなくていいのに」
「ほどほどにしろ!って、いつも言ってるんですけどね!」
「ボクもギャンブルが好きだから、オーレンの気持ちはわかる。でも、お金を借りてまでやるのはよくないね」
それは…ごもっともです。噓吐いてるくせに微妙に真実を混ぜてるのが腹立つ…!
「私達はパーティーなので、これからも上手くやっていきます」
「手がかかる愚弟でも面倒見ていくので、見守っててくださいね!」
「お願いするよ」
「「デヘヘ……」」
頭でも撫でられてるのか。困った奴らだ。でも、俺も諦めない!少しずつでもアイツらの裏の顔を伝えていく!
他でもないウォルトさんのタメに!コレは俺の使命だ!
皆で料理を食べたあと、ウォルトさんは俺に『剛柔の小手』という魔装備を手渡してくれた。
魔力を付与するだけで、硬さを数段増して魔物の噛みつきを防いだり、逆に柔らかくして手首の動きを阻害しないようにできる万能な小手。
「オーレンの愛剣を鋼に戻して加工した装備だよ。使ってくれると嬉しい」
「ありがとうございます!大事に使います!」
じんわり胸が温かくなる。形は変わってしまったけど、愛剣と一緒にまた冒険できる。本当に嬉しくて感謝しかない。
俺はウォルトさんのことを心から尊敬してる。だから幸せになってほしい。
だから…アホ姉妹よりウォルトさんに相応しい女性がいるのなら、迷わずそっちを推す!
推しまくってやる!
そう心に決めた。