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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
368/706

368 守り人

 本日、森の住み家をメリルさんが訪ねてきた。


 メリルさんは骨の友人であるスケ美さんの双子の妹。会うのはボリスさんも含めてスケ美さんに会いにいったとき以来。


「いきなり会いに来てしまったけど、よかっただろうか?」

「もちろんです」


 まずはカフィでもてなす。聞いたところ、メリルさんは花茶があまり好きではないらしい。


「このカフィは抜群だ。初めて飲むよ」

「ありがとうございます」

「今日はウォルトについて訊きにきたんだ」


 スケ美さんは女性的な話し方をするけど、メリルさんは男性っぽい。出会ったときに比べて柔らかくなってるけど双子でも似ないんだな。


「ボクについて…ですか?」

「魔道具に精通しているのが気になった。職人なのか?」

「いえ。趣味です。まだ片手で数えきれるくらいしか作ったことはないんですが」

「そうか。充分凄いと思う。私の変装魔道具を見破ったから職人だと思った」

「職人なんて恐れ多いです。ボクの予想は当たっていましたか?」


 メリルさんは首肯する。


「他にも変装できる魔道具の組み合わせはある。でも、君はズバリ言い当てた。正直驚いたよ」

「ボクの知識では、その組み合わせしか自分で作れそうになかったからで深い意味はないです」


 実際に作ったメリルさんは凄いと思う。どちらも簡単に作れる魔道具じゃない。

 

「色々な魔道具を作って、組み合わせてやっとできた物だ。想像だけで効果を予測できたことに驚きしかない」

「たまたまです。ただ、どうやって姿を投影したのかが謎です。『念写』か『幻視』の魔力を付与するしかないと思うんですが」


 メリルさんは驚いたような顔をする。


「確かにその通りだが…獣人なのに魔法にも詳しいのか…。驚かされる」

「ただの予想です」

「実際はそんなに難しいことじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「私の魔道具を使って捕まった男に、そんな高度な魔法は使えないさ。私も当然使えない」


 それは確かに。メリルさんからは魔力を微かにしか感じない。辛うじて保有している…くらいの魔力量だ。


「ウォルトは『模倣(ミミック)』という魔法を知ってるか?」

「いえ。初めて聞きました」


 どんな魔法だろう?


「『模倣』は戦闘魔法で、魔物や相手の能力を一定時間模倣できる。それを私が作った『幻鏡』に反映させると姿だけを映し出すことができる」

「ということは、魔石か魔道具そのものを相手に触れさせて姿を写し取る…ということですか?」

「その通り。やはり君は賢いな。失礼な言い方になるけど本当に獣人か?」

「こんな猫のような容姿の人間はいないと思いますよ」


 よく言われるけど、自分が賢いと思ったことはない。ボクが思うに、多種族からの獣人に対する評価が肉体派一辺倒過ぎるのが原因。

 獣人は直情型かつとんでもなく面倒臭がりなだけで、決して頭脳が多種族に劣るとは思わない。記憶力もいい。とにかく深く考えず、直ぐになんでも面倒臭がる性格なだけ。それが最大の問題なんだけど。


「私の場合、魔道具を製作する段階で魔導師に『模倣』の魔力を付与してもらった。触れさせるだけで姿を写し取れるよう改良したんだ。ボリスに変装したまま近付いて魔道具を拾わせた。アイツは衛兵だから容易い」

「いい案だと思います。声も姿と同様に『模倣』した魔道具を使って、ボリスさんの声を拾ったんですね」

「ふふっ。その通りだ。私は君を陥れようとしたのに冷静に考えるなぁ」

「騙されてませんし、純粋にメリルさんの魔道具職人としての技術に憧れます。どうやってその技術を身に着けたんですか?」


 メリルさんは腕を組んで、少し悩む仕草を見せる。


「まぁ、ボリスを許さんという執念だ。アイツに一泡吹かせて、最終的に懺悔させてやるという執念だけで腕を上げたと言っても過言じゃない」

「凄いですね」

「君も魔道具を作るならわかるだろう。目的があるとよりよい物を作れる」

「それは理解できます」

「逆恨みだったけれど、ボリスをぶっ殺す!という強い気持ちで技量が向上した」


 とにかくボリスさんを目の敵にしてたんだな。スケ美さんに会えなかったら、いずれ双方、若しくはどちらかが悲しい結末を迎えていたんじゃないかと思えてならない。


「師匠がいたりするんですか?」

「基本を教えてくれた師匠はいた。今はいないが」

「もしかして亡くなられた…とか?」

「いや。師匠のくせに急に弟子の私に惚れたとか言い出したんだ。しばらく無視したが『儂の女にならないなら教えない』なんて勝手なことをほざいたから、見限って縁を切った」

「そうでしたか」


「師匠のくせに」はおかしいけど、確かに理不尽だ。師弟関係と男女の仲は関係ない。一緒に過ごす内に親しくなって交際に発展することはあると思うけど、強制するなんて論外。


「優秀な魔道具職人だったが、それを盾に交際を迫るなんてあり得ん。製作を教えてくれたことは感謝してる。ただ、人としては尊敬できなかった。アイツの弟子にはなるな!と声を大にして言いたい」


 ハッキリ言うなぁ。長い時間を共に過ごすと、弟子に好かれていると勘違いしてしまうんだろうか?単純に好意を持ってしまったのかもしれないけど。ボクもアニカやウイカに対して勘違いしないよう気をつけよう。


「独学でもなんとかなるもので、腕を磨くのはそこからが本番だ。習ってばかりじゃ上達しない。今となってはあの時離れて正解だった」

「ボクもそう思います」

「ウォルトの師匠は?」

「いません。本に記載されてる通り作ってます。強いて言えば本の著者が師匠ですね」

「それはいいな。全て自己責任だ」

「だから気楽です。細かいところは想像でカバーするしかないから想像力が高まった気がします」

「今も疑問があるならわかる範囲で教える。君にはリリムに会わせてもらった恩があるからな」

「気にしなくていいんですけど、幾つか訊いていいですか?」


 手に入れた本には細部が書かれていない。想像でなんとかしてるけど、教えてもらえるなら非常に助かる。

 了承してくれたメリルさんを、調合室の作業机に案内する。最近では織物や工作もこの部屋でやるようになった。


「ウォルト…。君は薬師だったのか…」

「違います。コレも趣味です。無資格なので自分で使う分を作ってるだけで」


 実際はほぼ使わないけど、腕が鈍るからこまめに作っている。薬を調合するのは楽しい。


「もしかして、私の顔の傷も?」

「傷薬で治療しました」


 ボクはメリルさんの顔に爪を突き立てた。実際は『治癒』で治療したけど、下手な嘘を吐かせてもらおう。


「1つ試してもいいか?」

「どうぞ」


 メリルさんは、ポケットからナイフを取り出して指先を軽く刺す。止めたかったけど間に合わなかった。慌てたボクを見てメリルさんはクスッと笑う。傷に薄く薬を塗ると綺麗に回復した。


「いい傷薬だ。納得だね。譲ってほしいくらいだよ」

「幾つか持って帰って構いません」

「いいのかい?」

「自家製なのでメリルさん自身が使ってもらえるのなら。魔道具について教えてもらうお礼に」

「そういうことなら気合を入れて教えよう」


 メリルさんに本を見せながら魔道具の製作で不明な箇所を尋ねると、懇切丁寧に教えてくれる。

 少し話しただけで魔道具に精通してることがわかる。ボクより少し年上に見えるけど、マルソーさんより魔道具製作の知識と技量は上だろう。

 今作っているのは、オーレンに渡そうと思っている『剛柔の小手』という魔装備。オーレンが大事にしていた愛剣を鋼に戻して防具として作り替えている。メリルさんのおかげで仕上げて渡せそうだ。

 

「書いていない部分は本当に予測で作っているのか…。しかも、この本は2冊とも初級の本だ。いわゆる入門編なのに、作っているのは数頁しか説明がない中級以上の魔道具とは…」

「魔道具の原理はなんとなく理解できるので、時間をかければ最低でも似た効果を持つように仕上げる自信はあるんです」

「凄いことを平気で口にする…。嘘だと思えないしやはり賢い」

「そんなことないです」

「魔力の付与に関しては、お願いできる者がいるのか?」

「魔導師の知り合いが何人かいます」


 実際は自分で付与してるけど、お願いできる知り合いはいる。こう答えておくのがいいんじゃないかな。


「魔道具にはどうしても魔力の付与が必要だから縁は大事にしたほうがいい。これからも魔道具を作るんだろう?」

「そのつもりです」


 その後も魔道具談義に花が咲いた。メリルさんは、第一印象とは打って変わって優しくて凄い魔道具職人だ。かなり頭もキレる。

 前に作った魔力インクも見てもらったけど、「よくできてる。独学で作ったとは思えない」とお墨付きをもらった。


 満足したところで、居間に戻ってカフィを淹れ直す。


「ふぅ。やっぱり美味い」

「メリルさん、食事はいかがですか?」

「ん?お腹は空いてきたけれど」

「ボクの料理でよければ、今日のお礼に食べて頂きたいんですが」

「またお礼?いいのか?君の作る料理に凄く興味はある」

「好きな料理や食べられない食材はありますか?」

「好き嫌いは特にないが、辛い料理が好きだ」

「どのくらいの辛さですか?」


 激辛料理が好きだと言うので、普段全く作らないけど料理の幅を広げるために挑戦してみよう。使う場面がなかった激辛赤唐辛子(ハバンネロ)を使った炒め物にしてみようか。

 以前、アニカがオーレンに食べさせようと冗談で買ってきたのを窘めて『保存』しておいた。1粒食べただけで跳び上がるほど辛い唐辛子。


 それをいつも食べているという分量加えて調理する。数日舌がバカになるのが容易に想像できるので、味見はできないけど匂いで味の予想はつく。30分と経たずに料理は完成した。


 実物は見たことないけど、火山から流出するという溶岩のような色をしてる…。もはや料理なんかじゃなく刺激物の塊…。食べても大丈夫かな…?


「うまいっ!めちゃくちゃ美味い!とんでもなく辛いのに、こんなにしっかり美味い料理は初めて食べた!君は凄いなぁ!」


 心配は杞憂に終わる。凄いのは、この料理を平然と食べるメリルさんだ。作ったボク自身が一番信じられない。


「口に合ってよかったです。一応お代わりもありますが…」

「頂くよ!手が止められない!」


 ボクが食べたら一瞬で赤猫になるであろう激辛料理を、額に汗をかきながらも笑みを浮かべて美味しそうに平らげていく。ボクの場合、辛い料理を食べると味を感じない。とにかく舌が痛いだけ。

 口には出せないけど、明日お尻が痛くならないのかな?普通なら灼けるように痛いと思うんだけど…。作りながら目と鼻が痛かった。『風流』で顔に湯気が当たるのを避けたくらいだ。若干手探りだったことは否めない。


「ふぅぅ~!ご馳走さま!最高だった!」

「よかったです。飲み物はいりませんか?」

「もらいたい!」


 味覚は十人十色。それにしても汗が尋常じゃない。喉を鳴らして冷えた水を一気飲みするメリルさんは、飲めば飲むほど汗が出ている気がする。


「メリルさんは、魔道具職人として生計を立ててるんですか?」

「私の仕事はランパード商会の売り子だよ。魔道具作りは、ボリスを抹殺する手段として身に着けたんだ。親が研究者だから性格が向いていたのかもな。剣の修行もしたけれど、衛兵に真っ正面から斬りかかっても生兵法ではさすがに負けてしまう」


 単純に凄いとしか言いようがない。この人が職人じゃないと言われて、信じられる人がどれだけいるか。人を憎む気持ちはもの凄い力を生む。メリルさんは復讐に己の全てを賭けていたんだ。


「ボクにナイフを刺そうとしましたけど、なぜですか?」

「君を殺すつもりはなかったけど、大人しくしてもらうよう麻痺薬を塗ったナイフを刺すつもりだった。獣人の筋肉がナイフが折れるほど硬いとは思わなかったよ」

「用意周到ですね」


 目的を達成するタメなら手段を選ばない人だと実感する。でも、あらゆる武器を使って相手を倒そうとする姿勢は見習うべき。リオンさんの言葉を思い出す。獣人と違って強くあるためではない、という違いがあるけれど。


「なぁ、ウォルト」

「なんでしょう?」

「私は君に好感を持ってる。話を聞いて引く素振りもない。自分でも過激な性格だとわかってるんだ。幼い頃からリリムにもよく言われた。君にも斬りかかろうとしたんだぞ?」


 苦笑いしてるけど、別に引くことなんかない。


「わかりやすい性格の人とは付き合いやすいです。反撃して気が済んでいるので、斬りかかられたことはもう気にしていません」

「そうか」

「リリムさんの件は誤解でも、ボリスさんを殺すという目標を達成するのに努力を惜しまなかった姿勢を尊敬します。人によってはバカな行為だと鼻で笑うかもしれませんが」

「…よければ私の友人になってくれないか?ご覧の通りの性格だから、手間をかけるかもしれないけど」


 友人になるのに断る理由なんかない。


「ボクでいいならよろしくお願いします」

「ありがとう。魔道具のことで困ったことがあればできる範囲で力になる。紙と鉛筆はないか?」


 メリルさんは住所を紙に書いてくれた。「いつでも訪ねてくれ」と言う。


「ボクはいつもココにいます。リリムさんに会いに行くときも、言ってくれたら連れて行きます」

「それは助かる。料理もまた作ってくれるかい?掛け値なしに今まで食べた激辛料理で最高だったんだ」

「いつでも。ただ、ボクは辛い料理がダメなので食材を常備してません。辛い食材だけ持参してもらえると助かります」

「わかった!次も楽しみだ!」


 こうして、友人兼魔道具の師匠ができた。



 ★



 明くる日。


 ウォルトに伝えたハバンネロの分量はいつも通りだったけれど、料理のお代わりをしすぎたことが原因でメリルはトイレの守り人になり、仕事を休んだのは余談。

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