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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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367 軽口は災いの元

 昼ご飯にしようと提案したものの、食材の備蓄がないということで、テラにお風呂に入ってもらっている間に市場に買い出しに向かうウォルト。


 さっと水を張って、魔法でお湯を沸かすと喜んでもらえた。井戸で水を汲むのも一苦労なので、魔法で水を張って沸かせるのは便利だと自分でも思う。


 30分とかからず市場に辿り着き、食材を見て回る。いつ来ても活気があるなぁ。王都の市場は見たこともない食材で溢れていて、見ているだけでウキウキしてしまう。是非、使ったことのない食材を使って調理してみたい。


「こんのぉ~!ウチの商品にケチ付けるのか!」

「てめぇこそ邪魔しやがってぇ!」

「「やめなさい!」」


 食材を物色していたところに、ケンカしている声が耳に飛び込んできた。しかも…。


「してないわ!ホントに腹立つ~!」

「してるでしょ!ムカつくぅ~!」

「「恥ずかしいからいい加減にしろ!」」


 視線を向けるとケンカしているのは中年の女性同士で、止めようとしているのはそれぞれの旦那さんっぽい。


「ホント、あぁ言えばこう言う!くらえ!」

「アンタなんぞに負けるかぁ~!」


 近距離から互いに投げつけようと振りかぶる。手に持っているのはニンジンと檸檬。まぁまぁの威力が予想できる。

 ケンカを止めようと駆け寄る。距離が近すぎて危ないし、食材がもったいないから。なんとか間に合いそうだ。すると…。


「そんなことをしちゃ危ないですよ。お嬢さん方」


 傍にいた若い人間の男性が、2人の手をそっと掴んで止めた。爽やかなイケメンだ。


「「お、お嬢さん?!」」

「こんな硬いモノが顔に当たったら、怪我して傷になってしまいます。ケンカはやめましょう」

「……はっ!おべっか使っても騙されないよ!」

「そうさ!この女は1回痛い目に遭わせないと懲りないからね!」


 イケメンは優しく微笑む。


「騙すつもりはありませんし、原因は知りませんが皆に注目されてしまっています。少し落ち着きましょう」

「「えっ?!」」


 辺りを見渡して注目されていることに気付いたみたいだ。


「こ、この位にしといてやるよっ!」

「こ、こっちの台詞だよっ!」


 恥ずかしくなったのか、そそくさと店の奥に引っ込んでしまった。とりあえずホッとする。


「兄ちゃん、ありがとな。助かったよ。直ぐ周りが見えなくなるんだ」

「昔っから、あぁやって張り合ってる。普段は仲いいのに商売になると血気盛んで困ったもんさ」

「ケンカするほど仲がいいと言いますよ」


 場を執りなしたイケメン男性はボクに話し掛けてきた。


「君も止めようとしてたんだろう?ありがとう」

「いえ。ボクはなにも…」


 ん…?


「食材探しか?」

「王都にたまたま来たので、普段見掛けない食材を買ってみたくて」

「そうか。よかったら俺が市場を案内しよう」

「いいんですか?ボクは助かりますが」

「さほど詳しくないし、お節介かもしれないが」

「いえ。助かります」


 イケメン男性は話しながら王都の市場について教えてくれる。とても爽やかな空気を纏い話し方も丁寧だ。


「住んでないだろうけど、王都はどうだ?」

「いいところです。人も優しいですし」

「そうか。ゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます」


 幾つか気になった食材を購入して市場の外に出ると、親切なお兄さんとも別れの時。


「また会えたらよろしく。王都を楽しんでくれ」


 周囲に人がいないことを確認して答える。


「はい。その時は料理をご馳走します。住み家にも遊びに来て下さい、サスケさん」


 サスケさんは少しだけ驚いて指で頬を掻いた。

 

「参ったな…。いつからバレてたんだい?」

「話し掛けてもらったときです」

「声も変えているし、顔も知らないだろうに…。もしかして、匂いかい?」

「はい。体臭でわかりました」


 違和感なく声を変えているのは凄い。微かな歪みはあるけれど、ほとんど気付く者はいないはずだ。


「君は獣人だし納得だ。今度からは香水を付けようかな」

「よほど強い香りの香水でなければ、ボクには判別できます」


 濃縮された下水のように強烈な匂いなら不可能だけど。サスケさんが笑う。本当に爽やかだなぁ。言ったら怒られるかもしれないけど、暗部っぽくない。


「バレてしまったし、少し話さないか?」

「暗部の方なので、黙っていた方がいいとは思ったんですが…」

「いや。1人芝居で恥ずかしくなるから、教えてもらってよかったよ。実は、君と少し話したくてお節介してしまったんだ」

「それならよかったです。口外はしません」

「信用してるよ。君は暗部の任務を理解してくれている」


 ゆっくり歩きながら話す。サスケさんは、たまの休暇を使って食材の買い出しに来ていたとのこと。

 どうやら秘薬の栽培も上手くいったみたいだ。お礼を言いいたくて何度かボクの住み家を訪ねようとしたらしいけど、全てシノさんに止められたらしい。なんでだろう?


 そうだ。せっかく会えたから言っておこう。


「そういえば、スイシュセンドウでクレナイさんにお会いました」

「姉さんに?!なにかされなかった?」

「手合わせして、そのあと手料理をご馳走になりました」

「そうか。鬼婆みたいじゃなかった?」

「強く優しい素敵な女性でしたが」

「…君は優しいなぁ。なんでまた姉さんと?」

「シュケルさん…旦那さんがボクの友人なんです。縁あって里帰りに同行して」

「なるほど。なにか言ってた?」

「また闘るぞと言われました」

「あはははっ!気に入られたね。しかも、その言い方だと姉さんに勝ったのか。シノさんといい君は暗部の人気者だね」

「決して勝ってはいないんですが…。クレナイさんはシノさんと同期なんですね」

「そうなんだ。でも、めちゃくちゃ仲が悪い。まぁ、姉さんが悪いんだけど…」


 サスケさんの話によると、ネネさんが暗部に在籍していた頃、一方的にシノさんを揶揄ったりバカにしていて、シノさんは言い返すこともなく辟易していたらしい。

 サスケさんはネネさんの弟だけど、シノさんは私情を全く挟まない人らしく助かっているとのこと。


「とにかく豪快な方でした」

「姉弟共々よろしく頼むよ」

「こちらこそ。シノさんはお元気ですか?」

「元気すぎる。この間の武闘会の後から、なぜか訓練が一段と激しくなってね。暗部は毎日くたくただよ」


 サスケさんは苦笑いを浮かべる。きっと、シノさんも武闘会を目にして血が滾ったはず。暗部もさらに強くなければならないと考えたに違いない。ボクも刺激を受けたから気持ちはわかるなぁ。


「じゃあ、ここで」

「はい。ありがとうございました」


 笑顔でサスケさんと別れ、テラさんの家に向かう。家に戻るとテラさんは待ちくたびれた様子。


「買い出しお疲れさまです。遅かったですね」

「すみません。市場を探検してしまいました。直ぐに作ります。その前に髪を魔法で乾かしましょうか?」

「知りたいのでお願いします!」


 椅子に掛けているテラさんの髪を、そっと手に取って魔法で乾かす。騎士になる前は肩より長かったのに、今はショートカットになっている。さほど時間はかからず、艶のある満足の仕上がりに。


「終わりました」

「すっごぉぉお!サラサラの艶々のテッカテカでプルプルです!」

「では、料理を作ってきますね」

「もう!ホントに凄いのに!」

「気のせいです」

「絶対違う!」


 テラさんといると思わず軽口を叩いてしまう。底抜けに明るいのと、ボクでも言動が予想できるというのが大きい。

 今日の料理は、昼に食べたばかりの大国料理をアレンジしてみよう。テラさんは好き嫌いがないから食材を選ぶときに苦労しない。口に合うといいけど。


 作り終えて2人で食べる。


「美味しいです!大国料理も作れるなんて凄い!」

「昼に初めて食べた料理なんですが、美味しかったので作ってみました」

「はい!非常識!」


 なにが?


 テラさんは、ダナンさんやカリーの近況も教えてくれる。


「ダナンさんは、教官以外にも騎士団運営に関わるようになって、生前の知識を活かして国王様の相談役にも任命されてます。城でも有名なデキる英霊です!」

「博識ですからね」

「かなりの甲冑頑固ジジイですけどね!」


 まぁまぁの毒舌だ。でも、家族だから言えること。ダナンさんが英霊であることは基本的には内緒にされているらしい。けれど、ずっと全身甲冑を着てる騎士なんていない。訊かれたら正直に答えるらしいけど、相手は半信半疑のようだと言っていたな。


「カリーはどうですか?」

「カリーは騎馬戦の講義で大活躍してます。あと、騎馬のリーダーとして恐れられてます!」

「誰にですか?」

「騎士団員です。騎馬を手荒く扱おうものなら、直ぐに何頭か引き連れて報復に来て、騎士を相手に大暴れです!自業自得なんですけど!」

「彼女は賢いから人と騎馬のいい関係が築けそうですね」

「そうなんです。カリーは、騎馬の方が悪いと判断したらちゃんと説教してくれてる気がします。だから騎士団としても信頼してます!」


 カリーは人に懐かないうえに、人語も解すから悪口も言えないはず。人寄りの考えの獣人もいると思うけど、ボクは完全に獣寄りだからカリーも懐いてくれたのかな?


「騎兵部門を立ち上げる計画があるくらいなので、ダナンさんとカリーの功績は大きいです」

「騎士団はより精強になりますね」


 失われた技能や知識を受け継ぐことは、歴史を語り継ぐことに等しい。意味のあることだと思う。


「うぅぅ~!もの凄く美味しかったです!ご馳走さまでした!」

「お粗末さまでした」

「ウォルトさんにお願いがあります!1つでいいので、魔法を教えて頂けませんか?」

「テラさん、今日は…」

「休みなんですが、私は宮廷魔導師を信用してないので魔法を教えてもらえる人がいません。是非ウォルトさんにお願いしたくて」


 そうだった。テラさんは宮廷魔導師に「魔法の才能はない」と言われたんだった。頼みにくいのも納得。


「わかりました。後片付けしてからにしましょう」

「手伝います!」


 後片付けしたあと、また裏庭で修練を始める。


「普通に魔法の修練をしますか?」

「ウォルトさんにお任せします!」

「そうですね…。では、槍術にも使えそうな魔法を教えたいと思います」

「はい!お願いします!」


 槍を受け取って構えると、一瞬で穂先に炎を灯す。激しく燃え盛る。


「すごっ!」

「穂先に『炎』を発現させてみました。これだけでも、炎に弱い魔物との戦闘では有効です」

「確かに!」

「まず、魔法の適性を詳しく調べたいと思います」

「はい!お願いします!」


 テラさんの適性を調べてみると、炎の魔力が最も相性がよさそうだ。最初は適性がある魔法を習得すると魔力操作のコツを掴みやすい。

 診断が済んだところで、『炎』の詠唱を手取り足取り教える。魔力操作も身体を通して感覚を覚えてもらう。闘気を操れるのでコツを掴むのは早いはず。

 修正しながら反復練習していると、『炎』を微かに操れるようになった。ボクからすれば相当凄いこと。


「できました!私が…魔法を操るときが来るなんて…」


 ボクが初めて詠唱に成功したときは、実際に跳び上がったくらい嬉しかった。たった数時間で習得できる才能は純粋に羨ましい。


「普通ならひたすら修練するんですが、今日中に魔力を槍の穂先に纏わせるところまでいきたいと思います」

「はい!」


 槍を使った魔力の伝達を可能な限り丁寧に細かく教えて、ひたすら反復して修練する。集中して少しずつ上達してる。ボクの予想より早い。ココまでくれば…。


「次はイケそうな気がします!」

「成功するイメージを膨らませましょう」

「むぅぅ…!ハァッ!」


 気合とともに、槍の穂先が微かに炎の魔力を纏う。まだ『炎』とはいえないけど、魔力は確かに発現している。


「成功してます」

「できたぁ!やりましたぁ!」


 予想はできたけど、実際に目にするとテラさんの才能の素晴らしさと自分の才能のなさを実感する。ボクは『炎』を発現させるのに1ヶ月かかった。師匠は驚いてくれたけど、驚かせたのは後にも先にも一度きり。

 その後、何度も繰り返して確実に習得できていることを確認して、あとはコツコツやるだけだと伝える。


「ありがとうございました!」

「こちらこそ、いいモノを見せてもらいました」

「私がなにか見せましたか?いつの間に?」


 テラさんは首を傾げる。


「負けていられないと気合が入りました」

「それは嬉しいです!…よければ、これからも私に魔法を教えて下さい!」

「はい。ボクでよければ」

「やったぁ!」


 ただし、これ以上はいくら魔法で回復しても精神の疲労が激しいことを伝えて、今日の修練は終了することに。魔法の修練は、闘気の修練以上に体力ではなく精神力を削られる。


「ウォルトさんにはお世話になってばかりです!」

「逆ですよ。時間がなくて中途半端にしか教えられないのを申し訳なく思います」

「泊まっていきますか?」

「ダナンさんやカリーは?」

「多分今日は帰ってきません」

「では、無理です。女性1人の家に泊まるのはさすがに気が引けます」

「真面目ですねぇ!…はっ!ウォルトさんに騎士団の魔法講師として来てもらえば…」

「そんな大層な者ではないですし、テラさんに教えるので精一杯です」


 武闘会に出場して身を以て学んだ。悪目立ちするようなことをしちゃいけない。変な猫面の魔法使いと噂されて気付いた。素性はバレてないけど、目立つことはボクにとって辛すぎる。

 お面でこれなのに、魔法使いの獣人だと知られたら好奇の目に晒される。今まで甘く考えてたけど、世間の情報伝達の速さを痛感した。今後は信用できる人の前やバレても構わないと思えるとき以外で絶対に魔法は見せない。

 ボクはひっそり暮らしたい。いざとなったら住み家からいなくなるしかないけど可能なら避けたい。師匠を待ちたいし、友人が増えて住み家を訪ねてくれるようになった。追い出されない限りあの場所から動きたくないんだ。


 魔法を教えるのも相手がテラさんだから。修練中になにか起こっても絶対になんとかしたいと思える。知らない人に教えて責任を持てない。

 テラさんに魔法の才能があると言ったのはボクだ。宮廷魔導師とは見解に相違があっても嘘を吐いてないことを伝えたい。今日だってやっぱり魔法の才があると思った。


「ウォルトさんは私の魔法の師匠です!住み家にも教わりにいきます!」

「師匠にはなれませんが、知ることは教えます。ボクも王都に来たときは寄りますし、いつでも来て下さい」

「え~!?師匠にはなってもらえないんですかぁ~?」

「心の中で思うだけなら。ボクはテラさんを弟子とは思えないんです」


 オーレンやアニカ達もそうだ。


「わかりました!それで構いません。今後もやりますよぉ~!」

「その意気です。もし、テラさんが魔法騎士になったら、こちらからお願いして覗かせてもらうかもしれません」


「なにをとは言いませんが」と軽口を叩きかけたところで……真顔のテラさんにググイッ!と詰め寄られる。


「テ、テラさん?」

「ホントですね?!言質とりましたよ!今さら『噓だニャ!』はなしですからね!」


 な、なぜそんな必死に?!


「な、なにをとは言いませんが…」

「黙らっしゃい!男が覗くといえば着替えかお風呂に決まってるでしょう!よぉ~し!やるぞ~!」


 き、気迫が凄い。とにかくマズい…!


「あ、あの、テラさん…。実は、ボクの下手な冗談で…」

「男に二言はないはずです!あるんですか!?ないですよね?!あるはずないですよねっ!?」

「いえ…あるような気も…」

「い~や、ありえないです!…遂に来ました。(じい)を黙らせるときが!」

「爺?」



 ★



 テラにとってウォルトの発言は僥倖だ。


 私はダナンさんから「ウォルト殿へのお礼に、お前の貧相な胸や尻を見せてどうする?」と言われたことを地味~に根に持っている。

 

 そこまで言うなら悩殺してやろうじゃないか!…と。ウォルトさんから「いいモノを見せて頂いてありがとうございます」という感想をもらって、ダナンさんに謝らせてやる!という野望を抱いていた。

 ただ、真面目な獣人ゆえに偶然でもそんなことが起きる気配すらなく、頭がおかしいと思われたくないので無理にお願いもできなかった。


 リベンジは困難だと半ば諦めかけていたところに、降って湧いたまたとないチャンス。まさに渡りに船!


 新たな目標を胸に、テラはより一層修練に励むことになり、ウォルトは『口は災いの元』という言葉を胸に刻み己の言動を悔いた。

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