366 急成長
「はぁ…はぁ…。クソがぁっ!」
「お疲れさまでした。ふぅ…」
現在地は王都東門の前。犬の獣人ボルトとの競走を終えたウォルトは、ゆっくり息を整えていた。
今朝、久しぶりにボルトさんが住み家を訪ねてきた。朝早くからフクーベまでの届け物があったらしい。再戦を申し込まれ、特に予定もなかったので快く了承して王都まで駆けてきた。駆ける前に全回復してもらうことも忘れずに。
ボルトさんは、トレーニングを積んでさらに速くなっていたけど、今回もなんとか僅差で勝つことができた。
ほんの数秒早く駆け抜けただけで、少しでも油断すると負けていた。掛け値なしにボルトさんは速いし凄い努力家だ。次戦は負けてしまうかもしれない。
今回勝てたのも、アニカとウイカを運んだときに気付いた『ひたすら無心で駆ける境地』に気付いたからかな。
「また速くなってんじゃねぇか、この野郎」
「約束通り誰にも負けないようにいつも駆けてます。無呼吸で駆けたりもしてますから」
「ふはははっ!そうかよ!次こそ勝ってやるぜ!」
「ボクも負けません」
「おう!それでいい!飯食いに行くぞ!俺が奢る!」
「今日はお金を持ってますよ」
こんなこともあろうかと、今日はちゃんと持ってきた。
「うるせえ!王都まで駆けさせたら飯ぐらい食わせる!黙って奢られとけ!」
「ありがとうございます」
ボルトさんと駆けるのは好きだから気にしなくていいんだけどな。駆けることに真摯で、勝負も正々堂々として爽快な人だ。だからこそ負けたくない。
しかも、犬の獣人の走り方は猫のボクと違って勉強になる。とりあえずご馳走になっておこう。次は勝負する前に住み家でご馳走したい。
王都に入ってボルトさんの馴染みの店で料理を頂く。王都には、まだまだ食べたことのない料理がある。今日は東方にある大国の料理を頂こう。4000年の歴史があると云われている料理大国だ。
年数はちょっと盛ってると思うけど、ボクには解明できないし、真実かわからないからこそ面白い場合もある。
「お前の能力を遊ばせとくのは勿体ねぇ!」
「早く王都にこいや!」
酒を飲みながら飛脚に勧誘してもらい、心が温まったところで別れた。ボルトさんは兄貴肌で優しい獣人だ。飛脚になるようなことがあればその時は相談したい。
さてと……滅多に王都には来ないので、帰る前に会えなくとも挨拶回りをしておこう。
まずは…。
最初に訪れたのは芝居の劇場。
王都に来たら挨拶していこうと思っていた。ポスターには新しい演目の絵と出演者のアンジェさんの名が書かれている。上演時間はまだ先なので、準備もあるだろうし今日は挨拶だけでもできたら。
劇場の中に入り、受付で出演者に挨拶できるか訊いてみると「控室の前にいる者に聞いてみろ」と言われた。控室に続く廊下の入口に、鋭い視線で周囲を見渡す男性が立っていて声をかけてみる。
「アンジェさんに挨拶に来たウォルトという者なんですが、お会いできたりしますか?」
「約束はあるのか?」
「ないです」
「では無理だ。約束を取り付けてからきてくれ。タチの悪いファンによる役者の襲撃事件が起きたばかりだ。どの劇場も警戒強化中でな」
「わかりました。手紙を渡して頂くのは可能ですか?」
「渡しておこう」
ささっと応援の手紙を書いて渡し、丁寧に礼をして劇場から出る。事件のことは知らなかったけれど、やっぱり人の前に立つ仕事というのは大変だ。予想もしない事件が起こる。
過去には、上演中の舞台に上がってきたファンの女性に刺殺された役者もいた。同情されて悲劇の俳優と呼ばれたけど、実際は交際していた複数の女性の1人が犯人で、乱れた生活が暴露された形になった。アンジェさんが被害を受けないよう願うことしかできない。
さて、次は…。
続けてテラさんの家にやってきた。ノックしてみても修練中毒のテラさんが家にいるはずもなく、訪ねてきたことと激励の手紙を書いて郵便受けに入れておく。
テラさんには本当にお世話になっているから直接言いたいけれど、いつも急に来るから会えずに申し訳ない。
さて、どうしよう?食材を買って帰るのもいいな。
思案を始めた矢先…。
「ちょっと待ったぁ~!」
玄関のドアが開いてテラさんが顔を出した。
「ちょいとお花を摘んでたんですよ~…って、ウォルトさん?!」
誰彼構わず毎回報告してるのかな…?やめた方がいいと思うけど…。
「お久しぶりです。たまたま王都に来たので挨拶に寄りました。いつもありがとうございます」
「お久しぶりですし、水くさいことは言いっこなしですよ!寄っていってくださいな!コレも神のおぼし召し!」
なんのことやらサッパリ理解できないけど、とりあえずお邪魔することに。お茶はもちろんボクが淹れる。テラさんは居間で待っていてくれた。
「どうぞ」
「いただきます……ぅぅぅうまいっ!」
「大袈裟ですよ」
いつ来てもテラさんは変わらなくて安心するなぁ。ある意味安定感が凄い。テーブルの対面に座らせてもらう。
「今日はもしかして…」
「はい!強制休暇です!遂に月に最低3回取得するよう義務付けられてしまいました!」
遂にか…。普通は少しでも休みたいだろうに、やる気の塊みたいな人だから仕方ない。
「適度な休みは成長に必要ですよ」
「頭では理解してるんですけどね~。休んでもやることないし落ち着かないんですよ~。それに…」
なにか…嫌な予感。
「今日ウォルトさんに会えたのは天啓です。朝の暗い内から訓練場に忍び込んだのに、見つかって叩き出されたあとはちゃんと休んだご褒美ですね!手合わせお願いします!」
「それはちゃんと休んだと言わないです。テラさん……今日は強制休暇なんですよね?」
訴えるようなジト目で見てみる。
「はい!訓練場での修練は休みです!でも、家では止められてません!」
全く悪びれてない。そして、ボクは満面の笑みにやられてしまう。心が和むテラさんの笑顔に弱い。
「構いませんが、身体がキツくなったら言って下さいね」
「その時は魔法で回復お願いします♪」
「わかりました。ダナンさんに怒られそうですが、着替えは覗かないので手合わせしましょう」
「了解です!準備してきますけど……って、先手を打たれたっ!?」
先に家を出て、広い裏庭でのんびり待つ。しばらく待っていると装備を着けたテラさんが現れた。また一段と騎士姿が様になってる。
「お待たせしました!」
「お待ちしてました。準備運動してからにしましょうか?」
「いえ。朝からかなり走ったのでほぐれてます!もう充分です!」
「そうでしたか。では…」
見つかった時のことを言ってるんだろう。近付いて『精霊の加護』で体力を回復する。
「ふわぁ~。相変わらず温かくて気持ちいいですね~!」
皆が言ってくれるけど本当にそうなのかな?ボク自身に使っても感じない。嫌な感じじゃないのならなんだっていいけど。
「万全です!いつでもイケます!」
ビシッ!と槍を構えるテラさんは、構えに隙がなくなってる。表情も引き締まって真剣そのもの。先程までの陽気な雰囲気とは全く異なる。かなり修練を積んでいる佇まい。
「かなり修練されていますね」
「ありがとうございます!では…早速いきます!ハァッ!」
ヒラリと躱したけれど刺突の鋭さもかなりのもの。女性のテラさんに槍は重いだろうに、かなり使い慣れている。
「まだです…。ハァッ!」
かなり間合いが遠いのに、テラさんは左足を大きく踏み込んだ。
『螺旋』
穂先から闘気の渦が巻き起こり、大きく横に跳んで身を躱した。ダナンさんほどの威力はないけど、直撃すればただでは済まない闘気量。
「『螺旋』が強力になってますね」
「私なりにずっと修練しています!まだまだぁ!」
気迫充分のテラさんは、闘気を身に纏って能力を強化する。連続攻撃でこちらに攻撃する暇を与えない。接近しようとしても近付けないよう上手く槍で捌かれる。
数ヶ月でこんなに成長するのか…。簡単に近付けない。手数の多さと間合いを上手く空けられて懐に跳び込めない。下手に飛び込むと槍の間合いで串刺し。
ならば…と遠い間合いから手を翳す。
「…っ!マズいっ!」
『空波』
闘気の衝撃波がテラさんを捉えた。
「わぁぁぁっ!」
闘気による防御が間に合わず後方に吹き飛んだ。すかさず駆け寄る。
「大丈夫ですか?!威力が強すぎましたか!?怪我はないですか?『治癒』をかけます!」
「いてて…。かなり威力を抑えてもらってありがとうございます。まだ受けの闘気は制御できなくて…」
「よかったです…。テラさんの攻撃に間合いを詰めれず焦ってしまって」
「嬉しいです!」
「なぜですか?」
「打倒ウォルトさんですから!焦ってもらえるなんて光栄です!」
弾けるような笑顔のテラさんに苦笑いしかできない。ボクは目標にされるような者じゃないけど、力になれるなら打倒される目標で一向に構わない。オーレン達に対しても同じことを思ってる。
あと、気になることを言っていたな。
「『受けの闘気』とテラさんは言いましたが、ボクの認識では闘気は攻防に使用できます。魔力と違って万能なので」
「どういうことですか?」
「魔力の場合、防御魔法用に変換する必要がありますが、闘気はそのままでも魔法や闘気を防ぐことが可能です」
「そうなんですか?!」
「やってみせましょうか。ボクに向かって『螺旋』を打ってもらえますか?」
「すみません…。闘気がもう空です…」
「お渡しします」
テラさんの手を取って闘気を練って渡す。
「すごい…。完全に回復しました…。しかも、やっぱり温かい。よぉし!いきます!」
「どうぞ」
闘気を纏ったままのボクに向かって『螺旋』を放った。微動だにせず受けきる。
「こういう具合です。放たれた闘気量より多くの闘気を纏う必要がありますが」
「なるほど!私にもできそうです!」
「試しにボクがさっきのように『空波』を放ちます。耐えてみて下さい」
「わかりました!」
かなり弱く打ち出し始めて、徐々に威力を強めていく。テラさんはしっかり闘気で守れている。弱めに幾つかの戦闘魔法も放ってみたけど、全てしっかり防いでいる。
「どうですか?」
「新発見です!闘気って凄いんですね!初めて知りました!」
「騎士団で教授されているのでは?」
「騎士団では、闘気は2種類あるという認識です。攻撃用と防御用の闘気は違うと。なので、私はまだ防御できないと思ってました!」
なるほど。その理屈は理解できる。
「魔力と同様で、攻撃と防御それぞれに適した闘気に変質させているという意味だと思います。ボバンさんやアイリスさんは闘気を使い分けていました」
「なぜでしょう?」
「質を変化させ、闘気の効果を上昇させることで少量で高い効果を発揮できます。結果消費を抑えることに繋がり、長期の戦闘では明暗を分けます。ちなみに、テラさんはさっきの手合わせで全く変化させていません」
騎士達は編み出された技能を高める努力を怠っていない。これからも進化していくのだろう。
「ほぇ~。ウォルトさんの解説は闘気の教官よりわかりやすいです」
「言い過ぎですよ。ボクでもコツは教えられるので、実際にテラさんの体内で変化させてみましょう」
「お願いします♪」
後ろを向いてもらって、テラさんの背中に手を添える。
「ウォルトさん」
「なんでしょう?」
「触るとき事前に断らなくなりましたね」
「わぁぁぁっ!忘れてましたっ!すみません!もう触れないのでっ!」
パッと手を離す。顔は見えないけどテラさんはくすくす笑ってるみたいだ。
やってしまった…。いきなり女性の身体に触れるなんて確かに失礼極まりない。さっきも黙って手を取った。猛省しなければ。
最近、キャミィやサマラ達に対するハグに慣れすぎて、テラさんにまで同じ感覚で接してしまった。あり得ない勘違いと猛省。
「気にしなくていいですよ!全然嫌じゃないです!ウォルトさんは変なことをしないとわかってるので!」
「そう言ってもらえると助かります…」
「ふふっ。続けて下さい!」
テラさんが優しい人でよかった。気を取り直して闘気を変質させてみる。攻撃用と防御用に、利点や性質を伝えながらそれぞれ数回繰り返してみた。
「なにか感じますか?」
「闘気がぐにゃん!と曲がって、そのあとにシャキン!としてます!」
独特の表現だけど感性は人それぞれ。自分が理解できればいい。指導者はそうはいかないだろうけど。
「…なんとなく掴めた気がします!やってみます!見ていて下さい!」
「はい」
テラさんは目を瞑って闘気を纏い、変質させる。
「むぅ~!ぐにゃんからの…シャキン!」
微かに質が変化した。
「できてます。凄いです」
「本当ですか?!」
「微かにですが、ちゃんと変化しています」
「次は防御用に変化させます!むぅ~!」
やはり微かに変化した。素晴らしい感性と闘気操作技術。魔法を操れるテラさんは操作のコツを掴むのが早いのかもしれない。
「できています。あとは修練あるのみです」
「ありがとうございます!」
「慣れるまでは質にこだわりすぎず、暇がない場合は通常の闘気で弾いたりすることも大事だと思います」
「わかりました!では…再戦お願いします!」
その後も引き続き手合わせを続ける。闘気が枯渇しても、ボクが闘気を譲渡して体力を回復するとテラさんは直ぐに修練を始める。
「無限に修練できます!闘気の扱いに慣れてきました!」
「よかったです」
魔力と同じで、闘気操作は反復すればするほど上達する。ただ、魔法の修練もそうだけど枯渇しては修練できない。
魔力の場合は回復薬が存在するから回復できるけど、闘気にもあるのかな?ボクの予想では騎士にしか需要がないので微妙なところ。
ないとしても、暗部の秘薬と同じように作れそうな気がする。今度調合に挑戦してみよう。テラさんに渡すことができれば修練の助力になる。お世話になっているので少しでも力になれるなら嬉しい。
さらに2時間ほど回復以外休まずに手合わせする。
「今日はこの位にしておきましょう。精神の休息は大事です」
「はい!ありがとうございました!」
「テラさんは本当に修練が好きなんですね」
「騎士になってから自分でも驚くくらい動き回ってます!全く苦になりませんし、騎士が向いてたんですね!」
本人がそう感じるならきっとそうだ。苦しい修練は好きでないと続かないことをボクも知ってる。
「そういえば、お腹空きませんか?ちょうど昼時だと思うんですが」
「空きました!ペコペコです!」
「ボクが作ります。昼ご飯にしませんか?」
「お願いします!その前にお風呂に入るので…」
「絶対に覗かないのでゆっくり入って下さい」
「もう!最後まで言わせて下さいよ!」
ポカポカ背中を叩かれながら家に向かう。全然痛くなんかなくて、気持ちよさに背中の凝りがとれた。