365 魔法先読
「おはよう。久しぶりね」
「久しぶりだね。とりあえずモフる?」
「当然のことを確認しないでほしいわ」
住み家の玄関先で、『デヘヘ…』とだらしない表情を浮かべながら、ウォルトの毛皮を堪能するエルフの友人キャミィ。
美形な顔立ちがだらしなく変化する様は見ていて面白い。彼女は無類のモフモフ好きだ。会うのは2ヶ月ぶりくらい。彼女の感覚では、ボクの1週間ぶりくらいの感覚かな?100歳を超えているけど、知り合ってからの短期間では一向に成長する気配がない。
頭を優しく撫でると喜んでくれる年上だけど可愛らしいエルフの友人。長い耳が微かに動いてる。
「こほん…!お邪魔してもいいかしら?」
「どうぞ」
基本的にキャミィは無表情だけど、モフった直後だけは照れてる。居間に通してキャミィが好きなベリーのお茶を淹れて差し出す。
「美味しい…。淹れ方を教えてもらっても、この味が出せないのよ。なぜかしら?」
「微妙な淹れ方の違いかな?細かく説明すると手順が多すぎるからね」
「どのくらいの数?」
「50くらいかな」
「聞かなくていいわ」
キャミィは優雅にお茶を口に含む。ちょっと高級そうなカップが似合いそうだなぁ。今度キャミィ用に作ってみたい。でも、陶器ってどうやって作るんだろう?
「ところで、ちょっと訊きたいのだけど」
「なに?」
「噂のサバトって魔導師の正体は、ウォルトよね?」
「キャミィも知ってるのか…。そうだけど…」
ワケがわからない。エルフの隠れ里まで噂が届いているうえになぜ気付かれるのか。
「私はフレイ兄さんから細かく聞いたから気付いた。特徴がウォルトに当てはまりすぎている」
「なるほど。フレイさんから直接聞いたなら気付くかもしれないね」
それなら納得だ。初めて納得できた。
「知り合いだと伝えたら、兄さんが貴方に会いたがっていた。訊いてみると答えたけれど」
「フレイさんがよければいいよ。ボクもゆっくり話してみたい」
「貴方のことは誰にも言わないよう約束してくれた。今度伝えておくわね」
「わかった。フレイさんは、フォルランさんやキャミィとはタイプが違う魔導師だね」
フレイさんは、磨き上げた魔法を操る凄い魔導師だった。獣人やリザードマンとパーティーを組めるということは、穏やかな性格であるようにと感じた。
「フレイ兄さんは、ウークでは魔法の劣等生だったのよ」
「…本当に?」
ボクには信じ難い。フレイさんの技量はキャミィやフォルランさんよりも上のはずだ。フラウさんよりも。
「私も驚いたわ。20年ぶりに会って魔法を見せてもらったら、劇的に変化してた。今の兄さんは私より技量は上。父さんや里の皆も驚いてた」
「ボクもそう思ったんだ」
「外界で独自に魔法を磨いたのね。それが兄さんには合っていた。昔から真面目な兄なの。フォルラン兄さんと違って」
言葉に棘があるな…。
「ボクが言うのはおこがましいけど、きっとエルフでも指折りの魔導師になれる人だ。キャミィやフォルランさんと同じで」
「気持ちは嬉しいけれどまだまだよ。私も兄さんもね」
ボクも負けないよう頑張ろう。
★
キャミィはベリー茶を飲みながらウォルトを見る。
フレイ兄さんは言っていた。「サバトはとんでもない魔導師だったよ。長いエルフの歴史でも有数の魔導師に違いない」と。
実際のサバトはエルフじゃないから少し滑稽だけれど、ウォルトがエルフの魔法だけで今のフレイ兄さんに勝ったという事実は納得と驚きが入り混じる。
ただし、できないとは口が裂けても言わない。できるだろうとしか言いようがないのが私の知るウォルトという魔導師。素性を知ったらきっと目が飛び出るほど驚くでしょうね。楽しみだわ。
「今日は魔法で手合わせをしたいのだけど」
「ボクは構わないよ。表に行こうか?」
「ココでいいわ。フレイ兄さんの魔法を全て詠唱前に防いだと聞いた。それを見せてほしい」
フレイ兄さんは「身動きがとれなかった」と言っていた。「格の違いを見せつけられた」とも。私はウォルトの実力を知りたい。
「防いではいないけど、『魔法先読』のことかな?」
「聞いたことはないけれど、多分そうね」
「いいよ。座ったままでいい?」
「いいわよ。どうすればいいかしら?」
ウォルトは魔法先読について説明してくれる。
「先攻は好きな魔法を放つだけ。それを後攻は相殺、もしくは反撃するだけの簡単なモノだよ」
「勝敗はどう決まるの?」
「基本的なルールは、後攻は魔法を先に放ってはいけない。先攻が放った魔法を防げなければ後攻の負け」
「先攻が有利ね」
「それは否めない。後攻が防ぐのに成功したら攻守交替。『魔法障壁』や『聖なる障壁』、反射魔法の使用は当然禁止。相手が放つ魔法を読んだ上で対処する」
「後攻は受けるだけなの?」
「防ぐだけでなく反撃できる威力の魔法を放って命中させたら勝利になる。だから先攻も気を抜けない」
「試しにやってみていいかしら?」
「いいよ。キャミィが先攻でやってみようか」
私が『炎龍』の魔力を纏う。すると、瞬時に『浅葱色の氷雨』の魔力をウォルトが纏う。発動前に勝負は決した。
「なるほどね」
「こういうことだよ」
「今のタイミングだと明らかに防がれている。攻守交替ね」
「そう」
今度はウォルトが『炎龍』の魔力を纏い、私が『浅葱色の氷雨』の魔力を纏う。
「今のはキャミィが防いだね」
「理解したわ。反撃するっていうのは?」
「先攻の魔力を上回る魔力を瞬時に錬ることができるかってことだよ。読み切った上に、威力が上の魔法を放てるのなら当然技量も上だと言える」
「なるほど。先攻の放った魔力の方が大きければ、いかに読み切っても防げなかった後攻の負け。放たれた威力は低くとも、詠唱が間に合わなければやはり後攻の負けということね」
「その通り。単純に見えて奥が深い、模擬魔法戦とでもいうのかな。じゃあ、やってみようか」
「お願いするわ」
しばらく『魔法先読』を行って実感した。まさしくウォルトは化け猫だと。
「くっ…!」
「どうかな?」
「負けたわ…」
何度やっても勝てない。負けを認めざるを得ない。先攻では放とうとする魔法を完璧に防がれ、後攻では、なにを繰り出すのか一切感知できずに一瞬で強大な魔力を発現させられる。
それも、全てエルフの魔法だけ。魔力操作も魔力量も予測でも完敗。こんなの勝てるワケがない。フレイ兄さんの気持ちが理解できた。今やっているのは、あくまで魔力操作だけの遊びのような行為。実際に魔法を放つことはない。
けれど、フレイ兄さんは武闘会という実際に魔法を浴びる可能性がある状況でウォルトと魔法先読を行った。恐怖しかなかったに違いない。しかも、聞いた話だとウォルトは常に後攻であったのに。
断言できないけれど、ウォルトは後攻の時、こちらが放とうとする魔力とピッタリ同量の魔力を意図的に纏っている。
完全にこちらの放つ魔法と魔力量を読み切っているということ。信じられない魔力操作と観察眼。私は毎回可能な限り隠蔽して、全力で魔力を操作している。一切の油断もない。それでもウォルトは涼しい顔で笑みさえ浮かべている。
確かに魔導師としての格が違う。どんな修練を重ねてきたのか想像すらできない。
「ふぅ…。ありがとう。よくわかったわ」
「ありがとう。ボクも楽しかった」
「1つ試したいことがあるのだけど」
「なんだい?」
『淑女の誕生』を詠唱する。立派な成人エルフに変身した。
「以前も言ったけれど、この姿になると魔力も成長するわ。この状態で魔法先読をやってみたいのだけど…って、どうしたの?」
ウォルトは真っ赤な顔で目を背けている。
「いや……。胸が……その…」
「胸…?」
自分の胸を見ると、小さな服では納まりきれないはち切れんばかりの谷間ができていた。
つまり照れているのね。照れ屋なウォルトらしいけれど、今はどうでもいい。丸見えなわけじゃないし。
「関係ないわ。いくわよ」
「キャミィを見れないから無理だって!ボクの負けでいいよ!」
負けず嫌いの獣人とは思えない発言が飛び出した。
「納得いかない…」
「別にやってもいいけど服を着替えよう!それならいいよ!」
「断るわ」
「なんで?!いいだろう!あるから!貸せる服はあるんだ!」
異常に焦ってるわね。ちょっと大袈裟だけれど。少し揶揄わせてもらおうかしら。
「着替えてる途中に獣人のウォルトが興奮して襲いかかってきたら、力の弱い私には止められない。このままがいい」
「なんでそうなるんだ?!絶対そんなことしないから!信じてほしい!」
ギャーギャー騒ぐウォルトを見て、冷静に思った。実は意外と簡単に勝てるのでは?
結局、私はいつもの姿に戻り、心を落ち着かせるようにウォルトは食事の支度に向かった。
「いつもお世話になってばかりね」
いつ来ても嫌な顔1つせずモフらせてくれて、美味な食事やお茶で歓迎してくれる友人に、なにかお返しができないものかと考えてみる。私は客人ではなく友人なのだから。
ふと、あるモノを持ってきていることを思い出す。渡しても喜びそうにないけれど、ウォルトならなにかに使ってくれるかもしれない。
「できたよ」
「いただくわ」
★
エルフ流の祈りを捧げてキャミィは食べ始める。ボクは微笑んで見つめた。
キャミィは、オーレン達やサマラ達のように大袈裟に表現することはないけれど、どことなく美味しそうに食べてくれる。
「凄く美味しいわ」
「ありがとう」
キャミィには野菜中心のサッパリした食事が喜ばれる。今日は旬の野菜を煮物にしてみた。常に『保存』で新鮮に保っている生野菜も、軽く味付けした岩塩を利かせて添える。肉は好まないけど、しっかり出汁を利かせたスープは美味しそうに飲んでくれる。
「本当に毎日食べたくなる料理ね。ごちそうさま」
「お粗末さま」
「ウォルトに日頃のお礼を渡したいのだけど」
「気にしなくていいよ。好きでやってるから」
「友人だからたまにはお返しをしたいの」
「気持ちは嬉しいよ。ところで、お返しってなに?」
「こんなモノしかないのだけど」
キャミィは、懐から短い木の枝を取り出して渡してくれた。
「コレは?」
「エルフがミスルトゥと呼んでいる宿り木の枝なの。人間はパナケイアやパナケアと呼ぶらしいわ」
「パナケア?!ホントに?!」
「知っているの?」
「いろんな用途に使える希少な素材なんだ…」
「ウークでも薬の素材として使われてるわ」
「本当にもらっていいの…?薬や魔道具も作ってるから凄く嬉しいけど」
「エルフにとってはそれほど希少じゃない。なにかに役立てて」
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
ウォルトは『最高だニャ!』とか言いそうな笑顔を見せ、釣られて私も微笑む。
「喜んでもらえてよかった。なにもあげられるモノなんてないから」
「そんなことないよ。魔法の話をしてくれたり、見せてくれたり手合わせもしてくれる。充分過ぎるくらいキャミィからはお返しをもらってる。とりあえずまたモフるかい?」
「毎日太陽が昇ることくらい当たり前のことを訊くのは野暮ってものよ」
ウォルトの首に抱き着いてモフりながら、またなにか採ってきてみようと誓った。