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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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364 お師匠さんに対する意外な気持ち

 本日、【森の白猫】が訪ねたウォルトの住み家では魔法の修練が行われている。今日は、オーレンも剣ではなく魔法の修練をしたいとお願いされた。


「ウォルトさん。見てもらいたいんですけど」

「なんだい?」


 オーレンは手を翳して詠唱した。


『炎』


 人の頭ほどの炎が発現する。


「ふぅ~。できました!今はこれが限界ですけど、ウォルトさんに見てほしくて!」

「凄いなぁ。いつの間に?」

「ウイカ達に教えてもらいながら、暇を見て修練しました。なんとか詠唱できるようになって」

「かなり修練したんだね」

「わかりますか?」

「もちろん。魔力がかなり磨かれてる」


 ボクの経験からの持論だけど、魔力は嘘を吐かない。修練するほど質が変わっていく。口で説明するのは難しいけど、煌めくというか不純物が抜けたように美しく感じる。魔法武闘会に出場していた魔導師の魔力は全員が磨かれていた。

 最近では、ライアンさんやフレイさんの魔力が特に磨かれていると感じた。逆にクウジさんはあまり修練できていないだろうとも。

 ギルドマスターとして忙しいのかもしれない。修練を怠ると、なぜか魔力は以前の状態に戻ろうとするから直ぐに判別できる。


「俺には見抜けません。でも嬉しいです」

「オーレンは剣が好きなのに魔法も操る。二刀流は大変だけど、その努力は必ず結果に現れると思う」

「はい!アニカ達にも負けないよう頑張ります!」


 効率的な技術をオーレンに伝えている間、姉妹は少し離れた場所で奥歯を噛み締めていた。


「最近のオーレンは増長してるね…」

「また留置場に叩き込んでやろう…。婦女暴行の罪で…」


 ボクには聞こえてるけど完全な濡れ衣。それはさておき、ウイカとアニカの成果も見せてもらうことに。


『魔法障壁』


 姉妹が同時に展開して隅々まで確認する。


「この短期間でかなり強固に展開できてる。詠唱速度も段違いだ」

「ホントですか?!」

「ありがとうございます!」

 

 ウイカとアニカには驚かされてばかり。きっと冒険の合間や住み家でも絶えず修練を重ねてるはず。とにかく習得と成長のスピードが早過ぎる。


「この感じだと『強化盾』も早く習得できる。基礎だけ教えておくよ」

「「よろしくお願いします!」」


 教えながらふと考える。師匠が見たらどう思うんだろう?と。


 ボクは「ただの魔法使い」「才能がない」「クソ猫」と言われ続けてきたけど、オーレン達は絶対に才能がある。そんな魔法使いに師匠ならどんな修練を課していたんだろう?訊いてみたいけど帰ってこない。一体、どこにいるのか。ボクより効果的な修練を考案するのは間違いないけど。


「…ルトさん。ウォルトさん?」


 気付けば名前を呼ばれて、アニカに顔を覗き込まれていた。


「どうかしましたか?」

「師匠のことを考えてたんだ。師匠なら皆にどんな修練をさせるのかな?…なんて」

「ウォルトさんの予想だと、どんな感じになりそうですか?」


 3人とも興味津々な様子。


「思いも付かないことを考える人だからね。魔法に関する経験値が違いすぎて予想できないなぁ。皆にやってもらってる修練は、ボクの失敗を元に考えてるんだけど」

「知らなかったです!」

「過去の修練での失敗を活かして、あの時こうしておけば…っていう改善点を反映してるつもりなんだ」


 ただ、師匠はボクが失敗することすら見越していたはず。師匠はわざとそうして学ばせていた。…というか、基本的には魔法を見せて「やってみろ」って言うだけだった。そもそも真面目に教えるつもりがなかったんだと思う。


「お師匠さんについて、少し訊いてもいいですか」


 ウイカは興味があるのかな。


「いいよ。丁度いいから少し休憩しようか」



 ★



 ウォルトさんが『風流』で空気の椅子を作る。その上に私達は座った。目に見えないけれど、ソファのようにふわふわで気持ちいい。地味だけど凄いことを簡単にやってる。


「ウォルトさんのお師匠さんって、何歳ですか?」


 魔法でウォルトさんの上をいくには、それなりの年齢でないと無理なはず。私の質問にウォルトさんは苦笑い。


「教えられないんだ。「言ったら知った奴もまとめて殺すからな!」って言われてる」

「呪う…じゃなくてですか?」

「うん。やると言ったらやる人だ。ボクはさておき、皆を殺されるのは御免だから」

「ウォルトさんもダメです。でも、輩がよく言う「ぶっ殺す!」的な文句じゃないですか?」

「脅すような回りくどいことはしないし、躊躇なんてしない。あと、口に出したことを引っ込めることもまずない」


 とんでもない人だよね。わかってはいたけど。


「ウォルトさんは、修練を続けていけばお師匠さんを超えられそうですか?」

「無理だと思う。師匠は魔法に関しては化け物だから」


 それが信じられない。ウォルトさんも充分常識外れだ。そんな人に化け物と呼ばれるお師匠さんって…。


「お師匠さんは怖くないんですか?」

「怖くないよ。なんだかんだ優しい人だし、無敵なワケじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「だから、殺される前に殺せばいい。毒殺でも撲殺でも絞殺でも、どうにかできる」


 過激な話でも特に気にしない。ウォルトさんがそんなことをするなんてあり得ないから。


「ただ…ボクの独断と偏見で根拠はないんだけど」

「なんでしょう?」

「師匠は、おそらく世界一の魔法使いだと思う。絶対とは言えないけど、あの人より凄い魔法使いが存在してるっていう想像ができない。師匠のことをよく知らない人では、あの人を倒すのは不可能だと思える」


 私達も薄ら…というか気付いていた。そして、全く同じことをウォルトさんに対して感じている。

 お師匠さんはきっと世界に類を見ないような魔法使い。ただ、そんな魔法使いが存在していれば少なからず名を轟かせているはずなのに、今のところウォルトさんからしか聞いたことがない。

 だから、信じてはいるけれど未だに実在するのか怪しいし、むしろサバト騒動の分だけウォルトさんの方が有名だと思う。


「魔法戦も凄く強いんでしょうね」

「正面から魔法戦を挑んでもまず勝てない。全力は見たことないけど、技量が桁外れだから1対1では無理だ。魔法戦で勝つには、優秀な魔導師が集まって数で押し切るしかないんじゃないかな」

「どのくらいの人が必要でしょうか?」

「そうだね…。皆の知ってる人だと…クウジさんが20人くらいいれば勝負になるかもしれない」


 とんでもないなぁ。ウォルトさんは、他人を過大評価して何事も控え目に言う傾向が強い。つまり、20人では足りないということ。しかも「いい勝負ができるかも」という推測。


「ウォルトさんでも無理ですか?」

「ボクでは相手にならない。かなり手加減されて、数秒持てば万々歳だね。修練の魔法戦で焦らせたことすらないんだ」

「魔法武闘会に出場されてた魔導師でも無理ですか?」

「全員の魔法を見たけど、現時点で届く人はいなかった。実力を隠しているとしても無理かな」


 それはそうだよね。そもそも、ウォルトさんより技量が上の魔導師もいないはず。


「師匠を倒すなら魔法以外の手段しか思いつかない。ボクのおすすめは、好きな酒を浴びるほど飲ませて、思考をかなり鈍らせたあと大好きなお風呂で油断してるところに襲いかかることだね」

「なかなか卑怯ですね」


 真面目なウォルトさんにしては、意外な提案だと思う。正々堂々の欠片もない。


「でも高確率で倒せるよ」

「剣士や武闘家でも無理ですか?」

「その方が可能性はある。ただ、よほどの使い手でなければ剣を抜く前に塵になる。生半可な実力では自分でも気付かない内にこの世を去る可能性が高い。魔法を無効化するような魔道具があればやりようはあるけど」


 ここまで話を聞いていて少し気になった。ちょっとウォルトさんらしくないような…。


「ウォルトさんはお師匠さんの弱点に詳しそうですね」


 なんとなくそんな気がした。共に暮らしていた上に、観察眼に優れる人だから当然だけど、話し方に違和感がある。


「ボクは、一時期どうやって師匠を殺すかってことばかり考えてたからね」

「えぇっ!?」


 笑顔で衝撃発言を放つウォルトさんと、過去最大級の衝撃の表情を浮かべる私達。


「魔法で燃やされたり凍らされたり、理不尽なことを言われる内に我慢の限界が来て、「隙を見て殺してやる」って考えてた頃もあったんだ。今は全く思わないけど」

「意外です…」

「ウォルトさんが…」

「尊敬するお師匠さんを…殺したかったなんて」


 口癖のように「お人好しじゃない」と言っていても、やっぱり優しい獣人。でも、冷静に考えたらあり得ると思えた。かなり過酷な修練だったことは容易に想像できる。頭にくることも多々あったろう。


「とにかく憎らしくてね。あの頃はかなり心が荒んでた。自分から魔法を教えてくれって無理に頼んだのに憎むなんておかしいよね」

「確かにそうですね」

「だけど、師匠はボクに驚異も感じなかっただろうし、そんな思考も師匠の思い通りだったはず」

「どういうことですか?」

「師匠は、憎しみが自分に向くことがわかってた。ボクの…獣人達やこの世界に対する恨み辛みを肩代わりして担うことで、上手く制御してくれた。絶対に認めないだろうけど」

「そこまで考えての行動だったんですね」

「助けられてしばらくお世話になってる内に、師匠が見せた魔法に魅せられた。そして「魔法を操ってみたい!」ってせがんだけど、きっと師匠も予想外だったと思う。まさか獣人がそんなことを言い出すなんて思わないよね?」


 コクリと頷く。


「師匠の操る魔法と魔力は、ボクの人生で目にしたことのあるモノの中で断トツに美しくて見蕩れてしまった。今でも鮮明に覚えてる。その後、魔法を教えてくれる師匠を憎みながらも、修練する内にその人柄を理解して憧れと尊敬を抱くようになったんだ」

「そうだったんですね」

「だから、師匠に向けていた憎しみは曖昧になってしまった。元々抱いていたはずの…憎しみや苦い想いもいつの間にか幾分か浄化されていたんだ」

「わざと憎まれ口を叩いたり馬鹿にするような行動までして…」


 だからこそ、ウォルトさんは尊敬してるんだ。



 ★



 ウォルトはなぜか感心してる3人に真実を伝える。


「それはわざとじゃないよ。師匠は本当に性格が悪いんだ」

「そうなんですか?憎しみを請け負ってくれたんですよね?」

「真意はね。ただ、とんでもなく口も悪いし、我が儘で態度も尊大。横柄で自信家。人の嫌がることをよく知ってて躊躇なく実行する。かなり腹黒いし、ボクの知る人物では最高に性格が悪い」


 紛れもない事実だから仕方ない。師匠も反論の余地はないはず。批判なんて気にも留めないだろうけど。


「でも尊敬してるんですよね?」

「もちろんだよ。付き合ってみれば根っこの根っこは優しい人だ。ただし、皆が理解できるとは到底思えない。そんな部分を見せないから」


 少し前にライアンさんに会ったとき、微かに師匠と似た匂いを感じた。傲慢で横柄で自信家で性格が悪い魔法使いの。

 だから頭にきたクウジさんの言動も事情を聞いて理解できた。他人には理解しがたいけど、共に過ごした弟子にとっては尊敬すべき師匠なんだろうと。


 そして、ライアンさんは掛け値なしに素晴らしい魔法を操る大魔導師だった。高齢で病に冒されても修練を欠かさない尊敬すべき魔導師。話してみても師匠に比べると遙かに大人でやっぱり違った。

 マルソーさんにしてもサラさんにしても、そしてクウジさんも、魔導師と呼ばれる人達はボクのようなただの魔法使いと違って心が広い。


「一度会ってみたいです」

「ボクも会わせたいけど、とんでもなく人嫌いだから会ってくれないかもしれない」

「ウォルトさんが頼んでも無理ですか?」

「ボクの言うことはまず聞かない。舐めきってるからね。でも、無理やり会わせることはできると思う」


 平身低頭でお願いしても「ふざけるなボケ!ぶち殺されたいのか!」って言われる。魔法と違って言動は簡単に予想できるんだ。


「どうやるんですか?」

「秘密にしてほしいんだけど、師匠はかなりポンコツなんだ。魔法以外はなにもできない。だから、いろんな手段で攻める」

「たとえば?」

「簡単なところだと、幾つか師匠の弱みを握ってる。それを盾に頼めばいけると思う。内容は教えられないけど」


 一緒に暮らせば日常生活の中で気付くことも多い。苦手なモノや恥ずかしいことも自然に理解する。あまりに腹が立ったとき、それをチラつかせて反撃してた。「こんのドラ猫…!いずれ燃やしてやるからな!」と凄まれても怖さはなかった。暮らしていく中で師匠の感情の匂いも嗅ぎ分けられたから。

 だから、他の人はどう感じるかわからないけど優しいと言い切れる。でも、いつか燃やすと言われたのは何度も実行に移されたワケで。そこは律儀に噓を吐かない。


「その時はお願いします」

「もし会ってもあまり刺激しないようにしてあげて。すぐヘソを曲げるし、暴走したら誰にも止められない」


 アニカが訊いてくる。


「お師匠さんが私達を見たら、なんて言うと思いますか!」


 …答えづらいな。


「正直な予想を言ってもいいの…?」

「もちろんです!」

「予想に自信があるから、皆には言いたくないけど…」

「言っちゃって下さい!」

「「この雑魚魔法使いどもが!近くに寄るな!こっちまで魔法が下手になる!」だと思う」


 皆で苦笑いして修練に戻った。

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