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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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363 あたしゃ、憂いなしさ

 存分にウォルトを揶揄ったアイヤは満足げ。ウォルトはチャチャにお願いして、住み家から織った生地を取ってきてもらった。


 サマラとばあちゃんの腰にスカートのように巻いて隠してもらう。


「なんだかねぇ。アンタは気にしすぎだよ」

「逆だよ。ばあちゃんが気にしなさ過ぎなんだ。よければズボンを直すよ」

「私はお願いしようかな!」

「アタシも頼もうかね」

「あと、お風呂に入る?その間に直しておくよ」

「お願い!」

「そりゃいいねぇ」

「私も入りたい」


 直ぐに水を貯めて沸かそう。


「ところで、ばあちゃんは今日帰るの?」

「夕方には帰るよ。子供達に飯を作らなきゃならないからねぇ」

「そっか。まだ時間はあるね」


 住み家に入るとばあちゃんからお風呂に入る。その隙に着ていた服を『水撃』で洗濯したり魔法で乾かす。

 さっと洗濯を終えてズボンの修繕にかかる。キレイに裂けているので糸と『同化接着』で上手く修繕できそうだ。ズボンを脱いだサマラは、巻きスカートスタイルで大人しく椅子に座ってくれてる。


「チャチャは破けるってよく気付いたね!私は気付かなかったよ!」

「生地がめちゃくちゃ伸びてましたから。いつ破れてもおかしくなかったです。興奮してる獣人を止めても無駄だから止めませんでした」


 ボクはなにが起きても直ぐに動けるよう全神経を集中していたから気にも留めなかった。


「アイヤさん、めっちゃ強いね!今までに会った女で1番かも!私もあんなおばあちゃんになりたい!」

「わかります。おばあちゃんなのに豪快で逞しくてカッコいいですよね。憧れます」

「そう言ってもらえて嬉しいと思うよ」


 ボクもそう思ってる。手を止めずに会話していると、ばあちゃんがお風呂から出てきた。


「いい風呂だった!服も洗って乾かしてくれたのかい?さすがだねぇ」

「ばあちゃん…」

「なんだい?」

「服、着ようよ…」


 思わず溜息を吐く。毛皮を拭きながら下着姿で現れた。やっぱり親子だと実感する。…服を洗った意味!


「孫と女しかいないからいいのさ。裸じゃないだけマシだろ?家じゃサバトもなにも言わなかったからねぇ!」


 あっはっは!と少しも悪びれない。こういうところもやっぱり親子だ。夫婦だけならそれでもいいけど。


「じいちゃんは呆れてたんだよ、きっと…」

「アイヤさん!ウォルトに魔法で毛を乾かしてもらうといいよ♪」

「かなりいい感じに仕上がります」

「へぇ~。だったらこのまま頼もうかねぇ!」

「わかった」


 サマラが入れ替わりでお風呂に向かって、魔法でばあちゃんの毛皮を乾かす。数分で艶々の仕上がりに。本当にまだまだ毛が若い。


「はい。できたよ」

「たまげたね…。なんだいこりゃ…?」

「魔法だよ。誰でも…」

「できないからね」


 チャチャがツッコんだ。


「できるよ?」

「できない。そう思ってるのは兄ちゃんだけ」

「はははっ!あたしゃチャチャを信じる!」

「孫は?」

「二の次だよ!」


 とりあえずばあちゃんは服を着てくれた。破れたズボンもしっかり修繕できてる。今の内にサマラの服を外で洗濯してこよう。下着も置いてあるから…目を瞑って洗う!


 さっと終えて戻ってくると、チャチャに訊かれた。


「サバトって魔導師の噂、ダイホウでも聞いたけど、やっぱり兄ちゃんだったんだね」

「ダイホウにも?広まってるなぁ…」


 チャチャも気付いてたのか。自分の行動が全ての元凶。今回噂が立ったことで、よほどのことがない限り死ぬまで表舞台には立たないと誓った。それ以前に立つ機会がないと思うけど。

 カネルラ最高峰の魔法戦と、多くの魔導師の魔法を見ることができたから、武闘会に出場したことは微塵も後悔してない。多くの感動と充実した時間をありがとうとお礼を述べたいくらいだ。


 問題なのはボクの容姿の選定だけ。白猫の中に白猫を隠しちゃいけない!元々森に住む前からひっそり生きていきたかったんだ。正直こんなことになるなんて露ほども思わなかった。認識の甘さも反省事項。

 ばあちゃんは嬉しいと言ってくれたけど、名前を借りたじいちゃんにも申し訳なさすぎる。さすがに時間が経てば忘れられるはずだけどそれまでが辛いなぁ。


「気にするんじゃないよ。噂ってのは娯楽さ」

「なんで娯楽なんだ?」

「話のネタになる。人が知らないことを知ってるのは楽しいのさ。それに珍しい話ならなおさらだよ」


 それならいいんだけど。


「さっぱりしたぁ~!チャチャもどうぞ!」


 サマラも貫頭衣を着て戻ってきた。


「下着まで洗ってくれてありがと♪よく洗えたね」

「見ないで洗ったからね…」


 断じて見てない…。ボクは見てないんだ…。獣人だもの…。


「そっか♪泊まるつもりで来たから替えもあったのに!」

「それは先に言ってほしかった!」

「別に気にしなくていいよ」


 なんで言わないんだ…?下着を見られるなんて恥ずかしいだろうに。言い忘れてただけ?いや…。気を利かせて勝手に洗ったボクが悪いのか…?


「兄ちゃん、私の服も洗濯と乾燥をお願いしていい?」

「もちろんいいよ。下着の替えは?」

「………」


 あるの?ないの?


「チャチャ…?」

「………」


 チャチャは黙秘したままお風呂場へ向かった。浴室に入ったことを確認して、とりあえず服を洗濯する。チャチャは基本泊まらないから照れて言えなかったに違いない。また見ないように全部洗って乾燥した。


 ボクは見てない…。


 居間に戻ってサマラと楽しそうに話しているばあちゃんに訊こう。


「ばあちゃん。子供達の晩ご飯は、ボクが作って持たせようか?」

「ありがたいけど、こぼさないよう持って帰るのが大変さ。気持ちだけもらっとくよ」

「こぼさないように持って帰るのは簡単だよ。温めるだけにしておくから。どうかな?」

「そこまで言うなら頼むよ。ギリギリの時間までいられるしねぇ」


 お茶を飲みながらまったり話していると、チャチャもお風呂から戻ってきた。貫頭衣に着替えてる。


「兄ちゃん、洗濯ありがとう。替えの下着はあったんだけどね」

「だからそういうことは先に言ってほしい!」

「兄ちゃんと私の仲なら言わなくてもわかるかなって」

「あははははっ!アンタ達は最高だねぇ!面白くてかなわないよ!」


 む~ん…。ばあちゃんが楽しそうだからいいか。


「毛皮の乾燥、お願いできる?」

「いいよ」


 椅子に座ったチャチャの髪と毛皮も乾かす。少し髪が伸びたなぁ。


「ねぇ、ウォルト。私にスカート作ってくれない?巻きスカートでいいから」


 まだズボンに履き替えていないサマラからの要望。


「いいけど、スカートは嫌いじゃなかったっけ?」


 小さな頃は「スースーして動き辛いから嫌い!」と言ってたのを覚えてる。


「大人になると着たいときもあるんだよ!」

「私のもお願いしていい?」

「いいよ。どんなの?」

「「任せる!」」

「わかった」



 ★



 タオに持ち帰る料理を作り始めたウォルトを除いて、またまた3人で更地に集合する。


 居間で会話していたら、チャチャの弓の腕前を見たいとアイヤが言いだして、なぜか流れで勝負することになった。


「あたしゃそんなに得意じゃないけど、負けるつもりはない」

「私も!チャチャの凄さは知ってるけど、勝負なら負けない!」

「私も負けません」

「まずはアタシが行こうかね!」

「練習はいいの?」

「いらないよ」


 アイヤさんとサマラさんの弓の技量は知らないけど、絶対に負けたくない。木に縛り付けて設置した的に、同じ距離から5本矢を射って、当たった本数で勝負することに決まった。

 当たったのが同じ本数なら、より円の中心を射抜いた者の勝利。公平を期すため、兄ちゃんの弓と矢を回して使用することになった。


 1人目はアイヤさん。軽々弦を引いて狙いを付けて矢を射ると、的に向かって一直線。全く下降する様子がなくて、凄まじい勢いで飛んでいく。見事に的に突き刺さった。…というより的を突き抜けて後ろの木に刺さってる。


「どうだい!」

「お見事!的が壊れそう!」

「凄い威力です。どんな魔物の身体でも貫けそう」


 その後も矢を射て、まばらながらも最終的に4本を的に命中させた。ぶっつけ本番なのに上手い。


「まぁ、あたしゃこんなもんだろうね!」

「よし!次は私がいく!」


 弓を受け取ったサマラさんは、狼の眼に変化する。そして、呼吸すら聞こえないほど静かに構えて瞬きもせず矢を射る。見事に的のど真ん中を射抜いた。


「やるねぇ!見事なモンだ!」

「凄いです」


 普段、狩りなんてしないはずなのに。前に兄ちゃんから聞いた通りだ。


「ふぅ…。まだまだだよ…」


 結局、サマラさんは5本全てを的に命中させた。しかも、人差し指と親指で輪を作ったくらいしかないド真ん中の黒丸に4本を集中させた。


「ふぅぅぅ~…。緊張したぁ!」

「こりゃたまげたねぇ。大したモンだよ」

「チャチャ!お先に!」

「本当に凄かったです。次は私の番ですね」


 2人の弓射を見て私は燃えてる。でも、なにも感じていない素振りで笑顔のサマラさんから弓を受け取り、2人が射った場所より後ろに歩き始める。


「なんだってんだい…?」

「チャチャ!もっと前だよ!」

「ココでいいです」


 私が立っているのは、2人の射程距離よりかなり遠い。


「さすがに遠すぎだろ。負けず嫌いは嫌いじゃないけどねぇ」

「私も厳しいと思う!」

「大丈夫です。…サマラさんの矢を狙います」

「えっ?」


 今の私ならできるはず…。集中しろ…。射抜く自信はある。


 弓を構え、精神を極限まで集中して矢を放った。先にサマラさんが放っていた矢の矢尻に命中して、キレイに2つに裂ける。


「うっそぉ!?」

「まぐれじゃないのかい…?」

「あと4本、全部狙います」


 宣言通りに、残りの4本もサマラさんの矢に命中させた。


「アンタはとんでもない子だねぇ!あたしゃシビれたよ!」

「あははは!笑うしかない!負けて悔いなし♪」

「弓は私の取り柄です。2人には負けられません」

「ははははっ!あたしゃ獣人らしいアンタ達が好きだ!」


 その後もしばらく弓を競って遊んだ。



 ★



 楽しい時間は過ぎるのも早い。アイヤが帰る時間を迎えて、サマラはチャチャと一緒に見送ることに。


 私もチャチャも憧れる格好いいお婆ちゃん。本音の本音でこんなお婆ちゃんになりたいなぁ。自分の孫とか軽々ぶん投げたい。


「楽しかったねぇ。また来るよ」

「いつでも待ってる。ボクも会いに行く」

「私達も遊びに行くよ!」

「今度は皆で行きます」

「待ってるさ。ところで、この小っさい鍋はなんだい?」

「魔法で小っちゃくしてるんだ。本当は…」


 目の前で『圧縮』を解除するウォルト。相変わらずお見事。


「たまげるねぇ。食い物でもできるのかい」

「鍋の中身は激しく駆けても溢れないよう凍らせてある。魔法を解除するまでは溶けない。解除用の魔石も渡しておくから。接触させるだけでいい」

「へぇ。魔法ってのは便利だねぇ」

「鍋は返さなくていいし、いろんな薬も使い方を書いて袋に詰めてある。困ったらいつでも来てほしい。ボクが作れるモノならなんでも作るから」


 孫の有り余る優しさに、アイヤさんは苦笑いしてる。お節介に近いもんね。


「親切過ぎるんだよ。薬なんてアンタが困るんじゃないのかい」

「逆だよ。置くところがなくて困ってるんだ。だから貰ってくれないか?」

「そうかい。有り難くもらうよ」

「あと、ばあちゃんに会ったら渡そうと思ってたモノがあるんだ。コレもよかったら貰ってほしい」


 ウォルトは、アイヤさんの両掌くらいの大きさの板を渡した。


 …ん?板じゃなくて裏返した額…?


「ボクが描いた絵なんだけど」

「へぇ。アンタは絵も描くのかい」

「「えぇっ!?」」


 私とチャチャは思わず声が出た。予想もしてなかった絵のプレゼント。アイヤさんの心臓は大丈夫かな…?場合によってはタオに帰れなくなる可能性すらあると思う。その時は私がタオまで駆けて料理を届けようかな!


「一体、どんな絵なんだ……い……」


 裏返して絵を見たアイヤさんの動きが止まって、私とチャチャは喉を鳴らした。大きな笑い声が上がる可能性大。耳を塞ぐ必要があるかも!


「うっ……うぅぅっ~っ!!」


 表情を崩したアイヤさんは、突然ウォルトに抱き着いて涙が頬を伝う。別の意味で私達は驚いた。


「気に入ってもらえた?」

「バカだねアンタはっ…!ホントに…ばあちゃん孝行が過ぎる孫だよっ…!」

「よかった…。こんな絵しかあげられないけど」

「ふざけんじゃないってんだ!涙も枯れたババアを泣かせるなんて、大したもんだよっ!うぅぅ~!」

「泣かせるつもりはなかったんだ。ゴメンね」


 微笑んだウォルトはそっとアイヤさんを抱きしめた。アイヤさんの持つ額の中には…生きているかのような精密さで優しげな猫の獣人の肖像画が描かれてる。きっと亡くなったサバトさんだ。どことなくウォルトに似てる。


「じいちゃんがばあちゃんにだけ見せる顔を描いてみたんだ」

「わかってる…!うぅ~!ありがとうよっ…!」


 ウォルトは、アイヤさんが泣き止むまで子供をあやすように優しく背中をさすっていた。落ち着いて帰る準備を整えたアイヤさんを私達は外で見送ることに。


「ボクがタオまで背負っていこうか?瞼の厚さが倍くらいになってるけど、前見えてる?」


 アイヤさんの瞼は別人に見えるくらい腫れてる。


「誰のせいだい!まったく!ババア扱いするんじゃないよ!」

「そんなつもりで言ったんじゃないよ」


 ウォルトは苦笑して『治癒』でアイヤさんの瞼を回復させる。綺麗に元通り。


「ありがとうよ。これで元の別嬪さんに戻ったねぇ」

「………」

「なんとか言いな!ぶん投げるよ!」


 私とチャチャは掛け合いに笑顔を浮かべる。豪快で面白いおばあちゃんと、ちょっと抜けてる真面目な孫はなんだかんだ仲良しだ。


「それより重くない?」

「軽いさ。体力も回復してもらったからねぇ。万全だよ。そろそろ行こうかね」

「そっか。またいつでも来て」

「また来るさ」


 私達も言っておこう!


「アイヤさん!次こそ相撲で勝つよ!」

「私も鍛えておきます!」

「あっはっは!生意気な子達だ!最高に楽しかったよ!じゃあね!」



 アイヤさんはタオに向かって駆ける。お腹を空かせているだろう子供達の元へ。


 最愛の孫からの最高の贈り物を胸に。

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