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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
362/706

362 久々にやろうかねぇ

 皆で会話しながらお腹が落ち着くのを待ってウォルトが訊いた。


「ばあちゃん。久々に相撲とる?」


 ばあちゃんといえば相撲。相撲といえばばあちゃん。


「聞くだけ野暮だよ。相撲をとらない熊はただの熊さ」


 ……どういう意味?きっと獣人特有の『それっぽいこと言ってみたかった』だけだな。ボクもそんな時がある。


「今日は負けないよ。腹も膨れてあたしゃ万全さ!」

「アルクスさんとも相変わらず?」

「アルクスは、大分動けるようになったけどまだまだだねぇ。ちっとは毛が柔らかくなってきたくらいか」


 と、サマラが手を挙げた。


「アイヤさん!私も相撲とりたい!」

「アンタがかい?あたしゃ相撲じゃ手加減できないんだよ」

「大丈夫!負けないから!」

「言うねぇ。そういう女は嫌いじゃない」


 チャチャも申し訳なさそうに口を開く。


「あの、私もやってみたいです」

「アンタ達は…いいねぇ!まとめてかかってきな!」

「ばあちゃん、ボクは?」

「アンタは行司をやりな」

「いらないだろ?」 


 行司は簡単に言うと相撲の審判。


 でも、獣人同士の相撲でははっきり言って必要ない。ほぼ同時に倒れたとしても、白黒ハッキリさせるまで再戦するのが普通。決着が微妙なときの判定なんて必要ない。

 本当は、吊り上げて外に出したりするときの『勇み足』なんて決まり手もあるけど、それじゃほとんどの獣人は納得しないから。

 ただ、チャチャとサマラがばあちゃんと相撲をとるなら、なにかあったときフォローできるよう直ぐ傍にいたほうがいいな。ばあちゃんは、相撲になると周りが見えなくなって無茶苦茶するときがある。



 まずは外に出て更地に即席の土俵を作る。『大地の憤怒』を詠唱して、地面に円を描くように土を盛り上げるだけの簡単作業。

 俵に足がかかっても崩れないように、しっかり魔力で保持するだけ。魔法の修練になる。


「土俵はこんなモノかな」

「あっはっは!魔法だと仕事が早いね!まずはどっちからだい?」

「私が先にいいですか?」

「いいよ!アイヤさんはかなり力が強いと思う。気をつけて」

「わかってます」


 ばあちゃんとチャチャは、土俵中央で対峙する。距離はちょっと遠い。ボクはとりあえず近くに行司っぽく立ってみる。


「チャチャ。やるからには全力でかかってきな」

「もちろん全力でいきます」

「じゃ、2人とも準備はいいかな?はっけよ~い、のこった!」


 ボクの掛け声と同時に、チャチャが素早くばあちゃんの懐に潜り込んで右足をとった。見事な動き。でも…。


「重っ…!う、動かないっ!!」


 ばあちゃんはビクともしない。


「あっはっは!いい動きだ。けど甘いねぇ!」


 チャチャの身体を軽々持ち上げて、その場で放り投げる。


「おらぁっ!」

「くっ…!」


 チャチャは空中でくるっと回転して、しっかり土俵の中に足から着地した。身軽だなぁ。


「やるじゃないか。次はどうすんだい?」

「…いきます」


 再びチャチャは正面から潜り込もうとする。素晴らしい瞬発力。


「今度はがっちり捕まえるよ!」


 ばあちゃんがチャチャの身体に触れる寸前で姿が消えた。


「なにっ!?」

「うらぁぁぁ!」


 素早くばあちゃんの背後に回り込んだチャチャは、捕まえようと少し前のめりになってるばあちゃんを押し倒すために、股の内側から足をかけて押し倒しにかかる。いい作戦だと思う。


「速いじゃないか…。やるねぇ」

「ぐうぅっ…!くぅっ…!動かないっ!」


 掛けた足はビクともしない。押し倒すにも体格差がありすぎる。直ぐに無理だと判断したチャチャは離れて間合いをとった。


「楽しいねぇ。アンタは賢くて知恵がある。まるでウォルトみたいだ。相撲は力だけじゃない。その身体で大したもんだよ」

「…負けたくないのでできることはやります」

「獣人だねぇ!気に入った!次はコッチからいくよ!」


 ばあちゃんはチャチャを捕まえようと動く。けれど、軽やかに躱して大きな手から逃れる。


「ちょこまかと素早いねぇ!」

「私の武器です!」


 しばらく追いかけっこは続いた。ばあちゃんが捕まえそうだけど、チャチャは捕まらない。熊と猿のいたちごっこ。


「2人とも凄いね!」


 隣でサマラも観戦してる。


「チャチャの動きがいいからばあちゃんも捕らえきれない。凄いよ」


「はぁ…はぁ…。すばしっこいねぇ」

「はぁ…はぁ…。アイヤさんも速いです」


 2人は息があがってきた。でも、互いにチャンスを狙ってる目をしてる。


「最初に捕まえたとき、思いっきりぶん投げるべきだった。後悔してるよ」

「正直助かりました」

「さて…このままじゃ埒があかないねぇ」


 ニヤリと笑ったばあちゃんは、大きく息を吸い込む。膝にタメをつくると、爆発的なスピードでチャチャに迫る。口には出せないけどベア系の魔物のよう。

 熊をよく知らない種族からは、その体躯からパワー系だと勘違いされがちだけど、瞬発力ももの凄い。長時間駆けたりする持続力は少々劣っても、破壊的な力と爆発的な瞬発力をもって短時間で獲物を仕留める。それが熊。


「もらったよ!」


 チャチャは集中したまま躱そうとしない。


「やっと捕まえた!」

「ふぅっ…!」

 

 手を伸ばして掴まれる寸前、チャチャは消えた。いや、素早く屈んだ。


「なにっ!?」

「でやぁっ!」


 チャチャは、ばあちゃんのスピードを逆に利用して冷静に足を引っ掛けて転ばせる作戦に出た。身を躱しながら足を上手く掛ける。地面に手を着いたらばあちゃんの負けだ。


「頭を使ったいい作戦だ…。けど、そのくらいじゃあたしゃ止まらないよ!」

「わぁっ!」


 ばあちゃんはビクともせず、逆に足を掛けたチャチャが弾かれて体勢を崩した。そして、遂にチャチャを捕まえる。


「楽しかったよ。女を仕留めるのにこんな時間がかかったのは久々だ。それもここまでさ!おらぁぁ!」


 今度こそ土俵の外まで豪快に投げ飛ばされて、上手く着地したもののチャチャの負け。

 

「そこまで!勝者ばあちゃん!」

「惜しかったね、チャチャ~!」


 気持ちだけ軍配を上げる。出番がないからせめてこれくらいは言っておこう。


「あっはっは!面白い相撲だったよ!」

「悔しいぃ~!」

「アンタはまだ強くなる!これからもその意気だ!さて、お次はサマラだねぇ」


 ばあちゃんがサマラを見ると、ニンマリ笑った。


「ウォルト!アイヤさんを魔法で回復してくれない?」

「いいよ」

「いらないよ。疲れてなんかないさ」


 まぁ、ばあちゃんはそう言うだろうね。でも回復するべきだ。


「サマラは公平な勝負をしたいんだよ。チャチャといい勝負した直後だし、この場所まで駆けてきた疲れもあるだろう?」

「その通り!」

「そうかい。だったら言葉に甘えようか。疲れさせときゃいいだろうに、本当に面白い子達だよ」


『精霊の加護』で、ばあちゃんの体力を回復する。『治癒』よりも『精霊の加護』のほうが体力の回復は速い。怪我はしてないみたいだし。


「気持ちいいねぇ。よく知らないけど、アンタの魔法は温かいよ」

「そうかな?」

「「そうだよ!」」


 なぜかチャチャとサマラが答えてくれる。自分じゃ気付かない。

 

「もう大丈夫だ」

「アンタは凄いね。確かに力が戻ってるよ」

「じゃあ、早速やろう!」

「元気な子だ。威勢はいいけどそんな細い身体で相撲できるのかい?」

「私は負けないよ!」


 土俵の中央で向かい合うサマラとばあちゃんは、2回り以上体格が違う。


「アイヤさんは凄く強いね。肌も若い獣人みたいだった」


 隣に来てくれたチャチャが呟く。


「そうだね。まだ毛も柔らかいんだ。でも、実際は60近いからね」

「こら、ウォルト!歳をばらすんじゃないよ!」

「ゴメン」


 ばあちゃんも歳のことは言われたくないんだな。肝に銘じておこう。では、気を取り直して。


「2人とも、準備はいい?」

「いいよ!」

「土俵に立ったらいつでもいいさ」

「はっけよ~い……のこった!」


 声をかけると同時に、サマラが低い体勢からばあちゃんの胸にぶちかました。


「ウォラァァッ!」

「グゥゥッ…!?」


 あまりの速さと衝撃に、ばあちゃんも面食らって上体が仰け反る。狼の獣人であるサマラの力が強いとは思ってもいなかったろう。


「うりゃぁぁっ!」


 サマラは、ばあちゃんのズボンを掴んで胸を合わせると、一気に土俵際まで押し込む。凄い力だ。もう俵に足がかかりそう。


「くうっ…!おらぁっ!」

「あぶなっ…!」


 サマラのズボンを掴んで、土俵際で投げを打ったばあちゃんの足をサマラはこれまた華麗に空かした。反射神経と運動能力が凄い。


 今度は攻守交代とばかりに、ばあちゃんが一気に押し込む。


「グルァァァッ…!」

「くうぅっ…!」


 一気に土俵の中央付近まで押し戻される。近くに押し出すのは、土俵際まで押し込まれてプライドが許さなかったんだな。

 がっぷり組んだまま2人の動きが止まった。ここまでの攻防で既に息が上がっている。


 サマラの頭に顎を載せるような体勢のままばあちゃんが口を開いた。


「はぁ…はぁ…。サマラぁ!」

「はぁ…はぁ…。なにっ?!」

「危なかった。ウォルトに負けたときより驚いたよ。その身体のどこにこんな力があるんだい?アンタはとんでもない狼娘だ!」

「私は…チャチャやアニカやウイカと違って(これ)しかないからね!力比べじゃ負けないよ!」

「はははっ…!面白すぎるねぇ!きなっ!」


 一進一退の攻防が繰り広げられる。押したり引いたり、投げたり堪えたりと名勝負。


「くらいなぁ!」

「なんのっ!これでどうだぁ!」


 サマラは相撲が得意でもないのに、歴戦の猛者であるばあちゃんに対して一歩も退かない。さすがの戦闘センス。ばあちゃんも年齢をまったく感じさせない力強さを発揮して、熟練の技を披露してる。


 とにかく負けず嫌いな獣人2人。肩入れはできないけど、どっちも頑張ってほしい。


「はぁ…はぁ…。やるねぇ!意地でも勝ってやるさね!」

「ふぅ…ふぅ…。こっちの台詞だよ!」


 汗だくになってずっと組んだまま相撲は続く。身体を離すと一気に持っていかれる可能性が高い。あと、単に負けず嫌いだから先に離れるのは負けたみたいで嫌なんだろう。


「マズいかも…」


 固唾を呑んで見守っていたチャチャがポツリとこぼした。


「マズいってなにが?」

「この相撲……兄ちゃんが予想もしない結末になるかも」

「どういうこと?」


 予想もしない結末ってなんだ?このままだと、体力に勝る方が勝つ可能性が高いとは思うけど。なんにしても引き分けだけはあり得ない。


「…ちまちませず一気にいくよ!グルァァ!」

「…負けるかぁ!ウォォラァァ!」


 2人は同時に相手を吊りにかかる。持ち上げて土俵の外まで一気に吊り出す気だ。どんな力持ちでも、持ち上げられると抵抗できない。ほぼ吊られた方が負ける。


「グルァァァァ…!」

「ウォォラァァァ…!」


 気合いの声が響き渡る。ボクとチャチャも息を呑んで見守る。そして…予想していなかったことが起こった。


「えぇぇぇぇっ!?」

 

 ボクが目を見開いてる隣でチャチャが呟く。


「やっぱり…」



 ★



 チャチャは途中から予想できていた。


 2人の履いているズボンのお尻の部分が、ビリッ!という音と共に大きく裂けて下着が丸見え。

 度重なる怪力による揺さぶりで、縫い合わせている糸が切れそうになり、無理やり吊りに出たことで縫い目にトドメを刺したと思われる。


 サマラさんとアイヤさんの動きがピタリと止まり、大きな声を上げて笑う。


「あはははっ!こりゃまいったね!気が抜けたよ!」

「あはははっ!予想外だった!」

「勝負はここまでかねぇ?アンタはどう思う?」

「そうしよう!だってお尻がスースーする!」


 痛み分けで互いに笑顔。


「楽しそうなところすみません」


 私は歩み寄って2人に声をかけた。


「なんだい?」

「なに?」

「兄ちゃんが」


 私の指差した先には、耳まで真っ赤にして顔を隠して座り込む兄ちゃんの姿。我に返ったサマラさんは慌てて手でお尻を隠す。でも、アイヤさんは違った。


「こら!ウォルト!ばあちゃんの尻を見たくらいで照れるんじゃないよ!ほれ、もっと見な!ほれっ!」


 ズボンが破れたお尻を兄ちゃんに向ける。


「やめてくれ!ボクは母さんやばあちゃんとは違うんだよ!」


 顔を逸らして手で制してる。大袈裟だと思うけど、兄ちゃんは初心だから。


「失礼だねぇ!アンタはアタシの自慢の孫で、ミーナの自慢の息子だ!恥ずかしいことなんかないだろ!」

「そんなこと言うとじいちゃんが怒るよ!」

「いいや怒らない!サバトは心が広いからねぇ!あっはっは!」


 その後しばらく、熊の祖母による猫の孫いじりは続いた。

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