361 身バレした
カネルラの一年で最も寒い亜季節。
去年のように寒波?が襲ってくることもなく、ウォルトは日々鍛練に励んでいた。
朝早くから修練場まで疾走して、スケさん達を相手に魔法の修練を満足いくまで行い、また全力で駆けて帰ってきた。充実した鍛練を終えて日向ぼっこしながら小休止中。
微笑みながら顔を上げ、目を薄めて空の匂いを嗅ぐように鼻をピスピスと動かす。森の空気は木々と土の匂いで、胸一杯に吸い込むと気持ちいい。
ん…?
スンと鼻を鳴らす。この匂いは…。
風上に目を向けると、よく知る人物の姿。ココに来るのは初めて。笑みを浮かべて歩み寄る。
「わざわざ遊びに来てくれたの?…って、えぇっ!」
「ウォルト~!元気なのかい!おらぁぁぁ!」
一気に距離を詰められて懐に潜り込まれ、腰に乗せられてぶん投げられた。空中で華麗に宙返りして着地する。
「ばあちゃん。いきなり投げたら危ないよ」
「ははははっ!相変わらず身軽だねぇ!」
訪ねてきたのは、祖母である熊の獣人アイヤばあちゃん。
「遠いところお疲れ様。とりあえず冷えたお茶でもどう?」
「このくらい大したことないさ!ババア扱いするんじゃないよ!」
「してないよ。ばあちゃんは若いからね」
「お世辞が上手くなったねぇ!とりあえず3杯は飲むよ!魔法で冷やしとくれ!」
「わかった。中に入って」
「邪魔するよ!」
ドカドカと豪快に歩みを進める。元気そうでよかった。
「キレイにしてるねぇ。女がいるのかい?」
居間のテーブルに座って大きな声で訊いてくる。台所から答えた。
「いないよ。絶賛お1人様だね」
「そうかい!まだまだ死ねないねぇ!」
3杯飲むと言っていたので、住み家にある一番大きなコップでキンキンに冷やしたお茶を出してみる。マードックが酒を飲む用に木を彫って作った。オーレン達のコップの3倍近い容量。
ばあちゃんはガッと掴んで、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
「ぷはぁ~!相変わらず美味いね!最高さ!もう一杯おくれよ!」
「わかった」
なるほど。台所に戻り、さらに予備のコップにも淹れて両手で2杯持ってきた。
「アンタは気が利くねぇ!そういうことさ!」
「どういたしまして」
ばあちゃんは凄いな。まさか、この大きさで3杯飲むなんて。身体は大きいけどお腹壊さないのかな?いつもヘソの出た服を着てる。
「ぶはぁ!生き返ったねぇ」
「お腹空いてない?ご飯も作れるよ」
「あとでもらおうか。駆けたあと飯を食うにも一休みが必要になっちまってね。アタシも歳かねぇ」
「それが普通だよ」
今までがおかしかったんだ。でも、そう考えると年をとったってことか…。そうは見えないけど。
「さっきも訊いたけど、遊びに来てくれたの?」
「まぁね。孫の顔を見に来たのさ。あと、アンタに訊きたいことがある」
「ボクに訊きたいこと?」
ばあちゃんはニヤリと笑った。
「最近、タオに来た行商人から聞いたんだよ。王都の武闘会ってのに、サバトって魔導師が現れたってね…」
ジロリと見てくる。
「へ、へぇ~。じいちゃんと同じ名前だね。珍しくもないけど…」
「そうかねぇ?アタシゃ聞いたことないよ。アンタはサバトの話を知らないのか?」
表情からして怒ってるな…。直ぐバレるから、噓はつかずにそれとなく誤魔化してみよう…。
「ボクはココに住んでるからね。街にもほとんど行かないし」
「そうかい。サバトってのはとんでもない魔法使いで、エルフのくせに白猫の面なんか被ってたらしいのさ」
「へ、へぇ~。変わってるね」
「偶然にしちゃあ出来過ぎと思わないかい?ウチの旦那の……サバトの孫には魔法使いの白猫がいるんだよ…」
ばあちゃんの孫でもあるけど…。背中を一筋の汗が伝う。そして確信した。もうバレてるな…。知り合いには皆バレた。変装の意味ってなんだろう?ばあちゃんなんて見てもいないはずなのに。
観念して口を開く。
「ゴメン。そのサバトは変装したボクなんだ…。じいちゃんの名前を借りて武闘会に出たんだ…」
「……やっぱりそうかい!」
孫が変な格好した挙げ句、最愛のじいちゃんの名を名乗って人前に出たなんて、ばあちゃんは怒って当然だ。
しかも、悪目立ちしすぎたのか各地で凄く話題になってるらしいし…。思いつきだったから言い訳もない。あの時は、ただじいちゃんの名前が浮かんだ。殴られても黙って受け入れるしかない。
「アンタは……さすがだねぇ!」
「え…?」
顔を上げると、ばあちゃんは仁王立ちで満面の笑みを浮かべてる。
「怒ってないのか…?」
「なんで怒る必要があるんだい?サバトの名をカネルラ中に轟かせた!あたしゃ誇らしいよ!」
「誇らしい…?」
なんでだ?
「その商人が言ってたのさ。「サバトの名は間違いなくカネルラの歴史に刻まれる」って!しかも中身は可愛い孫だ!旦那の名を孫が継いで、でっかいことをやった!こんなに嬉しいことはないんだよ!他の奴がサバトの名を騙ってたらぶっ殺してやるけどさ!」
でも、変な意味で名を刻んでるんだよなぁ…。
「で、確かめに来たってワケさ。あとアンタは勘違いしてる」
「ボクが勘違い?」
「変な面を被ってたから有名になったと思ってんじゃないか?」
「商人はそう言ってなかった?」
「違う。アンタの魔法が凄かったと言ってた。運よく会場で見たらしい」
「ボクはなんとか負けなかっただけだよ」
「結果、勝ったら凄いだろ。おかしなこと言うねぇ」
「う~ん…。勝ったとは言えないんだけど、話せば長くなるからなぁ」
ちょっと説明が難しい。世の魔導師はいつだって全力じゃないって言っても、「じゃあ、いつ全力なんだい?」って言われそうだ。
「細かいことはいいんだよ!とにかくあたしゃ嬉しかったんだ!」
「それならよかった。ボクは…じいちゃんに恥ずかしくない闘いはできたと思う。格好は変だったけど」
「どうせなら、ちゃんとサバトラ猫の面にしてほしかったけどねぇ」
「手持ちになかったんだ。今度作ってみようかな」
ばあちゃんの心の広さに感謝しながら、久々にタオの話を聞いていると、玄関のドアがノックされた。
「誰だい?」
「友達だよ。紹介する」
誰なのかはノックでわかった。出迎えに向かう。
「いらっしゃい」
「半日暇になったから休んで遊びに来たよ!」
「来る途中でたまたま会ったから一緒に来たの」
ドアを開けた瞬間、速さを競うように抱きついてきたのはサマラとチャチャだった。ノックしたのがサマラなのはわかったけど、2人で来るのは珍しい。
「なんだい。ちゃんと女がいるんじゃないか。アンタも隅におけないねぇ」
いつの間にかばあちゃんが後ろから覗いてる。
「2人は友達だよ」
「抱き着いてるのにかい。おかしなこと言うねぇ」
「「誰…?」」
2人は初めて会うのか。サマラも会ったことなかったっけ。それにしても、驚いて離れたりしないのが堂々として凄い。
「アイヤばあちゃんだよ。ミーナ母さんの母さんなんだ」
「えぇっ!?本当に!?若っ!」
「熊のおばあさんなんだ?!…っていうか、本当におばあさんなの?どう見ても若過ぎるけど…。兄ちゃん、騙そうとしてない?」
「してないよ」
ばあちゃんが笑顔で歩み寄ってくる。
「あっはっは!嬉しいねぇ。アタシはアイヤだ。よろしく!」
サマラとチャチャも、ボクから離れて挨拶する。
「サマラです!ウォルトの幼馴染みなの!」
「チャチャです。兄ちゃんの友達です」
「サマラとチャチャか。覚えたよ。狼と猿かい?」
「「はい」」
「そうかい。一緒に飯でも食おうじゃないか。ウォルト、頼むよ」
「わかった。ゆっくり話してて。ばあちゃんは母さんと違って常識あるから」
それだけ告げて台所に消える。
★
今日はよく冷えた果実水をもらって、女3人でテーブルを囲む。
アイヤはウォルトの過去を知っている。だから、サマラとチャチャに会えて嬉しい。
「ミーナさんは常識あるよね~?」
「です。兄ちゃんは大袈裟なんですよ」
「あっはっは!アンタ達はいい子だね!ミーナを普通だって言えるなんてさ!」
なかなかのモンだね。我が子ながら騒がしいだけできかん坊な三毛猫だ。
「どっちかというと、常識がないのはウォルトの方だよ」
「そうですね。非常識の塊みたいな獣人です」
「あっはっは!ハッキリ言うねぇ!間違いないけどさ!ところで…」
顔を近づけて小声で訊く。サマラとチャチャも身を乗り出して、テーブルの中央に密集する形。
「アンタ達は…あの子のタダの友達じゃないんだろ?」
「今は友達だけど、番を狙ってるの」
「私達はライバルです。あと2人います」
「やっぱりそうかい。鈍いとは思ってたけど、そこら辺の男に抱き着く女がどこにいるんだい。女をバカにしてるよ、あの子は」
静かに怒る。自慢の孫だし、可愛いけどさすがに頭に来るねぇ。アタシも女だからこの子らの気持ちが痛いほどわかるんだよ。
ふふっ!とサマラとチャチャは笑った。
「逆にそこを利用して少しずつ慣らしてるんだよね。一気に攻めるのは難しいのがウォルトだから」
「あの手この手で皆で攻めてます」
なるほどねぇ。面白い子達だ。
「逞しいじゃないか。お互い負けないよう頑張りな。あの子は爺さんに似てるから鈍感だろうさ。必要なら気合い入れるからいつでも言いな。あたしゃ、タオって小さい里に住んでる。サマラは同郷なら知ってるかい?」
「大体わかる!その時はチャチャにも教えるよ!」
「ありがとうございます」
「アンタ達に会えただけでも今日来た甲斐がある。心配だったからねぇ」
「ウォルトのこと?」
「そうさ。あの子はなんでもできる。普通は、できないことを補う相手に惹かれるってもんだ。女なんか要らないと思ってんじゃないかってね」
「こっちから押し売りするから」
「4人いて全員いらないとは言わせません」
大したもんだよ。この子らが相手なら心配いらなそうだ。
「あんた達はいい子だねぇ。その意気さ。あとの2人もアンタ達みたいな子かい?」
「人間の姉妹なんだけど逞しいの。かなりの強敵なんだよ~」
「仲はいいです。私達は4姉妹みたいなモノですから」
ははっ。本当に面白い子達だねぇ。恋敵なのに姉妹ってか。
「みんな違っていいのさ。皆でタオに遊びに来ておくれよ」
そうこうしていると、ウォルトが笑顔で料理を運んできた。相変わらずいい匂いだ。腹が減ってきちまうよ。
★
「料理できたよ。ばあちゃんはなんか嬉しそうだね」
とても機嫌の良さそうな顔をしてる。
「そりゃそうさ。タオには子どもかジジババしかいない。たまには若い子と話さないとどんどん年寄りになっちまう」
「そっか。ばあちゃんに久しぶりに食べてもらうから気合い入れたよ」
「頂こうかね」
「「いただきます!」」
今日は、ボクの知るそれぞれの好みに合わせて、かなり気合いを入れて作ってみた。
スケさんの奧さんであるネネさんの料理から学んだ。料理は、技術もあるけどなにより気持ちだって。気持ちが伝わったのか黙って一心不乱に食べてくれて嬉しい。
旬の野菜と共に甘辛く煮た肉を、蕩けるほど柔らかくジューシーに仕上げた。今日はかなり美味しくできた自信がある。
「ウチの孫はバケモンだねぇ…。参っちまうよ…」
「料理だけで、何人も落とせるよね…」
「一切手加減しないから困ります…」
なにを言ってるのかさっぱり理解できない。ボクは化け猫じゃないし、人も投げ落としたりしない。なにかされない限りは。
匙を止めない3人はお代わりもキレイに平らげて、グテ~っとテーブルに突っ伏した。満腹になりすぎると動けなくなるよね。
「ごちそうさん…」
「お粗末さま。片付けてくるからゆっくりしてて」
「はいよ…」
顔を上げずにアイヤが口を開く。
「サマラ…。チャチャ…」
「なに…?」
「なんでしょう?」
「負けないように修行しな…。けど、諦めも肝心だよ…。あたしゃコレに勝つのはかなり厳しいとみたよ…」
「だよね…」
「ですよね…」
「麻薬ってのはこんな感じかね…。変なモノを入れてないか疑いたくなる…。ウォルトの料理しか食えなくなっちまいそうだよ…」
「胃袋を掴むっていうのは、きっとこういうことだよ…。私はもう外食できなくなったから…」
「私もです…」
誰も目を合わせず満腹感で動けずにいたが、アイヤは気合いを入れて声を上げる。
「ウォルト~!」
「どうしたの?」
台所からひょっこり顔だけ出した。
「アンタは…死ぬまでアタシらに美味い飯を食わせてくれるのかい?」
意外な問いにもウォルトはニャッ!と笑った。
「美味しいかは食べてもらわないとわからないけど、ボクが元気な内は食べてくれると嬉しいよ」
そう言って片付けに戻った。