360 種族間の溝
「ウォルトさん、ありがとうございました!ウイカとアニカもありがとう!」
家に帰りながらウイカから状況を簡単に説明されたオーレンは、ボクらに深々と頭を下げる。
「気にしなくていいよ。ボクは勝手にやったことだから」
「いえ!俺の注意が足りなくてはめられたんで!今後は気をつけます!」
「誰も予想できないさ。直ぐに疑いが晴れてやかったよ」
アニカがオーレンの肩を叩く。
「残念だったね!愚弟としては、もうちょっと拘束されたほうが箔が付いたけど!」
「んなワケないだろ!」
「ギルドには明日説明に行こう。マックさん達が心配してくれてたよ。急いで教えに来てくれて」
「そうか…。お礼を言わないと…」
真剣なオーレンと対照的に、アニカは笑みを浮かべる。にやっ…と含みがある笑い方。
「オーレン」
「なんだよ?」
「ちょっと訊きたいんだけど、なんであんなとこにいたの?」
オーレンはギクッ!と肩をすくめた。後ろめたいような反応だけど、隠してることでもあるのかな?匂いも動揺してる。
「言われてみれば確かに。なんでいたの?」
「お姉ちゃん…。近くになにがあったか覚えてる?」
「近くに…?確かドッグレース場があったけ…ど!」
なにかに気付いて驚いた表情のウイカ。
「えぇ~、その通りですぅ~。オーレン、あなたはぁ~、私達に止められてるにもかかわらずぅ~、凝りもせずギャンブルに行ってたんですねぇ~。ん~。違いますかぁ~?」
4つ指をおでこに当てて、迷探偵アニカの推理が光る。そういうことか…。
「ち、違うっ!俺は行ってない!」
「懲りずにギャンブルで負けて…私達にお金を借りたから禁止令を出したよね…?」
「行ってないって言ってるだろ!しつこいぞ!」
「へぇ…。そこまで言うなら財布の中身を見せろ!ギルドで報酬もらうときにチラッと見たら、ほぼ空だったよね!」
「今日の報酬がいくらなのかは私達も知ってるし、行ってないなら見せられるよね…?」
姉妹にジリッ…ジリッ…と詰め寄られるオーレン。蛇に睨まれた蛙状態。
「くっ…!」
「あっ!逃げたっ!」
「こら!お金返しなさい!」
直ぐにアニカの『拘束』で捕獲されて、財布を奪われた。見事な詠唱だ。腕を上げてるなぁ。
「あぁ~!勝ってる!今すぐ利子付けて返してもらうからね!」
「私もだよ!」
「俺の金だぞ!横暴だっ!恐喝だっ!」
「「それはアンタだよ!」」
いつもの時間が帰ってきたことが嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。
3人の住居に到着すると姉妹からお誘いが。
「ウォルトさん。今日は泊まっていって下さい」
「お世話になったので!」
「急だけどいいの?」
「いつだって大丈夫です」
「むしろ同居していいですよ♪オーレンを追い出します!」
「お前らが出て行けよ!」
「お金ないくせに偉そうに言うじゃん」
「くぅっ…」
家に入るとまずお茶を淹れに向かう。淹れるのはハーブティーに決めた。オーレンにリラックスしてもらおう。
「美味いです…。落ち着きます」
「お腹空いてない?なにか作ろうか?」
「いいんですか!?留置所の飯じゃ足りなくて!ガッツリしたヤツが食いたいです!」
「わかった。アニカとウイカは?」
「「私達も食べます!」」
「わかった。今日は手伝いはいいよ。ゆっくり話してて」
★
アニカはオーレンに念押ししておきたいことがある。
さてと…ウォルトさんが調理をしてる間に、オーレンに言っておこうか。この兄貴分はきっと今回の件を軽く考えてる。
「オーレン」
「なんだよ?」
「今日の件で私達には感謝する必要ない。でも、ウォルトさんには感謝しなよ」
「言われなくてもわかってるよ」
「アンタはなにもわかってない。ウォルトさんがいつものように全部軽々終わらせたと思ってるでしょ」
「違うのか?」
「今回は全然違うよ」
お姉ちゃんも一緒になって説明してくれる。
「ウォルトさんは、なにも教えてくれない衛兵に食ってかかったの。その人のことを友人だって言ってたのに。「もうお前と話すことはない」って言い切って」
「友人なのに…か?」
「怒ってたよ。もの凄い殺気だった。全身鳥肌が立って足が震えるくらい。あそこまで怒ったウォルトさんを私は初めて見た」
「俺のタメに…そこまで…」
「私達は大切な友人で弟子なんだって…。罪の重さは関係なくて、やれることをやってあげたいって言ったの」
「マジか……。嬉しすぎる…」
ウォルトさんは、きっと私やお姉ちゃんが同じ目に遭ったとしても同じ行動をする。オーレンは知らないからヘラヘラしてるだけ。
「今回勾留されたのはアンタに非はないかもしれないけど、師匠の優しさはちゃんと胸に仕舞っとけ。私が言いたいのはそれだけ」
「あぁ…。教えてくれてありがとう…」
「それに、ウォルトさんの姉貴分の人にも情報提供してもらったんだよ」
「その人にもお礼を言わなきゃな…。今度教えてくれよ…」
「「断る!」」
「なんでだよっ!」
下らない会話で暇を潰していると、待ち焦がれた料理が運ばれてくる。今日はガッツリした肉料理。限られた食材から予想もしない料理を作り出すウォルトさんはまさに神の手!
そんなウォルトさんは、いつものように『お茶うみゃ~』状態で和やかに茶をすする。どうやら自分の分は作らなかったみたい。お腹減ってないのかな?
「そういえば、真面目そうな衛兵が留置所まで来てくれた」
「そうなの?」
「「今、仲間が調べてるから心配するな」ってわざわざ言いに来てくれて、ホッとしたんだよ。やっぱ留置所にいると悪いことばっか考える」
「へぇ~。ぶん殴られればよかったのに」
「意味わかんねぇ!なんでそうなるんだよ!」
「恋が始まってたかもしれないじゃん」
「そんなきっかけあるかぁ!」
★
オーレンの話を聞きながらウォルトは思う。
今回の件について衛兵に落ち度はない。物的証拠も証言と一致して、取り調べたのも当然。悪いのはオーレンを犯罪者に仕立て上げようとした3人組だ。
ボリスさんの言う通り、恐喝が真実であっても…たとえ冤罪で立件されても罪は軽かったはず。頭では理解できていた。
ただ、それではボクの気が済まない。簡単に言うと我が儘だ。ボリスさんは真面目で、法や規則を破る行為は駄目だと断じる芯の強さを持ってる。衛兵としては至極正しい行動なんだろう。
ただし、ボクとは相容れない。なぜなら感情が法を簡単に超えるから。法は、平和な世界や国を統制、構築する主軸であって原則として守る必要がある。混沌とした世界に陥ることを防ぐタメに。
実際、数え切れない法が存在し、法を破れば『罪』となり相応の『罰』を受ける。ただし、法を破るかどうかは自分が決める。「法を守れ」と言われる筋合いはない。その言葉が誰を守ってると言うんだ?
真っ先に思い浮かんだのは衛兵自身。『忙しくさせるな』という意味で。この思考は浅はかで捻くれてるのか?世を乱したというのなら定められた罰は受ける。だから好きにやらせてくれ…というのがボクの理屈。
ボクは人付き合いが苦手だ。適度な距離感が掴めない。ボリスさんとはまだ付き合いが浅いから今ならまだ間に合う。オーレン達のように友人としてではなくて、衛兵と獣人という付き合い方が最適に思える。
また会うことがあれば今後は気をつけて努めよう。迷惑をかけることも、かけられることもない。たまに真面目な会話をするようなそんな関係になれたらいい。
★
オーレンの恐喝騒動から数日後。
ボリスはマードックを酒場に呼び出した。とりあえず乾杯の一杯を喉に通す。
「お前が酒に誘うなんてどうしたよ。珍しいじゃねぇか」
「まぁな」
「なんか言いてぇことがあんだろ。顔に書いてんぞ」
「あぁ…。俺は堅物か?」
マードックは鼻で笑う。
「なに言ってんだお前?当たり前だろうが。頭が柔らけぇとか勘違いしてんじゃねぇだろうな?」
「勘違いはしてない。自覚はある」
グッと麦酒を腹に入れて息を吐いた。
「お前は真面目だけが取り柄だろうがよ」
「それ以外にもなにかあるだろ」
「ねぇよ。お前のいいとこっつうのは全部そこだ。お前が不真面目になっちまったらなにも残んねぇ」
真面目をとったらなにも残らない…か。ハッキリ言ってくれる。
「なぁ、マードック」
「んだよ?」
「少し前に、ウチの同僚がウォルトの弟子を間違えて詰所に連行した」
「あん?人間の冒険者って奴か?」
「オーレンという名前の若い男だ。小悪党に嵌められた恐喝の罪で捕まえた」
「この国にゃ小悪党しかいねぇからな。で?」
「ウォルトと仲間達が自分で調べ上げて犯人を連れてきた。ウォルトから逃げて自首してきたと言った方が正しいか」
「ククッ。なんかやられたか。手を出した相手が悪かったな。だからなんだよ?」
「俺は…アイツに恐怖を感じた…。初めて…化け物だと気付いた」
「ガハハハ!今頃かよ!遅ぇな!」
コイツは…。
「笑い事じゃない。大事なことは教えておけ」
「言っても無駄だろうが。アイツはどっからどう見てもお人好しに見える。俺のせいにすんじゃねぇ。あんま絡むなっつったろうが」
確かに言っていた。また酒を腹に入れる。
「とんでもない殺気を当てられた。息もできなかった」
「殺されなくてよかったじゃねぇか。アイツを舐めてたな」
「あぁ…」
「ビビってんなら二度と会うんじゃねぇよ。お前はまだアイツの怖さをわかってねぇ」
「そうか…。お前はアイツとどう付き合ってる?」
「どうもクソもあるか。なにも考えてねぇよ。しいて言やぁ普通だ。それがどうしたっつうんだ」
「アイツは…俺を友人だと思って情報を訊きに来たと言った…が、俺は教えられないの一点張りだった」
「お前はそういう奴だろ。クッソ固ぇからな」
「そうだ。俺にとっては普通のことだ。友人だろうが、たとえ家族だろうが教えられないことは言わない」
「そうすりゃいいだろ」
「そこで言われた。都合よく近づくなら二度と来るなと」
「…お前、アイツになんか頼んだのか?」
「窃盗事件を調べる手伝いみたいを…な。知恵と魔法を借りた」
「だったら教えてやれや、バカが。なにもわかってねぇな」
「なぜだ?」
「俺らは考えるより前に手が出る。アイツも根っこは同じで堪えてるだけだ。お前は獣人がわかってねぇ」
どういう意味だ?
「獣人のことだと?」
「俺らにお前らの理屈は通用しねぇ。人間が偉いと思ってんじゃねぇだろうな?」
「そんな大それたことは思ってない」
世界の人口で最も多くの割合を占める種族が人間。定かでないが、およそ7~8割を占めているというのが定説。
優れた知恵を持ち、協調性にも優れた人間という種族は、多種族と協力して豊かな土地を作り上げ、幾つもの法を制定し多くの国を治めてきた。
個々の主張や特徴が強すぎるエルフや獣人などの多種族では、世界を維持することは不可能だったと云われている。
「世の中っつうのは、お前ら人間が作った理屈が回してるみてぇな感じだ。俺らがやれば全然違うもんになる」
「それはそうだろう。エルフでもドワーフでも同じだ」
混沌としそうだがな…と思っても口には出さない。獣人は蔑まれることをなにより嫌う。
「まぁ、獣人の理屈じゃめちゃくちゃな世界になんだろ!ガハハハ!気に入らなきゃすぐ殺し合いだ!弱肉強食の世界だぜ!」
自覚があるのか。
「とにかく、お前が守ってんのは人間の作った理屈だ。そんなもん知ったこっちゃねぇんだよ。1対1で考えろ。なにもしてもらったことねぇんなら、いくらでも理屈こねろ。アイツはなにも言わねぇ」
「あるのなら?」
「理屈より気持ちだ。アイツはできねぇことまでやれなんて言わねぇ。無理なときは本気で答えろ。ルールだとかつまらねぇ言い訳すんなや。そうすりゃちったぁ上手くやっていけっかもな。そのつもりがなきゃ今まで通りにやれ。簡単だろうが」
けっ!とマードックは酒を煽る。
「お前は意外に知的だな。さすがモテる男だ」
「あん…?教えてやってんのにふざけてんのか…?」
「褒めてるぞ。こういうことだろ?」
「誰が適当におだてろっつった!バカにしてんのか、テメェは!」
「難しいな…。俺には向いてない」
さっぱりわからん。
「真面目が取り柄だろうが!真面目にやって無理なら諦めろや!」
「ちなみに、お前は俺を嫌ってはいないのか?」
「知らねぇ。テメェで考えろ」
そうだった。コイツはこういう奴だ。昔からバカみたいに口が悪くて白黒ハッキリしている。そして、嫌いならこの場に来ない。
冒険者だった頃からお互い不満もあったが、一緒に冒険したからこそ俺という人間を理解している。俺も同じだ。
知性を感じたがゆえにウォルトが獣人であることを忘れて、勝手に人間らしさのようなモノを求めてしまっていた。大きな勘違いだ。サマラの忠告も的確だった。真摯に受け止めなかった自分の驕りでもある。
「俺はウォルトに恩がある。返すまでは付き合いをやめない」
「大したことねぇんだろ?やめちまえ」
「大したことだ。ずっと探していたリリムに会わせてもらった」
「は…?どういうことだよ…?」
意外なマヌケヅラが出たな。俺の予想では、あの頃のマードックもリリムに惚れていたはず。この感じだと知らないのか。
「さぁな。自分で考えろ」
「テメェ……教えろや…」
「俺に脅しは通用しない。気持ちを汲めばわかるはずだ。獣人だろう?」
「この性悪野郎…。もう訊かねぇよ!教えてやるんじゃなかったぜ!」
その後、懐かしい話をしながら飲み続けた。
後日、ウォルトの住み家を訪ねたが、思った以上に余所余所しい対応に変化していて、今後どうしたものかと思案した。