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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
36/706

36 苦労人

暇なら読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 予期せぬ真剣勝負への誘いに面食らったけど、闘うからにはボクも負けるつもりはない。

 エッゾさんは間違いなく本気で来る。手加減してくれるような獣人じゃない。しかも、真剣の斬撃をまともに食らえば命の保障はない。


 眼前に立つ一風変った狐の獣人は、いつだったかオーレンに語った『マードックより強いかもしれない』と思う獣人の1人。

 かなり前になるけど、当時から戦闘狂で有名だったエッゾさんがマードックと1対1で勝負しているのを遠目に見たことがある。


 武器を駆使した攻撃で力に勝るマードックに対抗していた。敗れはしたものの幾度も惜しい場面があって、今でもその闘いはボクの記憶に色濃く残ってる。あの闘いを見て、闘いは力が全てではないと思えた。

 そういった意味でエッゾさんは憧れの存在。さっきの斬撃を見ても明らかにあの頃より技に磨きがかかってる。


 どう闘えばいいのか思案していると、エッゾさんが確認してくる。


「おい、ウォルト。お前の武器はなんだ?持ってこなくていいのか?」


 ボクが武器を持っていないことを疑問に思ったのか。痩せた獣人がマードックと引き分けたと聞いたのだから当然。きちんと伝えておこう。


「大丈夫です。もう持ってます」

「なに…?」



 ★



 エッゾの眉がピクリと動いて、ウォルトを観察する。


 どう見ても力で勝負するタイプの獣人には見えん。ならば、俺と同じくなにかしらの武器を使うはずだ。

 武器を持っていると言うが、どこをどう見ても素手。武器も持たず細い体躯でマードックと引き分けた…?そんなことがありえるのか?


「では…いきます」


 とりあえず考えるのは後だ。俺の動揺を誘う方便の可能性もある。


「来い!」

「シャァァァッ!!」


 ローブを脱ぎ捨てたウォルトが雄叫びを上げると、顔がみるみる獣の表情に変化する。


 いい…。それでこそ獣人。俺は無表情で呼吸を整える。


 間合いを詰めてきたウォルトのスピードは俺が刀を抜くよりも速く、一瞬で懐に飛び込んできた。


「なにぃ?!」

「ウラァァァ!!」


 至近距離から胸に右拳を叩き込まれた。防御が間に合わず後ろに吹き飛んで片膝をつく。肺の空気が全部抜けるような打撃。


 想像以上の威力だ。


「ガハッ!ガッ…!ガハァッ!!」


 顔を上げると、ウォルトは眉間に皺を寄せて俺を見下ろしていた。


「エッゾさん…。ボクを舐めてますね?この一撃はさっき技を見せてもらったお礼です。相手を舐めるとどうなるか…しかと胸に刻め!」

「くっ…!」


 コイツの言う通りだ。


 完全に舐めていた。貧相な体躯から繰り出される打撃など恐れるに足らずと。だから刀を抜くのも遅れた。

 驚くべきスピードと力強さ。油断したら一撃でやられる。今のは手加減されていただろうに、それほどの衝撃だった。


 脳裏に蘇る「舐めてんならやめとけ」の言葉。嘘ではなかったか。

 

「その身体でこの力か。とんでもない奴だな」

「なにを言ってるんですか?もしかして…貴方には視えないんですか?」

「言ってることが理解できんが……次はこっちの番だ!フゥッ!」

「くっ…!」


 呼吸を整え高速のすり足で接近する。予測していなかったのか隙ができた。見逃さず居合を繰り出す。


「シッ!」

「くっ…!『硬化(ストレグ)』」


 驚くべきことに、ウォルトは剣を躱さず素手で受け止めた。


「素手で止めるだとっ?!どうなってる!?お前のような奴は初めてだ!」


 どういう理屈か知らんが面白すぎる。謎の力……打ち破ってみせよう!



 ★



 間違いない。


 エッゾさんはボクが魔法を詠唱していることに気付いていない。興奮で聞こえていないのか、それとも獣人が魔法を使うとは露ほども思ってなくて聞き流しているのか。


 ほとんどの獣人は、生まれつき魔力を視認することができる。多種族より五感が鋭いからと云われている。エッゾさんは…獣人でも稀な魔力を感じられない者か。

 思い返せば『身体強化』を使った瞬間もエッゾさんは反応しなかった。マードックは瞬時に気付いていたのに。魔力を目で捉えられていなかったのなら納得の反応。

 この人はティーガ達のように細かいことを気にしないアホな獣人とは違う。魔力を視認できないから威力に驚いていたのか。



 思案していると、立て続けに鋭い斬撃を繰り出してくる。皮一枚で全てを躱し大きく距離をとった。


「どうした?なぜ攻撃してこない?」


 悩んでいる。『硬化』は魔力の調節次第で鉄のような硬度まで身体を強化できる魔法。ただし、数秒経つと効果が失われてしまう。持続させることも可能だけど、近接戦闘中は意識を魔法だけに集中できないから困難だ。

 刀と素手では明らかに不利だけど、魔法を視認できない獣人を相手に戦闘魔法を詠唱していいのか?それは…卑怯じゃないのか?


「お前がなにを悩んでるか知らんが、真剣勝負で手を隠すのは相手を舐めてるってことだ。さっきお前が言ったんだぞ。人を舐めるなと。武器を持ってるなら遠慮なく使え。俺は最初から使ってるぞ。ククッ!」


 刀の背で肩を叩きながら笑う。


 エッゾさんの言う通りだ。悩むのはやめよう。相手は武器の達人。力が足りなければ補うなにかで闘えばいいと教えてくれた獣人。

 そんな相手に己の最大の武器を使わないのは失礼だ。第一、ボクにこの人を舐めるような余裕はない。


「ボクの武器を…使わせてもらいます」

「ククッ!望むところだ!かかってこい!」


 即座に右手を翳す。


『火炎』


 炎がエッゾさんに襲いかかる。すると、炎が見えているかのように横に跳んで躱した。


「今のはなんだ!?お前の武器とは……まさか……魔法かっ?!」

「ボクの魔法が視えたんですか?」

「視えん。だが薄ら感じ取れる。魔法が視えないことで魔物の魔法を食らって何度か死にかけた。それが嫌で色々と試したら辛うじて感じるようになっただけだ」

「貴方は…」


 言葉に詰まる。普通、先天性で感じられない魔力を感じられるようになるワケない。


 それを努力だけで…。


「獣人が魔法を使えるなんて信じられん!!そんな奴に初めて会った!…面白過ぎるぞ!ククッ!燃えてきた!」

「…ボクもです」


 互いに駆け出して間合いを詰める。


「シッ!」


 首を狙って薙いでくる。躊躇いなど一切感じない。エッゾさんはボクを殺すつもりだ。


「フゥゥ…」


 どうにか躱して至近距離から『疾風』を放とうとする。エッゾさんは発動する前に袈裟斬りを仕掛けてきた。


「くっ…!」


『硬化』で受け止めて胴を蹴り飛ばし、追撃とばかりに『火炎』を放ったが跳んで躱された。互いに緊張が走る。


「お前の武器は怖いな。全身が総毛立つ。大した重圧だ!」

「感じるだけで全部躱す貴方のほうが怖いです」


 決してお世辞じゃない。魔法が視認できないのに闘えるなんて信じられないくらい凄いこと。自分が操るからこそわかる。


「ククッ!褒めてもらったお礼に…お前にいいものを見せてやる」

「桜花繚乱ですか…?」

「一度見せた技じゃつまらない。お前に通用するとも思えない」


 エッゾさんはスッと左足を前に出して半身に構え、弓を引くように刀を持つ右手を後ろに引いたまま呼吸を整える。


「フゥゥ…」


 突きが来ると予想し身構えた瞬間、一艘跳びで間合いを詰めてくる。


「ハァァ!!」


 直線的な動きで攻めてくるのは予測できた。接近する軌道上に『火炎』を放つ。


 捉えたと思った瞬間、エッゾさんは地面を蹴って横に躱した。身のこなしに驚いたけど、追撃するタメに姿を目で追うとエッゾさんの手に…刀がなかった。


「ガァッ…!!」


 突然の衝撃とともに左脇腹に刀が突き刺さった。腹部を襲う鋭い痛みに刀を抜こうと刀身を掴む。

 すると、まるで掴んだ掌から逃げるかのようにひとりでに刀は抜け、エッゾさんの手元に戻っていく。


「グゥゥッ……!!」


 腹が…灼けるように痛いっ…!刀傷からの出血を手で押さえながら身を焼かれるような痛みで片膝をついた。


 手元に戻った刀を何事もなかったように鞘に収めたエッゾさんは、変わらず狂気的な笑みを浮かべている。


「まさか……武器を投げるなんて……」

「お前は知らない技に対して下手に避けるより魔法で反撃すると思った。こっちの動きが直線的だったしな。反撃するときは、その場を動かないだろうという予想も当たった。なまじ威力があると、相手が避けると思うだろう?おそらく炎系の魔法を使ったんだろうが、自分の魔法が目眩ましになるとは思わなかったか?ククッ!」

「くっ…!」


 エッゾさんの言う通りだ…。技の構えと武器が刀だから近距離攻撃だと思い込んだ。だったら接近させなければいいと『火炎』を放ったけれど、武器を手放す技だとは予測できなかった。

 魔法が死角となって迫り来る刃を視認できず、獣人の天敵である炎で反撃することすら読まれていたのか。戦闘の経験値が違いすぎる。


 痛みで満足に動けない…。けれど……まだ負けてない。まだ諦めない。



 ★



 策は上手くいったが恐ろしい奴だ。コイツの魔法はまさに身の毛がよだつ。肌で危険だと感じる。視えていないことが幸運だとさえ思える。

 おそらく目にしたら怯むような魔法だが、あの傷ではまともに詠唱すらできまい。勝負ありだな。


「刀を取られちゃかなわない。柄に細い鉄線を巻付けて回収できるようにしてるが、この技まで使うことになるとは思わなかった」


 もはや耳に届いているか不明だ。うぉるとは下を向いて肩で息をしている。これ以上はやっても無駄だが一応確認してみるか。


「まだやるか?俺はどっちでもいい」


 さて、返答は…?


「最初は…貴方と闘いたくなかった…。だけど今は違う…。ボクは…負けたくない」


 ククッ!


「いい…。いいぞっ…!お前もやはり獣人だ!」


 最高だ…。やはり獣人はこうでなきゃつまらない。いくら優しかろうと、力が弱かろうと…負けるのは御免被る。それでこそ獣人!


 ウォルトは立ち上がると、深呼吸して鋭い視線を向けてくる。いい目だ。勝負を諦めていない気持ちが伝わってくる。久しぶりに心躍る闘い。コイツに…獣人の魔法使いに引き合わせてくれたマードックには感謝する必要があるな。


「せめて俺の最高の居合(わざ)で、お前を倒してやる…」

「ボクは……貴方を尊敬します」

「なんだと…?」


 この期に及んで尊敬…?コイツはなにが言いたい?


「貴方は努力の獣人です。磨き上げられた技と…不可能を可能にする忍耐と工夫。そして発想…。ボクは…貴方に勝ちたい!」


 俺の努力を……敵を尊敬するとはおかしな奴だ。しかも嫌味を感じない。嫌いじゃないが勝負は別だ。


「勝ってみろ!やれるものならな!」


 腰を落として居合の態勢を取る。ここまでの闘いに敬意を表して、最後はせめて最高の一撃で沈めてやろう。


 まだ間合いは少し遠い。ジリッ…ジリッ…とすり足で接近する。アイツの傷は深い。痛みでまともには動けまい。

 大きく息を吸い込んだウォルトは、傷を押さえていた手を離して雄叫びをあげた。


「シャアァァァ!!」


 碧く光る獰猛な眼を向け、グッと脚に力を込めて跳ぶ態勢に入る。俺が間合いに入った瞬間、拳を握り締め跳びかかってきた。


 甘いな。俺の居合の方が速い。


 勝利を確信した。渾身の居合を繰り出そうとして違和感に気付く。


 刀が……抜けんっ!?鞘に張り付いているような違和感。


「なぜだっ!?」


 お構いなしに引き剥がすようにして無理やり抜刀したが、ほんの僅かに動作が遅れた。それは…勝負を決するのに充分な時間。


「ウラァァァッ!!」


 爆発的な速さで迫るウォルトに、固く握りしめた右拳を顔面に叩き込まれた。


「ガハァァッ…!」


 握っていた刀を地面に落とし、意識を失ってその場に倒れ込んだ。

読んで頂きありがとうございます。

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