358 誤解していた
「ふんふふ~ん♪」
仕事が終わって、ご機嫌で鼻歌交じりにフクーベの街を歩くサマラ。
通りの前方から顔見知りの衛兵が歩いてくる。私から声をかけた。
「ボリスさん!お疲れ様!」
「お疲れ。仕事帰りか?」
「そうだよ」
マードックの冒険仲間だったボリスさんとは、昔から面識がある。少し前に再会したリリムさんの仲間だった。今は冒険者を辞めて衛兵になっちゃったけど。
「最近詰所に来ないな」
「絡まれてないからね!」
ボリスさんには衛兵になってからの方がよく会う。男に絡まれて殴り倒したあと、何度か衛兵に連行されているから。
昔馴染みということもあって、いるときは大抵ボリスさんが対応してくれる。いつも「やり過ぎだぞ」と忠告されるんだけど、自分ではかなり抑えてるつもり。
どうやら『カジョーボーエー』って罪に当たるらしいけど、説明されてもいまいちピンとこない。殴りかかってきても、相手と同じくらいの力で反撃しないと罪に問われるんだって。
けど、そんなのどうやって計るの?おかしくない?人間やエルフならできるの?できっこないでしょ。細かいことは気にしないししたくもない。だから徹底的にやるのが獣人なのだ!ただ、賢いウォルトならできるかもね。
とにかく、毎回大目に見てくれているらしい。別に牢屋に入ってもいいけど、アニマーレに迷惑をかけるのとボリスさんに迷惑をかけてる自覚はあるから、大人しく言うことを聞く…つもりはある。
ちなみに、慣れているマードックは身元引き取りで迎えにすらこない。薄情で冷たい出不精ゴリラ!
「不思議だな。理由があるのか?」
「目立たなくなる魔道具をもらったの」
ヨーキーとウォルトの住み家に遊びに行ったとき貰った。キャロル姉さんの持ってる指輪と同じ効力の腕輪らしい。「効果は保障できない」と言われたけど……あると思います!
「指輪じゃないの?」と訊いたら、「サマラはすぐいろんなモノを殴るだろう?」と苦笑いされた。
指を怪我しないように考えてくれたみたい。あと魔道具を壊してしまうから。失礼な話だよ!確かにそうだけども!あと優しいな!それと指輪を贈るのを躊躇ったと私は見ている。すぐ照れる猫だから♪
「そんな魔道具があるのか。もしかして、作ったのはウォルトか?」
「えっ!?ウォルトを知ってるの?!」
「ワケあって知り合った。サマラも幼馴染みだろう?」
「そうだよ」
「今後は詰所に来るような行動は控えてくれ」
「なんで?」
ボリスさんは苦笑する。
「アイツが詰所を襲撃してくるかもしれない。建物を壊されたら堪らない」
この口振りだと、ウォルトが魔法を使えてグランジの根城をぶっ壊したのも知ってるっぽいね。それなら納得。
「大丈夫だよ!」
「なぜだ?」
「私やマードックが捕まっても、こっちが悪かったらそんなことしないはず。賢いからね」
「そんな理屈がアイツに通用するか?」
「大丈夫。お人好しじゃないのと、ちゃんと話せばわかってくれる獣人ってことだけ覚えといて!」
「そうか。わかった」
★
サマラとボリスの会話から数日後。
フクーベにある留置場で、オーレンが静かに床で寝そべっていた。
「はぁ…。なんでこうなったんだろうな…。まいった…」
悪いことはしてない…と思う。こなしたクエストの報酬が思いのほか多くて、時間もあったからギャンブルに行った先で事件に巻き込まれてしまった。
ドッグレースで珍しく穴配当を当てて大きく勝った。勝ち逃げしようと、軽い足取りで家に帰ってたら、数人の男達が恐喝紛いのことをしている現場に出くわした。
レース場の傍、人気のない路地裏で数人の男が1人の男に暴行を加えてた。理由は知らないけど、リンチのような行為を黙って見過ごせないと思って声をかけたんだ。
「なにしてるんですか?」
「あん?なんだお前…?」
「誰でもいいです。とりあえず暴力はよくないですよ」
「うるせぇな。消えろ」
「ひいぃ~!」
「あっ!まてコラァ!」
俺に気を取られているのを好機とみたのか、殴られていた痩せた男は逃げ出した。なかなか見事な逃げ足。男達の1人が後を追った。
「テメェのせいで逃げられちまったじゃねぇか。どうしてくれんだ?」
「俺にはどうもできません」
「お前は俺を舐めてんのかぁ…。若いのに、たいしたもんだなぁ」
俺よりも背が高くて、見るからに柄の悪い男はユラリと近付いてくる。いかにもワルって顔と格好をしてる。
「そんなつもりはないんですけど」
「二度と余計なお節介しないように……身体に教え込んでやるよ!」
殴りかかってきたので軽く躱して反撃する。
「おらぁっ!」
「がぁっ…!」
腹に軽くパンチを入れた。他の男達も襲ってきたので反撃する。
家に置いてきたから剣は持ってないけど、コイツら相手なら素手でも負けない。強者の雰囲気は皆無だ。動きも遅すぎる。日頃の冒険と修練の成果かな。
「この野郎…。調子に乗るんじゃねぇ!」
遂に刃物まで出してきた。俺は最初から油断なんかしてない。だから、驚いたり焦ったりもしない。
ウォルトさんや魔物に比べると怖さなんて皆無だけど、どんな相手でもいつも通りに闘うだけ。こう見えて、1つの油断が命を奪う世界で生きてるつもりだ。
「危ないからやめたほうがいいと思います」
「どこまでも虚仮にしやがって…。殺す!」
根性だけは大したもので、ダメージで動けなくなるまで何度も襲いかかってきた。手加減して怪我はさせてないけど、悪そうな顔をしてるだけあって頑丈。
「そろそろやめにしません?」
「…クソがぁ!」
「おい!そこでなにしてる!」
振り向くと衛兵が通りからこちらを覗き込んでいたので、事情を説明する…つもりだった。
「ちょうどよかったです。衛兵さん、この人達が…」
「「「た、助けてくれぇ~!」」」
俺にぶつかりながら横をすり抜けて、衛兵にすがりついて懇願した。
「アイツに脅されてっ!金を盗られたっ!」
「無理やり路地裏に引きずり込まれて、殴られたんだっ!」
「助けてくれ!」
なにを言い出すかと思えば…。いくらなんでも苦し紛れすぎるだろ。
「アイツは…ポケットに俺のサイフを入れてた!」
「俺も見てた!」
「本当だろうな?」
「本当だ!信じてくれ!」
衛兵はつかつかと歩いてくる。
「こう言ってる。本当か?」
「違います。俺はサイフなんて盗ってません。アイツらが人を殴ってたから声をかけただけで。殴られそうになったから反撃はしましたけど」
「そうか。確認させてもらう」
「どうぞ」
衛兵が俺のズボンの後ろポケットを探る。
「ん?」
「え…?」
「コレはなんだ?」
衛兵は俺の目の前に、見たこともないサイフをぶら下げた…。
その後は詰所に連行され、口裏を合わせた奴らの証言と話が食い違ったものの、物的証拠により状況は圧倒的に不利で、傷害と恐喝の容疑でしばらく拘束されることになった。
「しっかしやられたなぁ。…ずる賢い奴らだ!腹立つぅ!」
きっと、あの時だ。衛兵に向き直って後ろからぶつかられた。あの時しか考えられない。どさくさに紛れてポケットにサイフを入れたはず。
手慣れた感じからすると、追い込まれたときの常套手段か。それともパッと思い付いたのか。どちらにしても悪知恵。
「ウイカ達も心配してるかな?いつ帰れるか…」
恐喝なんて大した罪じゃないけど、ギルドでも噂になるだろうなぁ。アイツらにも迷惑かける。事実と違うってことだけは主張しよう。信じてもらえるだろうけど、小悪党って陰口とか叩かれたら地味にキツい。
じたばたしても始まらないと思いながら、悪いことばかり考えてしまう。
★
「悪いけど会わせるわけにはいかないんだよ~。そんなことより2人とも可愛いね~。今度、一緒に飯でも…」
「結構です」
「失礼します」
「あ、ちょっと…!」
チャラい衛兵を一蹴して、ウイカとアニカは詰所をあとにする。
私とアニカは、ギルドを通じてオーレンが傷害と恐喝の容疑で連行されたことを聞いた。オーレンが冒険者だからギルドに情報が入って、たまたまその場に居合わせた『南京の馬車』のマックさんが教えに来てくれた。
詳しい事情を確認したくて姉妹で衛兵の詰所を訪れたけど、とんでもないチャラ男が対応して不機嫌極まりない状態に。
「詳しく教えてもらえなかったね」
「なんなのアイツ!?チャラ過ぎて危うく手が出るとこだったよ!それより、どうしようか…。オーレンが恐喝と傷害なんてなにかの間違いだよ。されるなら納得だけど。めっちゃ弱そうだし」
「私達が擁護しても意味ないよね」
「なんとかならないかな。出してあげたいけど」
家に帰っても落ち着かない。こんな時は…。
「ウォルトさんに相談しに行こうか」
「家に身柄引き受けの連絡とか来ないかな」
「そもそも、恐喝や傷害くらいで引き受けとかあるのかな?捕まったことないからわからないね。どっちにしろ今日は来ないんじゃないかな?」
「…そうだね!ウォルトさんにも伝えに行こう!」
私達は家には帰らず動物の森に向かった。
住み家に到着した私達は、直ぐにウォルトさんに事情を説明した。
「オーレンが恐喝と傷害?!」
「はい」
「今は衛兵の詰所にいます!」
「信じられないな…。恐喝されることはあっても、することはないよ」
「私達もそう思います」
「オーレンにそんな度胸ないです!」
「フクーベの衛兵に友人がいるから、詳しく訊いてみよう」
「そうなんですか?」
「マードックの元パーティーメンバーの人がね。直ぐに行こう」
「今からですか?」
「オーレンが万が一にもそんなことをするとは思えない。大した罪でなくとも、誤解を解くなら少しでも早い方がいいと思える。オーレンに変な噂が付き纏う前に」
トゥミエに行ったときと同様に、私達を前後に背負い抱えた状態で、フクーベに向かって駆け出した。
「大丈夫?」
「「最高です♪」」
「よかった。少し離れていいよ」
「「嫌です!」」
フクーベまでは20分とかからず到着した。寄り道することなくオーレンが連行された詰所に向かう。到着するなりウォルトさんは中に入った。
「すみません。ウォルトと言いますが、ボリスさんはいらっしゃいますか?」
「ん~?お~い!ボリス!お客だぞ!」
「なんだ?…どうした?」
「お久しぶりです。ちょっと話を訊きたくて来ました」
「外に行くか」
詰所の外に出て確認する。
「オーレンという若い冒険者が留置場に拘束されてると思うんですが、会わせてもらえませんか?」
「確かに留置場にいるが、会わせるのは無理だ」
「だったら事件の概要を教えてもらえませんか?」
「規則で教えられない」
「なんとか教えてもらいたいんです」
「すまんが教えられない。取り調べが終わるまではな。そういう決まりだ」
「事件の起こった場所だけでもダメですか?」
「取り調べが全て終われば教えても構わないが、今はまだ無理だ」
ウォルトさんは表情をなくして1つ息を吐いた。
「そうか…。貴方はそういう人なのか…。ボクは……誤解してた」
★
ボリスは断固たる意志で断る。
ウォルトが衛兵を訪ねるなど珍しいことだろうが、今は力になれない。治安維持に尽力する法の番人である衛兵が規則を破ることはできない。
「いかに知り合いであろうと、軽い犯罪であろうと教えられないことはある。硬いと言われようと俺はそういう衛兵だ。他の奴は知らないが」
「わかりました」
ウォルトは不満げ…というより、なにか決意した顔だ。
「なにかするつもりか?」
「自分が納得いくように調べます」
「それでどうする?」
「オーレンが恐喝をすると思えません。だから真実を知りたいだけです」
「仮に…誤認逮捕だとしたら?」
「捕まったのはボクじゃないので、とやかく言うことじゃないです」
「そうか。たとえばお前なら?」
「気が済むようにやるだけです」
大きく息を吐いた。
「なぜそんなに急いでいる?オーレンの罪は、事実であっても明日には釈放されるだろう。待てないのか?」
ウォルトの耳がピクリと動く。
「拘束する側の衛兵には理解できないかもしれませんが、僅かな時間であっても冤罪で留置場に拘束されて嬉しい者はいない。それに、彼は将来有望な冒険者です。誤解が広まる前に少しでも早く止めたい」
「真実だとしたら?」
「あり得ない。だから、ボクらで証明するつもりです」
後ろに立つ2人は冒険者仲間か…。
「幾つか約束するなら情報を伝えてもいい」
「約束…?」
「まず、相手が気に入らなくても決して手を出すな」
俺の言葉にクッと目を細める。
「お断りします。情報はいらない。貴方とは…もう話すことはない」
ウォルトは身を翻した。
「行こうか。今から3人で調べよう。協力して欲しい」
「「はい!」」
俺の譲歩は無視するというのか。生意気な…。
「待てっ!俺の話はまだ終わってないぞ!」
呼び止めると、ウォルトは耳をピクリと動かしてゆっくり振り向く。その顔は…初めて見る獣の表情。一瞬で背筋が凍る。
「なにも答えないのに待てだと…?お前は…一体何様のつもりだ…。ボクの……邪魔をする気か…?」
過去に浴びたことのない殺気を浴びる。獲物を狙う視線にいつかのマードックより遙かに恐怖を感じる。息が詰まり冷や汗が止まらない。膝が笑いそうになるのを必死で堪え、絞り出すように言葉を続ける。
「会わせてはやれない…が…知る情報は教える……っ!」
ウォルトは表情を変えない。コイツの表情は…怒りというより愉悦だっ…。邪魔をするなら殺してやると言わんばかり…!
「情報はいらないと言ったろう。お前は…黙って結果だけ待ってろ…」
「待てっ…!とにかく…待っ…てくれっ!殺気を治めてくれ…!」
「………」
「頼むっ…!」
どうにか絞り出した言葉に、ウォルトは一つ息を吐いて表情を緩めた。突き刺すような殺気も治まり息を大きく吸い込む。あまりの重圧で押し潰されそうだった。
初めて実感した。コイツは…化け物だ。
険しい顔をして言葉を待つウォルトに、落ち着いて己の知る情報を伝える。
「判明しているのはコレだけだ」
「「ありがとうございます!」」
後ろの2人が頭を下げる。黙って聞いていたウォルトは、険しい表情を崩さずに告げた。
「勘違いされたくないから言っておく」
「なんだ…?」
「ボクはお人好しじゃない」
「あぁ…」
そう見える。だが…大きな勘違いだった。
「お前は最初から衛兵という立場で話をしてきた。でも、ボクは友人だと思って真剣に話を訊きに来た。窃盗の時に協力したのもそう思っていたから。知らないただの衛兵に協力する義務はない」
「むぅ…」
「衛兵が相手だから協力したと思っているのならお前の傲慢だ。衛兵はそんなに偉いのか?それとも…お人好しなら手放しで手伝うだろうということか?」
違う…とは言い切れない。
「お前らの理屈はボクには関係ない。いつでも味方をしろとか全て信じろとは言わないが、都合のいいときだけ近付いてくるのなら二度と顔を見せるな。反吐が出る」
ウォルトは表情を緩めた。
「オーレンとこの2人は、ボクの数少ない大切な友人で……弟子だから、やれることをやってあげたい」
ウォルトの後ろ姿を見送り、重い足取りで詰所に戻る。
「可愛い子が2人もいたな!誰だったんだよ?!知り合いなら紹介してくれ!…おい、ボリス!無視すんな!おい!」
同僚に話し掛けられても、しばらく無言で口を開くことはなかった。
★
「ウォルトさん」
「なんだい?」
「さっきは格好よかったです」
「最高でした!」
「なんか…脅したみたいじゃなかったかな?」
ボリスさんの態度にカッとなって、脅迫みたいなことを言ってしまった。ボクにマードックみたいな迫力なんて皆無だから、屁とも思ってないだろうけど。
ただ、言いたいことを言って気は済んだ。全く後悔してない。
「そっちじゃないです」
「え…?」
「大切な友人で、弟子だって言ってくれて嬉しかったです」
「最高で最強の…スタイルもよくて可愛い弟子だ!って!」
「言ってないよね」
ニパッと笑う姉妹には敵わない。尖った心を和ませてくれる。気を取り直して事件の起きた現場へと向かった。