357 報酬は大事
「魔力の封入をお願いしても大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ」
納品のためウォルトの住み家を訪ねたナバロは、依頼品を確認してもらったあとに背負っている袋から魔石を取り出す。
「どの魔石がなんの効力か教えて下さい」
「コレは冷却で…コレは汚水の浄化だね。コレは…」
調味料と頼まれていた本を持ってきたことに加えて、魔力封入の依頼に訪れた。
魔導師の中には生活魔法を生業としている者も多い。冒険者としての魔導師も、生活魔法を操る魔導師もどちらも世界に必須な存在だ。
国民の生活に直結している魔法を操る分、生活魔法の達人の方が収入面や知名度で上をいくこともある。
そんな魔導師の仕事の1つに、魔石への魔力付与がある。魔力を封入した魔石は、国民の生活に欠かせない。
飲み水や汚水の浄化、食材の温めや冷却、はたまた夜の照明まで使われている。魔道具の動力としても使われていて数え上げればキリがない。
小さな町であるタマノーラには、ベテランの生活魔導師が1人だけ。ただ、少し前から体調を崩して王都に住む娘の元で療養中だ。
元気になれば戻ってくるつもりがあるみたいだから、復帰するまで間だけでも魔力封入をウォルト君にお願いできないかと思った次第。
「今から込めていきます」
「えっ?」
ウォルト君は魔石を1つずつ手に取って、魔石に次々魔力を封入する。20個足らずの魔石に5分とかからず付与した。
「終わりました」
「あの……今ので終わりかい?」
「はい。試してみますか?」
「ちょっと使ってみるよ」
受け取った魔石を『魔導冷却器』と呼ばれる携帯魔道具にはめ込むと、直ぐに冷たくなった。間違いなく空っぽだったのに、確かに魔力が封入されている。
「どのくらい保つかな?」
「使用頻度によりますけど、連続で使用して1ヶ月は保つと思います」
信じられない…。生活魔導師にお願いすると、精々連続で3日程度しか効果が持続しないから必要な時しか使えない。でも、ウォルト君が言うのだから噓はないと思う。しかも、付与がとんでもなく早い。普通なら数時間かけてじっくり行う作業。
「他の魔石も限界まで封入しました。足りなくなればまたいつでも込めます」
「ありがとう。報酬なんだけど」
「………」
『いらニャいんですけど…』って顔してるな。
でも、そうはいかない。魔導師に魔力を込めてもらうには対価が必要になる。なぜなら、国民の大多数にはできないこと。だから商売として成り立っている。
大変な思いをして身に着けた技術を、他人が便利に暮らすタメに使っている。モノづくりと同じで誰もが納得する技術料。もちろん技量には差があるけれど、どの分野でも同じこと。昔は街に住んでいたウォルト君も知ってるはず。
「ウォルト君。魔石に魔力を込めてもらうのは無償じゃないよ」
「知ってます」
「だから報酬が発生するんだ」
「言ってること理解できます…けど、ボクは生業としてる魔導師とは違います。商業登録もしてませんし」
「確かにそうだね」
なるほど。そうきたか。カネルラで金銭の授受を伴う商いを行うには、事前に商業登録をして許可を取る必要があり、商業ギルドという組織もある。
誰でも勝手に商いができるようにしてしまうと、どうしても無責任な商売をする輩が出現するからで、露店でモノを売るときも一時的にでも申請が必要。お祭りなんかの出店は、よほど悪質でなければ公認で見逃されるけど。
魔導師達による魔力付与も、ちゃんとした報酬を貰うには個人であっても登録する必要がある。いわゆる完全自営業。
だからウォルト君が言ってることは筋が通ってる。「金銭は受け取れない。なぜなら違法だから!」という言い分。
『上手くいったニャ』とか言いそうな顔してるけど…まだ甘いな。
「ということで…」
「でも、僕は正確には依頼者じゃないからね。お金を渡すとは言ってないよ。報酬は素材でもいいんだ」
物々交換については、誰でも行うことだし特に違法ではない。僕は商業登録しているけど、彼はしていないから基本的にそうしてるという理由もある。単に嫌がるのが1番の理由だけど。
僕は無理やり金銭も渡しているから違法のように感じるけど、基本的に生産者の商業登録は要らない。ブランド力を誇示したい人は別として、野菜や花作りのように特に農業を営む人達は面倒を嫌がる。
だから、仮に変な商品を売ってしまった場合の責任は全て販売した商人にある。商品の見極めができるかというのが、腕の見せ所で重要なポイント。
今回の場合、ウォルト君は生産者の立場で僕は仲買い。金銭を渡してもなんら問題はない。僕が消費者から利益を得ないと1対1の取引になるから問題。それも細かく言えば…の話。ウォルト君はどうにか報酬を貰わないように考えを巡らせているのが丸わかりだ。無欲すぎて困る友人。
「じゃあ、今回の砂糖と香辛料の対価ということでいいですよね?」
「いいけど少なすぎるんだ」
『やっぱりニャ…』とか言いたそうだけど、僕も退けない。どう考えてもウォルト君の仕事量と釣り合わないからだ。魔力の封入は中々の報酬を要求される仕事で相場は知ってる。
「魔力は自然に回復します。封入したのはほんの一握りですし、とても報酬をもらうようなことじゃ…」
「そういうことじゃない。ウォルト君だけ特別扱いは不本意だろう?」
「特別?」
「世の魔導師は報酬を得ているけど、ウォルト君は無報酬でいいというワケにはいかない。誰かの仕事を奪うことにもなりかねないから。渡す人からきちんと報酬は受け取らなきゃならないんだよ。貸し借りなしでね」
無償かつ効果の高いモノなんて、皆が欲しがるに決まってる。ウォルト君はよくても裏で誰かが泣くことになる。世間のバランスを崩してしまうのは僕の本意じゃない。きっと賢いウォルト君もそうだ。
「確かにそうですね。では…」
理解してくれたみたいでよかった。
「実際に魔石を使ってもらって、異常なく効果も問題なければボクは満足なので、立派な報酬になります。それでいいってことですよね」
「うん…。知ってたよ…」
彼はとびきり賢いのに、適切な報酬の重要性は一向に理解してくれない。自分のやっていることの凄さもだ。貨幣は物々交換がいつでもできると限らないから生み出された知恵の結晶。それを理解していながらウォルト君はお金を貰うことを嫌がる。
久しぶりに正座説教の刑を炸裂させて、ウォルト君はゲッソリした。きっと僕は面倒くさい友人だと思う。それでも、今後のためにも根気強く伝えていく。彼が優れた職人だと誰より知っているし、なによりタダより高いモノはない。
その後、久しぶりにウォルト君の料理をご馳走になったけど、相変わらずとんでもなく美味い。タマノーラの食堂のおやっさんは未だに「負けられん!」とライバル視してる。
あの時のキーナグの味が忘れられないらしい。生き返ったようにピンピンしていて、引退はまだまだ先になりそうだ。ずっと元気で頑張ってくれることを願ってる。
「ウォルト君」
「なんでしょう?」
「もし君が料理人や職人になりたくなったら、なんでも協力するから教えてほしい。僕の伝手で力になれば」
「ありがとうございます。その時はお願いします」
「お姉様達もウォルト君の茶屋ができたら入り浸るつもりらしいよ」
「店は無理ですけど、出店とかでよければやってみたいですね」
なるほど。出店か。いいアイデアかもしれない。
「タマノーラでよければやってみるかい?」
「獣人の料理を食べてくれるか…。ナバロさんには損しかないかもしれません」
他人の損得はちゃんと考える矛盾した性格。困ったモノだ。
「だったら、今回の報酬として食材と場所を僕が提供するから出店をやるっていうのはどうかな?今度タマノーラでお祭りがあるんだ。損得は気にしなくていい。魔力封入の報酬分で食材を準備すれば気兼ねはないだろう?」
この間のキーナグは、ウォルト君が作ったことを町の皆に伝えてある。獣人が作ったことに驚いていたけど信じてくれた。
一度食べた人なら、おやっさんのように彼の料理の美味しさを身を以て感じているはずで、僕は売り切る自信がある。
「それでいいのなら是非お願いしたいです」
「じゃあ、8日後だけど大丈夫かな?」
「了解です。その日に伺います」
結局、ウォルト君は根っからの職人気質だから、物やお金を渡すより腕を振るってもらう方が喜ぶ。
今回はそれでよしとしようか。揃えておくべき食材だけ聞いておこう。
タマノーラのお祭り当日を迎えた。王都やフクーベのように派手ではないけれど、町民にとっては年に一度の大きなイベントで皆が目一杯楽しむ。
夕方の祭りの開始に合わせて、ウォルト君は早めに出店の準備に来てくれた。来るなり手際よく料理と甘味を準備していく。近くで見れば見るほど驚きしかない。ヤコも手伝っているけれど、やることは材料を洗ったり切ることくらい。
「ナバロさんとヤコさんもゆっくりしてて下さい。せっかくのお祭りですから」
「ありがとう。でも、そういうワケにはいかないよ」
出店の準備を終えて祭りの会場に向かうと、舞台を組み終えていた。この場所で町民は出し物や踊りを披露する。
「今日は例年より終わるのが早いかもしれないなぁ」
「そうね」
「なぜですか?」
「曇ってるし、少し風もあるから提灯の明かりが消えるのも早いからだよ」
舞台から4本のロープを張って、提灯が吊されている。祭りの間は蠟燭の明かりが夜の照明。蠟燭の火が消えると祭りが終わる合図。
夜の会場を照らすのに蠟燭だけでは明るさが足りなくて危ないから、夕方に火を着けて燃え尽きる頃がやめどきになってる。
理由を説明すると、ウォルト君がこっそり耳打ちしてきた。
「ナバロさんの商会に、小さくて使い物にならないような魔石が幾つかありませんか?」
「あるけど、どうするんだい?」
「ちょっとお借りできませんか?提灯の数だけあると助かります。なければあるだけで」
「わかった」
ヤコに出店の準備を任せ、一旦魔石を取りに帰ってとんぼ返りで会場に戻ると既にお姉様たちがテーブルに陣取っていた。行動が早いな…。
「ナバロ。ウォルトさんを呼んでくれてありがとうよ」
「僕は声をかけただけです」
「いいや。油断しちゃいけない」
「ナバロは毒でも盛りかねない。アタシらを恨んでるからねぇ」
「そんなことしませんよ!」
「冗談さ。感謝してるよ。アンタのおかげで、今日は美味しい花茶を腹一杯飲める」
それはウォルト君のおかげだ。僕のお願いを引き受けてくれたのも普通なら有り得ない。それにしても、食堂のおやっさんは出店を出さないのか?いないな………いや、いた。
「おやっさん。出店は出さないのか?」
「出さない。今日は食べる専門だ。ちょいと休ませてくれい!」
おやっさんは苦笑い。元気でもいい歳だからな。…となると、出店で料理を作るのはウォルト君だけになるけど大丈夫かな?チラッと見るとウキウキした様子で準備してる。僕はとにかく手伝えることをやろう。
着々と準備は進み、続々と人が集まってきていよいよ祭りが始まった。
「肉料理1つくれ!」
「腹減ったぞ!俺は焼いた魚が食いてぇ!」
早速、食べ物に群がる町民たち。美味しいことを知ってるから迷いがない。
「うっめぇ!こんなの食ったことねぇ!」
「凄く美味しいね!」
「おいしぃ~!」
老若男女問わず料理は大好評。とても出店で食べられるような料理じゃないから当然だ。
材料の種類も少なくて済むから「固定メニューにしよう」と提案したけど、「可能なら色々な料理を作りたい」というウォルト君の希望で、ざっくり適当に注文してもらうよう皆に呼びかけた。基本的に独自の料理であることも伝えて。
料理はかなり安い値段で売ってる。全部売れると材料費の元を取れる価格設定なので、「本当にいいのか…?」と皆に心配されたけど、「お祭りだし頑張ってみたんだ。できるときだけだよ」と言っておいた。
早めに準備した寸胴に満タンのキーナグはあっという間になくなって、ウォルト君は調理に大忙し。魔道具を使った調理もお手のものみたいだ。涼しい顔で楽しそうに料理を仕上げていく。
手際は本当に見事で、右と左で全く違うことを完璧にやってのける。2人分…下手すると3人分の仕事を軽くこなしてる。
逆に僕とヤコはてんやわんやで、注文を受けたり、料理を盛り付けて渡したり、会計したりするだけなのにくたくたになる。
「最っ高に美味しい花茶だねぇ。淹れ方が違うんだろ。茶菓子も絶品だ」
「ウォルトさんは天才だよ。アタシが死んだら、埋める前に熱々の煮え滾ったヤツを顔にぶっかけておくれ」
「生き返りそうだからやらないよ」
「言うねぇ」
お姉様方が優雅に花茶を飲む姿は、まるで貴婦人のようだけど可笑しくて心が和む。声に出して笑ったらドヤされること間違いなし。
今日は花茶も微々たる値段で売ってみた。対価を払うと気を使わずに堂々と批評できるし、なにより作ってくれた者への感謝の印でもあるんだ。
小食で甘党の人達のために、甘いモノも作ってくれてる。西の大陸のお菓子でタルトやケーキと言うらしいけど、子供と女性に大人気で飛ぶように売れる。
それすら調理の合間に追加しようとしてるから凄い。とにかく動き続ける働き者獣人。
「ねこのおにいちゃんのおよめさんになってもいいよ~!」
「まいにちつくってほしいの!」
「大きくなるまで毎日家の手伝いをして、いい子にしてたら考えようかな」
「「えぇ~!」」
料理上手で優しい猫の獣人は、女の子達にも大人気だ。酒に合う肴も即興で作るので、オジサン達にも大好評。「味が濃い」とか、「ピリッと辛い!」なんてざっくりした注文なのに、早くて美味いと皆が大満足の様子。
「ナバロさん。ヤコさん。手伝ってもらってありがとうございます」
皆のお腹が少し落ち着いてきたところで、手を止めずにウォルト君は笑う。
「君のほうが遙かに働いてるよ」
「そうよ。疲れてない?」
「好きでやってるので。最高の報酬を受け取ってます」
噓を言わないから困るなぁ。気付けば周囲の暗さと涼しさが増してきた。そろそろ祭りは終わりを迎える時間…なんだけど。
「そろそろ暗くなってきたな…」
「まだ早い!まだまだいけるって!」
「やだ!まだたべるの!」
終わりを惜しむ声がちらほら耳に入ってくる。
「ナバロさん。お願いしたいことがあります」
忙しそうなウォルト君に呼ばれて、小声で相談される。
「わかった」
「お願いします」
何人かに声をかけて、手伝ってもらいながら下ろした提灯に魔石を入れていく。ウォルト君に渡していた使い道のない欠片のような魔石を。
「すごぉ~い!」
「きれ~なひかり~!」
提灯に入れた魔石は柔らかい光を放つ。会場を照らすのに充分で、明るすぎず暗すぎなくて綺麗だ。光量を上手く調整しているんだろ。
街灯に使われる『発光』の魔力らしい。例年と変わらない時間になるまでは光り続けると言われた。
「おおっ!まだ飲めるな!いいぞナバロ!」
「ナバロは気が利く」
「雰囲気も変わって、こりゃ粋だねぇ。やるじゃないか、ナバロ」
褒められても苦笑いしかできない。僕はウォルト君の凄さを誰にも告げずにいる自信がなくなってきた。
その後も、皆が歌や踊りを披露したり、騒ぎながら食事したりと楽しんで、やがて祭りは終わりを迎える。
「さすがにそろそろ終わりかぁ」
「楽しかった!お腹いっぱい!」
「今年は過去最高の祭りだったかもな」
「言えてる」
胃も心も満たされた皆は帰り支度を始める。そこで声をかけた。
「もう少しだけ待ってくれないか!皆に見せたいモノがあるんだ!」
「まだなにかあるのか?」
「ナバロが言うなら待とう。面白そうだ」
「なぁに~?」
「まだ内緒だ。あの山の方を見ててくれ」
「あい!」
実は僕もなにが起こるか知らない。少し前にウォルト君からそうしてほしいと頼まれただけ。当の本人は「準備してきます」とどこかへ向かった。
しばらく待っていると、会場を照らしていた提灯の光がすぅっと消える。
「なんだ?急に暗くなったな」
次の瞬間、「ドーン!」という大きな破裂音とともに夜空に満開の火花が炸裂した。見上げる僕達をカラフルに照らす。
「今のなにっ?!」
「めちゃくちゃ綺麗だったね!」
「音も凄かったなぁ!」
「ナバロ!なんだありゃ!?火薬か?!」
「…とりあえず楽しんでくれると嬉しい」
その後も、色や形を変えながら火の花は咲き続けた。見たこともない夜に咲く花に、大きな歓声を上げながら皆が目を輝かせている。
「ナバロ…。もしかして、ウォルト君が…?」
隣でヤコも目を見開いてる。
「あぁ。どうやってるのか想像もできないけど、綺麗だな」
「信じられない…。魔法みたい…」
ヤコの言う通りで、信じられないけどおそらく魔法だ。でも、こんな魔法は見たことも聞いたこともない。誰もが驚き、目を輝かせる美しい魔法。
彼は、伝説の獣人フィガロのように歴史に名を残す獣人になる。そんな気がする。でも、僕にとっては優しく賢くて分からず屋で皆を笑顔にするただの友人だ。
後日、住み家を訪ねて皆が楽しんで感謝していたことをウォルト君に伝えた。
すると、逆に「最高に楽しかったです」とお礼を言われた。あんなに忙しく料理したのは初めてで、もの凄く充実した時間だったと。
町の皆の出し物もちゃんと見ていたらしくて癒されたらしい。そんな余裕があったなんて思わなかった。僕とヤコは最後の方しかゆっくり見れてない。
最後の花火はやっぱりウォルト君の魔法だったらしく「楽しんでもらえたなら嬉しいです」と微笑んだ。料理を取りに来た町民全員に一時的な『可視化』の魔法を付与したから、見えなかった人はほとんどいないと思うと言われた。
とても信じられないけどきっと噓じゃない。魔法が視認できない者にも見えたから『アレは魔法じゃない』と皆は推測していたんだ。
「祭りを盛り上げてくれたお礼に…」
布袋に手を入れると『ニャんだろう…?』って顔で警戒されたけど、タマノーラの子供達が描いたウォルト君の似顔絵を渡すと満面の笑みで喜んでくれた。