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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
355/706

355 料理人は道具が命

 フクーベトップの料理人であるビスコは、休みを使ってウォルトの住み家を訪ねた。今は新作の料理を披露しあって食後のカフィで一息ついたところ。


 

「今回も美味かった。ところで、ウォルト君はいつになったらウチの店に料理人として来てくれるんだ?」


 冗談交じりに笑ってみせる。


「毛を絶対に落とさない技術を身に付けたらお世話になるかもしれません」

「そうか。その時は頼むよ」

「ところで、ビスコさんは手を痛めてるんしゃないですか?」

「手首を痛めてる…が、よく気付いたな」


 気付かれる要素はないと思うが。


「微かに炒め方にムラがありました。鍋を振るのが辛いんじゃないかと思っただけです」

「君は凄いな…。どんな美食家より恐ろしい舌を持ってる」


 気付かれたのは初めてだ。


「いつもご馳走になっているので気付いただけです。無理して作らなくてもよかったんですよ」

「来るまではそのつもりだったんだ。でも、結局堪えきれずに作ってしまった。要するに、ただの料理バカなんだよ」 


 ウォルト君は炎症に効くという回復薬を譲ってくれた。使ってみると直ぐに痛みが引く。


「こんないい薬…高いんじゃないのか?」

「ボクが作りました。薬師じゃないので自家製ですが、よかったら貰って下さい」

「器用すぎる。君の知識と調理技術なら、薬作りにも通じるものがあるか」

「どちらも面白くて研究しがいがあります」

「わかる気がするよ」

「ところで、なぜ手首を痛めたんですか?」

「愛用の鍋が壊れてしまって、使い慣れない器具に四苦八苦している。作ってくれてた職人が引退してしまってね」


 おやっさんは腕のいい職人だがいい年だった。料理人にとって馴染みの職人を失うのはかなり痛い。


「調理器具は使い慣れたモノが1番ですね」

「少し前に変えたみたいだが、ウォルト君の鉄鍋は誰が作ったのか教えてくれないか?使いやすくていい鍋だ」


 今日訪れた目的の1つでもある。訊いてみたいと思っていた。一般的な鍋と違って細部にこだわりを感じる。こうすれば使いやすいと語りかけてくるような鍋だ。


「ボクが作りました。自分で作るのがしっくりくるので。素人なのでちょっと形が歪なんですけど」

「料理や薬だけじゃなく、鍋も作れるのか?」

「はい」


 ウォルト君は嘘を吐くような男じゃない。どこが歪なのかわからないが頼んでみようか。


「ウォルト君がよければ、時間はかかってもいいから俺の鍋を作ってくれないだろうか?もちろん報酬は払う」

「ボクの作った鍋でよければ喜んで。報酬については、素人の仕事なのでビスコさんが気に入れば…ということでどうでしょう?」

「それで構わないよ」

「では、大きさや作りの細かい要望を聞きたいです。思い付く限り細かく教えて下さい。ざっくりでも図を描いてもらえると助かります」


 やはり料理人だな。道具の大切さをよく理解している。あまり細かい注文をすると職人は大抵嫌がる。何時間も連続で調理する大変さを知らないからで、だからこそ馴染みの職人を探すのが困難。


「ありがとう。握る柄この太さで…重さはこのくらい…。深さが…」


 可能な限り細かく要望を伝えてフクーベに戻った。



 ★

 


 ビスコを見送ったウォルトは、ウキウキしながらコンゴウ達の工房へと向かう。


 久しぶりのモノづくりだ。ただ作るよりも目的があるほうが身が入るし、やり甲斐もある。


「皆さん、お疲れ様です」


 いつ来ても忙しそうなドワーフの師匠達に声をかける。


「おう、ウォルト!久しぶりだな!今日はどうした?」


 コンゴウさんが白い歯を見せてくる。


「鉄鍋を作りたくて来ました。材料を分けて頂きたいのと、工具を借りたいので手伝っていいですか?」

「いいぞ!すぐ頼む!」

「ウォルト、早速こっちに魔法頼む!」

「わかりました!」


 抜群のチームワークで、モノづくりに励む。今では連携も慣れたモノ。言われなくてもどんな魔法で補助すればいいか大体わかる。

 今日は砂で形作った箇所に溶かした鉄を流し込んで金型を作ってる。工房の中は凄い熱気だ。


「なんの金型ですか?」

「知らん!なにかの部品の金型らしい!身体の冷却を頼む!熱くてかなわん!」


 コンゴウさん達は作っているモノがなんなのか知らないことも多い。依頼されたモノを高品質で仕上げることにしか興味がない。

『氷結』でコンゴウさん達の身体をキンキンに冷やす。持続するように付与することも忘れない。


「寒くないですか?」

「ガハハハ!最高に涼しい!ペースを上げるぞっ!」

「「「おうよ!」」」

「ウォルト!私らも冷やしとくれ!茹だっちまうよ!」

「任せてください」


 その後も作業を続けて夜になる頃に作業は終わった。そのまま宴会へと雪崩れ込む。


「ウォルトのおかげで今日は早かったぜ!」

「たらふく飲むぞ!」


 ファムさん達と作った肴を並べていると、せっかちで待ちきれない男性陣は、魔法で冷やした麦酒を胃に流し込む。


「なんじゃこりゃ!?麦酒飲んだら体力が回復したぞ!」

「ウォルトの仕業だな!」

「『回復』の魔力を微量だけ付与してます。味は変化しませんし、疲れも取れるはずです」

「こんなもん無限に飲めるぞ!こりゃ危険だぜ!ガハハハ!」

「最初の一杯だけです」

 

 魔法薬のような性質だから、過剰摂取はよくない。女性陣は新作の甘味に舌鼓を打つ。


「こりゃ美味しいねぇ!載ってるのはなんの果物だい?」

「カーキです。カンノンビラという町の名産なんです。沢山持ってきたので皆さんで食べてください」

「へぇ~。ありがとさん」


 新たに加わってくれた蟲人の友人から得た情報で、森で生っている場所を知った。教えてくれた皆に感謝だ。工房の熱さで痛まないよう『保存』をかけてある。


「おい、ウォルト!鉄鍋作るか!?」

「いいんですか?1人でも作れるので、皆さんはゆっくりしててもらっても…」

「構わん!製法は打ち出しでいいんだろ?」

「はい」

「じゃあ、ブルーノ!頼むわ!」

「よし。やるか」


 コンゴウさん達は、職人特有の教えたがりだ。仕事が終わって酒を飲んでいても、作業となれば親切に教えてくれる。まず泥酔することもない。

 船頭が多すぎて山に登りそうになるときもあるけど、有り難いので甘えさせてもらっているし、断ると直ぐに斧が出てくる。

 教えてくれるブルーノさんは、鎚を使う作業では右に出る者がいない。ボクに『鉄槌』と鎚の使い方を教えてくれた師匠でもある。ドワーフの中では落ち着いた口調と態度の紳士。


「1人でやれるな?」

「はい」


 幾つかの候補から選んだ鉄板を、寸法を測って鍋の形に丸く切り出す。コンパスを使って書いた線に沿って『細斬』で切るだけの単純作業だけど、重要なので気は抜けない。


「相変わらず見事な魔力操作だ。惚れ惚れする」

「ありがとうございます」


 ブルーノさんは自然に褒めてくれる優しい師匠。今回は鍋の取っ手を一体型に仕上げたいので、その部分は少し長方形に残す。切り出した鉄板は大きな団扇のような形。


「その残した部分はなんだ?」

「丸めて取っ手になります。頼まれた方の要望なんです」

「そういうことか。料理人の思考は面白い。俺なら溶接だ」

「では、叩いていきます」


 切り出した鉄板に万遍なく油を塗布して、『鉄槌』を纏ってハンマーで鉄板を叩くと少しずつ反り始める。前に習った通り正確に力強く叩くことを心掛ける。

 

 酒を飲みながら、コンゴウ達は鎚の音に耳を澄ましていた。


「はっ。いい音させるようになってきたな」

「まだまだ。アイツならまだやれる」

「だな。けど1回教えただけなのに大したモンだぜ」

「もう少し力強く叩ければいいんだがな」

「ドラゴは力任せで失敗するだろうが」

「うるせい!」


 そんな会話も耳には入らず、一心不乱に鉄板を叩く。ブルーノさんは酒を飲むこともなく、ボクの作業をじっくり眺めていた。


「どうでしょうか?」


 叩き終えて鉄鍋の形に整った鉄板をブルーノさんに渡すと、隅から隅までじっくり観察する。


「この部分がほんの少し歪だ。気を抜いたろ」

「実は…わかってました」

「だったらいい。そこ以外はよく叩けてる。文句なしだ」

「ありがとうございます」


 あとは縁を滑らかに仕上げて取っ手を丸めるだけ。

 

「ブルーノさん。鉄パイプの切れ端を借りていいですか?」

「なにをする?」

「取っ手を作るのに使わせてもらいたくて」

「いいぞ」


 取っ手になる部分をハンマーで軽く叩いて鍋と同じように丸みをつけると、ドワーフの鍛冶魔法『溶炎(ソルダ)』を付与して鉄を柔らかくする。

 厚手の手袋をはめて、取っ手になる部分が収まるほど太めの鉄パイプの切れ端を被せた。


『圧縮』


 詠唱とともに鉄パイプだけ径が細くなり、柔らかくなった取っ手となる部分はパイプの内径に沿って丸まる。

 ビスコさんの要望通りの細さに圧縮したあと、調整した『氷結』で徐々に鉄を冷やす。固まったところで鉄パイプを元に戻して外せば作業は終了。


「そんな方法があるとはな。モノづくりの正解は1つじゃないからこそ面白い」

「ボクもそう思います。あとは縁を仕上げてバリを取ります」


 縁を仕上げると、全体に丁寧にヤスリがけして滑らかに仕上げた。


「最後はバニッシュに浸けるといい。綺麗に仕上がる」

「わかりました。ありがとうございます」

「礼はいらない。いい作業を見た。お前のおかげで今夜もいい酒が飲める」


 大きな歯を見せて笑ったブルーノさんは、ドスドスと皆の輪に戻った。あとは、取っ手の角度や長さも微調整しておこう。

 ビスコさんに喜んでもらえるといいな。ささやかだけど、いつも美味しい料理を食べさせてもらっている恩返しになれば。

 

 その後は宴会に付き合って、日が変わる頃に帰路についた。



 


 次の日。


 ビスコさんの店が閉店する時間に合わせて、訪ねてみる。夜のフクーベに来るのは久しぶりだ。もう遅いからサマラやオーレン達に会いに行くのは無理かな。

 ラットはもう寝てるだろう。身体を動かさないのによく寝るのがラットの特技というか特徴。


 店に着くと、ちょうどリゾットさんが出てきた。閉店作業中かな?


「リゾットさん。こんばんは」

「こんばんは…って、ウォルトさん!お久しぶりです!」

「食事じゃなくてビスコさんに用があるんですが、いらっしゃいますか?」

「厨房で後片付けしてます。中へどうぞ」

「ありがとうございます」


 ドアを開けて中に入ると、リゾットさんと同じ歳くらいに見える男性が掃除をしている。もしかして、噂のグルテンさんかな?

 リゾットさんが言うには「いつも誘ってるのに、朝起きれたためしがない寝坊助」らしく、住み家には一度も来たことがない。

 仕事のときは起きるようになったのに、ボクの住み家に行くときは楽しみで遅くまで眠れなくなる…という言い訳を毎回するらしい。


「お客さ~ん。もう閉店ですよ~」


 グルテンさんはとてもダルそう。


「バカグルテン!この人がウォルトさんだよ!失礼でしょ!」

「えっ!?貴方がっ!?」


 シュタッ!とボクの前に立って頭を下げる。


「失礼しましたっ!俺はグルテンと言います!以後お見知りおきを!」

「初めまして。ウォルトといいます」


 大きな声が響いて気になったのか、ビスコさんが厨房から顔を覗かせた。


「グルテン。騒いでどうしたん……ウォルト君じゃないか」

「今晩は。頼まれたモノを持ってきました」

「頼んだのは昨日だぞ…?」

「昨日作りました。早くお渡ししようと思って」

「気遣ってもらってすまない」

「好きでやってます。気にしないでください」


 背負ってきた布袋から鉄鍋を取り出して手渡す。


「使えるといいんですが」

「見事な鉄鍋だ…。バニッシュまで…」

「要望通りでないところは何度でも微修正します。使ってみて気になるところを教えて下さい」

「ありがとう。恩に着るよ」

「素人ですがモノづくりが趣味なので」


 …と、ここでグルテンさんが口を開いた。


「ウォルトさん!俺は腹が減ってます!よければ賄いを作ってもらえないでしょうか!お願いします!」


 深々と頭を下げられる。


「ボクは構いませんが…」

「やった!ビスコさん!いいですよね?!」

「私も食べたいです!」


 ビスコさんはコクリと頷いた。


「俺も食いたい。コイツらにはガッツリしたモノで、俺には軽く食べられる料理をお願いできるかい?食材は好きに使っていいから」

「わかりました。厨房をお借りします」


 以前も借りた帽子と手袋を着けて調理を開始する。やっぱり広い厨房は使い勝手がいい。

 気持ちよく調理していると、ビスコさんが隣に並んでボクが作った鉄鍋を使って調理を始めた。


「ビスコさんはなにを作って…?」

「鉄鍋を作ってくれた君への賄いだ。実際使って確かめたいのもあるしな」


 こういうことが自然に言えて、できる男になりたいと思う。


「そうでしたか。並んで調理するのは初めてですが…」

「負けんよ」

「ボクもです」


 互いにニヤリと笑って調理を続けた。




「うんめぇ~!マジか!?ビックリするくらい美味い!」

「でしょ!ウォルトさんはビスコさんの唯一のライバルだから!」


 あり得ないけど有り難い評価。


「間違いない!次からは絶対寝坊しない!徹夜してでも行く!」

「アンタはうるさいから来なくていいよ。今さらでしょ」

「なんだとぉ~!」

「なによぉ~!」

「黙って食え」


 2人を見てるとオーレン達を見てるみたいで落ち着く。大袈裟かつ言い過ぎだけど、口に合ったみたいでホッとした。美味しそうに食べてもらえて嬉しい。

 そして、ビスコさんが作ってくれた賄いも凄く美味しい。ボクには思い付かない味付けと、細かいところまで気を配った調理技術はさすがだ。


 いつも「負けません」と言っているものの、知識も技量も遠く及ばない料理人。本当に凄いと思う。


「ビスコさん。凄く美味しいです」

「それはよかった。俺のも美味い。鉄鍋の使い易さも文句なしだった。本当にありがとう。それで報酬なんだが…」

「もう貰ってます」

「なにを?」

「ボク用の帽子と手袋、それと美味しい賄いです。充分過ぎます」

「そうか…。大事に使わせてもらうよ」

「そうしてくれると嬉しいです」


 ボクらは騒ぐ若者に構わず互いの料理を堪能した。

 

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