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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
354/706

354 テメェ…しつこい奴だな

「いい加減にしろや!マジでなにがしてぇんだ、テメェはよ!殺すぞ、コラァ!」


 フクーベ冒険者ギルドのギルドマスター執務室にマードックの怒声が響き渡る。


「マードックの言う通りです。いい加減にしてください」


 大魔導師ライアン逝去から数日後。俺はマードックとマルソーをギルドに呼び出し、『沈黙』を展開した執務室に現れた2人に即座に頭を下げた。深々と下げたまま動かない。


「ツラ上げろや、コラ。なんで呼んだのか言え!こっちも暇じゃねぇんだ!」

「今日はクエストもないし、友達もいないんだからどうせ酒を飲むだけだろ?」

「うるせぇ!お前には言われたくねぇ!女もいねぇ万年1人モンがよ!」

「…それはさておき、なんなんですか?まず説明して下さい。俺も暇じゃない」


 マルソーの言葉にも頭を上げない。


「ちっ…!頭のてっぺん見せるタメに呼んだんなら帰るぜ!下らねぇ!」

「俺もです。意味不明だ」


 ゆっくり顔を上げる。


「お前達のおかげで……師匠は満足して逝った。師匠を……ウォルトに引き合わせてくれて感謝する…。礼を伝えたかった」

「神妙なツラで勘違いすんなクソがっ!単にアイツが約束を守ったからだ!テメェのタメじゃねぇぞ!」

「重々承知している」

「手紙を出したあと、ライアンさんは弟子も連れずにたった1人で来ました。どうしても彼に会いたいという強い意志を感じました」

「そうか…。少しだけでいい。話を聞かせてくれないか?」

「マードック、どうする?」

「…ちっ!さっさと聞けやっ!」


 促してソファにかけてもらう。


「お前達には師匠の事情など関係ないのに、なぜ親切に?」

「死にかけでヨボヨボのジジイを苛める趣味はねぇ。ふらふら家に来て頼まれたから連れてっただけだ。話し相手にマルソーを呼んでな」

「俺はあの爺さんのことが大嫌いだったけれど、魔導師として気持ちは理解できます。俺が同じ立場でも死ぬ前に彼の魔法を見たい」


 素直じゃない奴らだ…が、俺より遙かに大人だ。


「師匠が亡くなった後に手紙が届いた。お前達に感謝を伝えてくれと」

「いらねぇよ!ただ会わせただけだろうが!」

「俺もなにもしてません。住み家まで背負っていったのはマードックです」

「本来なら俺が背負うべきだったところを、すまんな…」

「ホントだぜ!あのジジイは、クソ生意気でとんでもなく口が悪ぃ!行きも帰りもうるさいったらねぇ!テメェの躾がなってねぇんだよ!」

「無茶言うな。相手は大魔導師の師匠だ」


 苦笑いしかできない。


「そんで、用は終わりか!?」

「彼は…ウォルトは師匠になにか言ってたか?俺のせいで師匠は苦労していなかったのか…?」

「テメェと違ってジジイは会った瞬間に頭下げて「魔法を見せてくれ」っつったからな!お前の何倍も偉そうなくせによ!」


 師匠は…そうまでして…。


「ウォルト君も二つ返事で了承して、魔法を見せたり見せてもらったりと笑顔で交流していました。穏やかなライアンさんを初めて見ました」

「そうか…」


 一昔前なら考えられない。師匠は、頭を下げられることはあっても下げることはない人生だったはず。地面など何十年も直視していなかったろう。それほどサバトに会いたかったのか…。


「ライアンさんは傲慢な魔導師ですが、魔法だけは素晴らしい。彼も目を輝かせてました。ライアンさんのほうが輝いて見えましたが」

「お前は本当に師匠を嫌ってるな。よく知ればそんなことはない魔導師だ」

「俺には理解できません。それに、あの人には『魔導師はそれでいい』という矜持がある。ぶれない強さがあるから大成した。見習うべきです」


 よくわかっている。そのうえで嫌っているのだから仕方ない。


「教えてくれて助かった。もう1つ訊きたいんだが」

「んだよ!」

「俺は…ウォルトにも礼が言いたい。会ってくれるだろうか?」

「知らねぇよ!」

「会ってはくれるんじゃないでしょうか」


 マードックが眉間に皺を寄せる。


「言っとくが…俺はテメェを信用しねぇ…」

「それは当然だ」


 俺の愚かな行動がこの状況を招いたという自覚はある。2人の言うことを信じていれば…もっと早く苦労させずに師匠を会わせることができただろう。


「俺はテメェを二度と連れていかねぇ。それだけだ」

「あぁ。わかってる」


 行くなら勝手にしろ…ということか…。それだけでも有り難い。


「とにかくアイツに迷惑かけんな。次は…マジで殺すぞ」

「肝に銘じておく」

「信じねぇってんだよ!じゃあな!」


 マードックは不機嫌そうに部屋を出て行く。


「殴り殺されなかっただけでも助かる」

「アイツは貴方に借りがあるからです」

「借りだと?」

「悪魔の鉄槌での救出の時、貴方が奔走したことに恩を感じてる。だから今回だけは我慢してるんですよ。会わせることと怒りを堪えたことで相殺されたので、次はないと思いますが」


 獣人は恩を忘れないと云われている。なるほどな…。


「クウジさん。ウォルト君は真面目で人柄もいい稀有な魔導師です。話すだけでも価値があると思います」

「できればいいが」

「あと、彼はマードックにとって唯一と言っていい親しい友人です。感情的になるのは程々に」


 マルソーも部屋を出て行く。


 そうか…。マードックには本当に悪いことをした。俺の言葉を信用して会わせてくれたというのに。この件ではずっと反省しかしていない。本質的に悔い改めなければならないな。





 多忙の合間を縫って再びウォルトの住み家を訪ねようと動物の森を歩いている。ただ礼を伝えるタメだけに。


 目的があれば遠い道程も苦にならない。冒険者だった頃を思い出す。住み家に辿り着くと、白猫の獣人は畑仕事をしていた。


「ウォルト」


 名を呼ぶと俺に向き直る。


「…お久しぶりです」

「この間は、感情的に罵ったりして本当にすまなかった」


 深々と頭を下げる。傲慢で有名な師匠ですらできたのに、なぜこんな簡単なことができなかったのか。


「…事情はマードックとマルソーさんから聞きました」

「亡くなったライアン師匠の言葉を伝えに来た。少しだけ時間をもらってもいいか?」

「そうですか…。ライアンさんは亡くなられたんですね…。中へどうぞ」


 住み家に招かれてカフィを差し出された。もの凄く美味い。対面に座ったウォルトはお茶をすすっている。


「今日来た理由は、謝罪もそうだがライアン師匠の死後に手紙が届いて、ウォルトに礼を伝えてくれと書かれていたからだ」

「そうでしたか」

「冥土の土産に最高の魔法だった。感謝する…と書かれていた」

「ライアンさんは大袈裟です」

「師匠に魔法を見せてくれて感謝する」


 また頭を下げる。


「こちらこそ学ばせて頂きました。大魔導師の魔法を間近で見れるなんて思いもしなかったので。本当に素晴らしい魔法の数々でした」

「師匠は、お前のことを素晴らしい魔導師だと褒めていた」

「気持ちは嬉しいけれど、ボクは魔導師ではありません」


 誰もが認める魔導師だというのになぜだ…?謙遜しても意味などない。


「お前は武闘会に出場したサバトだろう?」

「そうです」

「どうやって姿を変えていたんだ?」

「ボクが考えた2種の複合魔法です」

「見せてもらえたりするか?」

「貴方に魔法を見せることはない」


 そうだな…。あわよくば、などという浅ましさ。俺というさもしい人間が心底嫌になる。


「…と思っていました。貴方は獣人を見下し蔑む人間。ボクが嫌悪する人種です。ただ、ライアンさんの事情を耳にして、自分なりに貴方の気持ちが理解できたので、魔法を見せるくらいなら構いません」

「本当か…?」


 コクリと頷いてくれる。獣人を蔑む人間だと…そう思っていながら……。


「ただ……理由は告げなかったけれど、ライアンさんから頼まれました。貴方には魔法を見せるなと」

「ライアン師匠から…?」


 なぜだ…?


「もし貴方が来たら手紙を渡してくれと」


 封筒を受け取って2つ折りの便箋を開くと『ウォルトが魔導師だと一目で見抜けんようなバカ弟子は、魔法を見せてもらうでない。しっかり反省せい』と書かれていた。


 ごもっとも…。仰る通りです。だが、獣人の魔法使いがいるなんて誰も想像できないでしょう。いや…。師匠は一目で見抜いたのか。そうでなければ俺以上に激怒しているはず。

『ウォルトの魔法を見るなら覚悟して見ろ。儂らの常識など欠片も通用せん』とも書かれていた。師匠らしい。


「見せるなというのは、どうやら師匠の冗談らしい。魔法を見せてもらっていいだろうか?」

「では、外に行きますか?」

「頼む。それと、ライアン師匠はお前のことを誰にも言わず墓まで持っていった。俺もそのつもりだ」

「有り難いんですが、そんなに気負わないで下さい。なにかあればココにいられなくなるだけです」


 それは間違いない。魔導師達や野次馬が殺到して騒がしくなる。こんなところでひっそり暮らしているウォルトにとって、本意じゃないということ。


「仮に俺が言い触らしたらどうなる?」

「なにもありません。二度と会うことはありませんが」

「そうか」


 そして俺はマードックに殺されるということだな。よく理解した。


「なにかを頼むなら魔法を見せろとマードックに言われてる。俺の魔法でよければ、お詫びも兼ねて見せたい。見たい魔法があったりするか?」

「いいんですか?!使える魔法を教えてもらえると嬉しいです!」


 えらく食いついてきたな…。使える魔法を全て伝えると、ウォルトは申し訳なさげに1つの魔法を指定した。

 だが、俺は気になっていそうな魔法を全て見せた。理由は不明だが見たがっているのが丸わかりだ。顔に書いてある。こんなことで少しでも詫びになるのなら喜んで見せよう。


 なぜか魔法を見つめる目が輝いている。まるで魔法を覚えたばかりの少年のように。ウォルトは不思議な獣人。今までに会ったことがない。一通り魔法を見せて感謝されたあと、いよいよウォルトの魔法を目にした。

 師匠の言葉を胸に刻み、どんな衝撃を受けても受け止める覚悟をしていたのに、想像以上の魔法に度肝を抜かれ、終始穏やかだったという師匠の気持ちがよく理解できた。


 あまりの凄さに笑うしかなかったのか。




「今日はありがとうございました。勉強させてもらいました」

「また会えるか?」

「ボクはいつもココにいます」

「また来ることがあるだろう。それと、今後は獣人を嘲るようなことを口にしないと約束する」

「口ではなんとでも言えます。人の意識や本質は簡単に変わったりしません。内心思っていれば同じことです」


 まさにその通りだと苦笑する。俺を嫌っているのは易々と解消されはしないということ。口だけではないことは態度で示すとしよう。

 話をするのも魔法を見るのも足りないが、そろそろギルドに戻らなくては大目玉を食らう。後ろ髪を引かれる思いでウォルトと別れ、森の木漏れ日の中を歩く。


 師匠も、帰り道はこんな気持ちだったのだろうか。清々しさと悔しさが入り混じるなんともいえない感情。


 常識など微塵も通用しない魔導師だった。人間やエルフの魔法を高い技量で難なく操るだけでなく、無詠唱や不可能と云われる多重発動すら軽々こなす。

 それだけでも驚愕だが、なによりとびきり若い。まだ22歳だという。とても信じられない。


 正直『サバトの噂は大袈裟ではないのか?』と疑っていた。魔法に詳しくない一般国民の目線での話だと。おそらく尾ひれがついていると俺は予想していたが、実際は尾ひれがついているどころか、噂の遙か上をいく魔導師だった。

 確かに国民目線では正しい評価と言える。ただし、魔導師目線では明らかな過小評価。適切にウォルトの力量を表していない。


 カネルラ最高の魔導師であることは間違いなく、疑う余地はない。この短時間で感じたことだけで充分信じるに値する。全てを知らずともそう言い切れる。自尊心の塊のような師匠ですら感じたはずだ。

 それなのに、自分のことを「ただの魔法が使える獣人です」と言い切った。態度に謙遜も誇張もなく、ただ平然と。

 俺は自分が磨いた魔法に自信があった。だが、蔑んでいた獣人の魔導師が遙かに素晴らしい技量を備えていた。傲慢と言わずしてなんと言う。


 ウォルトをもっと知らなければならない。ここ数百年大きな動きがなかった魔法界に突如現れた、異端の…獣人の魔導師。大袈裟ではなく革命かもしれない。


 とにかく今日は修練だな。ウォルトの魔法を目の当たりにして、ジッとしていられない。どれほど修練を積めばあそこまで見事な魔法を操れるのだろう。

 放つ魔法は洗練されていて、煌めく魔力がひたすら美しかった。涙が出そうになるほどに。修練を再開したというジグルさんも同様の気持ちを抱いたに違いない。

 人を魅了するだけでなく、琴線に触れるような魔法が存在するとは…。衝撃を受けたし、少なくとも俺は知らなかった。

 そして、負けていられないという衝動に駆られて突き動かされる。おそらく魔導師であれば誰でも同様。


 ウォルトには冗句だと言ったが、師匠は冗談抜きで俺に魔法を見せたくなかったに違いない。自分はもう見ることが叶わないであろう魔法を、弟子は何度も目にする機会がある。

 習得することもあり得る。そのことに苛立ちを覚えたはず。悔しくて仕方なかったろう。尊敬され勝ち続けてきた人生だった。そんな師匠が、なんの因果か死の間際に逆立ちしても勝てない稀有な魔導師に出会ってしまった。

 もっと魔法を見たかっただろう。知りたいことも山ほどあったはず。それなのに、ウォルトの治癒魔法による治療は断ったと聞いた。「駄目元です」と言われても、頑なに断ったと。


 自尊心の塊のような師匠には耐えられなかったのだ。治療が成功し、仮に長生きして修練を重ねたとしても、高齢の師匠はウォルトと肩を並べるのは無理だと判断した。

 魔法に関してとにかく負けず嫌いだった師匠は、延命しても意味がないと考えた。むしろ、今なら負けをハッキリ認めることなく、稀代の大魔導師として逝くことができる。迷わず選んだとしても不思議じゃない。


 憶測の域を出ないが、当たらずとも遠からずのはず。尊敬する師匠だからわかる。俺がいかに不肖の弟子であっても。貴方の弟子は、教えを守って高みを目指します。負けるのは許さないんでしょうから。


 いつになるかわかりませんが、沢山の土産話を持って逝きます。

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