352 苦い思い出
蜂の蟲人の友人が増えて花壇を増設したウォルトは、忙しく庭の手入れをしていた。
新たに住み処を構えてくれた蟲人の皆は、ハピー達と同じように蜜を採取してくれたり植物の知識を教えてくれる。
元の住み処周辺の植物事情も教えてくれたりして凄く助かっている。花や薬草の群生地に関する情報は凄く貴重だ。対価として花を育てるスペースを耕したり、育てた花の蜜を提供したりと良好な関係が築けていると思う。
如雨露で花に水を与えていると、来訪者の気配がした。のんびり蜜を吸っていた蟲人達は一斉に軒下に隠れる。いつも見事な退避行動。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
訪ねてきたのは、今日も暑苦しい格好をした衛兵のボリスさん。襟が高い真っ赤な制服を着こなしている。
「ちょっと相談があってな。急だがよかったか?」
「構いません。中へどうぞ」
住み家に招き入れて居間に通すと、直ぐにカフィを差し出す。
「いつも同じモノですみません」
「いや。美味い」
「ありがとうございます。今日はどんな用件ですか?」
「前回話した事件について進展があってな」
「フクーベの窃盗事件ですか?」
「そうだ。犯人は変装した男だった事件だ」
「ちょっと間抜けな犯人だったんですよね?」
「あぁ。ソイツに変装道具を売った男の素性が判明した」
「やはり魔道具職人だったんですか?」
「流れ者の職人で、そこら辺で売ったらどんなことが起こるか知りたかったらしい。捕まえて吐かせた」
「犯罪を起こすつもりじゃなかったということですね」
「あくまで興味本位で売ったらしい」
「かなり腕のいい職人だけに、ちょっと考えにくそうですが」
「どういう意味だ?」
「変装できる魔道具なんて、犯罪以外では人を驚かせることにしか使えません。理解していながらただの興味本位とは考えにくい」
「だが、そう言われても他に打つ手がない」
「疑惑の域を出ません。真実は犯人のみぞ知るですね」
ゆっくりお茶をすする。
「お前は賢いな。獣人とは思えない」
ボクは別に賢くない。誰でも簡単に辿り着く答えだ。茶番はこのくらいにして訊いてみようか。
「有り難い評価ですが、貴方ほどではないです」
「…どういう意味だ?」
「なぜココに来たのか、どうやって知ったのか知りませんが、件の魔道具職人がボクに何用ですか?」
動きがピタリと止まる。
「お前はなにを言ってる…?」
「貴方はボリスさんじゃない。ボクをバカにしてますか?」
「…見破られるとは思わなかった。いつから気付いていたんだ…?」
「顔を合わせる前です。目的が気になったので、一応話を聞こうと思いました。ただ、話が長くなるなら単刀直入にお願いできますか?仕事があるので」
ただの畑仕事だけど、自給自足の生活を送るボクにとって作物を育てることは重要だ。
「会う前からだと?」
「なぜかは言いません。用件はなんですか?」
流れてきた匂いで気付いただけ。この人は香水を付けてるけど、逆に怪しいし体臭が別人なことくらい判別できる。
「ふぅ…。なぜ来たかというとな…」
「はい」
「…こういうことだ!」
ボリスさんの姿をした何者かは、素早く椅子から立ち上がって腰の剣を抜こうとする。
「ぐっ…!」
先に立ち上がり、テーブル越しに片手で剣を抜こうとする腕を押さえ、もう片方の手で何者かの顔面を掴んだ。顔を掴む手にグッと力を入れる。
「ぐあぁぁぁっ…!」
締め付けに耐えきれないのか、素早く空いた手でポケットからナイフを取り出し、顔を掴んでいる腕に下から突き刺してきた。…が、素早く『硬化』を付与した腕に刺さることはなく、刃先は弾かれた。
「なぜだっ!?」
「お前……うるさいな」
顔を掴んだまま指を立て、普段隠している爪を出す。皮膚に突き刺さり鮮血が溢れた。
「があぁぁっ!」
テーブル越しに身体を軽々持ち上げると、痛みからか激しく抵抗して暴れる。
「ボクは、敵とみなせば女でも容赦しないぞ…」
女性であるのは最初からわかっていた。ボクに危害を加える気であることも。顔を掴んだまま床に後頭部を叩きつける。
「ウラァァッ!」
「がはぁぁ……!」
住み家は師匠の付与魔法で受けた衝撃をそっくりそのままお返しする仕組み。当然床にも施されている。だから破れない。
ゆっくり手を離すと何者かは気を失っていた。
★
「はっ…!」
ベッドの上で目を覚ました。素早く上体を起こすと、ベッドの横の椅子に座る白猫の獣人が目に入る。
「目が覚めましたか?」
打って変わって柔らかな表情で話しかけてくる。
「…私を殺さなかったのか?」
「必要がないので。それに、話を聞こうと思ったんです」
「なぜだ…?」
この獣人がなにを企んでるのか理解できない。私を殺すことも容易かっただろうに。
「事情を聞きたいという自己満足です。嫌なら話さなくて結構です。無理にとは言いません」
「私が話すと思っているのか…?」
「言いたくなければ衛兵に引き渡すだけです」
「お前を殺して逃げると言ったら…?」
「そのつもりなら覚悟してください」
笑顔の獣人から恐怖を感じる。全身の毛穴が開くような感覚。どう見ても弱そうなのに倒せる気がしない。
獣人は…驚くほど強い…。
「私は……ボリスが嫌いだ」
「なぜですか?」
「理由は……なんでもいいだろ…」
「はい」
調子が狂う…。
「お前は…ボリスのなんだ?」
「ボクはボリスさんの……なんでしょう?」
「ふざけてるのか…?」
「ふざけてません。知り合ったのはつい最近なので。ボクは友人だと思っていますが、ボリスさんは…」
『どうニャんだろう?』とか言いそうな顔だな…。
「私はアイツを許せない…。だから事件を起こすような真似をした」
「なるほど」
なにがなるほどだ。なにも知らないくせに…!
「1つ聞きたいんですが、ココに来た目的はなんですか?」
「…魔道具を売った男が盗みを繰り返している間、ずっとボリスの出方を見ていた。奴がココに来て直ぐに男は捕まった」
「それで?」
「協力者がいると知った。アイツにいいように使われて、与する輩を傷付けるつもりで来た。アイツは、アンタのことなど一言も口にせず、全て自分の手柄にしている。腹が立たないか?1枚嚙んでるだろう」
「ボクは推測を話しただけでなにもしてません。解決したのはボリスさんの力です」
そんなはずはない…。アイツは…そんな大層な男じゃない!
「話は変わりますが、貴方の魔道具を作る技術は凄いと思います」
「いきなりなんだ…?」
「ボクの予想では、『幻鏡』と『魔導鱗』の性質を組み合わせた魔道具だと思うんですが、合ってますか?声を変える魔道具は見当がつかないです」
「…さぁな」
ズバリ言い当てる。コイツは…獣人なのに魔道具に精通してるというのか…?
「貴方の技術を犯罪に使うのはもったいないと思います。個人的な意見ですけど」
「なんに使おうと私の勝手だ。余計なお世話だ」
「そうですね。訊きたいことは訊けたのでボクの話は終わりです。あとは本人とゆっくり話して下さい」
なんだと…?白猫の獣人が部屋を出て、入れ替わりでボリスが入ってくる。コイツが来るほどの時間、私は眠っていたのか…。
「話は聞かせてもらった。お前は俺を知ってるようだな」
「…貴様と話すことなどない」
「そう言うな。俺もウォルトと同じてお前の話が聞きたい」
あの獣人はウォルトという名か。
「有無を言わさず逮捕すればいい。お前の得意分野だろう」
「お前を捕まえる罪状も証拠もなにもない。そんな理由がない」
「話を聞いていたんだろ?自白したも同然だ。私が事件を引き起こした」
「だが、お前は犯人じゃない。ただ魔道具を売っただけだ。教唆してもいない」
イラつく奴だ…。スカしやがって…。
「だったらどうする?放置する気か?」
「同じことを繰り返すつもりなのか」
「さぁな。気に入らないのなら好きにしろ」
「お前は危険だ…と言いたいが、その思考が危ういと教えてくれた奴がいる。お前は俺のことを知ってるようだが何者だ?」
「言う必要はない」
「そうか…。俺に恨みがあるのなら直接来い。回りくどいことをするな」
「お前に指図される筋合いはない。この…クズ野郎がっ…!私は…絶対にお前を許さないっ!衛兵になったら罪から逃れられると思うな!」
「罪だと…?なんの話だ?」
「とぼけるな!しらばっくれやがって…!」
「平行線だな。お前には詰所に来てもらおう」
「私は罪を犯してないんだろう?なぜ行く必要がある?」
「…いい加減にしろ。人の家に勝手に上がり込んで剣を振るえば罪になる」
「まるで見たように宣う…。この嘘つき衛兵がっ!」
「なんだと…?」
今すぐ首を刎ねてやろうか…と考えたところでドアが開く。ウォルトがお茶を運んできた。
「お話中に失礼します。よければ飲んでください」
「すまん」
なぜこの獣人はこんなに暢気なんだ…?私にもお茶を差し出して微笑む。コイツを見てると……気が抜ける。
「貴女にもう1つだけ確認したいことがありました」
「……なんだ?」
「貴女は、もしかしてリリムさんの姉妹ですか?」
…驚いて声が出ない。なぜこの獣人がリリムを知っている…?
「リリムの姉妹…だと…?」
ボリスも驚いて険しい表情。コイツには、魔道具の効果で私が男にしか見えないだろう。やはり即座に看破したこの獣人が異常なだ。
「ボリスさんはリリムさんをご存知なんですか?」
「マードックと同じで…俺が冒険者だった頃のパーティーメンバーだ…。なぜお前はリリムを知っている?」
「リリムさんはボクの友人です」
なんだとっ!?
「「リリムは生きているのか!!?」」
ボリスと声を揃えた。
「生きています。お2人がどう思うかわかりませんが」
「どこだっ!?」
「リリムはどこにいる!?」
詰め寄られながらも、獣人は真剣な表情を崩さず答えた。
「会いたいのなら、本人に訊いてみます」
ウォルトは多くを語らず、動物の森を歩き私とボリスを洞窟に連れてきた。
「リリムがこんなところにいるのか…?」
「なにも感じない…。噓だったら…私は許さん…」
「信じないのは貴女の勝手ですが、ボクが噓をつく理由がない。今すぐ帰っても構いませんよ」
「ぐっ…」
洞窟の外で一旦待つように言われ、会話することもなく、ボリスと静かに待つ。重い沈黙が続く中、ウォルトが戻ってきた。
「リリムさんは、お2人に会いたいそうです」
先導するウォルトの少し後を歩く。
リリムがこんな場所にいるはずがない…。アイツがいれば私は感じる…。そう思いながら、靴の音だけが響く。
やがて広い場所に辿り着くと、中央に笑顔のリリムが立っていた。いなくなった頃と変わらぬ姿で…。
ボリスがリリムに歩み寄る。
「リリム…」
「ボリス、久しぶりだね。5、6年ぶりかな?私を覚えててくれたの?」
「…忘れるものか」
「そっか!ありがと♪」
リリムは微笑んで私を見た。
「メリル…。ゴメンね」
私は魔道具による変装を解いた。
「久しぶりだな…リリム。不思議な姿をしている…」
「やっぱり分かっちゃうか!さすが!」
私に歩み寄ってくる。
「1人で素材を採りに来て、この場所で魔物に襲われて死んじゃったんだ」
「そう…か…」
「今は仮の姿ってヤツ!」
ボリスの眉がピクリと動いた。
「それは…本当の理由なんだな…?」
「もちろん。噓ついてるように見える?」
「いや…。……私は……このクソ衛兵がお前によからぬことをしたとばかり…」
「最後に会ったのがボリスだから?」
私は頷いた。
「調べ抜いて、お前に最後に会ったのはコイツだと知った。お前によからぬことをして…失踪の原因を作り…隠蔽するタメに衛兵になって素知らぬ顔で暮らしているに違いないと…!」
リリムは苦笑い。
「なにもされてないよ。メリルらしいけど考えすぎ。ボリスは真面目でいい人だよ。口下手だけどね!」
「絶対に償いをさせてやるつもりだった…。あらゆる手段を使って…」
「相変わらず過激だなぁ。思い込みは程々にね。私が死んだことには直ぐ気付いたんでしょ?昔からメリルとは不思議な感覚で繫がってたもんね」
「あぁ…。双子だからな…」
「またまたぁ!お姉ちゃんが大好きな妹だからでしょ!」
「うるさい姉だ……本当に……」
唇を嚙んで俯いた。リリムは死んでいるのに、現にこうして会話している。感情が追いつかない。
「ねぇ、ボリス。私は死んでるように見える?」
「見えない。あの頃のままだ。生きている」
「ありがとう!…あのね、ボリスにお願いがあるの」
「なんだ?」
「事情はウォルトから聞いたよ。メリルのことを許してあげてほしい。迷惑をかけたのも私を想っての行動なんだ。双子だから…姉妹だからわかるの」
「あぁ…。心配するな。メリルはなにも罪を犯していない」
「ありがとね…。それと、1つ訊いていい?」
「なんだ?」
「ボリスはなんで衛兵になっちゃったの?冒険者は嫌になったの?」
「それは……秘密だ……」
「えぇ~?!私達の仲なのに悲しいなぁ。…そうだ!2人は私の本当の姿を見たい?」
私とボリスは小さく頷いた。リリムの身体が淡い光を放ちながら骨の姿に変化した。
『どうかな♪』
軽やかに魅惑のポーズを決めるスケルトン。
「…骨になっても相変わらず陽気か。冒険者時代と変わりないな」
「…ふはっ。えらくガリガリで不健康そうな骨だ。ちゃんと食べてたのか?」
『ひどっ!』
リリムは太陽のような女性だった。一緒にいると自然に心が温かくなった。人の輪の中で笑っているのが最高に似合う女だ。
私は久しぶりに心から笑えている。その後3人で会話を続け、猫のウォルトは微笑みながら私達を見守っていた。
★
ウォルトは3人の会話を静かに聞いていた。
『私はいつもココにいる!会いたくなったら名前を呼んでくれたら出てくるから!』
「あぁ。そうする」
『ウォルト、ありがとね!』
「いえ。連れてきただけです」
スケ美さんに見送られながら修練場をあとにする。
「ウォルト。まさかリリムに会えるとは思っていなかった。お前が教えてくれたおかげだ」
「リリムさんが会うと言ってくれたからです」
「…私も感謝する。なんの義理もないのに、姉に会わせてくれた。君を急に襲ったりして…本当にすまなかった…」
メリルさんは力なく俯いた。
「謝らなくていいです。反撃して気が済んだので。貴女がリリムさんに瓜二つだったから確認しただけです」
骨のスケ美さんに体臭はないけど、メリルさんが眠っている間に『無効化』で真の姿を確認したとき、顔で判別できるくらい似ていた。骨の皆を生前の姿に変化させて容姿を見ていたから。
「ボリス。お前のことを誤解していてすまなかった。心からお詫びする」
「リリムの件では俺が怪しまれて当然だ。妹であるお前の気持ちは理解できる。結局、俺はお前から被害を受けてない。謝罪する必要はない」
「そうか。ところで、なぜリリムに言わなかった?衛兵になったのはお前を捜すタメだと」
そうなのか。会話の内容では気付かなかった。
「…なんのことだ?」
「とぼけるな。惚れていたんだろ?顔に出ている。お前はリリムに最後に会った人間だったから、責任を感じていたんじゃないのか?衛兵になれば失踪者の情報も掴みやすい。冒険者に知り合いがいるのも強みだ」
観念したようにボリスさんは溜息を吐いた。
「ふぅ…。その通りだが全て俺の勝手だ。そんなことを伝えても余計なお世話だと怒られるだけだろう」
「ボクはそう思いません。リリムさんは怒ったりしませんよ」
「その通りだ。今度会った時に教えてやれば喜ぶ。それと、ウォルト」
「なんですか?」
「私は君に興味がある。訊きたいことがあるから、また会いに行ってもいいだろうか?」
「いつでもどうぞ。住み家でお待ちしています」
ボクもメリルさんの作った魔道具について詳しく聞きたい。この人はおそらく凄い魔道具職人だ。気が済むように反撃したし、ボクを攻撃した理由にも納得してるから遺恨はない。是非話を聞きたい。
今回はちゃんと耳を傾けたことがいい結果を生んだと思う。ほんの少しだけ自分が変わったのかもしれない。