350 蟲人達との交流
「う~ん。身体がもう1つ欲しいなぁ」
「なんで?」
本日、森の住み家では私達蜂の蟲人による宴会が行われていて、ウォルトは楽しそうな宴を眺めながらお茶をすすっている。蜂の蟲人ハピーは、ウォルトの肩に座って自分専用のコップで酒蜜をゆっくり嗜んでいた。
「最近やることが多すぎて手が回らないんだ」
「なんかいろいろやってるもんね。そりゃ忙しいよ」
獣人に詳しくないけど、ウォルトが普通の獣人じゃないことは理解してる。言わないけど、多分突然変異で生まれたような獣人。
1日中黙々とモノを作ったり、魔法の訓練をしていたり、人間達と闘っていたりする。獣人にさほど詳しないけど、多分いない。
「どれも好きでやってるからね」
「欲張りすぎなんじゃないの?」
酒蜜の美味しさに触覚が動く。
「そうだね。幸せな悩みかもしれない」
「ところで、明日お願いしてたこと大丈夫?」
「大丈夫だよ。何人で行くの?」
「一応イハと私で行く予定なんだけど」
「わかった。ボクが安全に運ぶ」
「お願いね」
それだけ告げると、飛び立って皆の輪に加わった。明日は朝から遠出だ!
★
ウォルトとイハ、そしてハピーの3人は出発の準備を終えた。
「会えたらよろしく言っといてくれよ!」
「ココのことも教えてあげてね!」
「任しといて!」
ハピーとイハさんはボクのローブにしがみついて、皆に見送られながら出発する。
「ウォルト、お願いね」
「ウォルトさん、お願いします」
「任せてください」
ハピーから聞いた場所に向かって駆け出す。
「相変わらず凄い速さだね!」
「そうかな?」
「我々が全力で飛ぶより速いです。受ける風が気持ちいいですね」
「よかったです。ところで、目的地までどのくらいですか?」
「この速さならそう遠くないよ」
「そうだな。1時間と少しか」
「近くまで来たら教えて下さい」
「「了解」」
会話しながら駆けること1時間ほど。目的地の近くに到着した。
「連れてきてくれてありがと!」
「じゃあ、ボクはこの辺りで待機しておくから」
「そう長くならないと思います」
「ゆっくり話してきてください。この辺りを散策しておきます」
2人は並んで飛び去った。休憩しながら持参した水筒で花茶を飲む。やっぱり熱々のお茶は美味い。
今日は年に一度開催される蜂の蟲人の会合の日らしい。それぞれの集落から数人が集まって、近況報告や情報交換を行う重要な日だと聞いた。
いい居住場所や食料となる花の群生場所を教え合いながら、長い年月を協力して生きてきた蟲人達にとって、懐かしい顔に会える大切な日。
動物の森は広い。蜂の蟲人は全域に分布して暮らしているみたいだけど、ハピー達も詳しくは知らないと言ってた。今日集まるのはこの近辺に暮らす蜂の蟲人だけらしい。
長距離移動には危険を伴うので当然といえる。そんな理由もあって、今日は同行を頼まれた。こういった会合は森のあちこちで開かれているのかもしれない。
力の弱い蟲人にとって多種族はもれなく警戒の対象になる。初対面のハピー達もそうだった。皆に「変な獣人」と言われたのも今では懐かしい思い出。
だから、ボクはあえて離れた位置で待機することにした。せっかくの再会を邪魔するのは忍びない。
この辺りは駆けるトレーニング中に通ったことしかない。ゆっくり風景を眺めるのは初めて。離れすぎないよう、花や薬草が生えていないか確認しながらゆっくり散策する。意外な場所に穴場が在るからこの森は面白い。
しばらく散策を続けていると、ハピーの焦る声が聞こえた。
「ウォルト!どこっ!?」
呼ぶ声はかなり焦っている。直ぐに駆け出して元いた場所へ向かう。
「どうしたの?!」
「イハが魔物に飲み込まれたのっ!助けてっ!」
「連れて行ってくれ!」
「こっち!」
現場には直ぐに辿り着いた。そこにいたのは唸りを上げるムーンリングベア。久しぶりの遭遇。集まっていたであろう蟲人達の姿は見えない。無事に逃げきれたのか?
「ハピー。この魔物で間違いない?」
「間違いないよ!まだ飲み込まれて数分なの!」
「わかった」
ボクに気付いた魔物は、いい食料だと思ったのか涎を垂らして唸りを上げる。一気に接近して鋭い爪を振り下ろしてきた。
「グルァァ!!」
『氷結』
全身を凍らせて動きを止める。衝撃の強い魔法を使うと体内にいるイハさんにどんな影響が及ぶかわからない。これが最善。間髪入れずに『疾風』で首を刎ねると、ゴロンと地面に転がった。
「すごい…」
前のめりに倒れる巨体を受け止めて、ゆっくり横たわらせる。『氷結』を解除して腹部を『診断』で探ると、胃の中にイハさんらしき蟲人の姿が確認できた忙しく動き回っている。
『イハさん、ウォルトです。魔物は討伐しました。直ぐに魔法で助けます。危ないので聞こえていたら少しの間ジッとして下さい』
『念話』で話し掛けると、イハさんの動きが止まった。指先に『細斬』を纏わせて、魔物の腹部を切開すると直ぐに大きな胃が現れて、胃壁を切り裂くとイハさんが飛び出してきた。
「イハ!」
「ぶはぁぁっ!苦しかったっ!身体中ベトベトで気持ち悪いっ!」
「イハさん、動かないで下さい」
胃液塗れのイハさんを、軽い『水撃』で洗い流す。少し羽が欠けて曲がったり傷付いているけど元気そうだ。
『精霊の慈悲』で回復させると、羽も傷も元通り。長い付き合いになった蟲人の怪我には、『精霊の慈悲』が効果的。皆は獣や魔物に遭遇して怪我することもあるから、たまに治療をお願いされて知識はある。
「どこか異常はありませんか?」
「ありません。ありがとうございます」
「気にしないで下さい。無事でよかったです」
「こらっ!イハ!」
ボクの肩に留まってるハピーがプンプン怒ってる。
「なにをそんなに怒ってるんだ?」
「直ぐ逃げないと危ないでしょ!ウォルトがいなかったら死んでたよ!」
怒るハピーと対照的に、イハさんは落ち着いてる。
「気持ちは嬉しいが、奴が襲ってきたとき一番近い場所にいた俺が囮になるのは当然だ。俺達は例外なくそうやって生きてきたろう」
「それはそうだけど…」
「握りつぶされなかっただけ幸運だった。だが、正直死んだと思った」
「うん…」
急な襲撃にはそんな対処をしているのか。イハさん達は…文字通り命を懸けて仲間を守るということ。
「ただ、皆とゆっくり話せなかったのが残念だったな」
「元気そうだったけど、もう近くにはいないだろうね」
「そんなことないよ。近くに3人残ってる」
「そうなのですか?!」
「どこっ?!」
「ボクがいるから出てこれないんじゃないかな?あそこと…あそこにも隠れてるよ」
ハピーとイハさんは、ボクが指差した先へ確認に向かう。少し経って戻ってきた。
「本当にいたよ…。どんな耳してるの…?」
こんな耳だけど…と動かしてみる。でもハピーは見てない。
「私を心配して残っていたようです。やはりウォルトさんを警戒しているようでした」
「それなら、コレを渡してください」
こんなこともあろうかと…。背負っている布袋から小さなコップを取り出し、花茶を注いで2人に渡した。
「なるほど!いい案です!」
「行ってくるね!」
言いたいことを理解してくれた。しばらくすると隠れていた蟲人と一緒に戻ってきた。
「悪い者じゃないんだな。魔法には驚いたよ」
「驚いたけどハピー達といるのは納得だ」
「こんな美味い飲み物を作れるなんて素晴らしい」
「ありがとうございます」
クマンさん達もそうだったけど、ボクの淹れた花茶を飲むと警戒を解いてくれる。悪い者には淹れられない味らしい。
「とにかくイハが助かってよかった。なにもできなかったが…」
「気にすることじゃない。お前達でも同じことをしてたろう」
「あぁ。…さっきは話せなかったけど、ウチの集落は2人亡くなってる」
「ウチも1人亡くなった。相手は魔物だ」
「そうか…。いつも覚悟はしてるつもりだが、実際に聞くとな…」
ボクは紡げる言葉を持たない。ただ静かに耳を傾けた。
「ねぇ、ウォルト。よかったらだけど…今度住み家で会合できたりしないかな…?」
「ボクも考えてた。全然構わないし、全員を迎えに行くよ」
「ホントに!?」
「たまには安全に皆が顔を合わせる時があっていい」
「ウォルトさん…。貴方はなぜ我々にそこまで優しくしてくれるんですか?」
イハさんは申し訳なさげだ。でも、ボクは優しくない。自分が優しいと思ったことは生まれてから一度もない。
「ハピーやイハさん達とは縁あって友人になれました。植物や蜜のことでもお世話になってます。友人として力になれたら嬉しいです」
「ありがとうございます…」
話し合った結果、今から全ての集落を訪ねることに決めた。ボクを信じてくれた3人が、それぞれの集落に案内してくれることに。いつものようにしがみついてもらって駆ける。
「速いっ!獣人は凄いな!」
「まさかこれほどとはっ!気を抜くと振り落とされそうだっ!」
「目が回りそうだぞっ!」
「でしょ♪慣れると気持ちいいんだよ!」
「ウォルトさんは、しがみつきやすいように駆けてくれてる」
会話からして楽しそう。ボクも友人に会うと嬉しいから気持ちはわかる。その後、到着した集落で花茶を飲ませては蟲人をしがみつかせてを繰り返す。
警戒していても花茶を飲むと直ぐに信用してくれる。味覚での判断に絶対的な自信があるんだろう。ボクも見習いたいし、信用を裏切りたくない。
最終的にローブにしがみつく蟲人は50人を超えたけど、重さなんて微塵も感じない。ただ、端から見ると『蟲人に襲われる獣人』みたいな異様な光景だと思う。
あとは安全に住み家に戻るだけ。魔物や獣に遭遇しないよう神経を尖らせて森を駆けた。
★
「おぉ~!久しぶりだなぁ~!」
「元気だったか!生きてたか!」
「うわぁ~ん!嬉しい~!」
「泣くな泣くな!めでたいんだから泣くな!こっちまで泣けてくる…!」
住み家に戻ると蟲人達は再会を喜んだ。何年も会っていなかった者達は、泣いたり笑ったり。やがて皆が笑顔に変化していく。
「ホントにありがとうね。皆が集まれる日が来るなんて思わなかったよ」
肩に留まるハピーが笑った。
「どういたしまして。今日は再会を祝して宴会にしようか」
「うん!」
「準備ができたら呼ぶからゆっくり話してて」
「わかった!お願い!」
ボクにできるのは料理の腕を振るうことくらい。花の料理を喜んでもらえるといいけど。あと、できる限りコップを作ろう。
全ての準備を終えてハピーに声をかける。
「ハピー。準備ができたよ」
「待ってました!みんな行こう!」
「行くってどこへ?」
「ウォルトさんの住み家で宴会だ!今日は飲まなくてどうする!」
「この家に入るのか?それより、飲むって…なにを?」
「いいから黙って付いてこい!直ぐにわかる!」
イハさんやクマンさん達が、皆を居間に誘導してくれる。戸惑いながらも全員が住み家に入ってくれた。
テーブルの上に集まってもらって、それぞれに作ったばかりのコップを渡すと、ハピーやイハさん達が手慣れた様子で酒蜜を注いでいく。初めて見る飲み物に『?』が浮かんでるけど、皆に行き渡ってイハさんが音頭をとった。
「久しぶりに皆に会えて、こんなに嬉しいことはない。再会に…乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
グイッと飲んでみせたイハさん達に続いて、恐る恐る他の蟲人も飲み始める。
「…コレは美味い!初めて飲む味だっ!」
「なんだコレ!?」
「こんなものをどうやって?」
研究熱心なハピー達は、自分達で考案した酒蜜を作ってる。果実酒のような酒蜜や、渋みが美味い大人向けの酒蜜もあるらしい。ボクも『成長促進』の魔力量を変えたりして酒蜜造りに協力してる。
乾杯が済んだところで、作って『保存』しておいた花の料理を差し出す。初めて食べる蟲人のタメに、消化にいい柔らかめの花料理を作ってみた。
「よかったら食べてください」
「ありがとうございます!コレが美味いんだ!食べてみろ!」
「ウォルトは花料理の天才だからね!」
「嘘だろ…?聞いたことないぞ…」
「食えないだろ…」
見本を見せるようにクマンさんやアシナさんが豪快に手掴みでいく。美味しそうに見えたのか、恐る恐るかじりついた。
「うまいっ!」
「なんじゃこりゃ!」
「花って食べたらこんなに美味しいの?!」
「美味いのはウォルトさんが作ってくれた料理だからだ。生の花はエグ味が強くて食べれたモノじゃない。それと、食べ過ぎには注意だ。何日も胃にもたれる」
「「「へぇ~!知らなかった!」」」
楽しそうに飲み食いする蟲人達を遠くで眺める。花料理も口に合ったみたいでよかった。ハピーが飛んできて肩に留まる。
「今日もありがとう!皆、楽しんでるよ!」
「よかったよ」
「ねぇ、ウォルト…」
「なんだい?」
「お腹が空いてる仲間も多かったみたい。だから凄く助かった。でも、私達に同情しちゃダメだよ。無理してない?」
ハピーはいつも気を使ってくれる優しい友達だ。でも、ボクは同情するのもされるのも好きじゃない。
「蟲人には蟲人の生き方やルールがある。獣人も同じだよ。だから物知り顔はしたくない。でも、ハピー達はボクの友達だから自分の気が済むように手助けできたらと思う。コレって同情かな?」
そこら辺がよくわからない。ボクは同情じゃないと思っているけど、他人から見るとそうなのかもしれない。
「違うよ。それならいい!あとね…もしウォルトがよかったら、皆をココに住むように誘ってもいいかな…?」
「もちろん。ボクの土地でもないし、騒がしい住み家の周りでもよければ。食蜜用の花壇も増やせるよ」
「ありがとう!訊いてみるね!」
★
ハピーが蟲人の輪に戻ると、昔馴染みのミッツに声をかけられる。会うのは数年ぶり。
「ハピー。飲み物も食べ物も凄く美味しい。ウォルトだっけ?凄い獣人だね」
「でしょ!沢山食べて飲んで!」
「うん…。あの子にも…食べさせてあげたかった…。ひっく…」
ミッツは涙を流す。私達の幼なじみである蟲人が、皆を守るため囮になって命を落としたことを聞いた。寂しいけど…命を懸けた仲間のことを私達は絶対に忘れたりしない。
「聞いたかもしれないけど、イハが今日元気でいられるのはホントに運がよかっただけ。たまたまウォルトがいて助けてくれたから」
「うん…。そうだね…」
「あの子の分も楽しく飲もう。私達が再会できて喜んでくれてると思う。私ならそう思う」
「そうかもね…。今日はゆっくり話そう」
お腹いっぱい美味しいモノを食べたり飲んだりできる。それが蟲人にとって1番の幸福。だから…ウォルトには感謝しかない。
翌朝。
「頭、痛い~!」
「胃がムカムカする…」
「忠告を無視して食べ過ぎた…」
はしゃぎすぎた宴会初体験の仲間達は、二日酔い&胃もたれと闘ってる。慣れてる私達は元気。連日の宴会でも疲れを感じない。体質が徐々に変化してるのかも。
酔い覚ましと胃腸薬入りの花茶を皆に振る舞ってウォルトは感謝されてる。蟲人用の薬を作るって何気に凄い。
落ち着いたところで全員が集まって、今後のことについて話し合う。私が、開口一番ウォルトの住み家周辺に住むことを提案すると満場一致で可決した。嬉しくてウォルトを見ると、ニャッ!と可愛く笑ってくれる。
ウォルトと私は、仲間達の思い出の品や大事にしていた物を一緒に回収に向かう。移動するのに邪魔になるから、最小限しか残さない本当に大切なモノを。
こうして蟲人がまた増えた。