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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
35/689

35 一宿一飯の恩

暇があったら、読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 この森に来るのも久しぶりだ。懐かしさを感じる。


 マードックに教えられた強者に会おうと貰った地図を頼りに早朝から目的地を目指している。

 森に入ってかれこれ3時間は歩いたな。なかなか奥深い所に住んでいる。おそらく、人里を離れて長年修業している獣人に違いない。

 それにしても、どこまで行っても代わり映えしない森だ。地図によるとさほど遠くないのが幸運か。もうそろそろ着くだろう。



 ★



 地図を渡したマードックは知っていた。


 教えたのはウォルトの住み家。獣人の足ならフクーベ近くの森の入口からゆっくり歩いて1時間かからねぇ。エッゾは倍の時間でも着かねぇだろう。獣人にはまずいねぇイカレたレベルの方向音痴だ。

 冒険者パーティーを組んでた頃、現地集合に一度たりとも間に合ったことがねぇ。むしろ、パーティー攻略を予定していたダンジョンを自分抜きで攻略された挙げ句、次の日に着いたっつうふざけた伝説を持ってやがる。


 付いた不名誉な二つ名が『奇跡の方向音痴』。しかも、未だに自覚してねぇアホ野郎。俗に言う天然ってヤツだ。それもとびっきりのな。

「世界を巡る」ってほざいたときは、周りがざわついた。よくフクーベに帰って来れたもんだぜ。



 ★



 その後もふらふらと森をさまよって魔物の気配に気付く。気配と匂いから察するにバラックか…。久々に遭遇する馬のような魔物。腹も減ったし狩るとしよう。


 一目散に魔物へ向かって駆け出し、バラックを視界に捉えると駆けながら刀を抜いた。

 射程圏に入ったところで嘶いて威嚇してきたが、その程度で俺は止まらん。逆に加速するとすれ違いざまに刀を薙いだ。


 直後、バラックの体がゆっくり傾いたかと思うと身体の上半分がズレた。音を響かせ倒れた魔物はピクリとも動かない。

 刀を軽く振るって血を払い鞘に収める。動かぬバラックに手を合わせて、肉を焼いて食った。

 しっかり腹ごしらえを終えて地図を確認すると、再びまだ見ぬ獣人の住み家を目指し歩き出す。


 進行方向が真逆であることに気付かずに。




 体感だが、さらに3時間ほど森を徘徊した。このままだと今日は野営か。慣れたもので気にならない。


 呑気に考えていた時、突然目の前が拓けて一軒家が目に入った。この家はもしや……と家に近づく。

 歩みを進めると、風上から獣人の匂いが鼻を掠める。家の方角から流れてくるということは住人であることは間違いない。


「むっ…」


 暑苦しいローブを着て手拭いで頭にほっかむりをした変わった獣人が畑作業をしている姿が目に入った。とてもマードックと争う獣人に見えないが、一応声をかけてみる。


「すまん。ちょっといいか?」


 変わった獣人はちょっと驚いたように動きを止め、こちらに振り向いた。


「なにか用ですか?」


 近づいてくるのは白猫の獣人。なぜか見覚えがあるような。


「エッゾさんじゃないですか」


 俺の名を呼ぶが心当たりがない。


「俺を知っているのか?」

「覚えてないですか?以前クエストに向かう途中にココで1泊したんですけど」

「クエスト…?………思い出したぞ。あの時は世話になった。久しぶりだな、ウォルト」


 数年前のクエストで、仲間と合流する前に日が暮れてこの家に泊まった。快く泊めてくれた獣人が白猫のウォルトだ。


「今日はどうしたんですか?」

「人を探しているんだが、なかなか遠い所に住んでるようで困っていたところだ」

 

 地図を見てもまだかなり先。


「大変ですね。長い移動になるならちょっと休憩していきませんか?」

「そうさせてもらえると助かる」


 ウォルトは住み家に招き入れてくれた。


「家に入って思い出してきた。あの時は、かなり遠いダンジョンに行く途中で泊まらせてもらったんだったな。到着するのに2日かかった」

「大変でしたね」


 テーブルでお茶を淹れながらウォルトが訊く。


「無事にクエストを終えたんですか?」

「俺が着いたときにはクエストは終わってた。そしてパーティーをクビになった」

「えっ!?」

「仲間から「今回ばかりは許せん!」とか、「堪忍袋の緒が切れた!」と激怒されてな。意味もわからず混乱した」

「そんなことが…。その後は単独(ソロ)で冒険を?」

「いや。ずっと世界の強い奴に会ってみたいと思っていた。いい機会だと思って旅に出た」

「いつ帰ってきたんですか?」

「昨日だ」

「ということは、あれから3年ですか…。随分と長い旅でしたね」

「あぁ。だが、いい旅だった」


 長かった旅を思い返す。旅に出ていた3年の内、半分以上はひたすら移動していた。駆けたり歩いたりで体力が付いた。苦しかったことも今ではいい思い出として刻まれている。


「かなり色々な国を見てきたのでは?」

「そうだな。とにかく東へ向かった。暑い国や寒い国、戦時中の国もあった」

「道には迷いませんでしたか?」

「俺達は迷わない。知っているだろう?」

「獣人に方向音痴はいませんからね」

「そういうことだ」


【方向音痴の獣人はいない】というのは【獣人は魔法を使えない】と同様に世界の常識。獣人なら誰もが知る事実。


「背中の剣は、他の国の武器ですか?珍しい形ですね」


 鞘に収まっているが、微かに刀身が反っているように見えるだろう。


「剣ではなく刀という。『ポントー』という武器だ。よく斬れる」


 その後、他愛ない話に花を咲かせていたが急に思い出す。


「そういえば、あの時のお礼をするのを忘れていた。一宿一飯の恩を忘れては獣人の名折れだ。今度なにか持ってこよう」

「お礼なんて必要ないですよ」

「そういうワケにはいかん。思い出したからには気が済まない」

「そうですか。もしよかったら、エッゾさんが見てきた剣技とか見せてもらえませんか?それで充分お礼になります」

「そんなことでいいなら構わん。じゃあ、外に出るか」


 外に出た俺達は木の前に立つ。背中に背負っていたポントーを帯に通して左腰にぶら下げ直した。


「今から見せるのは『居合(イアイ)』という技だ。一瞬だからわかりにくいかもしれん」

「わかりました。お願いします」


 頷いて木を蹴り飛ばす。何枚かの葉が落ちて右手を刀の柄にかけると、腰を落として前屈みになる姿勢をとった。


「フンッ!」


 目にも止まらぬ速さで抜刀された後、両断された葉がハラリと落ちる。いい音をさせて刀を鞘に収めた。


「凄いです。技も刀の切れ味も」


 ウォルトは純粋に驚いているようだ。褒められて悪い気はしない。


「もう1つ見せてやろう」

 

 さっきより強く木を蹴ると、今度は大量の葉が落ちた。また『居合』の姿勢をとって集中する。


 舞い落ちる葉が目の前に到達した時…。


桜花繚乱(オーカリョーラン)


 抜刀したかと思うと、一瞬にして舞い散る葉は全て斬り刻まれ、倍に数を増やして地に落ちる。常人が目で追うのは困難な斬撃。


 ふぅ…と一息ついて刀を収めた。


「凄い剣技でした。ありがとうございます」

「こんなモノでよければいくらでも見せてやる」

「斬り、薙ぎ、突きと凄い連続攻撃で、息つく暇もない。かなりの修練が必要ですね」

「そうだ。会得するには……ん?」


 ウォルトの言葉に少し引っかかりを感じた。


「どうしました?」

「今の技……突きが見えたか?」

「2回突いたように見えました。それがなにか?」


 まさかと思うが…。俺がハポンで初めてこの技を目にしたとき、なにを繰り出しているか全く見えなかった。だが、ウォルトは見えたと言う。

 今ではその時の業師より俺の方が技量は上だという自負がある。確認した突きの回数も間違ってない。


 獣人は動体視力に優れる者が多い。なくはないなと思いながらも、ふっと頭をよぎった疑念を晴らすように尋ねる。


「ウォルト。最近マードックと引き分けた獣人というのはお前のことか?」

「マードックと引き分け…ですか?賭けのことを言っているのであればそうですけど」


 驚愕した。まさか、この見るからにひ弱そうな獣人がマードックと引き分けたとは予想できなかった。『賭け』の意味はわからんが、勝敗になにかを賭けたということか。


 しかし、『桜花繚乱』を認識できて引き分けたと本人も肯定している。ひ弱そうに見えるのは俺も同類。愉快な気持ちがこみ上げて止まらない。



 ★


 

 エッゾさんの様子がおかしい。表情が狂気的に変化している。訝しがっていると、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


「ククッ!ウォルト。俺と勝負しないか?」


 なんの脈絡もないところから突然勝負の誘いを受けて眉間に皺を寄せる。


「勝負…?なんのですか?」

「獣人の勝負といえば決まってるだろう。真剣勝負……力の比べ合いだ!」

「お断りします。エッゾさんはなにか勘違いしてます」


 マードックと引き分けたと言った辺りから様子がおかしい。絶対になにか勘違いしてる。


「いや……してない!」

「くっ…!?」


 凶悪に嗤いながら、胴狙いの『居合』を繰り出してきた。間一髪で後方へ跳んで躱す。


「いきなりなにを考えてるんですか…?」


 今のは…かなり危険な行動だ。


「普通の獣人なら上下に真っ二つだ。今のは…手加減してない…。ククッ!」


 ゆっくり刀を収めながら鋭い視線を向けてくる。


「恩を仇で返して悪いと思うが…強い奴とは闘わずにいられないタチなんでな」


 エッゾさんの眼は獣が獲物を狙う眼と同じだ。冒険者時代『狂狐』の二つ名で呼ばれていたエッゾさんの性格は、フクーベでは知らない獣人がいないほど有名だった。とにかく戦闘狂で、悪意をもって絡んだが最後、全ての者を叩き伏せる恐怖の狐獣人。


 これ以上の反論は無駄だと思いながら、気になったことだけ尋ねる。


「…わかりました。1つだけ訊いていいですか?」

「なんだ?」

「マードックはボクのことをなんて言ったんですか?」

「俺と闘って引き分けた奴がいる。お前が闘っても負けるかもな…だ。それで噂の強者を捜していた」

「なるほど…。ボクは強者じゃないです。でも……負けたらマードックを恨んで下さい」

「ククッ!面白いっ…!」


 エッゾさんは愉悦の表情を浮かべた。

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