346 噂の奥様
「ありがとうございました」
『いい修練ができたか?』
「はい。かなり」
今日は修練場で骨の友人達と修練に勤しんだウォルト。いい汗をかいて、帰ろうとしたらスケさんに話しかけられる。
『頼みがあるんだが』
「なんでしょう?」
『家に帰ろうかと思う』
「ミーリャさんの件ですね?」
『あぁ。魔法での変装を頼みたい』
「任せて下さい。念のためボクが付いていきます」
『変装だけでも構わないが』
スケ三郎さん達が声を上げる。
『けっ!なに言ってんだ!金もねぇし、歩くのも遅いくせしやがって!』
『そうよ。今はただの骨なんだからね。街まで何時間もかかるのよ。いろんな意味で骨が折れるわ』
スケ美さんは上手いこと言う。ボクも冗句を言えるユーモアがほしい。参考にさせてもらいたいけど、骨仲間だから言えることのような気がする。
『てやんでい!いいから黙ってウォルトに運んでもらえ!』
『そこまで頼むワケには…』
「ボクは構いません。鍛練を兼ねて一石二鳥です」
『ウォルトがいいっつってんだろ。甘えとけ』
『かなり重いと思うが、頼めるか?』
「重さは魔法でなんとかできます」
『無重力』を詠唱すれば体重もなくせるし、上手く制御すればいい感じの重さに調整できる。鍛錬の負荷に丁度いい。
『すまんが、よろしく頼む』
「いつ行きますか?今からでもいいですよ」
『心の準備が必要だ。3日後でどうだ?』
「構いません。ところで、スケさんの家はどこにあるんですか?」
『スイシュセンドウだ。知ってるか?』
「知らないです。行く道はわかりますか?」
『大丈夫だ。フクーベからでもいいか?』
「大丈夫です」
3日後に迎えに来ることを伝えて、皆と別れた。
スケさんの帰省当日を迎え、約束通りの時間に修練場にやってきた。
『すまんが頼む』
「はい」
スケさんの身体を魔法で縮めて、さらに魔法で変装を施す。以前教わった通りの姿に発動できているはず。
『お前の記憶力はすげぇな』
『魔法もね』
「誰でもできます。今日はもう1つ魔法を付与したいんですが、いいですか?」
『いいぞ』
許可をもらってスケさんに手を翳すと、一瞬身体が輝いた。
「終わりました」
『…なにか変わったのか?』
「スケ三郎さん。スケさんに触れてみて下さい」
『おうよ』
スケ三郎がスケさんに触れる。
『マジか…。肉のような感触があるぜ…』
『えっ!?』
骨達が一斉にスケさんに触りだす。まるで人間を襲うスケルトンの群れ。口には出せないけど。
『どういうことだ?』
「変装に合わせて、皮膚の位置に弾力のある魔力で結界を張っています。動きは阻害しないと思いますが、慣れるまで違和感があるかもしれません。各部を肉感に近い弾力に調整しました。筋肉は硬くして掌なんかは柔らかめに」
『こだわりが凄いな』
「可能な限り人間に近く変装させたかったんです。余計なお世話でしたか?」
『いや、助かる』
「今後皆さんも同様に変装する機会があるかもしれません。その時はボクに任せて下さい」
『そん時は頼むわ!』
『スケ三郎は噓つくかもしれないから、今の内に教えとくね!』
『そりゃいいな!格好つけてイケメンになろうとすっかもしれねぇな!』
『するか!バカ共が!』
皆でスケ三郎さんを捕まえて、生前の姿を教えてくれた。言われた通りに魔力で形成していく。
『完璧ね!』
『似てるな!』
『わはははっ!生き返ったみてぇだ!』
『お前ら…。似てなかったらギッタギタにしてやるからな!』
「どうでしょう?」
スケ三郎さんの眼前に魔法で氷の姿見を作り出す。
『……クソ。そっくりだ…』
『わはははっ!イケメンになれなくて残念だったな!』
皆の記憶力は凄いと思う。他の皆もそれぞれの記憶を辿って意見を出し合い、生前の姿を形成すると喜んでくれた。
「声も変えられないか考えてみました」
『できるのか?』
スケさん達は人で言うところの声帯がない。ボクの予想だと魔力を声に変換してる。声がくぐもってるから変装させると違和感が凄い。
ツッコんだことを言うと、耳もないから音を拾えないはず。でも、意思疎通が図れるように施したのは常識外れの師匠だ。
ボクが言うのもなんだけど、師匠は賢いことと魔法以外になんの取り柄もない。本当になにもできない。だから間違いなく魔法でどうにかしているはず。
「ちょっと口を開けて下さい」
『こうか?』
スケさんの口内に考案した魔力変換の魔法陣を展開する。声が変わるはず。
「声を出してみて下さい」
「あぁ~、あ、あ」
『『『おぉっ!全然違う!』』』
「魔法陣を変化させながら声を生前に近づけましょう」
『もっと低い声だったよな』
『結構ダンディーな感じだったわよね』
言われた通りに細かく調整してみる。
「どうでしょう?」
「自分ではわからないな」
『かなり近いと思うぞ』
『いい感じだと思うよ』
『なにか言われたら喉の調子が悪いことにしとけ。気付かれねぇはずだ』
「このまま行ってみましょうか?」
「助かる」
「あともう1つ」
「まだあるのか?」
スケさんの骨に手を当てて『診断』を詠唱すると、背骨の中心辺りに核のような魔力反応がある。おそらく師匠が仕掛けた魔法で、スケさん達の心臓のようなモノだというボクの予想。
「この核に『変化』の魔力を連結させれば…。スケさん、笑ってみて下さい」
「こうか?」
『おぉっ!表情が!』
『今まで無表情だったからちょっと怖かったもんね』
ミーリャさん達に会ったときのスケさんも無表情だったから、なんとかできないか考えていた。上手くいったのは完全にたまたま。
「上手くいきました。より自然に見えると思います」
「弟子だけあって段々あの変人に近付いてきたな」
「またまだ師匠の足元にも及ばないです」
修練場から出てスケさんを背負う。身体が大きくても骨だからなのか重さはさほどでもなかった。魔法で軽くしなくても問題ない。
「では行ってきます」
「帰るまで留守を頼む」
『怖い嫁さんのいる家から生きて帰ってこいや』
『とうに死んでるけどね!』
スケ美さんの冗句が飛び出したところで、皆に見送られて駆け出す。
「凄まじい速さだな」
「ボクも獣人ですから。まずフクーベに行きます」
森を駆けてフクーベに向かう。今日は天気がよくて気持ちいい。
「今さらですけど、ミーリャさんも一緒に行きたかったんじゃ?」
「そうかもしれんが、まずは1人で嫁さんに詫びないと」
「苦労をかけたからですか?」
「それもあるが、生きていたのに顔を見せなかったことを詫びないとダメだ。実際は死んでいるから気持ちは複雑だが、そんな理屈が通用する相手じゃない」
「どんな奥さんなのか気になります」
「お前が会ったあと感想が聞きたい」
話しているとフクーベの外に辿り着く。
「どの道でしょう?」
「あっちだ。カンノンビラ方面だがわかるか?」
「カンノンビラは知ってます。近いですか?」
「ウォルトのスピードなら4時間くらいだと思うが」
「近いですね。行きましょう」
「近いのか…?」
男2人で背負い背負われて走るのは目立つとスケさんが言うので、街道脇の森の中を道に沿って駆ける。
「本当に速いな。馬車よりも数倍速いぞ」
「輓曳は荷を曳いてますからね」
馬の獣人も駆けるのは速い。蛇足だけど、馬車を曳く大型の【バンエイ】やカリー達のように騎馬に採用される【トルーパー】は正確には馬じゃない。馬を祖先として別れ、それぞれが進化した存在であるというのが通説。
獣人の先祖である動物のほとんどは、獣や魔物と違い世界でも希少な存在で滅多に遭遇できない。生息の実態も詳細は不明。猫も猿も狼もだ。祖先と云われる猫に遭遇したことのあるボクは、他の獣人に自慢できるくらい幸運。
「ふぅ…」
「どうしました?」
「嫁に会ったらどんな顔をされるかと思ってな…」
「会うのは何年ぶりですか?」
「10年は過ぎた。魔物だった頃の記憶がないからハッキリ言えないが」
「ミーリャさんの話だと喜んでもらえそうでしたね」
「そうだといいが」
会話しながら駆けること3時間半ほどでスイシュセンドウの町に到着した。カンノンビラに向かう途中で分岐して静かな場所に所在する小さな町。町の外でスケさんを下ろす。
「懐かしいな…。変わってない」
「そうですか」
「遠くまで連れてきてくれて感謝する」
「気にしないで下さい。シュケルさんと呼んだ方がいいですか?」
「そうしてくれると助かる。今ではスケさんのほうがしっくりくるんがな」
微笑んだスケさんはしっかりした足取りで歩き始める。とはいえ、スケルトンの歩き方が出てしまっているけど。町に入ると直ぐに声をかけられる。
「おぉい!シュケルじゃないか!何年ぶりだ?!」
「10年ぶりくらいか。久しぶりだな、パブロ」
「老けたなぁ!あまりにも帰ってこないから死んだかと思ったぞ。たまには顔出せよ」
「すまん。ちょっと事情があった」
歩きながら何人も声をかけられて、皆が嬉しそうにしてる。スケさんは慕われていたんだな。今のところ変装にも気付かれていないみたいでホッとした。再会の挨拶が一通り終わって、しばらく肩を並べて歩く。
「当たり前だが、皆が年を重ねてる」
「10年も経てばそうなると思います」
「ウォルトも大きくなったからな」
「そうですか?」
「身体も大きくなったが、今みたいに凄い魔導師に成長するなんて思ってもいなかった。スケ三郎やスケ美も同じ意見だ」
「まだ魔導師になれてませんよ」
「そうか。ただ、ウォルトはあの変人と違ってなんでもできる。アイツは魔法に才能が特化した変態だが他にはなにもできなかった」
やっぱりスケさんも師匠のことをそう思ってるのか…。でも…。
「師匠は凄いです。死ぬまでボクの目標です」
「俺も世界を知らないが、アイツは世界最高の魔法使いでもおかしくない。むしろその可能性が高い。アンデッドだった俺達を正気に戻したのもそうだが、名前すら呼ばせないんだからな」
スケさん達は師匠の名前を知っている。けれど、名前を口に出せないよう呪いのような魔法をかけられているらしい。目的は不明で、名前を口にしようとすると骨が崩れそうになるらしく、元に戻れなくなると直感で気付くらしい。
だから「アイツ」とか「変人」としか呼べない。そして、皆の予想だと師匠の悪口を言ったことは記録されてる気がするみたいだ。でも「言うのは断固やめない!」と意気込んでいた。
ちなみに、ボクも「名前を他人に教えたら呪う」と言われてるので口外はしない。そうでなくても、恩人が知られたくないことを言わないけど。嫌なら名前を教えなければよかったんだ。
「非常識な魔法使いですからね」
「弟子も大概だぞ…っと、着いた」
眼前には一軒家。ちょっと町外れの静かでいい場所だ。
「ボクが声をかけましょうか?」
「いや。俺が行く。なにが起こるか予想できない」
奧さんはどんな人なんだろう?スケさんより強いということだけしか知らない。玄関のドアをノックしても中から反応はないけれど…。
「家の裏から人が向かってきます」
「わかるのか?」
ノックの音に反応するかのように、誰かが動き出した。微かに土を踏みしめる足音と人間の匂いがする。
目を向けると、家の角から黒髪の女性が姿を現した。ボクらを目にするなり一気に接近してくる。速い。
「ネネ。久しぶりだな」
「ハァァッ!」
ネネと呼ばれた女性は、目にも留まらぬ速さでスケさんの懐に飛び込んで担ぐように背負うと、躊躇せず地面に叩きつけた。ボクは目を見開く。
「うぐっ…!」
「シュケル!生きてたのかっ!心配かけやがって!」
だが、嬉しそうだったネネさんの表情が一瞬で冷たく変化する。寒気を感じる冷たい視線。
「…違うな。お前は…なんだ…?」
仰向けに倒れたスケさんの腹にストンと座った。
「ネネ!俺だっ!シュケルだっ!」
「何者か知らんが、ワタシを騙そうとはいい度胸だ。しかもシュケルに化けるとは…。許せん…」
「話を聞けって!」
「問答無用」
ネネさんは馬乗りになってスケさんを殴る。もの凄い手数と威力。下からの反撃などできもしない。
「シュケルさん!」
止めようと駆け寄るが…。
「お前は後だ…」
「ぐうっ…!」
ネネさんは手を翳しただけでボクを弾き飛ばした。手が痺れる。
「ネネっ…!話を聞けっ…!」
「何者か知らんが貴様の罪は重い。ワタシが1番頭にくるやり方だ。粉々にしてやる。消え失せろ」
ネネさんは、天に翳した両手にボクを吹き飛ばした力を纏い、スケさんの顔面に叩きつける。
「……なんだと?」
素早く駆け寄って叩きつけられる直前に両手を掴んで止める。間一髪だった。ネネさんは睨むような視線をボクに向けてくる。
「『魔喰』だと…?貴様……何者だ…?」
「今から説明します。だから落ち着いてください。この人は間違いなく貴女の夫シュケルさんです。信じてください」
ボクとネネさんは鋭い視線を交わした。