345 魔力の質
昇級試験の報告を終えて、森の住み家に泊まった3人は、朝食を終えるなり外で修練することに。
休憩中にウイカが尋ねる。武闘会の噂を聞いてからずっと気になっていたこと。
「ウォルトさんは、武闘会ではエルフの魔法を操ったって聞いたんですけど、私達でもできますか?」
「修練すればできるようになるよ。でも、まだ厳しいかもしれない」
「試すだけなら可能ですか?」
「それだけでも辛いと思う。気合いが必要だけどやってみる?」
「やってみたいです」
「私も!」
「俺もです!」
エルフ魔法に興味しかない。前に『破魔の矢』を見せてもらったことがあるけど、とんでもない魔法だと思った。できるなら一度は操ってみたい。
「無理なら直ぐ言ってほしい。まずは、ウイカからいこうか」
「はい!」
ウォルトさんは、私の手を取って全魔力を吸収する。最近では感覚でわかるようになった。
「エルフの魔力を練って渡すよ」
「はい…。うっ!」
急に血の気が引いて…。
「渡したのはほんの一握りだよ。どう?」
「かなり……辛いです…!」
相当辛い…!とにかく気分が悪い!
「吸い取るよ」
ウォルトさんが魔力を吸い取ると噓みたいに楽になる。
「ふぅぅぅ~っ!」
「お姉ちゃん、どんな感じ?」
「言い表せないくらい気持ち悪くなって、吐きそうになった。魔力が抜けると噓みたいに気分がよくなるの」
「拒絶反応なんだ。感覚が正常な証拠だよ」
「ウォルトさん!私もお願いします!」
ウォルトさんはコクリと頷いて、アニカの体内にエルフの魔力を送り込んだ。
「こ…れは…確かに…キツい…かも…!」
アニカもかなり辛そう。でも…。
「アニカ、凄いね…。耐えられるんだ…」
「なん…とか…ねっ!」
「同じ量なんだけど、アニカの方がウイカより長い期間魔力を操ってるから耐性があるのかもしれない。凄いことだ」
アニカは、ギギギ…とぎこちない動きでウォルトさんに顔を向ける。
「どう…したらいい…ですか…?」
「その魔力を使って『火炎』を放てるかい?」
「やって…みます…」
詠唱しよう試みるけど。
「……ダメだっ!集中できない!」
ウォルトさんが魔力を吸収すると、アニカは元気を取り戻す。
「ふぁぁ~っ!噓みたいにスッキリです!」
「初めてなのに長く耐えられるなんて信じられない。ウイカでも凄いと思ったのに」
「こんなに気持ち悪いなら、エルフの魔法を人間が使えないのも納得です!」
「おそらく逆も同じだろうね。ボクはエルフじゃないから体験できないけど」
「ウォルトさん。俺も体験してみたいです」
真顔のアニカがオーレンの肩を叩いた。
「オーレン…。私達でコレなんだから、冗談抜きで死ぬかもしれないよ…?やめとけば?」
「いや!こんな機会はそうない!やってみたい!」
「危ないと判断したら直ぐに魔力を抜き取るよ」
「お願いします!」
ウォルトさんはオーレンの手を取る。私達ほど魔法を頻繁に使わないオーレンがどんな反応をするか予想できない。直ぐに大噴射してしまうかも…。私とアニカは警戒する。
「送り込むよ」
「うっ…!?…………あれ?」
「「ん?」」
「……なんともないんですけど」
「「……えぇ~!?」」
オーレンは平然としてる。ウォルトさんも驚きを隠せてない。
「嫌な感じはない?」
「特になにも感じないです。いつも通りで、すこぶる好調です」
顔色もよくて喋りも変化なし。動きも無理してるようには見えない。
「凄いというより非常識かも」
「オーレンは実はアンデッドで、既に腐って死んでるんだよ!グールだ!」
「ふざけんな!俺の先祖にエルフがいたかもしれないだろ!」
「可能性はあるね。オーレンはエルフの魔法も直ぐに使いこなせるかもしれない。凄いなぁ」
「そうですか?!俺って凄いんですか!コイツらより!」
私達に向ける勝ち誇った顔にイラッとする。もの凄く悔しい!
「このまま付与魔法とか使ってみていいですか?」
「いいよ」
「…付与しても反応がないです」
「発動方法が違うんだ。エルフの魔力の場合は…」
手取り足取りオーレンに教えてる。私達は歯ぎしりしながら見つめた。
「難しいですね。全然できません」
「直ぐにコツはつかめないと思う。でも、できるようになるから心配いらないよ」
「俺にも魔法の才能があったんですね~。アニカやウイカにもできないようなっ!」
強調してるのが腹立つね。
「元々オーレンは才能あるよ」
「ありがとうございます!」
横を見ると、アニカは憎くて仕方ないって顔してる。
「オーレンめ…。あの勝ち誇った顔、見た?」
「悔しいけど、やせ我慢なんてできないよね。なんでオーレンは平気なんだろう?」
「体質かな?さすがにエルフの子孫じゃないと思うよ~」
ヒソヒソ話をしていた矢先、オーレンに異変が。
「ん…?…なんか…気分が…。…うぶっ!」
森に向かって猛ダッシュ。ウォルトさんも突然のことに驚いて動けない。姿が見えなくなって嘔吐いている声だけ響く。
「もしかして…今頃?」
「感覚が鈍いってことじゃない!?オーレンらしいけど!」
ふらふらしながら戻ってきた。ウォルトさんが身体に触れる。
「ふぅ~。一気に気分がよくなりました」
「ゴメンね。直ぐに魔力を抜けばよかったんだけど」
「ウイカとアニカの気持ちがわかりました…」
「調子に乗るからだよ!ゲ〇オーレン!」
「うっさい!でも、コレって慣れるんですか?相当キツいです」
「慣れると思う。アニカが耐えられたのがいい例じゃないかな。ただし個人差はあるだろうね。エルフの魔力を操れると治療の幅が広がるから、治癒師になりたいウイカには必須かもしれない」
「頑張ります!」
やるぞぉ!私はやる気しかない!
「人間の魔力でエルフの魔法を操ること自体は可能なんだ。その逆も。ただし、効果が充分に発揮できない。ボクの体感だと、効果が半分にも満たない」
「なるほど。私は自分でエルフの魔力を練る修練をしてみます」
「え…?」
「私もです!魔力の感覚は掴んだよね!」
「うん。時間をかけたらいけるかなぁ」
「今日からやろう!」
★
ウォルトは盛り上がる姉妹を見つめる。オーレンから疑問が。
「アニカ達にそんなことできますか?」
「ウイカとアニカならできるだろうね」
彼女達は紛う事なき魔法の天才。ボクの感覚と常識は通用しない。フォルランさんやキャミィと同じ人種だと思える。途轍もない成長速度と魔法への順応性は羨ましい限り。
さっきの魔力譲渡だけで感覚を掴んだなんて信じ難いけれど、アニカやウイカにとっては普通のことかもしれない。たった1回の譲渡、しかもかなりの少量でエルフの魔力の質を感じ取るなんて、ボクには到底無理。
そんなボクが2人の師匠だなんて恐れ多いんだ。教えているのは、まだ知らない初出しのことばかり。いずれは覚えることを早めに伝えているだけ。
でも、追い抜いたら追いついて下さいと言われてやる気が出た。格好悪くても彼女達の努力に負けてられない。自分なりに修練を続けて皆の背中を追っていこう。どの道、死ぬまで修練するつもりだから。
「ウォルトさん!エルフの魔力を練るコツはありますか?」
「体内で魔力を変化させるんだけど、口で説明するのは難しいなぁ。どうやろうか…」
「ウォルトさんはどうやって覚えたんですか?」
「ボクはどんな魔力を体内に入れても拒絶反応が起こらない。だから変化させるのは難しくない。普通に魔法を放つときの魔力操作の延長みたいな感じだね」
「お師匠さんとの修練の成果ですね!」
「成果というより、こうしなければ魔法を操れなかっただけだよ」
今なら理解できるけど、師匠は魔力の流れが悪いボクでも魔力を操れるように、魔力回路を無理やり構築してくれた。とんでもない荒れ地に街を作るくらい困難だと思う。師匠にとっては大したことないだろうけど。
回路を破壊しては整えることを繰り返して今がある。思い返しても相当辛かった。死ぬかと思ったことも何度もあったなぁ。二度とやりたくない。
結果、魔力に対する感覚がおかしくなって、なんでもありの無法地帯みたいな魔力回路を手に入れたんだと思ってる。
「気分が悪くなるのは皆と一緒なんだけどね」
自分の感覚は鈍いけど、皆がどのくらい辛いかは想像できる。
「えっ?!ずっと我慢してるってことですか?!あんなに辛いのに!」
「過去の修練のおかげで耐えるのが容易なんだ。痛みに強い人がいるのと同じで、拒絶反応があっても普通に動ける。身体の反応が鈍いって表現が正しいかもしれない」
「だから感覚がおかしいって言ったんですね!」
「あとはエルフの友人の魔力を取り込んだときに覚えた魔力を練ってるだけ。人間の操る魔力を変質させてる」
「難しそうです!」
「そうでもないよ。実際にやってみせようか」
アニカの手を取って体内でエルフの魔力に変質させてみる。影響がない程度の微量で。
「今の感覚だよ」
「感覚は掴めました!でも、こんな変化は今の私には無理です!」
判断できることが凄い。ウイカに試しても同じみたいだ。それならば…。
「細かいことを言えば、人それぞれ魔力の質は違う。その辺りから修練してみようか」
「というと?」
アニカの手を取って魔力を渡す。
「凄く温かいです…」
「ボクが模倣して練ったアニカの魔力だよ。そして…」
「あれ…?入ってくる魔力が違います」
「さすがだね。今のはウイカの魔力なんだ」
「へぇ~!お姉ちゃんはこんな感覚なんですね!なんとなく治癒魔法に向いてそうな魔力です!効果が高まりそうな気がします!」
アニカの感覚は鋭い。ウイカの魔力は治癒魔法を詠唱するのに効果的な魔力。だからといって、戦闘魔法に向いてないことはない。
普段から治癒魔法を中心に修練しているから魔力の質が自然と変化している。推測でしかないけど、出会った頃と比べて質が変化しているから可能性は高い。
ウイカにはアニカの魔力を渡してみる。違いを直ぐに感じた。
「私とアニカでも全然違うんですね。万能に使えそうな魔力です。どの魔力にも変換が速そうというか」
「そうかなぁ!」
2人の感受性は本当に鋭い。魔法を操っている期間を考えると、ウイカの方がより凄いと言える。魔法を修得してまだ1年経っていないとは思えない。やってみたいと言うオーレンにも、同様に魔力を渡してみた。
「どうかな?」
「…違いが全くわかりません」
オーレンの感覚が普通だ。
「オーレン。真面目にやらないとダメだよ」
「いろいろ鈍感すぎるね!ミーリャも可哀想…」
「ミーリャは関係ないだろ!…なに言ってんだ…ったく!…そうだ。お前らが俺の魔力をどう感じるか教えてくれよ。ウォルトさん、お願いします」
「いいよ。やってみようか」
「私は遠慮しておこうかな」
「私も!よくないことが起こるかもだし!」
「よくないことなんか起きるか!人の魔力を菌みたいに言うな!」
「オーレンの魔力はボクの魔力に似てるよ」
ボクやホーマさんのように努力で身に着ける魔力の質だ。
「ホントですか!いやぁ、ウォルトさんと同じ魔力なんて恐れ多いですけど!」
「「くっ…!」」
オーレンは姉妹をチラ見する。さっきからちょくちょく視線を送ってるけどなぜだろう?
「魔力はその人を表す。魔力を見ただけで大体どんな魔法使いかわかる気がするんだ」
才能豊かなのか、それとも努力家なのか。どんな魔法が得意で、どんな修練を重ねてきたのかもなんとなくわかる。
魔法武闘会で見た魔導師は、全員が未だに努力を重ねる素晴らしい魔導師に見えたから凄く刺激を受けた。
「私達はウォルトさんから見てどんな魔法使いですか?」
言うまでもないけど。
「皆は、才能を常に磨いて成長し続ける尊敬する魔法使いだ」
「私達の方が尊敬してますけど」
「負けませんよ~!」
「勝ち負けじゃないけどな!」
友人の皆とずっと修練していけたらボクも少しずつ高みに昇れる。そんな気がするんだ。