344 定期的にくるヤツ
「皆さん、頑張って下さい!応援してます!」
「俺もです!きっと余裕です!」
「無事に上がれるといいんだけどね」
「やってやるって!」
「アニカは気合いが空回りしなきゃいいけどな」
「黙れ!この変態剣士がっ!ミーリャとロックもオーレンとは付き合わなくていいからね!」
「こっちの台詞だよ!」
オーレン、ウイカ、アニカの3人は、ギルド訓練場の前でミーリャとロックの激励を受けている。
本日、俺とアニカはCランク、ウイカはDランクの昇級試験をそれぞれ受験する予定だ。俺とアニカは冒険者になって約1年半、ウイカに至ってはまだ1年足らずで受験を認めてもらった。
通常の基準より早い受験資格を与えられたのは、ギルトへの貢献と実力が認められた形らしい。沢山の冒険者から激励してもらった。
「皆さんは凄いです。このままだとSランクにもなれるんじゃないですか?」
「俺もそう思います」
ミーリャとロックの言葉に冷静に答える。
「無理かもね」
「まず無理だね!」
「そうだな。無理だな」
「なんでですか?」
ミーリャは首を傾げるけど、俺達は理解してる。
「Sランクはフクーベには存在しない。歴史上でもフクーベでは過去に数組しかいないんだ」
「聞いたことはありますけど」
「俺達はSランクになりたいなんて口に出せるレベルじゃない。Aランクの先輩達はみんな化け物みたいに強いけど、それでもなれない領域だから」
アニカが笑みを浮かべる。
「そうなれたらいいけどね!でも、私達の真の目標はそこじゃないんだな!」
「真の目標…ですか?」
「私とお姉ちゃんには、Sランクになるより大事なことがあるんだよね!女にもてたいだけのドエロ剣士は違うけど!」
「アニカの言う通りだね」
姉妹はジト目で俺を見る。
「ふざけんな!俺も同じだっ!仲間外れか!」
「ふふっ。オーレンさんはモテたいから冒険してるんですか?」
「ちっ、違うっ!アニカのせいでミーリャに誤解されたじゃないか!」
「違うの?いつも女性冒険者に鼻の下を伸ばしてるからさ。視線でバレてるよ?」
「そんなことしてないだろ!ミーリャ、噓だからな!」
「ふふっ。わかってます」
今からクエストに行くという2人を見送って、俺達は試験場に向かう。
「やっぱ緊張するな」
「今回はウォルトさんにも言ってないからね」
「無事に合格して驚かせたい!」
俺達は昇級試験の受験をあえてウォルトさんに伝えなかった。鍛えてもらってばかりじゃダメだと考えたから。
住み家でいつもの修練をこなしながら、それ以外のクエストや訓練で試行錯誤して試験に向けた努力を重ねた。今日は成果を見せるぞ。
「いらっしゃい」
夜の帳が下りた頃に住み家を訪ねても、いつもと変わらぬ様子で俺達を出迎えてくれた。玄関でアニカが報告する。
「ウォルトさん!私達、今日の昼に冒険者の昇級試験を受けて合格しました!晴れてCランクとDランクです!」
俺達の言葉を受けてウォルトさんは微笑む。
「おめでとう。とりあえず中に入ってゆっくり話そう」
「「「お邪魔します!」」」
ウォルトさんは淹れたカフィを差し出して椅子に座ると、ニャッ!と笑顔になる。
「やっと昇級試験が終わったんだね。お疲れさま」
「えっ!?」
「知ってたんですか?!」
「俺達は誰も言ってないですよね?」
「聞いてないよ。もしかして、くらいに思ってたんだ。皆は修練の時にいつもと違うことをこなせるようになってて、なにか意図を感じた。そうなると時期的に昇級試験かも…と思ってて」
「なるほどぉ!ウォルトさんに噓はつけませんね!」
「そもそも噓をついてないよ。とにかく、昇級おめでとう」
「「「ありがとうございます!」」」
ウォルトさんの笑顔はいつもより嬉しそうに見える。ちょっと訊いてみよう。
「ウォルトさん。凄く嬉しそうに見えますけど、俺の気のせいですか?」
「気のせいじゃないよ。もの凄く嬉しい」
「私達も嬉しいです」
「そんなに喜んでもらえるなんて!」
「昇級は皆の努力が認められたんだから当然嬉しい。それに、皆の変化に気付けたのも嬉しい。ボクは人の心の機微に疎い。でも予想が当たった。友人として理解できてるんだと思うと、顔が自然に緩むね」
ウォルトさんが『幸せだニャ~』とか言いそうに微笑むと、アニカとウイカは『その表情…大好物です…。ゲヘヘ…』と言わんばかりにだらしない表情を見せる。コイツら……気持ち悪いな。
「でも、ちょっとだけ寂しくもある」
「なんでですか?」
言ってる意味が理解できない。
「ボクが皆に伝えることはなにもなくなったから、一緒に修練もできないなぁ」
予想外の台詞に目を見開く。
「「「なんでそうなるんですか?!」」」
「皆は教わらなくても昇級できた。冒険者として完全に独り立ちしてる。ボクが教えられることはもうない。技量もすぐ追い抜かれるよ。今後は友人としてたまにでも来てくれると嬉しい。ボクも会いに行く」
さも当然といった風に答えたウォルトさんは、温かくも遠い目をしてズズッとお茶をすする。開いた口が塞がらない。久しぶりに、きたコレ…。
「ウォルトさん!」
アニカの大きな声で「ゴフッ!」とお茶を吹き出すウォルトさん。パタンと耳が閉じる。
「ど、どうしたの?」
「なんで昇級試験のことを言わなかったかわかりますか!?」
「自分達の力だけで合格したかったんだよね」
「そうです!ウォルトさんを驚かせたかったんです!」
「充分驚いたよ。アニカはホントに凄い。だからもう大丈夫だ」
「つ、伝わってないっ!」
ウイカも参戦する。
「私はまだDランクに上がったばかりで、教えてもらいたいことが沢山あります!」
「そうかな?ボクにとってランクは問題じゃないんだ。ウイカが考えて修練して昇級した。そのことを尊敬するし、実力だって申し分ない。この先も心配いらないよ」
「つ、伝わらないっ!」
俺も声を上げる。
「俺なんてまだ上手く魔法を操れてません!これからも魔法を教えて下さい!」
「オーレンはひたむきな努力家だし、魔法の才能はボクより遙かに上だ。今後はボクに魔法を教えてくれるのを楽しみにしてる」
「ぜ、全然伝わってないし、とんでもないこと言いだしたっ!」
ウォルトさんは嘘やお世辞を言わない。だから本当に思ってるんだ。嬉しいけど…。
「ウォルト…さん……ううぅ~!」
「う、うわぁ~ん!」
「ど、どうしたのっ!?」
ウイカとアニカが急に泣き出した。急なことに驚いてウォルトさんが慌てて駆け寄ると、姉妹は顔を上げずに話す。
「ぐすっ…。ウォルトさんは…私達に会えなくても…寂しくないんですか…?」
「寂しいよ。でも、ボクの我が儘で君達の成長を止めちゃいけない」
「我が儘って…なんでですか…?」
「ボクは皆のおかげで魔法の技量も上がった。けど、教えられることがないのに皆と修練すれば足を引っ張ることになるのが嫌なんだ」
アニカがバッと立ち上がる。
「言ってる意味がわかりません!ウォルトさんは…私達の師匠なのが嫌になったんだぁぁ~!うわぁ~ん!」
「そんなことない!勘違いだよ!」
「じゃあなんでですか!?ウォルトさんはお師匠さんに「もうお前にはなにも教えない」って言われても平気なんですか!?「もう二度と修練はしない」って言われても?!」
「それは……」
「私達はウォルトさんの友人ですけど、師匠だとも思ってます!遊びに来たときだけしか相手にしてもらえないなんて…。そんな風に思わせた私達が悪いんです!わぁぁ~!」
ウイカも声を上げて泣く。ウォルトさんはそんな姉妹の背中を優しくさすった。
「違うんだ…。ボクは皆とずっと一緒に修練して、切磋琢磨していきたいと思ってる…。でも直ぐに追い越される。失望される前に今が分岐点だと思って…」
「ぐすっ…。失望なんて…そんなこと思いません…!」
「ぐすっ…。私達が薄情な友達だと思われるのは…悲しいです…!」
「そうだね…。ゴメン…」
「ずっと…一緒に修練していきたいんです…」
「追い越すとかじゃなくて…尊敬するウォルトさんに追いつきたいんです…。もし私達が追い越したら…ウォルトさんが追いついて下さい…!」
微笑んだウォルトさんは、姉妹の頭を優しく撫でる。
「そうだね……ありがとう…。これからも一緒に修練しよう」
「本当ですか…?」
「ホントだよ」
「ずっとですよ…?」
「うん」
「じゃあ…一生師匠ですよ…?」
「今度師匠をやめるって言ったら、針千本飲ませますよ…?」
「構わないよ」
姉妹はプルプル震えて、ガタッと立ち上がる。
「やったぁ~!よかったね、アニカ!」
「やったね!お姉ちゃん!」
姉妹は満面の笑みで手を取り合って喜ぶ。変わり身の早さに呆れてモノが言えない。嘘泣きだった可能性大だけど、今回は俺も同じ気持ちだからホッとした。
ウォルトさんが師匠をやめる騒動は、予期せぬ時に起こるし心臓に悪い。俺もウイカ達もいつかは追い越すつもりで修練してるけど、師匠を完膚なきまでに倒したいんじゃない。
いつか冒険でウォルトさんを守れたり、自分達が納得できればそれだけでいい。目標であるウォルトさんにはずっと元気で一緒に修練してほしいんだ。
「泣いたらお腹空いたね!」
「ウォルトさん!晩ご飯頂いていいですか!」
「もちろん。直ぐに作ろうか」
3人は仲良く台所へ向かう。
それにしても…ウォルトさんは甘いというか、アイツらの行動を微塵も疑わないな…。近い内に、アホ姉妹を信じすぎることの危険性について熱弁することを誓った。