343 森の協力者
ある日、森の住み家をフクーベの衛兵ボリスが訪ねた。
「ふぅ。街で売っているのより格段に美味い」
ウォルトが淹れるカフィは、とんでもなく美味い。どうやっているのか想像もできないが。
「ありがとうございます。今日はどうされました?」
「フクーベで立て続けに事件が起こってる。俺の勘では魔法が関係してると思うんだが、お前の意見が聞きたい」
「どんな事件ですか?」
事件の概要を説明する。
「ここ1ヶ月で5件の窃盗が起こっている。金持ちの家ばかりを狙って、盗まれるのは現金や高価なモノばかりだ」
「空き巣ですか?」
「そうだ。盗みを働いたあとご丁寧に挑発するような言葉が書かれたカードを現場に残してる」
「同一犯なんですか?」
「ほぼ間違いない。おそらく単独犯、かつ手口が同一で、情報は公表していない。模倣犯ではないはず」
「なるほど」
「ひったくりや強盗のように怪我人や死人は出てない。建物に侵入されて見事に金やモノが盗まれるだけだ」
放置すればつけ上がって犯行がエスカレートする可能性もある。
「警戒を強化しているのに逮捕されないということは、変装しているとか?」
「その可能性は高い。犯人らしい男の目撃情報はある。だが、体型や年齢がバラバラで統一されていない」
捜査が難航している原因。肝心な目撃証言があてにならない。
「複数犯でないのなら見事な変装ですね。わざと姿を認識させて、衛兵を攪乱しているとすれば魔法の可能性も高い」
「その通りだ。そこで意見を訊きたい。魔法で変装するのは可能か?」
知り合いの魔導師数名に訊いてみたが、返ってきた答えは「できない」だった。変装する魔法はいかにもありそうでないのだと。確かに、そんな魔法があれば衛兵が知らないはずがない。犯罪者の必須技能になる。
だが、ウォルトに確認してみようと思った。この男は絶対に並の魔導師じゃない。獣人なのにエルフの治癒魔法すら操る男だ。
「変装はできます」
そんな気がした。姿を消せるのだから変装できてもなんらおかしくない。
「そうか。見せてもらっていいか?」
「はい。では…」
ウォルトは一瞬で変装する。
「…驚いたな。しかも、俺にか…」
目の前に座っているのは紛れもなく自分自身。内心驚いているが、どんな反応が正しいのかわからなくて困る。制服まで模倣できるとは…。
「こんな感じです」
「なるほどな。言っておくが疑っているわけじゃない」
「わかってます。ボクならそんなやり方はしません。お金に興味もないですし」
消えることができるのに、わざわざ変装するなど愉快犯でしかない。そんな端的な犯行に及ぶ獣人じゃないのは理解している。
「その魔法は誰に教わったんだ?」
「ボクが考えました。2種の複合魔法です。他の魔導師の発動方法は知りません」
複合魔法だと…。多重発動しているというのか…?信じ難いことを言う。
「例えば…普通の魔導師ならどうすればできる?」
「魔導師なら誰でもできるはずです。ボクの魔法はおそらく邪道なので、他の魔導師に訊いた方がいいですね」
俺の顔でヘニャッ!と笑う。噛み合わない会話に勘が働く。もしや…この男にはいろんな意味で常識が通用しないのでは?
「そうか。複合魔法でなければどうすればできると思う?」
「簡単です」
ウォルトは違う部屋に案内する。そこで魔石を2つ手に取った。
「まず、魔石に変装するための魔力を込めます」
直ぐにそれを手渡してきた。
「魔石同士を接触させて下さい」
「こうか?」
魔石を接触させると閃光が奔る。あまりの眩しさに瞼を閉じた。瞼の裏の白みが晴れてゆっくり開けると、ウォルトは手鏡を渡してきた。
「信じられん…。なぜマードックに?」
覗き込んだ鏡には狼の獣人マードックの姿。
「知ってる人に変化するのがわかりやすいと思ったので。こんな感じです」
微笑むウォルトを見て、笑っている自分の姿を見るのは気持ち悪いことを再認識した。
「すまんが変装を解いてくれ。自分の姿を見て気持ち悪くなってきた」
「わかりました」
それにしても、できるはずがないことを簡単にこなす魔導師だ。魔石を手に取っていたのはほんの数秒。込められたのが、どんな魔力なのかすら想像つかない。
「やり方は理解した。ただ、現実的じゃないな」
「そうですね。魔力を込める手間がかかります」
そうじゃない。こんな魔法を使える奴は窃盗なんてケチなことはしないだろう。そこらの泥棒に使えるような魔法じゃないと断言できる。しかし…。
「これ以外に方法はない…か」
「いえ。魔道具でもできると思います」
「魔道具?変装できる魔道具があるのか?」
そんな魔道具があるなんて聞いたこともない。犯罪に使えそうな魔道具があれば、衛兵が知らぬはずはない。
「応用で作れると思います。なので、犯人は魔導師や魔道具職人、あるいは裏で手を組んでいる可能性もあるかと」
「実行犯と影で支える者…か」
「単純に変装の達人の可能性もあると思います。よければコレを。役に立つかもしれません」
ウォルトは再び魔石を渡してきた。
「変装の手段が魔道具や魔法だと仮定すると、魔力の供給を断ちきれば一瞬でも解けるはずです。『無効化』の魔力を込めてあります」
「『無効化』の魔力…」
「相手に接触させてもいいですし、魔石を地面に叩きつけて割れば波紋状に広がって到達します」
「範囲は?」
「この魔石でも、フクーベのギルド訓練場くらいの広さならカバーできると思います」
「そうか」
『無効化』は高等魔法だ。冒険者時代にも数回しか目にしたことはない。しかも、ギルド訓練場はかなり広い。可能……だろう。この男ならば。
「もう1つには圧縮した『可視化』の魔力を込めました。この魔石を使うと今みたいに見えるようになります」
「なるほど。微かな魔力でも視認できるようになるのか」
ウォルトがぼんやりオーラを纏っているように見える。人混みに紛れても見つけられそうなほど明らかに異質だ。
「補助魔石と接触させるか、壊すと発動できるようにしておきます」
「どのくらい効果は持続する?」
「1時間は持続すると思います」
「どこまで延ばせる?」
「この大きさの魔石だと、丸1日くらいでしょうか」
「幾つか魔力を込めてもらえないか?」
「手持ちが5つあるのでお渡しします」
「恩に着る。備えはいくらあってもいい。協力してもらってすまない」
魔石を受け取りフクーベへと戻った。
2週間ほどして、再度ウォルトの住み家を訪ねた。喉を潤してから話し始める。
「この間の事件は無事解決した。世話になったから伝えにきた」
「お疲れさまでした」
「特に『可視化』の魔石が役に立った」
魔力が空になった魔石を返却する。
「私服巡回に使ったんですか?」
丸1日の効果を要求したら気付くか。
「そうだ。今回の犯人は考えが甘い奴だった」
「というと?」
「今までの被害から分析して、次の犯行が行われそうな曜日や狙われそうな物件を割り出した。数日監視していたら、なんの捻りもなく予想通りに姿を現した」
「単純すぎる思考ですね。昼夜を幅広く使った犯行時刻と、狙う物件を絞られないよう緻密に選定するのが普通です」
「5回も成功すれば舐めきって油断もするだろう。衛兵として怒りもあるが、恥ずかしい限りだ」
今回の犯人は完全に衛兵を舐めきっていた。聴取しても、捕まるとは微塵も思ってなかった口振りだ。
「普通なら盗みを実行する前に入念に下見して、その時点で見掛けたボリスさんの存在を怪しみます。雰囲気だけで衛兵だと判別できるので」
「そんな考えに至らないから、堂々と空き巣に及んで家から出てきたところに鉢合わせだ。纏っている魔力を視認できたからな。名乗って職務質問したら慌てふためいて逃走を図った」
「家を出るときに周囲の確認を怠ったんですね。変装がバレているかも…という猜疑心が皆無で致命的です。逃走の準備すら怠っている」
「あぁ。捕まえて住み家を捜索したら見事に盗品が並んでいた。言い逃れはできない」
「高価な品は競売などで売り捌くと足がつきます。闇ルートの開拓に奔走していたかもしれませんね」
しばし考えを巡らせる。ウォルトは『よく考えニャいと!』とか言いそうに笑っているが、やはり犯罪者なのでは?と疑いたくなる。思考が完全に犯罪者寄りだ。しかも、仮にそうだとしたらかなり手を焼く。
「今回の犯人は、人には危害を加えない男だったことだけが幸運だった」
「変装の手段は魔法でしたか?」
「いや。魔道具だった。見たこともない道具だ」
「そうですか。犯人に魔道具を提供した者は見つからなかったんですね?」
「なぜわかる?」
捕まえた男は、「変装の魔道具は知らない男から露店で買った」と供述した。「使用法も詳しく教わった」と。その男の足取りは未だ掴めていない。
「ただの予想です」
「理由を聞かせてくれ」
「まず、今回の犯人に魔道具製作はできないと思います」
「なぜそう言える?」
「継続して犯行に及ぶなら、衛兵に看破される可能性は必ず考慮します。けれど、聞いた限りでは全く対策を練ってない。そんな思考しか持たない男に魔道具は作れません」
魔道具を作るには繊細な技術と知識が必要だと聞く。
「なぜ作った男が見つからなかったと思った?」
「自分に置き換えて考えてみたんです。ボクが共犯者だとして、犯罪目的で魔道具を提供するなら変装を見破られたときの対処法も伝授します」
「保険をかけるということか?」
「仲間であれば最悪の事態を想定します。使用法は教えたのに、奥の手を用意していないということは試したかったのかもしれない」
「試す?なにをだ?」
「浅はかな男が魔道具を使ってどんな犯罪を実行するのか。どのくらい衛兵を攪乱できて、いつ逮捕されるのか。どこまで行動がエスカレートするのか。可能性は幾つも考えられます」
魔道具がどこまで犯罪に使えるか。そして、今後の参考ち…ということか。
「陥れようとした可能性もあるな」
「あり得ると思います」
「だが、買った相手を知らないと言っていた」
「その証言は当てにならないかもしれません」
「なぜだ?」
「売った者は間違いなく自分も変装できるはずです。声や身長は変えられないと思いますが、知られていない魔道具は星の数ほど存在すると思います」
「なるほどな」
「衛兵が捜しても発見できないのは、そもそも供述の内容と風貌が違うのか、既にフクーベから姿を消しているかもしれない。当然、自分も疑われることを理解していた製作者は、計画的な行動をとって衛兵の捜査から逃れた…というのが思い付いた仮説です」
「陰謀論が好きなのか?」
「実はそうなんです」
「大袈裟だな。考えすぎだろう」
「考察好きの戯言ですね」
そこまで話すと、なくなってしまったカフィを淹れに台所へ向かった。
ウォルトの予想は、あり得なくはないだろう。聞いたこともない魔道具を使って生起した事件。犯人は逮捕できたが、黒幕は魔道具の製作者である可能性は捨てきれない。浅はかな男の心理を巧みに操って、犯罪を引き起こした可能性がある。
ただ、捕まえた男は「犯行は自分で思い付いた」と自慢気に語っていた。そうなると、売った魔道具を悪用されただけで教唆ではない。
考えたくないが、また世話になるかもしれない。天井を見上げて美味いカフィを待った。