342 幼馴染みの思い出
しばらく気を失っていたヨーキーだったが、目を覚ますと「大丈夫!大丈夫!」と元気を取り戻してウォルトは一安心。
結局お風呂にはヨーキーだけで入ることになって、「なにかあったら直ぐ呼んでくれ」と言い残してボクは居間に戻った。
「おかえり。鼻血出ちゃった?」
笑顔のサマラ。対面に座る。
「なんでわかったの?」
「付き合いが長いからだよ」
前にも似たようなことがあったのかな。
「大したことはなさそうだよ。原因はわからなかったけど」
「ヨーキーはウォルト大好き人間だから、ちょっと興奮しちゃったんだよ」
「そうだとしたら悪いことしたなぁ」
「なんで興奮したのか?ってところに疑問を持たないの?」
「冗談じゃないのか?」
「まぁね~」
会話していると、風呂上がりのヨーキーが戻ってきた。
「スッキリしたぁ!ありがとう!やっぱりいいお風呂だね!」
「家主がお風呂だけはこだわりがあるんだ」
ヨーキーの髪を魔法で乾かすと、くせっ毛がふわふわに仕上がる。
「すごいっ!コレも魔法だよね?」
「そうだよ」
「タンポポの種みたいじゃん!」
「他にもたとえようがあるだろ!」
怒ってるけど、最も的確な表現だと思うなぁ。ヨーキーには寝間着代わりにアニカ用の古い貫頭衣を着てもらった。サイズはピッタリ。
絹製の貫頭衣は、なぜか「女性だけで泊まったときにしか着ない」と言われてるから大切に保管していて、サマラだけが家に持って帰って使ってくれてる。
「そういえば、この間トゥミエでランさんに会った。元気そうだった」
「ウイカ達から聞いたよ。筋肉見せられた?」
「見せられそうになったけど、どうにか免れた」
「僕は何度も見せられたなぁ。昔からキレッキレの筋肉を」
「お母さんは、ヨーキーのことが好きだから見せたいんだよ」
「ボコボコの筋肉の鎧を着て、ジロッと見てくる目が怖いんだ…」
ランさんの視線で『さぁ、どうだい?』と見つめられたら怖い。褒めないと殺されそうな気がしてしまう。
「そんなこと言うけど、マードックは大丈夫だろう?」
「ランさんとマードックは、見た目は似てるけど怖さは違う。マードックは全然怖くない」
ヨーキーの言葉通り、マードックとランさんは見た目はソックリだけど怖さは全く別物だ。マードックは口が悪くて戦闘好きだけど、自分からケンカをふっかけたのは見たことがない。冗談も普通に通じる。本人は認めないだろうけど、あぁ見えて紳士だ。
対するランさんは、真面目で冗談が通じないタイプ。適当な受け答えをすると直ぐに怒りの表情を見せる。
「お母さんで思い出した!ウォルト、薬の件ありがとね!」
「もしかして、ズーノシスの?」
「それかな!」
「えっ?!それってトゥミエで流行った伝染病だよね…?ウォルトが関係あるの?」
「薬を作ってくれたんだよ。だからウチの親も治ったの」
「薬も作れるの!?凄いや!皆が急に治ったのは知ってたけど」
「本に書いてある通り作っただけだ。両親の分を作って、余ったのをハルケ先生が処方してたからだと思う」
「それでもお礼を言っておきたかったの!誰にも言わないから安心して。ヨーキーも言っちゃダメだからね!」
「よくわかんないけどわかった!」
苦笑いしかできない。口にしなくても内心がバレてるし、気を使ってくれて有り難いな。
「とりあえず、私もお風呂に行ってくる!」
「「いってらっしゃい」」
サマラを見送ってヨーキーが微笑む。
「こうやって集まると昔を思い出すなぁ!」
「そうだね。サマラとヨーキーを見てると、心が温まるよ」
「そう?」
「見てるだけで飽きないしね」
「あぁ~!さてはバカにしてるな!」
「してない。懐かしんでるだけで」
ボクが多少なりとも笑える獣人でいられたのは2人のおかげだ。底抜けに明るいヨーキーと天真爛漫なサマラのコンビは、見ているだけで元気がもらえた。とにかく落ち着きがなくて、楽しい気持ちにさせてくれた。
「話は変わるけど、ウォルトは成し遂げたいこととかある?」
「急にどうしたんだ?」
「僕には目標があるんだけど、ウォルトも目標とかあるのかなって!」
「そうだなぁ…。できるなら凄い魔法を操りたい」
「大魔導師って呼ばれたいとか?」
「それはない。魔導師になるのが目標なんだ。自分でそう思えたら満足だよ」
「そっか!治癒魔法も凄かったし、治癒師とかになれそうだけど」
「ボクの治癒魔法は凄くない。それに、治せる保障がないのに知らない人の治療は請け負えない」
軽い怪我みたいに完治させる自信がある治療はさておき、アンジェさんやセナの治療はやりたかったから我が儘でやらせてもらった。もちろんやり遂げるつもりだったけど。
仮に、ボクが治癒師で2人がただの患者だったとしたら、重圧で治療できなかったと思う。治癒を生業として金を稼ぐには相応の責任を伴う。
「僕の喉は友達だから治してくれたの?」
「そうだよ。どんな手を使っても治すつもりだった。赤の他人に対してそこまでの気持ちになれない」
ボクのように気分屋の治癒師がいたら、迷惑でしかない。
「魔法も薬も限界があるって知ってるから、文句なんて言わないよ」
「そうだとしても無理だ。基本的に勝手な性格だし、報酬も必要ないから治したいと思う人しか治さない」
マードックに云わせるとこういうところが頑固猫なんだろうけど、間違いなくそうなるし正直な気持ち。個人的な感情で患者を選別する治癒師になる。だから、なっちゃいけない。
どんな患者も平等に扱うハルケ先生は信じられない存在。けれど、そのおかげで幼少期のボクは救われていて尊敬しかない。絶対に真似できない。
「ヨーキーはどんな目標があるんだ?」
「僕はカネルラで一番有名な歌手になりたい!それか、誰もが知ってる歌を作りたいな!」
「いいね。ヨーキーが作った歌ならボクも毎日歌いたい」
きっと元気が出るような曲だ。起きて歌えば、1日を乗り切る元気がもらえそうだ。
「ホントに?!」
「ホントだよ」
「やる気出てきた!よ~し!ウォルトに気に入ってもらえるような歌を作るぞぉ~!」
張り切るヨーキーを応援したいと思う。歌や音楽も魔法と同じで、新たに作り出すのは大変なはず。模倣したり編曲ならできると思うけれど生み出すのは容易じゃない。どんな曲であれ、作り出せたなら尊敬する。
その後も取り留めない話をしていると、サマラが戻ってきた。
「相変わらずいいお風呂だったぁ~!」
貫頭衣に着替えて髪を拭きながら戻ってきた湯上がりのサマラは、大人びて見える。実際もう大人だけど。
「髪、乾かそうか」
「お願いします♪」
椅子に座ってもらって、髪を手にとりながら乾かす。「毛皮もお願い!」と言われて、見えている箇所は乾かしていく。
「はい。乾いたよ」
「ありがと♪」
その様子を目にしたヨーキーから一言。
「番みたいだね!早くなっちゃえばいいのに!」
サマラが笑顔で立ち上がって、ヨーキーの後ろに立った。
「なにさ?……うっ!」
「余計なことを言うのは…この口かな?」
サマラは、椅子に座るヨーキーに背後から裸締を仕掛けた。ペシペシと腕を叩くけれどやめない。
「くっ、くるし…。ウォルト……たすけ…て」
「サマラ?!危ないよ!?」
慌てて無理矢理引き剥がす。咳き込むヨーキーと変わらず笑顔のサマラは対照的。
「ごほっ…!死ぬかと思ったぞ!なにするんだ!ひどいじゃないか!」
「いきなり変なこと言うからだよ。ちょっとこっちに来なさい」
サマラはヨーキーを連れて客室に消えた。1人とり残されてお茶をすする。2人のケンカも懐かしいな、と鼻をピスピスさせながら。
★
「言っていいことと悪いことがあるんだからね!」
ふくれっ面のサマラに負けじと、ヨーキーも頬を膨らます。
「なにが悪いんだよ!」
「しっ!ウォルトに聞かれる!」
白猫同盟についてヨーキーに教える。少し驚きながらも黙って聞いてくれた。
「…というワケで、私は皆と正々堂々勝負したいの。余計なことは言わないで」
「理解したけど、僕はその娘達のことを知らない。サマラと番になってほしいと思うのは当然だ」
「気持ちは嬉しいけど静かに見守ってくれない?その内、皆にも会わせるから。そしたら私の気持ちがわかるはず!」
誰がウォルトの隣に立ってもヨーキーは文句を言わない。自信を持ってそう言える。
「わかったよ。でも、説明もなしにいきなり首を締めないでくれ!危うくあの世に逝きかけたよ!」
「ゴメンゴメン♪」
「まったく…。騒がせたからウォルトにも謝らなきゃ」
「それは任せなさい!」
部屋を出るなり歩を進めて、ウォルトの前に立つ。
「どうかした?」
「私のさっきの台詞は、番になりたくないから言ったんじゃないからね!」
目を丸くしたウォルトはニャッと笑った。
「わかってる」
真意はわからないけど大丈夫。サマラと番になれるなんて勘違いしてないよ。…って顔してるね。困った幼馴染みだ。
笑顔でウォルトの後ろに立つ。そして裸締を繰り出した。首がおもいきり絞まる。
「ちょっ……サマラっ…?!…くるしっ…」
「うるさい!自己評価の低さも大概にしなさいよっ!」
「意味がっ……わから…な…いっ…!」
ヨーキーが必死で制止する中、魔法で抵抗するウォルトを失神寸前まで追い込んだ。
★
ウォルトも入浴を終えてあとは寝るだけ。当然のように3人で並んで寝ることに決まった。いつものごとく2つのベッドを繋げる。この展開にはもう慣れてるから、異議を申し立てたりしない。
「どういう並びで寝ようか」
「ウォルトが真ん中だ!」
「私達が挟んで寝る!」
「2人は並びじゃなくていいの?」
「いい!」
「むしろ嫌だ!」
「僕の台詞だよ!」
子供の頃のイメージしかないけど、大人になって恥ずかしくなったのか?結局ボクの右にサマラ、左にヨーキーが寝ることに。
「ウォルト!今日もお願い♪」
「いいよ。今日はどうしようかな…」
「なになに?なにかあるの?」
「ヨーキーに、ちょっと魔法を楽しんでもらおうと思って」
手を翳して『幻視』を詠唱した。
「な、なにコレ?!凄い!」
部屋が一瞬で森の中に変化した。月明かりに照らされる小さな川の畔。
「わかった!昔、3人で行った場所でしょ!」
「そうか!イワ川の傍だ!」
「正解」
どこからともなくホタルが出現して、夜の森を飛び交って瞬く幻想的な光景。
「綺麗だね~。懐かしいなぁ。3人で探しに行ったよね!」
「行った!帰ってからこっぴどく怒られたんだ!」
「ボクは母さんの拳骨連打で頭がボコボコになった。今までで1番殴られたよ」
「あはははっ!なってた!」
「ミーナさんがぷんすか怒ってたっけ!」
「でも、最高に楽しかった思い出なんだ」
まだ10歳そこそこだったボクらは、『ホタルを見に行こう!』と約束を交わして、こっそり夜中に家を抜け出して森に向かった。
ずっと川沿いを歩いて探しながら、なかなか見つからずに諦めて帰ろうとした時、遂にホタルを見つけた。皆、大興奮だったのを覚えてる。
歩き疲れた身体を癒しながら、暗闇で柔らかい光を放つホタルをしばらく眺めていたんだ。
プチ冒険に満足して、夜が明ける頃トゥミエに到着したら、それぞれの母親が待ち構えていてしこたま叱られた。外出禁止令を言い渡されたのも今ではいい思い出。
「僕はこんな魔法があるなんて知らなかったよ!最高だね!」
「あの時の光景は鮮明に覚えてる。上手く再現できたと思う」
「また行きたくなるね~!」
「行こうよ!僕は場所忘れちゃったけど!」
「私とウォルトが覚えてるから大丈夫!ね!」
「そうだね。いつでも行けるよ」
そこから眠るまでの間、昔の思い出話で盛り上がった。ヨーキーに幾つかの魔法を見せると大袈裟に驚いてくれて、過去最高に抱きつかれた。
★
翌朝。
美味な朝食を食べてヨーキーとサマラはウォルトの見送りを受けながら仲良く帰路につく。
「楽しかったなぁ~!また来るぞ!」
「ヨーキーが1人で来るのは危ないから、気をつけなよ。私を誘ってくれていいから」
「わかってる!それにしても、ウォルトの『幻視』は凄かった!あんな魔法は誰にも操れないよ!」
「噂のサバトだって言われても納得でしょ?」
「納得せざるを得ない!今でも信じられない気持ちで一杯だよ!」
ウォルトはホタルの『幻視』の他に、思い出の光景を次々見せてくれた。子供時代のトゥミエの町並みや、ウォルトの部屋、僕やサマラの家族の姿まで当時のまま見せてくれた。記憶を映し出しているとしても信じられない。本当に凄い魔法使いだ!
「ウォルトはなんでもできる凄い獣人になったけど…」
「けど、なに?」
「そんなことより、昔と変わらない優しい幼なじみだ!それが嬉しい!」
「そうだね。ヨーキーもたまにはいいこと言う」
「たまには余計だよ!」
「あと、鼻血は気持ち悪いからやめなよ」
「うるさいな!自分でも予想外だったんだ!仕方ないだろ!」
「ヨーキーは私の初めてのライバルだけど、成長してない。妹達の方が何倍も手強いね!」
「くっそぉ~!僕はその子達にも負けないからな!」
その後も騒ぎながらフクーベへと帰った。